ぽんこつ冒険者が挑むオンラインRPGは古き良きRPGの常識適用外でした
「────バッド、デスッタァァイムッ!」
目の前の男は、狂った笑い声を上げながら霧の中に消えてしまった。
薄暗い森の中、絶叫が木霊する。
50人弱のプレイヤーたちが化け物たちに喰われゆく。
ゲームの開始地点には弱い敵しかいない。
そんな常識はこの世界にはない。
そして魔物の手によってGAME OVERとなれば、待つのは死だけだ……。
ソウルクエストオンライン
今や大人気のオンラインゲーム……ではなく、リリース目前のゲームだ。
原点にして王道ロールプレイング。友人曰く、「止められなくなる」との噂らしい。
テストプレイを募集していたわけで、プレイする分はタダだからプレイヤー登録していたのだが……。
家に届いたダンボール箱を見て、そのことを思い出したのだ。
ご丁寧にお届けものまで寄越してくる理由は、その箱の中身を見て理解に至る。
ダンボールを自室へ運び開封すると、腕につけるリングがふたつと紙が入っていた。
どうやら腕輪はこのゲームをプレイするための必需品のようだ。そう説明書には書いてある。
腕輪から伸びたコードを引っ張って、USBポートにつなげる。
インストールという地味な作業を終えて、やっとこさゲームを開始した。
ゲーム開始地点は薄暗い森の中。
たくさんのプレイヤーが社のようなものを中心に集まっている。
僕は目の前に広がるリアルな世界にしばらく感嘆する。
キャラクターや木々、果てや空までがとても緻密に作られている。
ドット絵のロールプレイングしか経験がない僕にとって、目の前の世界は驚きものだ。
「ぽんこつPCでよくこんなゲームが動くものだ」
二重の意味で感心していたのも束の間、とりあえず挨拶をばとキーボードに手を伸ばした。
「こんにちは」
「よろっす」
フランクな感じのチャットが飛んできた。
「よろしくお願いします」
「は?」
と、プレイヤーの一人からの書き込み。
何が良くなかったのか戸惑っていると、「とりあえず敬語やめろ」とのチャットが飛んできた。
世知辛いものだ、ネットの世界と現実世界では勝手が違うのだと思い知らされる。
「ちょっとたまねぎ殿ステ(ステータス)見せてくれ」
別のプレイヤーからのチャットだ。
ステータスはキャラクターにカーソルを合わせてクリック、ステータスの項目をクリックと。
ロールプレイングによく見られるステータス枠が表示された。なるほどこの人は魔法使いか。
このゲームはキャラを作成時に自動的にステータスが割り振られる。
戦士系なら攻撃力、魔法使いなら魔法力が高水準に設定される決まりだ。
無論ここで優劣が決まらないように、総合値が必ず決まった数になっている。
キャラの名前と職業以外は完全にランダム。なお性別は自動設定。
「たまねぎなんかステ変じゃね?」
たまねぎとは僕のキャラの名前だ。
どのようにおかしいのかを尋ねると、なにやらステータスの合計値が合わないらしい。
「本当だ」
「うは哀れなりて(笑)」
馬鹿にしてくれて……いいよーだ。僕はガチでやる気はないし。と、半ば不貞腐れた気持ちになる。
作成し直せばいいのではと思われるかもしれないが、キャラクターの削除は不可能で、データは腕輪に記録されている。
つまり新しいキャラクターを作るにはまたアカウントを登録してお届け物を受け取ることになるのだ。
辺りが薄暗さに包まれ始める頃、いつまでたっても皆がここを動こうとしないことに疑問を抱く。
「ところでなぜ皆はここから動かないの?」
とチャットで尋ねると、
「手紙見ろ」
いつの間にか手紙アイコンが光っている。クリックして中を開くと、
「ようこそソードオブクエストへ。新規の皆さんにはとっておきの催し物を用意しています。
その場所から動かないようにネ!(モンスターにやられても知らないから)」
なるほど、理由がわかった。そうなると、新たな疑問が生まれる。手紙にある催し物とやらについてだが……。
聞く間もなく、答えを教えてくれるキャラクターが登場する。
「レディースエンジェントルメン! ソードオブクエストへようこそ」
突然松明に火がつく。手前から奥へと順に火が灯り、社の前の人影を照らし出す。
「やあ諸君~! わたしがこのゲームのマスターを勤める烟霞紳士だ。
まずはおめでとう、そしてありがとう」
タキシード姿の謎の男。無精ひげを蓄えて丁重な物腰。
「んなんいいからモノか説明はよ」とか、「GMが出しゃばんな!」などとプレイヤーからの罵詈雑言が飛び交う。
「んん~せっかちだなぁ。まあいいや、ではでは、皆さんお立会い!」
ゲームマスターがパチンと手を叩き、その手を左右に伸ばす。
その瞬間、手首から脳にかけて静電気のようなものが走る。
そんな感覚に陥った。
「くっ!」
身体が揺さぶられる。
例えるならジェットコースターに身体を振り回されているような感覚だ。
声が喉につっかえて出ない。はやく揺れが収まってくれと願うばかりだ────。
目を開くと、見覚えのある緑色の世界が広がっていた。
なんだいまの……?
