誰でも最初は一年生
「ふぁ…」
「おはようございます、ヘレナ御嬢様。」
「おはよー、ソニア。」
「今日の朝ごはんは?」
「トマトスープに麦パンです。」
いつもの日課ののストレッチをする。
グーっと伸びを。
昨日はお母さんにずっと勉強させられた。
1+1はわかるのよ。3+5も。138+32って何よ。
繰り上がりって何?
「ヘレナねぇおはよう。」
「おはよー、ベル。」
「…なんかつかれてる?」
ベルが手から水の玉を浮かしながら話しかけてくる。
「そんなことないわよ。元気よ、元気!繰り上がりになんて負けないんだから!」
「?」
「それより…魔術使えるようになったの?」
「うん。いまはものをうかすれんしゅうしてるよ。」
ベルはここのところ庭で魔術の練習をしているらしい。
その様子を見ているエイメンが言うには「ベル坊ちゃんって何ものだ?神か?」らしい。
光と闇、それから土の属性は少し苦手みたいだが。
ベルはすごいと思う。
私はお姉ちゃんだからしっかりしなくちゃって思うけどそれ以上をやってのける。
朝食を済ませて、顔を洗い、自分の部屋に戻る。
今日も計算練習だ。
「ふぁー…さぁ、やるわよ、セレナ。」
「お母さん、剣が振りたいわ。ダメ?」
「まぁたまには息抜きが必要だものね。」
「やった!」
「だけど、これが終わってからよ。」
「わかったわ!よし!」
いつも解くのはお母さんが自作した計算問題だ。
全部で二十問だ。
「今日のはそれ一枚でいいわ。」
「やった!」
「でも足し算引き算が混ざった式があったり難しいわよ。」
確かに式が長い。数字が五個は入ってる。
はぁ…何よこれ。
5+9+24-32って?
「あーわかんない!」
「焦らないの。ほら、左から一個ずつやっていけばただの足し算引き算じゃない。」
「それができないのよ!」
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どうも。魔術を始めて二週間ほど経ちました。
ベルナルド・コックスです。
今土を掘り返して揉んだり、崩したり、踏みつけたり、はたまたじーっと凝視したりしています。
石、砂、土、粘土の違いを調査中です。
多分粒子の差なんだろうって所まではわかりました。あと土はそれ以外となんか違うってところも。
腐葉土って言葉があるから有機物とかそういう栄養がありそうなものが入っているのかな?
…それっぽいな。
砂とか粘土って栄養なさそうだし。草生えないし。
ミミズのフンとかで土は出来てるって聞いたことあるし。
なんか匂いも違う。
じゃあそれを踏まえて、
「…えーっと…」
まずは岩からつくってみるか?
岩から砂ができるからな。
岩を砕いていったら土にも粘土にもなるだろう。
何もないところからモノができるのはこのファンタジー世界では魔術を使えばできると仮定する。
オシアテカルナカリマだったか?
二酸化ケイ素、酸化アルミニウム、酸化鉄…マグネシウムだったり酸化カルシウムだったりその他諸々も一緒くたにして圧力をかけるイメージ。炭素系も。
…サラサラッ…
「まだだ!まだまだぁ!」
ちょっと水も。
…ゴロッ。
「ふぅ。やっとできた…」
右手の平に泥団子?が乗ってる。
「もろいな、これ。」
水を含めすぎたのかな。
指で押すとすぐに崩れる。
「みずすくなめで、あつりょくをもっといしきするか。」
「ふぅ、ちょっとだるくなってきたからこんなもんで。」
土を作ろうと思ってたのに石を作る魔術になってた。
これを発射してぶつけたら武器になるんじゃね?
…いやいや、そんな物騒なことは考えちゃダメだ。
いつもの白いぶかぶかのシャツが泥だらけになっている。
水魔術を使って服と体、頭を綺麗にする。
それから風と火の魔術で乾燥だ。
…便利だなあ。
まだ日は高い。
何をしようか。
「あー!何よこれ?!」
家の窓からヘレナの叫びが聞こえる。
足し算引き算ってそんなに難しいか?
