歌の力
「はあ? カルミナの客だぁ?」
椅子の上で膝を組み、彼女は不機嫌そうに眉を上げる。
とらねこ亭専属の歌姫、コシュカ・ルルは荒くれ者の集うガレキ通り出身とあって、美しい外見とは裏腹に実に漢らしくたくましかった。
鯉のように目を点にしてぱくぱくと口を動かしているフォルテを一瞥し、ちっと舌打ちする。
「あんにゃろう、厄介ごとだと思ってこっちに押しつけやがったな」
「んにゃあ。でもカルミナちゃんにしては珍しいよねぇ?」
ころころと笑いながらフリル娘が首を傾げる。
「ぜんぜん仕事のハナシしてくれないじゃない~? お客さんを連れてくるなんて初めてだし。仕事とプライベートは分ける方だと思ってたけど~」
「あ、それおれも思った。カルミナ嬢が仕事がらみでこっちに振ってくるなんて、そうそうないぞ?」
結局フォルテが落としてだめにしたグラスの代わりに、ラッグは炭酸ミルクを注いてコシュカの前に置いた。
むっとコシュカが唇をとがらす。
「今までなかったからって、絶対暇つぶしじゃないって言い切れんのかよ」
「ううん~?」
「そうとは言ってないだろ。ただ、珍しいなってだけ」
コシュカの問いかけに、フリル娘とラッグはそろって首を横に振る。
そして三人は同時に椅子に座っているフォルテを見やった。
さて、この厄介ごとをどうしたものか。
口で言わずとも目がそう語っていた。
「もう、通りに蹴り出せよ。めんどくせぇ」
「カルミナちゃんの客じゃなかったらねぇ? ちょっと優しくして帰っていただくんだけど」
「お前らは鬼か。困ってるって言ってんだ、せめて話だけでも聞いてやれよ」
容赦のない女性陣に、最後の良心=ラッグがツッコむ。
鯉からようやく人間に復帰したフォルテは、緋色の歌姫におそるおそる声をかける。
「あの……貴女が先ほどの歌姫?」
「そうだけど」
「双子の姉とか、そういうのではなく? 間違いなく本人?」
「だったらなんだよ」
あごを突き出し、喧嘩腰で向かい合う。
文句あんのか、このヤロウ。
「にゃはは。コシュカちゃん、ステージにいる時は猫かぶってるもんねぇ」
「ハン! 清く正しく美しく? くそくらえだ、こんちくしょう。歌ってる間だけでも客の理想に合わせてやってんだ、上等だろ!」
炭酸ミルクを飲み干し、割れんばかりに机に叩き置く。
ガンッ!
ひぃっとフォルテは怯えた。
「い、いや! その、芸術家の方にしては変わってるなーと! ほら、貴族の方が多いじゃないですか、芸術家って!」
ぴたりとコシュカは動きを止めた。
「あたしは芸術家じゃねーよ」
「……は?」
「【力ある音】なんか出してなかっただろ。あたしに奇跡は出せない」
驚いた。
コシュカは憎々しげにフォルテをにらみつける。
「芸術家以外のヤツが人前で歌うなんて、って思ってんだろ。いいさ、笑えよ。しょせんは酒の余興だ。誰も本気にして聞いてるヤツなんかいない」
「そんなことない!」
意図せず大声になった。
フォルテは立ち上がってコシュカの前で両手を広げる。
「この店の人たちみんなが君の歌に夢中になってた。ぼくは感動したんだ! あんなに元気の出る、生き生きした音は聞いたことがない! これはすごいことだよ、劇場で歌ったら世間がひっくり返る! 余興なんてもんじゃないさ!」
言ってしまってから、きょとんと自分を見上げる三人の視線に気が付きあわてて椅子に縮こまる。
「ご、ごめん。でも感動したのは本当だ。ぼくは王都でいろんな音楽を聞いたけど、こんなにドキドキしたのは初めてなんだ」
「王都? キミ、王都出身なの~?」
フリル娘の言葉に、フォルテよりも先にグラスを磨いていたラッグが答える。
「メニ嬢、そいつ芸術家だぞ」
「!」
「なっ」
ぎょっとコシュカとフリル娘、メニが振り返る。
しかし一番驚いたのはフォルテだ。
「どうして! い、いや、いつから……」
