異世界に来ました。
…チュン…チュン、チュン…
「おはようございます。ベル坊ちゃん。」
「…うー…ふぅ。おはよう、セバスチャン。」
「…毎回思うのですが、そのセバスチャンってなんですか?私の名前はエイメンなんですが。」
「うーん…あだ名かな。とおくのことばでひつじっていみだよ。」
「?…あー、それはしつじですよ、ベル坊ちゃん。まぁたしかに執事ですが。」
おはようございます。
俺の名前はベルナルド・コックス。通称ベル。
なんかよくわからない内に異世界に来て、もうすぐ三年ほどになります。
「それにしてもベル坊ちゃんは喋るのがうまくなりましたなぁ。」
…まぁ中身は現役バリバリの受験生だからな。
「きょうのあさごはんはなに?」
「コーンポタージュにパン、でしたかな。」
だいたい食事はパンとスープ。夜はそれに加えて肉か魚がある。何か物足りない感じだ。
うーん…野菜が欲しい。
白のダボダボの半袖シャツのようなものを着る。
今なら俺のパンツ見放題だぜ。
世界史の教科書に載ってるような服装を初めはしていたが、ママさんにわがまま言ったら変えてくれた。
ママさんは優しい。
流石にゴテゴテの装飾品に包まれたお雛様みたいな格好はしたくない。
…と思っていたら、
「ベル坊ちゃん、今日は何の日か知ってますか?」
「…なんのひ?」
「今日はヘレナ嬢の七歳の誕生日ですよ。七、十五歳の誕生日は盛大に祝うっていうのが定石です。」
「へぇ、そうなんだ。」
「しかも旦那様は領主さまですからな。ヘレナ嬢のお披露目会も兼ねていると思われます。」
「おひろめかいってなに?」
「お披露目会はその名の通りコックス家のヘレナ嬢を周囲の貴族やら何やらに知ってもらおうっていうようなものです。」
「そんなのやるんだ。それっておれものちのちやるの?」
「はい。そうなるかと。」
「やだなぁ。はずかしい。」
「はは。そんなこといいなさんな。 権力がある、金があるっていうのそういうもんさ。」
「おれのけんりょくでも、かねでもないけどね。」
「…まぁそういうことなんで、今日はちゃんとした服装をしてもらうことになりますよ。」
「はいはい…」
「では、夕方にまた着替えるということで。」
「おはよー、ベル!」
ヘレナは朝から元気だなぁ。
「おはようございます、ヘレナねぇ。きょうはたんじょうびですね。おめでとうございます。」
「あら、ありがとう。知ってたのね。」
「そりゃあ、おれはあなたのおとうとですから。」
「敬語はいいって言ってるのに。」
「はは。」
俺は前の世界ではロングスリーパーだった。休日は昼まで寝てたし。
「いただきまーす!」
「いただきます。」
…甘いポタージュよりはミネストローネの方がいいな。
「ヘレナ、ベル、おはよう!」
「あなたは朝から元気ねぇ…おはよう、ベル、ヘレナ。」
パパさんとママさんが来た。
「おはようございます!」
「おはようございます。」
ママさんは眠そうにしてるけど、パパさんはニコニコ元気だなぁ。
「おう!ベル、もっとこう…シャキッとしろ。今日はヘレナの誕生日会やるんだぞ?」
「まぁまぁ、まだ朝なんだからいいじゃないの。いただきます。」
ママさんは眠そうにしながらモソモソと食事を始める。
ママさんはスタイルがいい割によく食べる。朝からフランスパンのようなパンを五切れは食べる。パパさんも五切れ。ヘレナは二切れ。俺は一切れ。
元の体でも朝から五切れは多い。せめて三切れだ。
「今日でヘレナも七歳か…子供の成長は早いわねぇ。」
「お母さん、何おばあちゃんみたいなこと言ってるのよ。」
「ふふっ。あながちおばあちゃんでも間違ってないかもね。」
「?」
ママさんとパパさんの歳は割と若い。
まだ二十代ぐらいか?ママさんの方が落ち着いてる分歳上に見える。おばさんとまではいかないが。
「まぁそれはさておき、今日の誕生日会の料理は何にしようかしらねぇ。ヘレナは何が食べたい?」
「大きいケーキがいいな!」
「ケーキね。じゃあ後はお肉系とたくさんのサラダと。主食は何がいいかしらねぇ…」
パン以外のものがいいな。
「パスタとかどうでしょう。」
「いいわねぇ、ベル。そうしましょう。よし、お母さん頑張りますよー。ソニア、今日の誕生日会のレシピは…」
いつも料理を作っているのは女メイドのソニアだ。時々セバスチャンが作っているが、ソニアの料理の方が美味しい。
セバスチャンは魔法が得意らしく、洗濯やら掃除やらそっちのことをやっていることが多い。
手から水が出たり、風がブワァって出たりするのにはもう慣れた。
俺も魔法使いたい。
そういえば、俺も何かプレゼントした方がいいのか?
