突入
宙を飛んだ銅貨がテーブルの上で円を描きながら静止する。
その絵柄を覗きこみ、向かいの同僚がガッツポーズを決めた。
「ぃよっし! あと一時間、盾役よろしくっ」
「えぇ? またかよ」
銅貨は表を向いていた。
門衛の仕事は、不審者や危険物が出入りしないよう見張るという単純なものだが、これがまた厄介なのだ。なにせ出入りするのはお高くとまった貴族の皆様。うっかり手間取って待たせたり荷物を下手にいじったりしようものなら、途端に難癖をつけてくる。
盾役というのは、そうした「厄介な客」の相手をする苦情処理係の隠語である。
「何度目だよ。おい、このコイン、細工してるんじゃないだろうな?」
もう三時間ほど盾役を引き受けている門衛は、疑わしそうに机の上の銅貨を調べる。
「日頃の行いだろ。文句言うなよ」
「文句の一つも言いたくなるさ。今日は妙に客が多いじゃないか。さっきなんかクソ重いトランクでぶん殴られそうになったんだぞ」
幸い避けたからよかったものの、当たっていたら流血沙汰になっていたかもしれない。
ぶるりと身を震わせる。
「貴族サマのお相手ってのは骨が折れる。おい、聞いたか? 昨日か一昨日あたりに主席サマじきじきに造形派の芸術家全員に号令がかかったらしい」
「それでか。今度はどんな思いつきをされたのやら」
やれやれ、と息をついた時、守衛室に呼び鈴の音が鳴り響いた。
来客だ。
同僚の視線にうながされ、しぶしぶ門衛は重い腰を上げて扉の窓も開けずに外に呼びかけた。
「はいはい! どちら様でしょう!」
『師からの頼まれ物をお届けに伺いました』
まだ若い声だ。
門衛は内心で怪訝に思う。頼まれ物だと? そんな報告があっただろうか。
「通行許可証はお持ちで?」
『なにぶん、急な用だったもので。こちらで許可をいただければ幸いです』
「少々お待ちを」
窓を押し上げると、客はカウンターにどんっと横幅のあるケースを載せた。
「さ、お改めください」
急いでいるからさっさとしてくれ、とばかりに門衛を急かす客。
ケースの中身はユニークな形のステッキだった。持ち手が獅子の頭になっており、柄に蛇の意匠が巻き付いている。大事にシルクの布でくるまれているのを見ると、よほど大事な品なのだろうと知れた。何かの作品だろうか。
門衛はこっそり客の方を盗み見た。
服装は合格だ。上等な布地のシャツにオーダーメイドもののジャケットとパンツ。貴族のボンボンといったところだろう。
離れたところで彼の連れが二人待っている。若い娘はお気に入り、隣の燕尾服はお付の者か。
少なくとも、先ほどの暴力トランクよりはずっと礼儀をわきまえているようだ。
ほっと門衛は胸をなでおろす。
「持ち込むものは以上ですか?」
頷くのをみて、門衛は紙とペンを同僚から受け取り差し出した。
「ではこちらに記入を」
その時、客の視線がちらと守衛室の中に向けられた。
門衛は目を瞬かせる。
一瞬、笑った?