「悪いね。最初から」
悪びれなくラッグは笑った。
「うちの店にはいろんなヤツが来るんだよ。たとえば王都からの旅行客とか、マグナリアの検問をしてる門衛とかな」
「……っ」
「驚いたよ。天下の王都で一世を風靡したテノール歌手がマグナリアに来たってこともそうだけど、まさかパンツ一丁でうちに来るなんてなぁ」
「こいつ、無形派だったのかよ! おいこら、ラグ! なんでそんなヤツ店に入れてんだ!」
「だってカルミナの客だって言うし」
困った顔でラッグは食ってかかるコシュカに答えた。
「それに、無形派じゃないよ。フォルテ・スタッカートは組合から除名されたはずだ。 合ってるよな、お兄さん?」
芸術家を名乗るには、無形派か造形派どちらかの組合に所属しなければならない。そうでなければ他の芸術家たちににらまれるからだ。どこの業界にもなわばりが存在するものである。
だからふつうの芸術家は多少面倒な手続きを踏んでも、自分の身を守るために組合に加入する。
だが。
「他の芸術家たちからの風当たりがきつくなって、王都にいられなくなった。大体そんなところだろ?」
「……たまげた。もうこんな所まで情報が来てるのかい?」
フォルテは弱弱しく笑った。
「ぼくは廃業したんだ。音楽家フォルテが人前で歌うことはもうない」
舞台衣装はすべて焼いた。
表彰状もトロフィーも全部捨てた。
残ったのはあの楽譜だけだ。結局一度も舞台で歌うことがなかった、あの曲だけ。
「造形派に盗まれた楽譜は、ぼくの一番大事な宝物なんだ。あれだけは、何としてでも取り返したい。だから、どうか手を貸していただけませんか?」
お願いします、とフォルテは頭を深く下げる。
とらねこ亭の三人は顔を見合わせた。
「そうは言ってもなぁ。ガレキ通りでスられたんだっけ? 探すのは骨が折れるぞ」
「そこを何とか……」
「にゃあ、でもどうして盗んだんだろうね~?」
テーブルに頬をつけ、メニは素朴な疑問を口にする。
「造形派ってことは、音楽反対ってことでしょ? あたしなら楽譜なんて見たらその場で燃やしちゃうけどな~?」
「……あ」
確かにそうだ。
わざわざ盗む必要はない。適当に難癖をつけて強引に取り上げ、フォルテの目の前で破くなり燃やすなりすればいい。
それなのに面倒なことをしてまで盗んだのはなぜか。
んーと考え込んでいたラッグはフォルテに尋ねた。
「楽譜、って言ったよな?」
「はい」
「特徴は?」
「形は分厚い本で、青い表紙。ちょっと古くて……」
「中は手書きで~?」
「そうそう」
「タイトルは〈調和〉って刺繍してある~?」
「そうそう。……えぇっ!?」
フォルテは目を見開いてメニを見る。
「し、知ってるんですか! 〈調和〉の楽譜を!」
「んにゃ~、知ってる気がするんだけど……」
しばしにゃーにゃーうなっていたメニは、笑顔を輝かせた。
「にゃは! 忘れちゃったぁ」
「思い出してください! 大事なことなんです!」
「そんなこと言われても~」
「いやな、兄さん。実はおれも知ってる気がするんだよ」
頭を押さえて思い出そうとしていたラッグだが、やはり首を振る。
「だめだ、思い出せないわ。ここまで来てんだけどなぁ」
「そんな……」
一縷の望みをかけてコシュカを見た。
視線に気が付き、彼女は憮然と言い放つ。
「んなもん、あたしは知らねぇな」
いきなり行き詰った。
フォルテはがっくりと肩を落とす。
「あぁもう、バカらしい! 早いとこ寝ようぜ、もう」
いらいらとコシュカは席を立つ。
そんな彼女にひしとフォルテはしがみついた。
「お、お願いします! 見捨てないで……」
「離せこのヘタレ! こっちは疲れてんだよ! 自分の失くしもんくらい自分で探せ! あたしらを巻き込むんじゃねぇ!」
「でも……もう手がかりがないんです!」