あれ、一人称視点になってる。変なキー押しちゃったかな?
指先を確認すると、そこには自分の手と、その背景に緑の地面が広がっていた。
あれ? なんでキーボードが無いんだ?
「おいなんか変だぞ」
「なんだこれ? オレたちなんでこんなところに!?」
次第に他のプレイヤーたちも異変に声を上げ始める。
この時点でチャットなんてものは役目を果たしておらず、聞こえるのは肉声だけだ。
辺りが騒がしい最中、またも手を叩く音が響いた。
「ちゅーもく!」
ゲームマスターの名乗った男が二度三度と手を鳴らし、プレイヤーの注目を浴びる。
「改めてキミたちをこの世界に招待しよう。ようこそ、ソウルクエストオンラインの世界へ!」
ゲームマスターの男は誇ったように言い放つ。
今度はチャットではなく人間の声で「どういうことだ!」、「説明しろ!」と罵声が飛び交っている。
「シャラップ! うるさいなぁ、ヒトにモノを求めるときはもっと誠意を見せてくれないと」
ゲームマスターはわざとらしく大きなため息をついて見せた。
どの口が言うのか……と僕も講義したくなった。
「あーだから、お察しのとおり、今君たちが見ている世界はノンリアリティにしてリアリティ。
簡単に言うとキミたちは今からこの世界、ゲームの世界で生きていくことになる。
キミたちのキャラクターはそっくりキミたちの身体だ。
つまりキミたちがこの世界で死んだら現実世界でのキミたちも死ぬってわけ。オケー?」
プレイヤーたちは絶句している。リアルな世界、それは言い表すには易し、作るに難しもの。
よもや人の生き死にを左右するゲームなど、聞いたことが無い。
「面白いでしょう。キミたちはホント、運がいい。
これほどまでに完成された究極のゲームをその身に体感できるのだから」
今までよりも一層強烈な罵声が飛び交う。
それはそうだ。悪ふざけにしては酷過ぎる。
だが、そんなプレイヤーの文句を意に返さず、ゲームマスターは話を続けた。
「このゲームはね、わたしが作った究極にして最高の一作だ。
だけどゲームというものはただ作っただけでは完成とは言えない。
必ずしも必要なもの、キミたちプレイヤーがいなくてはゲームは成り立たないわけだ。
わたしはキミたちに期待している。最もドラマティックに、そしてエレガントにプレイしてくれたまえ」
一体何を言っているんだ!?
事態の収拾が追いつかない。最高傑作? ドラマティック?
惑う僕をよそに、プレイヤーたちの声は収まることを知らない。
ふざけるなやら、元に戻せやら、そこには本気の願いが込められた声が入り混じっている。
が、ゲームマスターはさもそれを面白そうに眺めつつ、
「あ、それともうひとつ、こんなところで死んでしまうようなプレイヤーはこのゲームにはいらなーい。
健闘を祈るよ、そんじゃ────」
その場から消えてしまった。
その後、まるでゲームマスターが話し終わるのを待っていたかのように、獣の群れが木陰から姿を現す。
この場に集まるプレイヤーの数を優に超える数だ。あっという間にこの場にいる者たちを囲んだ。
「これ……本当にリアルなの?」
「落ち着け、いくら数が多くたって序盤の敵だろ?」
微かな希望の声も他のプレイヤーには届いていない。
何故か、それは彼らが被食者側であることを本能的に理解していたからだ。
かく言う僕も足がすくんで動けないでいた。
いきなりこんな世界に投げ出された僕たちに、ゲームマスターは何を求めている?
叫び声の第一声が惨劇の始まりだった。
牙を向いた獣たちが、一斉にプレイヤーに襲い掛かる。
逃げ惑い、迎え撃ちの実行が何の意味も持たない。
魔物たちは冒険者のはらわたを抉り出し、五体を引きちぎり、眼球を弄ぶ。
阿鼻叫喚につつまれる暗い森。やはり未熟な冒険者では太刀打ちできない。
僕も必死に抵抗した。だが、獣の鋭利な爪は僕の身体を簡単に引き裂いた。
身体に走る痛みを感じて、この世界が現実であること、そして自分が死の淵に立たされていることを理解した。
LPゲージが一気に減っていく。数え切れないほどのステータス異常が積まれていく。
異様な獣の匂いと血の味。実感した。あぁ、やっぱりこの世界は現実なんだと。
いや、もう現実もバーチャルもよくわからなくなってしまっていた。
闇夜の森は、死体を生み出す恐怖のダンジョンへと変貌していた……。
時刻は朝を回り、木漏れ日がフィールドを照らす。
本当にいるのか、はたまたただの演出なのか、小鳥のさえずる音まで聞こえる。
「あーあー、やっぱ後続組みに優秀なやつはいねぇなあ」
積もった死体の山を掻き分けて進むのは、昨晩大勢のプレイヤーの前で大演説をぶちかましたあの男。
「この辺になると、興味本位でゲームを始めた輩も多くなりそうだし。
しかしプレイヤー人口が増えないのも困るしなぁ」
そう言いながら、ゲームマスターは死体の処理に掛かる。
──がしっ!