しかし客はすぐに紙面にかがみこんだため、表情を確認することができなかった。
間違いなく書類に書き込まれるのを見て、上から割り印を押す。
「中を歩かれる際はこちらの控えをお持ちください。外へ出る場合も許可証を求めることがございますので」
「ねぇ、まだぁ?」
髪をいじりながら連れの娘が口を尖らせる。
「長いんだけどぉ。早くしてくんない?」
おっと、黄色信号。
「あとの手続きはこちらで行っておきます。どうぞ、ご通行ください」
「ありがとうございます」
少しむくれている彼女に客が肘を差し出すと、傲慢そうに娘はそこに手をかける。
仲睦まじく石造りの門をくぐった彼らの背を見送り、門衛は息を吐き出して緊張をほぐした。
「ああいう連中は怒らすと後が一番大変だからな。すんなりサインしてくれて良かった」
サインはおろか、貴族にペンを持たせるとは何事かと怒鳴られることさえあるから嫌になる。
世の中ああいう客ばかりだったらいいのに、と彼はひとりごちる。
「それにしても、あんな弟子いたか? ずいぶん若く見えたが」
「おいおい、おれたちの主人に弟子が何人いると思う? おれたち門衛の倍の人数はいたはずだぞ。パシリっぽいし、たぶん新入りなんだろう」
「そうかも知れんが……あぁっ!」
何気なく手元の書類のサインを見て、門衛は叫んだ。
いや、サインではなく文章だった。
『コインはどちらも表』
背後で言い争う声を聞きながら、こぎれいな格好をしたラッグは生あくびをかみ殺した。
「だいぶ離れたし、二人とももう大丈夫だと思うぜ」
執事らしく背筋を伸ばし、必死ですました顔をしていたフォルテがようやく息を吐く。
「意外とうまくいくもんだね……ばれるんじゃないかって、ずっとひやひやしてたよ」
「入るだけなら簡単さ。誰だって厄介事は避けたいもんだ」
ラッグは隣で傲慢娘を演じていたメニに、ほいと守衛室から拝借してきた台帳を渡す。
途端に、にぱっとメニは顔を輝かせる。
「ラグラグ、やる~。さすが器用が取り柄の男」
「やめろよ、それ。なんかおれがスリの常習犯みたいに聞こえるだろ」
ミロ・ジョコンダの屋敷への潜入。
楽譜奪還には何はともあれ楽譜が確かにそこにあるのかを確認しなければならないという結論に至り、二日の準備期間を経て彼らは実行に移した。
造形派主席の邸宅とあって、歌姫であるコシュカはメンバーから外された。
「そっちは楽しそうな潜入捜査、こっちは地味な裏方仕事かよ」
がんっと床の色紙を踏みしめながら、コシュカはものすごく不服そうに彼らを見送った。
もちろんその色紙は先日協力してくれたボランティアの皆様へのお礼である。紙面にくっきり刻まれたヒールの跡を見て、なんだか踏み絵でも見ているようだとフォルテは思った。
本当ならば元無形派のフォルテも留守番係に回るべきだが、楽譜の真贋は彼にしか分からないので、実動は他の二人に任せるという条件付きで同行を許可された。
造形派の作品に詳しいメニは当然のこと、なぜラッグがメンバーに入ったかというと、一番まともそうに見えたからだ。
ぱらぱらと台帳の中身を改め、うにゃあとメニはうめく。
「今日だけですごい人の出入り! やっぱウワサはホントなのかな~?」
「ウワサ?」
「ミロ・ジョコンダがこっそり造形派の芸術家たちに招集命令を下したってハナシ~。ほら、作品もかなりの数集まってる。なんかの式典でもない限り、こんな大騒ぎそうそうないよ~」
「でも、さっきの門は空いてたよ」
「あれは歩行者用。荷馬車はもっとでかい正面玄関から入るのが普通だ。すんげえ行列だって言うから、わざと緊急用の裏から入ったんだよ」
敷地内の丘を越えると、ようやく白亜の豪邸がその姿を現した。
石畳の庭には、何人もの警備の姿が見える。