「ここで顔を突き合わせてたら見つかんのかよ、あぁ!? 時間のムダだムダ! あたしはまだ化粧も落としてねーんだ! えぇい、どけ!」
手加減なしにヒールでフォルテの腹を踏み抜き、足音荒く階段をのぼっていく。
「あたしは寝る! いいか、起こすんじゃねぇぞ!」
「おやすみ~」
のんびりとメニは手を振って見送り、自分もあくびをかみ殺す。
「もう遅いもんねぇ。あたしたちも寝よっか」
「そうだな」
「えぇっ、そんな、待って……」
「疲れてたら頭も回んないでしょ。コシュカの言う通りだ。一度寝たらあんたの楽譜について思い出すかもしんないしさ。休もう」
そう言われたら、フォルテは黙らざるを得ない。
唯一の頼りはラッグとメニの曖昧な記憶だけなのだ。二人に思い出してもらわなければ話は進まない。
「ほら、寝た寝た! おにーさん、ひどい顔してるよ~?」
「うぅ……」
「上の部屋いくつか空いてるからさ、好きなトコ使いなよ。今日は誰も泊まってないから気兼ねは要らないよ」
メニに背中を押されながら、フォルテもとぼとぼと二階に上がっていく。
「そういえばさ、おにーさん。なんで無形派から除名されちゃったの~?」
「あぁ……うん」
王都にいた時のことを思い出しながら、フォルテはげんなりとした。
「異端だって言われたんだよね……ぼくの歌」
◇
フォルテが【力ある音】を出せるようになったのは五歳のころ。
芸術家となる者の大半が遺伝と言われている中、フォルテもその例にもれずテノール歌手の父とバイオリニストの母を持つ、生まれながらの芸術家だった。
当然のように無形派の一家として育てられ、幼い頃から劇場の舞台に立った。
「稀代の天才!」
「歴史に刻まれる偉大な歌い手!」
周りでもてはやされたが、フォルテは別に興味がなかった。富や名声などいらない。ただ歌えたらいい。
歌うのは好きだ。
歌っている間は何もかも忘れられる。
「なんだこの曲はっ!」
父の声がびりびりと室内に響いた。
遠くで花瓶が割れた音も聞こえる。
あーあ、せっかく窓ガラスは防音対策したのに。
「なにって、ぼくの新しい歌だ」
フォルテは胸を張った。
まだ天井に浮かぶフォルテの【力ある音】はきらきらと輝いて彩りを見せている。
我ながら会心の出来だと思った。
しかしそれらは、父の怒鳴り声でかき消される。
「こんなもの、許されると思っているのかっ! こんな……こんな……」
「許されるってなに? 誰に許されるのさ」
フォルテは父の歌は好きだったが、父は嫌いだった。
いつだって物事の表しか見ていない。
「音楽の新しい境地を常に模索するのが芸術家だ。父さんがそう言ったんじゃないか。音楽は無限の力を秘めているって。ぼくは言われた通りにしただけだ」
「お前の歌は、音楽を冒涜している! わしは認めんぞ、こんなもの!」
父の声が【力ある音】となり、鋭い矢へ形を変えてフォルテへと襲いかかる。
とっさにフォルテは《ブルーム!》とビブラートを響かせた。
ふわりと花をかたどった【力ある音】が音の矢を包み込む。
ひどい、と思った。
父さんは何も分かっていない。
音楽のことも、他の芸術のことも、自分の息子のことも。
「音楽を冒涜しているのはどっちさ! 音楽は武器じゃない!」
フォルテは叫ぶ。
「造形派の人といつもいがみ合って、争って、音楽を傷付けてる! 父さんだけじゃない、みんなそうさ! 芸術が人を傷付けるなんて馬鹿げてる! だからぼくはこの曲を選んだ、みんなが仲良くできる、調和の歌だ!」
「調和だと!」
哄笑だった。
「馬鹿げているのはお前の方だ、フォルテ! いがみ合っているだと? これは聖戦だ! 音楽を、野蛮な造形派たちから守るための戦いだ! そんなことも分からんとは!」
「分かりたくもないよ、そんなこと!」
音楽はすばらしい芸術だ。
だけど、絵や彫刻だってすばらしいと思う。
それの何が悪いんだ?
