杏林大病院割りばし死事件
始めに、この事件でまだ幼い子供が亡くなったことは事実であり、心よりご冥福をお祈りします。
この事件は、【医療崩壊】を語る上では絶対に欠かせない一件となります。
〝事件〟とありますが、例により【医者が悪い事して起訴され、懲役になった】事件ではありません、【世界でも前例がないほど稀な症例に当たった医師が、救命叶わず結果命を救えなかった、その後刑事告訴された。】という事件です。
概要を簡単に説明しますと
・4歳の男の子が綿あめを咥え走っていて、前のめりに倒れた。その弾みで割りばしが男児の喉に突き刺さった。
・男児は救急車で杏林大学救命救急センターに運ばれた。A医師はまず救命士からそれまでの経過を聞いた。
・「転倒し割りばしがのどに刺さったが、子供が自ら抜いたようだ」、「搬送中に一回、嘔吐した」という話だった。男児の意識ははっきりしていた。
・治療にあたった医師は男児の口の中を視診し、さらに傷を綿棒で触診した。割りばしは見当たらず、傷も小さくすでに血は止まっていた。周囲の変化もなかった。
・このため、傷口を消毒し、抗生剤軟膏を塗ったうえ、抗生剤と抗炎症剤を処方し、2日後に来院するよう母親に告げた。
・男児は翌日の午前6時ごろまでは大きな変化はなかったが、その後、容態が急変、杏林大学病院救命救急センターで午前9時過ぎ、亡くなった。
・このあと、病院は割りばしの残存を疑ってCT検査をしたが、その有無は判明せず、異状死として警察に届け出た。
・検視の結果、異物は発見されなかったが、司法解剖で初めて割りばしの破片が喉の奥から小脳まで深く突き刺さっていたことがわかった。
・警視庁はA医師を 業務上過失致死 などの容疑で書類送検し、検察は在宅起訴した。両親は民事訴訟を起こした。
というものです。この事件には大きな不運が3つ重なりました。
① 頭蓋底という非常に厚く硬い骨を、割り箸が貫通するという世界でも前例のない症例だった。
② 小脳を貫通すると、一般に四肢麻痺や言語の呂律といった症状を来すが、救急に来た時点での男児にそのような症状は見られなかった。
③ 小脳に達した割り箸の破片は完全に埋没しており、目視どころかCT検査をしても発見出来なかった(木だからX線へ明瞭には写らない)。最終的に検死(物理的に開いて)やっと原因が判明した。
さて、起訴されてからの流れですが、検察の対応も色々申したいですが、何よりも深刻だったのはマスコミの過熱報道でした。名前は伏せますが、とあるニュースではこの事件が第一審で無罪になった事について、以下のような対応をしています。
題材【医療の闇、裁判の行方は!?】
司会者 「ちょっと乱暴じゃないかと思う判決、原告の請求を棄却!さあいかがですか?」
アナウンサー 「一般的に考えてちょっと不思議だなと思う、そういう判決でしたね。」
見識者「非常に厳しい救急医療の現場で頑張っているドクターたちのプライドを傷つけるんじゃないかと。」
司会者「私みたいな、ド素人が考えても『刺さっちゃったんです。怪我してる。ああ、この角度で、そういう状態で、脳に損傷ないのかな』、素人でも考えますよね。」
枚挙に暇がないので一つのニュース番組の一場面を抜粋しましたが、上記のように「ド素人でも考えつくあたりまえの治療」をしなかったという論調で番組は進行していきます。
当時のマスコミの論調は全てこんな感じでした。〝医療業界の闇〟〝医療過誤事件〟〝真実は闇の中〟という名目で、医療者への不審を煽る報道が連日繰り返されます。
誰も【この男児の割りばしが脳幹部ではなく、頚静脈孔を通って小脳を損傷したため、現代医療の診察体制では予見は不可能だった。】なんて専門的な解説はしてくれません。
そんな解りにくい解説より〝医者が子供をミスで殺した。〟の方がインパクトがあり、数字も取れることでしょう。
この裁判ですが、結果として刑事訴訟で無罪・民事訴訟でも過失無しと認められます。
さて普段はご家族を失った遺族について言及しないように心がけています。大切な家族を亡くしたのは事実ですし、怒りをぶつけたくもなるでしょう。例えどれほど支離滅裂なことを訴えられても、失った命が戻ってこないことは事実であるため、遺族への攻撃は卑怯な行為と思っている筆者の考えからです。
ですがこのご家族は、体験を書籍にして販売しております。
【「割り箸が脳に刺さったわが子」と「大病院の態度」 (小学館文庫)】
という本です。意見を文章で発信しているならば、反駁を受けること覚悟と解釈させていただき、著作に対する反駁という形でお話させていただきます。
まずこの【「割り箸が脳に刺さったわが子」と「大病院の態度」 (小学館文庫)】ですが……。正直、言いたいことはア○ゾンレビューに全部書いてます。目を覆いたくなるくらいふるぼっこです。
この事件を切っ掛けとして進んだ医療崩壊は著明です、【医療崩壊】という語句がこの裁判以降話題になったほどです。
どのような診療科も、最初は脳外科でCTやMRIを撮らないと診なくなり、患者・医療者共に余計な負担を掛ける自体となりました。また救急診療で小児を診ることがなくなり、小児の救急と一般の救急が別となり、本来救えたかもしれない児童の命もありました。〝医療過誤、殺人医師〟の報道に怯え、現場を去った医療者は未知数です。
遺族は医師の無罪判決後、「医師に有罪が言い渡されることが、亡くなった子供の夢」と記しています。あれ程過熱報道を繰り返していたマスコミの無罪に対する報道は微々たるものでした。
この事件が残した爪痕は今尚強く医療業界に傷を付け続けています。