「さて、どうしたもんか……。アポなしじゃ追い返されるのが関の山だよな」
「えぇっ!」
自信満々に歩いていくので、何か策があるのだと思い込んでいたフォルテである。
「『楽譜返してほしいから会わせて』なんて、通用するワケないでしょ~? 向こうは最初から盗むつもりだったんだし~。フォルテっちも考えなよ。もともとおにーさんの探し物でしょ?」
「う……。あ、そうだ! さっきのステッキを使って適当に用事をでっちあげたら……」
「ん、これ?」
ラッグはトランクからステッキを出して、フォルテの前で獅子の頭をひねって見せた。
ぽんっとかわいらしい音とともに口から花が飛び出す。
「作品じゃなくて、店の倉庫から掘り出した物だけど?」
またの名をガラクタと呼ぶ。
「すぐにばれちゃうじゃないか!」
「まあなぁ。さっきもメニが急かしたからごまかせただけで、調べられたら結構ヤバかったし。時間がなかったんだ。間に合わせで勘弁してくれよ」
「ホントに作品用意するのは大変だよ~? お金かかるし」
「お嬢のコレクション借りられたら早かったんだけど?」
「え~、やだ」
「だよなあ」
ラッグは肩で息をつく。
「しゃーない。奥の手でいくか」
「おく……?」
嫌な予感がひしひししつつも、フォルテは尋ねざるを得なかった。
「おう。こういう困った時にひじょうに便利な、ガレキ通り流の最終手段がある」
メニとラッグは晴れやかに笑い、口をそろえた。
「「強行突破」」
警備の群れのど真ん中に煙幕が撃ち込まれたのは、それからわずか数分後のことである。
◇
さて、これに泡を食ったのは芸術家たちである。
すわ、無形派の襲撃かと屋敷を飛び出した彼らが見たのは、真っ白な煙と混乱の渦に叩き落されて統制を失った警備。
そして煙の合間から飛び出した三つの人影であった。
「「動くな! 武器を捨てろ!」」
ガレキ通りの二人が吼える。
とっても楽しそうに。
残りの幸薄い一人は煙に巻き込まれ、涙目になってむせこんでいた。
「げほっごほっがはっ、ま、まさか催涙……!?」
「おっしい。コショウ爆弾」
強盗よろしく顔半分をハンカチーフでおおったメニが短銃に第二弾を装填し、八方から新たに集まってきた芸術家たちに向けた。
どんっという轟音と共に、新たな煙がもくもくと上がる。
とたんに、あちこちからくしゃみの大合唱が聞こえた。
「煙に近づくな! 彫刻部隊前へ!」
「おっと、来たな」
遠くの号令を聞いて、同じく顔を隠したラッグが楽しそうに口笛を吹いた。
トランクを開け、おもちゃの杖の収まっていたクッションを払いのける。
黒光りするマスケット銃がぬっと出てきたとき、フォルテは頭を抱えたくなった。
「どうしてそんなものが入ってるのっ!?」
「しゃーねーだろ。お嬢のお気に入りなんだから」
メニは受け取った「お気に入り」の安全装置を手馴れた手つきではずす。
「コシュカちゃん風に言うなら……秘密と嘘はレディの武器だよ!」
頭上から重量そのままに滑空してくる石のガーゴイル像へ、メニはマスケット銃をぶっぱなした。
胸のど真ん中を打ち抜かれたガーゴイルが、ゆらりと空でバランスを崩す。
「! だ、だめだメニさん! 逃げろ!」
フォルテはとっさに叫ぶ。
一瞬かしいだガーゴイルは、ゆらり、と陽炎のように揺らめいた。
黒い霧へと溶けるガーゴイル。
霧はハエの大群のように宙を走った。
メニは間一髪で飛び退いたが、霧から伸びてきた爪はメニが立っていた芝生を黒く焼いた。
「うはははっ! これぞ闇に身を潜め闇より獲物へ迫る〈闇の権化〉をモチーフにしたわが傑作よぉっ!」
「確かに厄介そうだね~」
制作者の自評に、メニは否定せず頷いた。
「だからこそ、奪いがいがあると思わない~?」
「え」
