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9. 能力の使い道

 時間停止を使って僕ができること。その答えが見つからないまま、夏休み前の期末テストがやってきた。すっかり忘れていたが、今回赤点をとれば「留年」である。

 もともと成績が悪く、時間停止の砂時計で頭がいっぱいだった僕が勉強などしているはずもない。追い込まれた僕が出した結論は、「時間停止」だった。ズルかもしれないが誰かが不幸になるわけではない。僕はまず自分のために能力を使おうと決めた。


☆☆☆


 結論から言うと、僕はこのテストによって人気者、とまではいかないが、クラスの一員として認知されるようになった。

 理由は簡単である。返ってきたテストは僕がこれまでとった事ないような点数ばかりだった。さらに驚くべきことに、いくつかの教科でクラス一位を獲得してしまったのだ。


 先生から僕の名前が呼ばれると、クラスメイト達は一斉に僕に目を向けた。今までこのクラスでも「いないもの」扱いだった僕が、いきなり一位をとったのだ。

 授業が終わると、何人かのクラスメイトたちが僕の机を囲んだ。賞賛する者も中にはいたが、一部の生徒はカンニングを疑っていた。

 特にクラス委員で、クラス成績「元」トップの波野原絵里香なみのはらえりかは僕のクラス一位について難詰した。


「佐々良くん、カンニングじゃないというのならどうしてこのわたくしよりいい成績がとれたというのかしら?」


絵里香は巻き上げた横髪に指をかけながら言った。いかにもお嬢様と言った生徒で、塾にも通っている。この学校にはふさわしくない風貌だ。


「え、そんなこと言われても、今回結構がんばって勉強したから……」


 僕は言葉が出てこず、少し照れながら釈明する。こんなに人からの視線(特に女子)を集めたのは生まれて初めての経験だ。

 幸い釈明は絵里香以外には説得力を持って受け入れられた。僕がクラスメイトから目立たないだけで真面目な生徒と勘違いされていたこと。帰宅部で十分勉強する時間がありそうなこと。このテストで赤点を取れば留年という事実は僕と先生しか知らなかったこと。

 この三つは僕が実力でクラス一位をとっても不思議じゃない事を証明しているようだった。この釈明に唯一納得していないのが絵里香である。


「でも、それはわたくしだって……」


 続きを言いかけて、涙を浮かべながら足早に教室から出て行った。この時の絵里香の悔しがる顔が、さらに僕を「いないもの」から遠ざける。

 絵里香が去った後、誰かが笑いながら言った。


「見た?あの顔?」


「ちょっと泣いてたぜあいつ」


 途端に大笑いが起きた。僕はこの時初めて知ったのだが、絵里香はクラス委員で成績優秀なくせにクラスメイトからは嫌われていた。

 それは彼女が誰もが憧れる生徒ではなく、所謂先生に媚びを売る生徒だったためだ。勉強も底辺校ながら進学塾に通っており、クラスの成績も常に一位の彼女は、普段から他のクラスメイトを見下したような言動が多かった。

 そういえば僕も以前絵里香から見下されたことがあった。僕が廊下で転んでしまい、鞄から散らかった教科書類を片付けていると


「邪魔ですわ」


と一蹴されたのだ。高飛車で傲慢な性格だったのは間違いない。

 そんな女をクラス一位から転落させた。僕がヒーロー扱いさせるのは言うまでもなかった。


「なあ、佐々良。お前最高!」


誰かが言った。僕も心の中で思った。


(時間停止最高!)


 いったい誰がテスト中に時間を止めて、絵里香の答えを丸写しし、彼女が間違えている箇所は教科書を見て書き写したと思うだろうか。

 誰も思わない。僕は今、小学生時代に綾野先輩の家で感じた気持ち良さに似た感覚を感じていた。この砂時計のお陰で、僕はヒーローに近づいた。高校生活で居場所ができた。これからはもっと楽しいことが待ってる。そんな気がしていた。

 しかしこの時から、僕の運命は少しずつ狂い始める。ダサい奴は何をしたってダサかった。


☆☆☆


 期末テストが終わると夏休みはすぐにやってくる。注目をされたのはテスト返しの日だけで、次の日からはいつも通りの一日が戻ってきた。唯一変わったことと言えば、絵里香があれ以来、学校に来なくなったということだ。

 クラスでの「秀才」ポジションは絵里香から僕に変わった。さすがに少し申し訳ない気持ちになったが、「いないもの」から解放された気持ち良さですぐ忘れてしまった。

 僕は夏休みの間に能力を使ってマジシャンにでもなろうかと考えていた。種も仕掛けもある意味ない。きっと世界が注目する存在になれるに違いない。だが僕はある計算違いをしていた。あの絵里香が僕をこのままにしておくわけがないことを。


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