「ふぉおお!?」
何かが足に引っかかったゲームマスターは、声を上げてその足に目を向ける。そして、
「やあ、生きてたんだ。でも残念、その様子だとどの道死にそうだね」
僕はゲームマスターを睨んだ。
だが、それを見たゲームマスターの反応は冷笑だけだった。
「戻して……さい」
「何? あぁ、現実世界に? ダメダメ、キミはもうGAME OVERだよ」
ゲームマスターは屈んで視線を僕に近づける。そして言葉を続けた。
「だってキミは負けたんだもん。
ゲームをプレイする以上、ゲームオーバーと言われたらそれまで。誰もそれを覆せやしないってもんさ」
「…………」
「残念だねぇ、このままトドメ刺してあげたいけど、あいにくゲームマスターがプレイヤーに干渉することはできないルールになってるんだ。
ゆっくりと苦しみを味わいながら死んでってね」
ゲームマスターは手をほどいてその場を離れようとするが、
「バグチェック……したんですか?」
ゲームマスターが足を止める。
「あるわけないじゃん。だってわたしの最高傑作だよ」
「……ステータス、僕の……」
表情が訝しげなものへと変わり、ゲームマスターは僕のステータスを覗いた。
「なるほど、基礎ステの合計値がひとつ足りないね。だから?」
「このゲームは……皆が平等にゲームを開始できるようプログラムされているはずです」
「そうだったかなぁ。ま、開発者権限でそれ無かったことに」
「そんなことをして、これからも自分のゲームを最高傑作だと言い切れるんですか?」
僕は視線を地面に向けたまま話を続ける。
「あなたの最高傑作はバグすら処理できていない欠陥品。
その事実を隠蔽するか、この場で正すか、適切な判断を」
片や地面にひれ伏しつつ戯言を述べる雑草プレイヤー。
片やこのゲームの権限を握る神のような存在。
わかっていたのだ。この男は自らの作品を我が物顔で最高傑作とまで称する。
それほどの者が、公に現れた欠陥を誤魔化すはずがないと。
無言の駆け引きが続き(とは言っても僕は無駄な話が出来なかっただけだが)、ただ時間が経過するが、先に折れたのは烟霞紳士のほうだった。
「何を望む? やはり現実世界に戻りたいのか?」
「もう一度チャンスが欲しい」
それを聞いて烟霞紳士は目を丸くした。
「意外だなぁ、てっきり現実に戻りたいものだと思ってたけど」
「……僕は自分の意思でこのゲームを始めた。それを否定することは筋が合わない。
ただ、もし僕のステータスが万全の状態であれば、もしかしたらあの時逃げられていたかも……と、そう考えるわけです」
烟霞紳士は思わず噴出した。
ゲームから逃げる気は無い。ここで逃げてしまうことこそが、真の意味でのゲームオーバーなのだから。
ゲームをプレイする意思がまだある。それに対して烟霞紳士も悪い気はしない。
「つまり、何が言いたい?」
「あなたが作ったこのゲームを、遊んでやるって言ってるんだッ!」
ゲームを楽しんでくれることこそが、製作者冥利に尽きるというわけだ。
「なるほどねぇ、いいだろう、叶えるとするか」
見方を変えれば製作者の心理をうまく誘導したことになる。
無論、烟霞紳士もそれには気づいているはずだと僕は考える。
烟霞紳士は指をパチンと鳴らした。するとLPゲージが赤から黄色、そして緑へと変化する。
同時にステータスに並べられた異常もきれいさっぱり無くなっていた。
立ち上がって両手を見る。確かに意思どおりに動くし、痛みも消えている。
唖然とする僕を尻目に、烟霞紳士は、
「でもいいのかい? 折角拾った命をまた無駄にするかもしれないよ?」
「このゲーム、あなたの最高傑作なのでしょう? これで死ぬことがあれば、それはあなたが心配することじゃない」
冷笑とは違った、だけどまだ何かを含んだような笑みを浮かべ、烟霞紳士は呟いた。
「……グッドラック、幸運を祈るよ」
言い残し、烟霞紳士は霧のようにその場から消えてしまった。
立ち上がり、周りを見る。
死の危機からは脱した。だが、今初めて、自分はスタートラインに立つ権利を与えられたのだ。
最初で最後の奇跡。使い道は自分次第……か。
「どんなRPGもそうだ、このどきどきがたまらないな」
今、そのスタートラインから、僕は足を進める──。