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誰銭シリーズ

『僕』が苺を嫌いになれなくなったのは大体先輩の所為だ。

 本当は……24日投稿にしたかった……

 運命というものは案外身近な所に存在するのかもしれない。


 それは、思い込みなのかもしれないけれども――



 僕はあの日の出会いを運命だと信じている。



某年十二月二十四日


「京也ぁ、Kちゃん……強過ぎない?」


 ミカンを口に咥えながらコタツに頭を擦り付け項垂れるフリをする。


「姉ちゃんの運が悪すぎるんだよ……何だよ人生ゲーム五連敗って……」


「『手は抜かないで!』って御自分で言ってましたしこれはどうしようも……」


 自身の弟と泊まりに来ていた弟のガールフレンドの溜め息に私の自尊心はボドボドである……


 うー、頭ではわかってるんだけどぉ……わかってるんだけどぉ!


「どうも今日は運を貯めてる気がするなぁ……」


 何だか今日は本当に運が悪い。朝起きたら寝癖で三つ編みもどきになってたり、ミカンの皮が妙に分厚かって損した気分になったり、ルーレットを回したら一が九回連続で出たり……


「運ってそんな貯蓄的な感じで貯めれるもんだったの!?」


「まあ、楓花さんは割と人外じみてるところがあるしねぇ……」


 いや、でもでも悪い事が起こるとき程後々良い事が起こるから、これは今年のプレゼントは期待していいのかもっ!


「って、いう顔してるなアレは……」


「いつにも増して目が煌めいてるね……」


 ……いやいや、でも良い子にしてないとサンタさんは来ないからなぁ。今のうちに得を積んでおかなくちゃっ!


「と、いうわけで予約してるケーキ受け取りに行ってくるねー!!」


「はっ!? ちょ、姉ちゃーん!?」


 ダッフルコートを翻し、私は夢が煌めく夜の街に駆け出した。


 *


 両親が死んでから九回目のクリスマスが来た。


 だからといっても俺にとってクリスマスは『特別な日』ではない。


 そもそも昔から俺が異端者()であるという時点で神という存在を信じていなかったし、叔父の家に来てからというもの、俺の所にはサンタという存在は来なくなった。



 ……あくまで『俺には』の話だが。



 今現在も叔父さん宅では絶賛クリスマスパーティー中である。だが、俺という『異物』がその輪の中に存在することは出来ない。


 所謂、俺は招かざる子供なのだ。


 だからこそ、俺もその意を汲み取り存在もしない友人の家に勉強をしにいくとわかりやすい嘘を吐き、一人夜の街に繰り出した。


 然し、急いでいたので耳当てを忘れたのは失敗だったと後悔する。吹き付ける風が俺の耳を氷に変える。


「……寒い。」


 本当は、口に出す程には身体は冷え込んではいなかった。なぜなら俺は分厚いダウンジャケットを羽織っていたからである。


 只、何故だろうか。暗い夜道を一人で歩くという孤独感と、賑わう街中を何の目的もなく歩き続けるという虚無感が、俺にその言葉を吐き出させた。



「君、寒いの?」



 ――最初は、偶然だと思った。


 見知らぬ一般人がこんな道端に落ちていく木の葉の様にどうでもいい呟きに反応を示すはずがないと思ったのだ。だから俺はそんな街のBGMに答えず再び歩き出そうとした。


「あっ、待ってよ君ッ! ……ふぇ!?」


 ズザザッ……! と、俺の後方で雑音がなった。


 これは流石の俺も反射的に後ろを見てしまう。案の定、というべきか。そこには暗い茶髪のポニーテールが昭和の漫画顔負けの顔面スライディングを繰り広げていた。


 面倒事の予感しかしなかったので俺は早々にその場を立ち去ろうとする。


「まっ、待って……」


 後ろの女は俺に向かってうつ伏せで倒れながらもその短い手だけを向け、俺を引き止めようとする。


 ……不味い、ここで騒がれれば人目が集まる。そうすれば俺の様な子供が一人で街中で彷徨いているのを疑問に思う人間も出てくるだろう。それは非常に不味い。


 そう考えた俺の行動は早い。すぐ様に彼女の手を握り立ち上がるのを助ける。


「大丈夫ですか、お姉さん。」


 そう言うと俺は屈託の無い子供らしい笑みを浮かべた。勿論『演技』だ。


「ありがとう! 君、良い子だね!」


 よし、第一印象はオーケーだ。面倒だが、このまま彼女には俺の保護者もどきにでもなってもらおう。


「……あの、鼻血。」


「へ? うわっ、どーしよっ!?」


 そう、コケた衝撃からか女の鼻からは血が流れていた。


 溜め息を吐きながら、慌てる女の顔に自分のハンカチを押し付ける。


「あ……ありがとう、洗って返すね……?」


「いいですよ、どうせ安物ですし。」


 というか家庭科実習で、余った布を使って適当に作ったものなので実質ゼロ円である。また会う機会を作り、関係が出来てしまってもこちらは困るので素直に受け取ってほしい。


「……ごめんね、今日はとてつもなく運が悪くて。でも、君みたいな優しい子に出会う為だったのかもね!」


「はぁ……?」


 女が何を言っているかはわからなかったが、何となく女の頭がお花畑な事は想像がついた。


 *


「止まりました?」


「うん、浅く切っただけみたいだったからね。」


 あれから、近くのコンビニのお手洗いにより女の鼻血が止まるのを数分待った。因みに、当たり前の話だが俺は一緒にはお手洗いには入っていない。


「それで……ええっと、君の名前は?」


「今は知らない赤の他人に名前を教えてはいけない世の中なので。」


「あ、うん……」


 俺の名前を知る事が出来なかった女は少し寂しそうな表情をした気がした。が、赤の他人の名前を知りたがる人間など、今まで読んだ本の中でも居たことが無かったので俺の気のせいだろう。