その時、スタッカート家の屋敷を轟音が揺さぶった。
はっと父の顔色が変わる。
「まさか……」
そう言って父が身を翻す。
フォルテも嫌な予感がして窓に飛びついた。
庭全体に粉塵が舞っている。
しかしその合間から見えた大きな影に息を飲んだ。
「そんな……」
巨大なドラゴンの石像だった。
造形派の芸術家によって【躍動ある息吹】を吹き込まれた、命を持った作品である。石像はスタッカート家の敷地内へ侵入し、火を噴きながら暴れまわっていた。
泡を食ってフォルテも父の後を追う。
庭に出た時には、もう屋敷中がめちゃくちゃになっていた。
バルコニーのあったところには巨大な穴が穿たれ、綺麗な花が咲いていた庭はドラゴンによって蹴散らされ、屋根の一部は焦げて吹き飛ばされていた。
「フォルテ!」
父の声にはっとする。
音の矢はドラゴンの行く手を阻むが、食い止めるに至らない。
「加勢しろ! これ以上はもたん……っ!」
ドラゴンはゆっくりと屋敷へと向かってきていた。
破壊するつもりだ。
もう二度と抵抗する気力もなくなるくらいに。
「フォルテぇっ!」
父に急かされて、フォルテも息を吸い込む。
だが。
声は出なかった。
(違う! ぼくは……こんな……)
こんな音楽がしたかった訳じゃない。
音の矢を長い首でなぎ払ったドラゴンが、石の口をかぱりと開いた。
『野蛮な無形派の一族よ。裁きを受けろ』
口に光が集まる。
ドラゴンの呪詛に縛り付けられるように、フォルテは一歩も動けなかった。
どうしてこんなことになったのか。
ぼくはただ、歌が好きだっただけだ。
歌を愛することが、罪なのか?
ドラゴンが放った灼熱の光球が、フォルテに迫る。
(なあ、スラー。ぼくは、間違っていたのか?)
答える者はない。
視界を焼く光を呆然と見上げ、フォルテは……
◇
「うわああああああっ!」
「んきゃぁっ!」
フォルテはベッドから飛び起き、ついでにベッドの横でどたばたと倒れこんだ闖入者にびっくりした。
「な、なんだ君は!」
「ひゃあっ、ご、ごめんなさいぃぃぃっ!」
分厚い眼鏡をかけた娘が、わたわたと平謝りをする。
彼女の着ている服が真っ白なシェフの服であることに気が付き、ようやくとらねこ亭の店員の一人であることに気が付く。
そうだ、あのまま自分はとらねこ亭の一室で眠ってしまったのだ。
「師匠に言われて起こしに来たんですぅぅっ! そしたら、すっごくうなされるみたいだったからっ! けっして、けっして怪しい者では!」
どうやら、いざ起こそうとした瞬間にフォルテがタイミングよく飛び起きてしまったものらしい。
あー、とフォルテは寝癖のついた自分の長い髪をなでた。
「ご、ごめんよ。おどかすつもりじゃなかったんだ」
今にも泣き出しそうなくらいうろたえるシェフの娘に思わず謝ってしまう。
嫌な夢を見てしまった。
あの後、フォルテは自ら除名届を提出した。それは無形派の幹部をしていた父との勘当をも意味していた。
もう自分は歌えない。
誰かを傷付けてしまう歌など、ない方がいい。
「えっと、君は……」
昨夜見なかった顔だ。
短いブルネットをコック帽に隠している。眼鏡のレンズの奥では自信なさげにどんぐり眼が泳いでいた。いくら人が多くても厨房に一人女性がいたらさすがにフォルテも気付く。
きっと朝になって店にやって来たのだろう。
「はいっ、コラットともーしますっ!」
ぴんと背を伸ばして名乗る。
「ぼくはフォルテ。君はその、さっきなんて? 誰に起こすよう頼まれたって?」
「もっちろん、ラッグ師匠ですよ! お客さんなんですよね?」
師匠。
あの人懐っこそうなバーテンダーには似合わない呼び名だ。