彼女がウィンクしてみせると、ガーゴイル像は一度震えた。
急激に方向転換し、後ろから続こうとしていた別の作品に向かってかぱりと口を開ける。
「「のぉぉぉぉっ!?」」
事態に気が付いた芸術家たちから悲鳴があがり、クモの子を散らすように作品たちが逃げ惑った。が、すでに遅い。
乱射された黒々とした熱線がたちまち彫刻部隊の作品を次々撃ち落し始める。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
地獄であった。
いくつかの作品がガーゴイルに向かって攻撃するも、霧と化すガーゴイルへはかすりもしない。
「作品の乗っ取りだって……?」
フォルテは呆然とつぶやく。
いかな芸術家であっても、制御することができるのは自分の作品だけだ。【力ある音】であれ【躍動ある息吹】であれ、他者の作品に干渉するなどできる訳がない。
ましてメニは、造形派でさえないのだ。
「君は……本当に芸術家ではないのかい?」
「そこが芸術家の傲慢だよね~。作品を操ることができるのは芸術家だけだって、本気で思ってる」
にゃはは、とメニは声を上げて笑った。
「冗談! 道具と言い訳は使いようってね~」
その時、背後から動く気配がした。
「撤退、とみせかけて隙ありぃっ!」
噴水に息を潜めていたのか、水柱が立ち上がる。乙女の姿を模した水の精が両手を広げてメニに襲いかかる。
飛来する水の刃が届くと思われた次の瞬間、すっと彼らの間にひとつの人影が立つ。
「残念賞」
ラッグが手にした杖を気持ちよくスイングした。
パァン!パァン!
その軌跡は見事に水刃を撃ち落とす。
人間業ではない。
「おいおい、まさかお嬢だけが戦闘要員だなんて思ってないよな?」
じりじりと狭まっていた輪がぴたりと動きを止めた。
おそらくこれが場慣れした自警団であったなら、数の勝利とばかりに一気にたたみかけにかかっただろう。しかし所詮は芸術家と雇われの集団、思いのほか手ごわい三人組にすっかり腰が引けてしまっていた。
やがて煙が風にさらわれ、少しずつ視界がひらけてくる。
「双方そこまでだ」
威厳に満ちた声。
人も作品も、動きが止まる。
石畳の上で革靴を鳴らし、男が近づいてきた。
「作品を収めたまえ。キミたちごときの審美眼では彼女らにかないはしないよ」
「し、しかし!」
「ワタシに二度目を言わせるな」
フォルテもその男を見て、息を飲んだ。
「あれが…」
「造形派ミロだ。造形派の主席にして、マグナリアの半分を支配する芸術家」
ラッグの声が聞こえる。
すらりと通った鼻、細く吊り上った目、気品に満ちたたたずまいにも関わらずどこか世を睥睨した微笑みが浮かんでいた。
斜め四十五度にかかとを合わせ、ミロ・ジョコンダはきっちりモデル立ちをして立ち止まった。まばゆいばかりの白いスーツが黄金比のシルエットをかたどる。
「む」
同じ真っ白のフリルを着たメニが顔をしかめた。
ミロはそれに気付かず、片頬をゆがめて口を開く。
「実に珍しい来客がお来しになったものだ。ひょっとしてワタシのために駆けつけてくださったのかな、ルージュ嬢?」
「ルージュ……?」
フォルテは首を傾げたが、全員それを無視した。
もっとも、答えはすぐに知れることとなったが。
「招待されてもないのに? おかしなこと言うね~」
「確かに、お呼びした記憶はないですがね。貴女は芸術家ではないが、誰より我々に近い。ワタシはこれでも貴女を評価しているのですよ? こうしてお会いするのは初めてだが、かねがねお目にかかりたいと思っていた」
ミロは優雅に一礼してみせる。
メニはハンカチーフをむしり取った。
「なに、それ。おだててるの~?」