…ちょっと行ってみるか。
「だから、3+7=10だから繰り上がるのよ?」
「えー?こっちがこうだから…わかんないよー、もう!」
ママさんの穏やかな声とは対照的な声でヘレナが叫んでいる。
「だいじょうぶ?ヘレナねぇ?」
まるで俺の幼少期を見てるみたいだ。
学校の宿題がわからないから泣きながらやってた。
「あらベル。もう、魔術はいいの?」
「うん。なんかつかれちゃったから。」
「そう。」
チラッと机の上の紙を見てみる。
3桁+2桁の足し算だ。
「ベル〜助けて〜。」
「…どうしたのヘレナねぇ?」
「これが解けないのよ!」
と半泣きで紙を押し付けてきた。
172+59と書かれている。
足し算の説明とか初歩の初歩すぎて説明もない気がするが。
よくみると筆算を一度も使ってないことがわかった。
「ヘレナねぇ、ひっさんつかえばかんたんだよ。」
「ひっさん?」
紙に小学校で習う筆算を書いていく。
「こう…けたをそろえてすうじをかくじゃん?」
「うん。」
「で、みぎがわからそれぞれのけたどうしをたしていくの。」
「うん。」
「10ができたらひだりどなりのけたに1たす。」
「うん。」
「それのくりかえしで…こうやって…231じゃない?」
「そうだわ、ベル。正解よ。でもそんな計算方法どこで?」
「何よそれ?簡単じゃない?!」
「ひきざんはぎゃくに…」
「ふぅ…終わったわ、お母さん。」
「どれどれ…54…241。21…全部あってるわ。おめでとう。」
「わーい!さぁ剣を振りに行くわよ!ベル、来なさい!」
「えー、おれまだけんふれないよ?」
ヘレナに引っ張り出されて庭に出る。
日が若干傾き、空は黄色っぽくなっている。
ヘレナは彼女の腕ほどの太さの木刀で素振りをしている。
「ふっ…ふっ…ふっ…」
その小さな体に無理を聞かせているのではないか。そんな気がする。
汗がうなじを伝う。
もう何分経っただろう。
俺は氷を作る練習をしながらその絵を見ていた。
作った水分子の運動を押さえつける練習だ。
「ふぅ…やっぱり気持ちいいわね!体を動かすのって!」
「ヘレナねぇ、これどう?」
俺は筒状にした右手の平から水を発射する。
「…冷た!何すんのよ!」
「いや、きもちいいかとおもって。」
「もっとやりなさい!」
「はいはい。」
左手を右手で作った筒の下に添えて水量を増やす。
「はぁ…気持ちいい…」
もともと染めたように赤い髪が夕日に照らされより一層赤みを増している。
綺麗だ。
風邪をひくといけないのでそろそろやめる。
乾かすために風を送る。
「ふぅ…ありがと!ベル。」
「いつもおつかれさまです。」
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こうした充実した日々を一ヶ月ほど過ごした頃、ヘレナは学校に通い始めた。
「ちゃんと周りの子のことを考えるのよ?問題を起こさないように。後は自由にぐうたらしててもいいし、おしゃべりしててもいいし。」
「うん。」
「困った人がいたら助けてやるんだぞ?」
「うん。」
「へんなひとにはきをつけてね。」
「うん。」
ヘレナはいつものキャピキャピした笑顔ではなく、若干眉の両端が下がって心配そうな顔をしてる。
「じゃあ、行ってきます。」
「がんばってね、ヘレナねぇ。」
ガラガラとソニアが操る馬車が音を立てる。
「がっこうってなにしにいくの?」
「計算、歴史とかの学問に加えて、剣術や魔術とかを教わりに行くんだ。貴族やら商人やらは必ず行くな。」
基本教養に加えて剣術やら魔術か。
「やっぱりおれもいくことになるんだよね?」
「そうだな。お前は計算も魔術も出来るが世の中のことを知らないからな。それに俺の子として立派になってもらいたい。」
「そうですか。」
確かにこの世界のことはまるで知らないな。この国の王様の名前も覚えてない。
あっちの世界でも地元の駅とか学校の最寄りの駅とか以外は殆ど知らなかった。
地理の勉強のために模試に行くっていうのもやっていた。
…今度一人で城下町に行ってみようかな。
でもまだ俺三歳だし行かせてくれるかな…
こっそり行くとか?
でも馬車無いと行けなくないか?
城下町までは馬車で十分くらいかな。
…肉体強化とか使えれば行けそうか?
まだよくわからないけど。
今俺は魔術で岩を作って先を尖らせたり色々している。
森に入っても大丈夫なように戦うことを意識して。
魔獣が出るとママさんが言っていた。
兎、猪、鳥から熊のような危険な奴までいると。
対人ならまだいいが、対獣はまったくもってわからない。
ましてや熊なんて…
「うーん…どうしたらいいかな。」
そう考えるとやっぱり遠距離から離れて攻撃する手が一番安全で怖くない。
よって岩を作って射出するという方法を考えている。
コイルガンとかガウス加速器とか良さそうなのが頭に浮かんではいるが、どう魔術に組み込めばいいのか…
「うーん…。」
ちょっと本でも読んで情報収集といこうかな。
たしかモノに文字を書き込んで魔術を使うとかあったしな。
ママさんの書庫で色々していたら窓から朱い空が覗き込んでいた。
新しい発見は衣服に魔術の式を書き込んで身体能力やら撥水、防御力を付加したりできるということだ。
書き方は何の文字でもどんな並び順でもいいらしいが、関連することを書いていくと効果が高くなるらしい。
最強じゃね?