…しておいた方がいいな。でもどこで手に入れればいいんだ?
「おとうさん、なにかかいものがしたいのですが。」
「おっ、お前が外に出たがるのは珍しいな!…ヘレナへのプレゼントか?」
俺の今のガールフレンドは辞書だ。あいつはなんでも知ってる。
そのせいで若干俺が引きこもりに思われてる。
…異世界に来たんだから陰キャラじゃなくて、陽キャラになりたいな。
「はい。」
「なら、俺と一緒に城下町に行くか?あそこなら大体の物は手に入るぞ。」
「わかりました。いきましょう。」
「「「「ごちそうさまでした。」」」」
パパさんがいる時はごちそうさまはみんなで。それが家族のルーティーンになってる。
なんだかんだでソニア以外の全員が城下町に行くことになった。
…プレゼントってバレないのが重要なんじゃね?
まぁ、いっか。そういう文化はないんだろう。
堂々と渡せるものをプレゼントにするってことだろう。
こういう時って女の子って何が欲しいんだ?
そんなことを考えながら馬車に揺られていく。
向こうの世界じゃあ乗り物酔いひどかったな…
酔う前に寝ておこう。
そんなこんなで城下町に着いた。
「身分証を提示願いたい。」
「ほれっ。」
「…ありがとうございます。どうぞ、お通りください。」
「へいへい。」
門番にパパさんが黄色いガラス板のようなものを提示して、門への道が開かれる。
…すげぇ。
長い通りの一番奥にでかい城が一つ建っている。
「どうだ、ベル?初めての城下町の感想は?」
「おしろ、かっこいいですね。」
「一国の城なんだからな、お前ぐらい魅了しないと役に立たんな、はっはっは。」
初めて城というものを見た。
向こうの世界では皇居のお堀とか、京都の二条城ぐらいしか見たことはない。つまり本丸がそびえ立っているのは見たことがない。
まあこちらのはジャパニーズキャッスルではないのだが。
「じゃあ、私とヘレナはドレスの受け取りと食料を買ってくるから。あなたたちはフラフラしてなさい。」
「わかりました。」
馬車を止めて、二手にわかれる。
こちらの世界で初のデートはパパさんとだ。
「おとうさん、ヘレナはなにがほしいとおもいますか?」
「そんなもん知らんから自分が思った物を買え!男には取捨選択が必要な時があるんだ。」
「そうですか。うーん…」
俺は優柔不断だ。これに決めたって思っても五秒も経たずに違うのにすることもあった。
商店街っぽいところまできた。
人がすごいいる。まぁ東京に比べたら少ないが。
「どうだ、ベル。人が沢山いるだろ?」
「まぁまぁですね。」
「なんだそりゃ、ははっ。」
見てみると雑貨屋が屋台を開いてたり、串焼きを売ってたり、様々だ。
初詣の神社周辺みたいだ。
「おとうさん、よさんはどのぐらいですか?」
「金の心配はするなよ。子供が欲しがってるものぐらい買ってやれるぐらいの金はあるからな。」
「しろがほしいっていったらかってくれますか?」
「はっはー、これは一杯食わされた」
「まぁそんなもんですよね。」
「そんなもんだ。」
…こんな親子のやり取りは向こうの世界ではしなかったな。