「他者の作品をあやつり、自分のものとする。そのような稀有な素質は芸術家といえどもそうはいない。造形派の工房や美術館に侵入をくり返し、作品を乗っ取り奪い去る泥棒のウワサは我々の間では有名ですよ? 手がかりはただ一つ、現場に必ず残される口紅で書いた『参上つかまつりました』の文字のみ。そのため世間でつけられた名は怪盗ルージュ。まさかその業をこの目で、しかも我が庭先で拝める日がこようとはね」
「かかかか、怪盗ぅぅっ!?」
フォルテは目をむいた。
造形作品の収集家だとは聞いていた。しかしそのコレクションをどこで調達しているかなど聞いていない。
隣を盗み見ると、同じく顔をさらしたラッグは眉のひとつも動かさない。どうやら知っていたようだ。
「しかしかのルージュ嬢といえども、作品を盗み出すためにこんな大騒ぎを起こしたワケではありますまい。デメリットが大きすぎる」
「ケチくさいこと言うね~。損得だけで動く男はモテないよ~?」
メニはマスケット銃をおろし、肩をすくめた。
「それから、縛るのが好きな男もね!」
何かが軋む音が聞こえた。
音の鳴る方を見上げ、フォルテはあっと声を上げた。
先ほど暴走をしていたガーゴイル像に何か細長いものが巻き付いている。
蛇だ。
黄金色に輝く巨大なニシキヘビが、メニが操っていたガーゴイル像をぎりぎりと恐ろしい力で締め上げているのだ。
霧と化す間も与えぬとばかりに、〈闇の権化〉にひびが入る。
「おっと、失礼。ワタシの〈悪意のささやき〉がおいたをしているようだ」
ミロはうそぶいた。
ぎしり、とガーゴイルの身体が震えた。砕けると思った刹那、何やらきらめくものがガーゴイルから飛び立つ。
日の光かと思ったが違う。蝶だ。ガラスの蝶が木の葉のように舞い上がり、風となってはばたいたのだ。
その美しさに見とれる間なく、金のニシキヘビはこうべをもたげて蝶に食らいついた。
「ああっ!」
ガラスの蝶はあっけなく粉々になった。
きらきらと光りながら破片があたりに降り注ぐ。
「アージ=オルの〈小さな略奪者〉……伝説で魔王の心を奪い骨抜きにしたと言われる美しき蝶のモチーフか。作品を魅了させるとは面白い。なるほど、これが貴女の手品のトリックというワケだ」
「解説ありがと。創作物保護法は無視~?」
「貴女もご存じだろう。あらゆる凡人は作品に手を出すことを禁じられているが、……芸術家だけはその限りではない」
芸術家、ならびにその創作物が、他の創作物を損傷・破壊したとしても罪にはならない。
無形派と造形派の闘争を黙認するためだけに作られた法の穴。そのため、メニが〈小さな略奪者〉をけしかけてガーゴイル像に他の作品を破壊させたのが罪にならないように、ミロが金のニシキヘビにガーゴイル像を襲わせ、メニの蝶を破壊したことも罪にはならないのだ。
「さあ、答えていただこう。ワタシの神聖な庭に押し入り、あまつさえ作品の破壊行為を行った理由を」
完全に自分のことは棚に上げている。
「三日前の造形派と無形派の喧嘩で、ガレキ通りの人間七人が重軽傷を負った」
ずっと黙っていたラッグが静かに言った。
腕を組み、淡々と事実だけ述べる。
「近隣の家六棟が半壊および全壊。道にゃクレーターができる大惨事。大通りの一部が馬車も通れねえ騒ぎだった」
「え……」
フォルテは言葉を失う。
三日前? 自分が楽譜を探して駆けずり回っていた時に?
ラッグは息を吐き、変わらぬ口調で続けた。
「だけどそれは、どうでもいい」
「へっ?」
「もともとガレキだらけの道だ。今朝には開通したし、大した問題じゃないのかもしれない。けが人の連中がまぬけだっただけ、命に別状はなかったらしいしな。あっという間にウワサ程度に揉み消されちまった。いつものことだ。おれたちはそのことでどうこう言うつもりはない」
「……」
そうなの?