夜露死苦とか鬼魔愚零とか書いてやろうか。
「ただいま〜。」
ヘレナが学校から帰ってきた。
「おかえり、ヘレナねぇ。どうだった?」
「テストばっかで疲れたよ〜。クラスを分けるテストって言ってたけど、クラスなんて何でもいいじゃない。」
「それはおつかれさま。」
俺の小学校の入学式の時はどうだっただろう。
たしか、サトウさんとペアになって手を繋いで入場した気がする。俺はその時右左がまだわからなかったから、曲がるところで反対の方向に行きかけた。それをサトウさんに結構いじられたな。
「どうだった、ヘレナ?お友達はできそう?」
「うーん…わかんない。」
「まぁ、初日はそんなもんだろうな。これからだ、これから。」
「うん。」
高校の初日は誰とも話さなかったなぁ。
女子に話しかけられて恥ずかしくて耳が赤くなってたと思う。
何とは無しに過ごしてたらあっという間にセンター試験256日前。
…もっと青春したかった。
友達と旅行行ったりしたかったな。
でもそんな提案はできなかった。
まぁもう異世界来ちゃったから。
後悔ないように適当に良い加減に生きていきたい。
悪目立ちしないように。人とも繋がりを持って。
こっちの世界に来て帰りたいって思ったことは不思議とないな。
なんでだろ。
…家の居心地が悪かったからかな。
まぁいいか。そんなこと。
今日は神様に会いに行こう。
うん。
ちょっと魔術のことでも聞いてみるか。
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「ひさびさだね!」
「おう。久しぶり。」
いつも通り真っ白な少年がいる。
いつもの通り夕焼けに落ちた幻想的な空間だ。
本当に俺の心なのか?
「すごいね、きみは。このせかいにきてまださんねんとちょっとなのにまじゅつにあんなになれるなんて。」
「すごいのか?普通に魔素を感じながら想像してるだけなんだが。」
「すごいよ!まださんさいだよ?おかあさんにあまえてるじきだよ、ふつうは。」
「まぁ…中身は十八歳…もう二十一か。成人式出てみたかったな。」
こっちの世界に来て早三年。
時が流れるのは思ったより早かった。
魔術が楽しかったからかな。
「きみのきおくをちょっとのぞかせてもらったけどさ…」
「…プライバシーもクソもねぇな。」
「きみは…いじめられてたの?」
…痛いとこつくな。
「…先生とか友達にはそう見えてたかもしれないけど、俺はそうとは思ってないからいじめじゃない…と思うけど。」
「そうなんだ…ぼくはおおぜいのひとにかこまれたことないからさ、あんなことけいけんしないですんでよかったとおもったよ。」
「まぁあれだけじゃないからな、人と人の関係は。」
そう。嫌なことだけではない。だからこそ幸せを感じることができる。
人は結局相対的な評価に落ち着く。
「…なんかきみのこころはキリキリしてるところがあるよ。あのもうひとりのきみみたいに。」
俯いた俺がそこに立っていた。
…気持ち悪い。
「…キリキリしてるところねぇ…」
よくわかんないけど。
「まぁ、それは置いといて。魔術のことで聞きたいことがあるんだけど。」
「なに?」
「アイヌたちが魔術は想像力、知識、経験だって言ってたけど、一個魔術を体験したいんだ。」
「いいよ。なんのまじゅつ?」
「えーと…四次元ポケット的なことをしたいんだ。だから四次元とか虚数空間とか…なんかそんなやつ。」
俺はあっちの世界にいた時から四次元ポケットに興味があった。
将来作れるなら作りたいなと思っていた。
「…こんなの?」
神様が指差す方向に和箪笥の引き出しの様なものがある。
「それってどんな感じの魔術なの?」
「いくらでもものをいれられるし、なかのじかんはとまってるよ。」
すげぇ!
「…入れるかな?」
「どうぞ、どうぞ。」
…よっこいしょ。
「ごびょうぐらいであけるから。」
五秒か。短いな。
五秒はとっくに過ぎてるのに神様は開けてくれない。
「おーい。神様ー、開けてくれー」
…返事がない。
…ギリギリッ…
「おーい。」
「遅いな!五秒じゃなかったのか?!何か起きたんじゃないかって心配だったんだぞ!」
「ちゃんとごびょうだよ?なかのじかんがとまってるからはやかったりおそかったりするんだよ。」
「…最初に説明しろよな。」
「ごめん、ごめん。」
一時間ぐらい待った気がする。
魔術って怖いな。