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10. 絵里香の復讐

 明日から夏休みが来る。

 終業式の日、僕が学校につくと机に引き出しに一通の手紙が紛れ込んでいた。ラブレターかと期待したが、それは絵里香からの「果たし状」だった。

 僕は絵里香に旧校舎の裏に呼び出された。必ず一人で来い、果たし状にはそう書かれていた。もちろんマグロ以外に対等に会話ができるクラスメイトなどいないので一人で向かった。


☆☆☆


 終業式の後、暗くじめじめした校舎裏につくと、絵里香が制服姿で腕を組んで待ち構えていた。かつて彼女のトレードマークだった巻き髪は、今は寝ぐせか分からないほどぼさぼさだ。


「お久しぶりですわね」


 いつも通り強気な態度である。


「お久しぶり、波野原さん」


 僕は落ち着いていた。胸ポケットにはチャージ済みの砂時計がある。


「単刀直入に申しますわ。あなた、やっぱり期末テストで『ズル』してないですの?」


 ズルをしたのは事実だ。時間を止めて絵里香の回答をみた。だが証拠はどこにもない。時間を停止させて人の回答を見たなんて誰が予想するだろうか。


「そんなわけないだろ。カンニングしたというのなら証拠を見せてもらいたいね」


「そう、じゃああなたは潔白だとおっしゃるのですね。ならここで証明してくださいませんか、あなたの本当の実力を!」


そういって絵里香はポケットから一枚の紙を取り出す。


「これは先月のテストの日本史の問題用紙ですわ。カンニングじゃないというのなら、私が今から出す問題に、答えていただけませんか?」


 こうなることは予期してなかった。当然わかるはずがなく、僕は焦り始めた。しかし身の潔白を証明するためには応じるしかない。


「……わかった。ただし答えられたら、もう俺には関わらないでくれ」


「分かりましたわ。答えられたら、の話ですけど」


絵里香は澄ました口調で言った。


「さあいきますわよ! 保元の乱で崇徳上皇と皇位継承権で対立し、争った人物とは誰か? こんなの簡単ですわね」


……やばい、わからない。わかるわけがない。僕は日本史が最も苦手だ。しかし答えられなければ、カンニング疑惑はさらに強まる。苦渋の決断だが、能力を使うしかない!

 僕はポケットから砂時計を手にとると、思い切ってひっくり返す。途端にオレンジの光にすべてが包まれ、時間が止まる。

澄まし顔で固まる絵里香の手元から答案用紙を確認すると、そして再び時間を戻す。


「……後白河天皇」


動き出した世界で僕が正解を答える。


「……ちっ、やりますわね」


絵里香は少し驚いたようだった。


「もういいだろ。僕はカンニングなんてしてない。勉強で忙しいんだ、もう帰っていいかな」


いつになく強めの口調で言った。今ので能力を2分ほど使ってしまった。再び時間を止めるには同じく2分のチャージが必要だ。僕は一刻も早くここから逃げたかった。


「駄目ですわ。今のはマグレかもしれないでしょう」


とすました顔に戻る。


「次は現社ですわ。PKOとは何の略か?」


わかるはずがない。僕は冷や汗をかき始めた。


「……どうしたのですか佐々良くん、あなたにはこれくらい簡単でしょう?」


絵里香は調子にのってスマホを取り出し、焦っている僕の姿を録画し始めた。


「もういちどいいますわ。PKOとは何の略でしょう?」


 勘で答えるか、この場から逃げ出すしかない。だが僕はどちらも出来ず、砂が溜まるまで時間を稼ぐしかなかった。心臓は高鳴り冷や汗が噴き出す。

 ついにチャージが完了し、僕が砂時計に手をかけた時だった。


「時間切れですわ」


 絵里香の無慈悲な声が響いた。


「こんな中学レベルの問題に2分もかかるなんて絶対におかしいですわ。この動画はカンニングの間接的な証拠として先生に提出しますからね」


 絵里香は録画を止めるとスマホをポケットにしまい、嫌悪感にあふれた目を僕に向けた。


「あなたみたいなインチキ野郎。わたくしの力で二度と学校に来れないようにしてあげますわ」


 絵里香は生徒には嫌われているが、先生からは気に入られている。僕はお終いだと思った。「いないもの」だった僕はこの能力のせいで居場所までを失おうとしている。

 カンニングと認められれば赤点、留年どころの騒ぎではない。下手したら退学だ。クラスからも嫌われ、家族からも嫌われる。時間停止能力者になった僕の人生がここで終わってしまう。


 追い詰められた僕は思わずは砂時計をひっくり返し、時間を止めていた。目の前で絵里香は僕を睨みつけたまま固まっている。

とりあえず深呼吸をした。絵里香のポケットからスマホを取り出し、さっきの動画を消す。迂闊だった。能力があるからといって調子にのったのが悪かった。

 僕はいまだにダサい奴だ。神様がチャンスをくれたのにこの様だ。ヒーローになんて永遠になれないのかもしれない。僕はずっとダサい奴のまま生きるのが似合っているのかもしれない。ダサい奴のダサい生き方。ヒーローとしての矜持が泡になって消えかかっていく。そして僕は目の前で硬直している絵里香に目を向けた。


「……僕は悪くない。波野原さんがいけないんだ」


 証拠は消したが、絵里香はまだ僕を疑っている。ここで「彼女の弱み」を握っておかなければ夏休み明けにまた詰められる。

 僕は絵里香の肩に手をかけた。この距離まで女子に近づいたのは初めてだ。シャンプーの匂いがする。


「よ、よく見ると結構かわいいな……それに胸も大きい」


 絵里香は性格に難があるためクラスからは嫌われているが、ルックスだけなら明らかに上位だろう。どうせ誰も見ていない僕だけの世界なんだ。何をしたって大丈夫だ。

 僕は正面から絵里香に抱き着いた。薄い夏服越しに胸の感触が伝わる。


「……うわ、柔らけえ……」


思わず声が出てしまった。絵里香の髪の匂いに僕の理性が失われていく。すぐさま制服のボタンに手をかける。


「……波野原さん。いや絵里香、ごめん、我慢できない」


 僕は時間停止の力を使って「大人への階段を登る」決意をした。制服のボタンを一つずつ外していく。その時だった。


《カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ……》


 カメラの連写音が、突然、静寂に鳴り響く。

 僕や絵里香のスマホが誤作動したわけではない。もちろん時間が戻ったのでもなかった。すぐにあたりを見回すと、僕の真横に制服を着た少女がいて、僕の醜態をスマホのカメラに収めている。


「え?」


 僕は思わず固まった。少女ながら大人っぽい顔立ち。肩まで伸びた髪。前髪を止める赤いヘアピン。名門中高一貫校の制服。僕が今まで一度も忘れたことがない人が、そこに立っていた。


「……綾野先輩」


僕と目が合うと、先輩はこう呟いた。


「うわ……ドン引きです」


 綾野先輩はどこか遠いところを見るような眼をしていた。それはあまりにも最悪な形での再会だった――。


「あ、どうぞ私にかまわず、続けてください」


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