いつも父親とは突き放すようにしか喋らなかった。
仕事から帰ってきた父親は朝か夜かの判断もつかなくなるほど酒を飲み、母親にボロボロに罵倒されていた。
その怒号が自分の部屋まで聞こえてきたり、そのとばっちりをうけて怒鳴られたりした。
ちょっとイラついたけど、我慢した。
学費も生活ももらっていたのだから。
「どうした、ベル?歩き疲れたか?」
「…いえ。だいじょうぶです。」
「お前はもっとかわいくなってもいいんだぜ?串焼きをねだるとかさ。」
「ははっ、まあそれはこんどにしましょう。」
「そういえばおとうさん、なにかこう…べんがくをまなぶようなしせつはあるのですか?」
「…学校か?あるぜ。ヘレナにも今年から通ってもらうつもりだ。」
「そうですか。ならペンとかノートとかもよさそうですね。」
「それはいいな。あいつはどっちかっていうと勉強するようなタマじゃないからな。ベルがあげたペンなら勉強しそうだ。」
ということで、ペンに決まった。
と言っても、シャーペンとかはないだろうから羽ペンになるだろう。
…羽ペンに違いなんてあるのかな?
「おとうさん、このおみせでもいいですか?」
「おう、いいぜ。」
アトウッド雑貨店という店だ。
…ガチャッ
「いらっしゃいませー。」
若い女の子の店員さんだ。
黒髪に茶色っぽい目。
普通の女の子という印象だ。
ただ、ある点が目立った。
…耳がとがってる。
きっとエルフだ。初めて見た。
「今日はどうされましたか?」
「たんじょうびにはねぺんをおくろうとおもって。」
「…あなた喋るの上手ね。何歳?人族よね?エルフとかドワーフじゃないわよね?」
「ええ。じゅんひとぞくです。このひとがおれのおとうさんです。」
「おう。」
「わかりました。羽ペンねぇ。」
彼女はすぐ近くの棚に手を伸ばした。
…イメージ通りだ。
ものが棚に乱雑に置かれてる。おれの勉強机みたいに。
「うーん、羽ペン、羽ペン…これとこれと…これと。あっちにもあったかしら…」
数分後、十本ほどの羽ペンが出てきた。
長いのやら、青いのやら、丸いのやら…思ったよりバリエーションがある。
「これぐらいしかないけど、どれがいいかしら?贈る相手は女の子?男の子?」
「いも…あねです。」
「おねえさんかぁ。ていうことは、七歳の誕生日ってことね?」
「はい。あねはことしからがっこうにかようことになっているので。」
「そうねぇ…学生はこういうのがいいんじゃない?」
と、白い羽ペンらしい羽ペンを指した。
ヘレナは元気の塊みたいなやつだからな。もっと派手なやつがいいんじゃないのか?
「おとうさん、どうおもいます?」
「おれならその茶色いのにするな。」
と、長い茶色い羽ペンを指した。
…これは書きにくいんじゃないか?
うーん…
俺がもらうなら普通のやつで、白か黒か。
白なら年季が入ったら渋くてかっこよくなりそう。
黒なら汚れが目立たないからいい。
ヘレナはクラスの中心にいることになりそうだからやっぱり派手なやつの方が話の種にしたりできるからいいのか?