フォルテは開いた口がふさがらない。
「理由だっけ。教えてやろうか。気にくわねぇんだよ。無形派の連中に喧嘩ふかっけて、その次は当たり屋の真似ごと? あっちでコソコソこっちでコソコソ、お忙しいこった。目障りことこの上ねぇ。今度は造形派のお仲間集めてさ、戦争でも始める気かっての」
ラッグは気障っぽい造形派主席をにらみつけた。
「何を企んでいる?」
「……まさか、それを聞くためだけにワタシの屋敷を襲撃したと?」
「ガレキ通りはおれたちのシマだ。そこを無断で踏み荒らした挙句、うちの常連を病室送りにした。何か文句あるか?」
あ、やっぱり根に持ってる。
だが、ラッグの口ぶり。こうむった被害よりも、ガレキ通りに手を出されたことそのものに怒っているようだ。
「ふむ、才能なき凡人にしては目の付け所は良い。企んでいるとは人聞きの悪いがね」
ミロは仰々しく髪を掻き上げ、悩ましげに空を仰いでポージングを決める。
「今からおよそ百年前、このマグナリアは小さな市場町から栄えた。教養なき凡人も知っているだろう」
「というか、この町の人なら子どもでも知ってるよね~」
「だがしかしっ!」
ミロはくわっと目を見開く。
「この町を栄えさせたのは何だ? 我ら造形派芸術家の富、純粋なる善意と寄付のたまものだっ! 芸術家なくしてこの町は成り立たず、いわんや愚民の生活をやっ! にも関わらず、いまいましい音楽家どもがああものさばっているとは何事だ!」
「ドロドロとした陰謀とはした金のたまものだよな。しかも投資は町の半分だけだし」
「あたしたち、養ってもらってるつもりないのに~?」
「しゃらぁっぷ!」
びしりっと指先にかけて美しい直線が描かれる。
いちいちポーズをとらなければ立てないのだろうか、この男は。
「中央広場の時計塔を見たか、愚民ども? あれこそ我ら造形派の栄華の象徴、美と力の織り成す究極の芸術っ! このマグナリアは我ら造形派のものという証である! 無形派どもの妨害を受けぬため、我らの知識と経験を結集しわずか三日で建造した。これぞ芸術の集大成っ!」
「ああ、それでか。おれ一週間くらい気付かなかったもん」
「あたし十日は知らなかったかな~」
住民たちにその程度の認識とは、大した集大成である。
そのことについては反省があるらしく、ミロも渋い顔でうなずいた。
「確かに、スピードと美を追求しすぎたせいで時計そのものの機能をつけるのが追い付かなくてな。今でも時計塔としての役割を果たしていないのが現状だ。おまけに設計上、三日で仕上げるには三階までが限界だったため、塔のほとんどが隣の市庁舎に隠れてしまうという致命的欠点を残しているワケだが」
「それ……時計見えないんじゃない?」
フォルテの指摘を華麗に無視し、ミロは額に手を当てて嘆かわしく首を振った。
「美のなんたるかを理解できぬ音楽家たちは『即刻あの粗大ごみを処分すべし』と通達するのみ。我らの崇高な目的を何一つ分かってはいない! 野蛮で愚かな無形派どもめ、あれほど分かりやすい理由を作ってやったというのに!」
「理由だって?」
フォルテは嫌な予感がした。
ぱちんっとミロが指を鳴らすと、どこからともなく使用人の一人が布にくるまれた何かを差し出した。
ポケットから取り出した銀の手袋をはめ、ミロはその包みを手に取る。
「ワタシはかねがね思っていたのだよ。この町は、いやこの世界は、真の美たる絵や彫刻に囲まれるべきだと。音楽という低俗な遊びは駆逐されるべきだ」
「……っ!」
ミロの持つ包みの中身があらわになると、フォルテは声にならない叫びをあげた。
青い装丁、すこし黄ばんだ紙面。
探し求めていた『調和』の楽譜がそこにあった。
次回は8月10日に更新します。