「君は、どうして一人で居るの? 中学生位に見えるけど……?」


「お姉さんも俺……僕とあまり変わらない年に見えますけど?」


 俺が一人称を訂正すると女はくすりと笑った。


「君が話しやすい方でいいよ。私は一応高校生です。家も近いしね。」


「やっぱりそんなに変わんないじゃないですか……」


「ハイハイ目上の人に口答えしちゃ駄目でーす。もう……ええっと、九時過ぎてるよ?」


 女は袖を捲り、自身の時計を見る。


 確か、近くの店で税抜き五二〇〇円で売られていたものだ。そんなものを付けれている時点で、彼女が『普通』以上の暮らしが出来ている、俺とは違い高尚な人物であることは想像がついた。


「別に家出って訳じゃありませんよ? お使いでケーキを買いに行って、残念ながら売り切れていたので帰ろうとしていただけです。」


 ――そう、この何気なくついた嘘が始まりだった。


「そっかぁ……じゃあ私が向かってるお店に行こうよ! そこならあると思うよ!」


「え、いやぁ……もう夜も遅いですし……」


 無理のある言い訳だ。先程自分で出歩いていても問題は無いというような口調であったのに、それを幾つかの会話を挟んだだけで覆したのだから。


「行こうよっ! 折角のクリスマス、ケーキが無いと楽しめないよ?」


 生憎だが、親が死んでからというもの僕はケーキは疎かまともな食事をしていない。そんな屈託の無い笑みを向けられても困るのだ。困るのだが……


「……わかりました。」


 俺はその言葉を無下にする事は出来なかった。まるで彼女の言葉が不可抗力であるかの様に、俺は彼女の誘いを断る事が不可能だったのである。


 *


 それから、俺達はケーキ屋に向かって歩いた。途中で女が自分の話をしたり、俺の事を質問してきたりしたが、俺は唸るような曖昧な相槌のようなものしか返さなかった。


 それでも、女は懸命に俺に向かって言葉を繋いだ。まるで俺との『会話』が楽しいかのように。


 が、実際に行われていたのは会話のキャッチボールではなく、ピッチングマシンが壁に向かって球を投げる様なものだ。俺がその立場ならとても楽しいとは思えない。


「電柱とも友達になれそうですね、先輩(・・)は。」


 それは紛れもない皮肉であった。『人生の先輩(笑)』と、心の中で呼んでいた渾名もつい口に出てしまった。


 恐らく、俺は世界中の全ての人間と友人になれるとでも言いそうな彼女に漠然とした劣等感を感じていたのだ。そんな苛立ちが、俺の唯一の長所であろう冷静さを失わせた。


 だが、そんな俺の言葉を彼女は「なれたら楽しそうだね!」などと、全く予想外の答えを返してきた。


 文面だけみればこれが本心からの言葉だと誰が信じられようか。


 だが彼女の顔を見ると、それは面白い考えだとでも言いたげな表情をしていた。


「やっとこっち見てくれたね!」


 彼女の嬉しそうな表情に、僕の心は苛立ちを通り越して呆れの感情が支配していた。


 *


 ケーキ屋の扉を押し、イルミネーションが輝く夜の街に出る。


「結局、ケーキ買わなくてよかったの?」


「いいんですよ、お金足りませんでしたし。どうせ帰っても一人ですし。」


 正確には、『無一文で屋根裏に一人』の間違いなのだが。


「……ちょっと待ってて。」


「へ?」


 そう言うと、彼女はまたケーキ屋に戻ってしまった。


 店主と会話する事数秒、女は僕の元へ戻ってきた。


「はいこれ。」


 そうして彼女が差し出してきたのは小さい紙で出来た箱。小さく空いている隙間から中を除くと、そこには一ピース分の苺のショートケーキだった。


「これ……」


「メリークリスマースっ!」


 女は両手を広げニカッと笑った。


「私から君へのクリスマスプレゼント。」


 ここで断る、というのは余りにも『普通じゃない』。というより、彼女にはその屈託の無いムカつく笑顔を浮かべていて欲しかった。


「……僕、苺嫌いなんですよ。」


「え、そうだったの!? じゃあ次からは気をつけるね!」


 何気なく彼女が言った『次』は、きっと永遠に来ないのだろうが――


「……うんと高いモンブランでお願いします。」


「結構君図々しいね!?」


 ――だからこそ、僕はいつもなら言わない我儘を言ってしまったのだ。


 *


 帰宅した私は意気揚々と居間の扉を開ける。


「たっだいまー、ケーキ受け取って来たよー!」


「随分と遅かったな……ってコレ何で欠けてんの!?」


「知らない男の子にあげた〜!」


「「は!?」」


 名前も家も知らないけれども、私は彼にまた会える事を確信していた。


 だって、今日の私は運が悪かったのだから。



 *



某年十二月二十四日


「センくーん! 京也ー! Kちゃーん! チーズケーキとシフォンケーキと高級モンブランとショートケーキ買ってきたけどどれがいいー!?」


「その呼び方やめてくださいよ……ショートケーキで。」


「アレ、センくん苺嫌いじゃなかった?」


「……去年までは、の話ですよ。」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 変わらず斜に構えているように見える主人公。でも、その心はきっと、昨年よりは暖かさに包まれているのだと思う。某年、と言うのが一年後ならではあるが。そうでなかったらなかったで、色々あったのだろ…
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