そこまで考えて、ふとフォルテは窓の外を見る。
日はずいぶん高い。
「ごめん、もう一つ聞いていいかな?」
「はい! なんなりとっ!」
「今何時?」
コラットは無邪気に笑って答えた。
「もうお昼時ですね! そろそろ開店の時刻です!」
一瞬後、寝過ごしたことを知ったフォルテの絶叫がとらねこ亭に再び響いた。
◇
お、とラッグが階段から転がり下りてきたフォルテに手を上げる。
「おはようさん。よく眠れた?」
「おはようございます! あのっ、楽譜はっ」
何か思い出さなかったか、と聞こうとして、ラッグを取り囲んでいる筋骨隆々な男たちに気が付きあんぐり口を開ける。
「らららら、らっぐさんっ!」
「あ、大丈夫大丈夫。おれの知り合いだから」
ラッグは努めてのんびりと言った。
体長二メートルは超すであろう巨人たちに比べると、ラッグの小柄な身体はすっぽりと隠れてしまう。
「ラッグの旦那、もしやあいつが?」
「そ。依頼人だ」
不機嫌なブルドックのような声で男が尋ね、ラッグが頷く。
「んじゃ、やっぱり北方面はなしか」
「あっちぁ詰所がある。自警団の連中が目を光らせてまさぁ。さすがに造形派のヤツらも好き勝手にゃしねぇでしょう」
「んー、だよなぁ。この辺も別にもめごとがあったなんて話聞かないし。南の方の情報に期待するか……。さんきゅ、ロシャン。念のため今後も注意しといてくれ。もう一度場所を変えて造形派が荒らしに来るかもしんないからな。新しい話仕入れたらすぐ連絡しろよ」
頬に走った傷を歪めて大男が笑う。
「分かってますぜ、旦那ぁ。その代わり……」
「はいはい。『勇敢なる男、ロシャン・ブルー様』で良かったっけ?」
「さすがぁ、ラッグの旦那だぜ! 話が早くて助かる!」
乱暴にラッグの背中を叩き、ぞろぞろと大男たちが店から出ていく。
「今のは……?」
「親切なボランティアの皆様だ。サイン一枚で協力してくれたよ」
とらねこ亭の歌姫の力は絶大だった。
「今いろんなツテ頼って、あんたの楽譜を持ってった造形派の連中を探してんだけどよ。まだはっきりした情報は来てないんだ。悪いけど、もうちょっと待っててな」
申し訳なさそうにラッグは言った。
自分が惰眠をむさぼっている間に、彼はフォルテの楽譜をずっと探してくれていたのだ。
ぶわっとフォルテの涙腺が崩壊する。
「あ、ありがとうございます……っ! こんないい人たちに巡り合えるなんて、ぼくはなんて幸せ者なんだ!」
「大げさだし……。それに、まだ見つかると決まった訳じゃない。結局、あんたの楽譜をどこで見たのか思い出せないんだよな」
ラッグはテーブルを布巾で拭きながら、眉根を寄せる。
思い出せそうで思い出せないのが気持ち悪いらしい。
「カルミナがあんたをここに寄越したってことは、ここに何かあんたの楽譜を見つけるヒントがあるはずなんだけど。コシュカとお嬢も、独自のルートで探してみるってよ。運がいいよ、兄さん。あの二人が重い腰上げるなんて滅多にないぞ?」
フォルテは目を見開いた。
メニはともかく、一番乗り気でなかったコシュカまで協力してくれているとは。
「師匠! 早く日替わりスープの味見てくださいよぉ。もう看板出しちゃいますよ?」
「おう。ちょっと待ってな」
奥のコレットに返事をしたラッグが、ちょいちょいと人差し指でフォルテを厨房まで招き、ほいっと手渡したのは銀のトレイ。
ウェイターおなじみのアイテムである。
「んじゃ、今日は席の案内からはじめるか。どうせ楽譜見つかるまで暇でしょ?」
すっかりバイト扱いされているフォルテであった。
次の投稿は7月20日23時です。