「ちょっともってみてもいいですか?」
「いいわよ。」
握ってみる。
俺が使ってたシャーペンはだいたい貰い物だった。
オープンキャンパスで貰ったのだったり。
でも一本だけ自分で買ったやつがあった。
文房具屋でサンプルを握って握り心地で選んだやつだ。
勉強が好きなやつはそういない。
だから勉強するときは心地いい環境を整えなければやる気にならない。
その一歩としてシャーペンの握り心地は必須条件だ。
…ふと握った白い羽ペンがとてもいい握り心地だ。
太さもちょうどよく、硬さもいい。
「これでおねがいします。」
「あら、結局白いのなのね。」
エルフの店員さんは羽ペンを受け取って袋に詰める。
「インクはいいのかしら?」
「あ、それもおねがいします。インクはなんでもかわらないでしょうからてきとうなので。」
「じゃあ、これで。えー、合計で十ペンスになります。」
「む?羽ペンにしては高いな。一体なんの羽なんだ?」
「たしか、南の方の砂漠のオアシスにしか生息しない青い鳥の喉のところの羽だったかしらね。警戒心が強くて人に近づいてこないのよ。」
「ほお、それでか。わかった。」
「ありがとうございました。またのご来店を。」
「ふぅ。プレゼントはもらうほうはいいけどあげるほうはなやむからむずかしいですね。」
「それもまた人生経験というやつだ。お前は引きこもりがちだからな、外の世界も触れないとダメだぞ?」
「はい。しょうじんします。」
と雑貨屋を後にした。
アトウッド雑貨店のある通りを歩いていると、ある屋台が目に付いた。
お爺さんが本を売っている。
「おとうさん、ちょっとそこのおみせによってもいいですか?」
「おう。」
「いらっしゃい。…はて、ぼくが欲しがるようなものわしの店に売ってたかのぉ?」
ある黒い本が気になった。
辞書ぐらいの厚さだ。
「そのくろいほんがきになりまして。」
「…これかい。誰も買おうとしないからずっとここにあるんだ。魔術の本でね。作者もあまり知られてない人だ。魔術の本なんて興味のあるやつしか買わんしの。…でも君みたいな子にはこっちの絵本がいいんじゃないのか?」
「いや、えほんはもういいです。なんさつもよんでもらいました。それになにかきになるんです。そのほんが。まじゅつにきょうみありますし。」
「ほほ、わかったよ。確かに魔術の知識はあるに越したことないだろう。じゃあ未来の明るい若者にお安く売ってやろう。元の値段が三十ペンスだから、半分の…えーなんペンスだ?」
「はんぶんならじゅうごペンスですね。」
「おお、その歳で計算もできるのか。前途有望だな。魔術師にでもなって世界を救ってくれてもいいんじゃぞい。」
「ははっ、せかいをすくうなんてそんなおおきなことできませんよ。」
「夢は大きくじゃぞ。自信を持って胸をはるのは大事じゃ。お前さんもいつかそんな人になる。そんな気がするのぉ。ほい。持ってけ。」
「ありがとうございます。では。」
「ベル、お前計算できるようになったのか。俺たちは何も教えてないのに。」
「おれはおとうさん、あなたのこどもですよ?できてとうぜんじゃないですか。」
「…ははっ、そうだな。お前はそういうやつだ。」
…確かに誰にも教わって無かったな。
やったね。天才だと思われちゃうかも。
そんなことを考えながらママさんとヘレナに合流するべく馬車に向かった。
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「学年集会を始めます。初めにタナカ先生からのお話です。」
「えー、みなさんはニュースを見てますか?最近学生で自殺をする人がいるとニュースでよく話題になっていますよね。そもそも…
…ですから、笑顔でいることは大切なんです。こう、ニッとえくぼを意識する。これが。この受験期も辛く思う人もいるでしょう。そんな時こそニッと耐える。先生はみんなにそんな人になってもらいたいです。」
「貴志、いつも笑ってるよな。あいつらに絡まれてる時も。」
「そうだな。辛かったら誰かに言えばいいのに。」
「…自殺とかしないよな?」
「お前、物騒なこと言うなよ。言霊って言葉知ってるか?言ったらそれが起きるんだよ。だからやめろよな。」
「ただいま。」
「…おかえり、貴志。明日のお昼は千円置いておくから適当に食べておいて。明日会社の人と飲みに行くから。」
「わかった。」
「…はぁ、お父さんがもっと稼いでくれたら私は働かなくていいのにねぇ…。」
「…。」