序章
少年は無心に走らせていたペンを、ようやく脇に置いた。
山のようになった紙束を見て、苦笑する。つい後先考えずに書き留めてしまうのは自分の悪い癖だ。
少年は紙面を愛おしそうになで、微笑む。
「君がこれを読んだら、どんな顔をするかな?」
親友の顔を思い浮かべ、少し寂しげに。
分かっている。
これがきっと、世に出ることはないだろう。
自分の夢が、生涯叶うことはない。
「それでも、ぼくは……」
夜風が吹き荒れ、窓をがたがたと揺する。
少年は構わず目を閉じた。自分の世界に入ると、外の雑音はまるで気にならなくなる。荒れる風も、階下で慌ただしい家事の音も。
静寂。
途端に、頭の中に澄んだ音が聞こえ出す。
小鹿のように駆けるピアノ。天上に響くバイオリン。それを追いかけるビオラ、セロ、コントラバス。トランペットのソロが滑り込むと、クラリネットとフルートのデュエットが旋律を紡ぎながら遊び始める。
あっという間に少年の脳裏に、オーケストラが完成する。
知らず少年は机の端をリズミカルに指で叩いていた。
積み上がったハーモニーが、音を交わしながら海辺の波のように盛り上がり、そして引いていくと。
静まった音の層の頂点に朗々と響き始めるのは。
聞き慣れたテノールの歌声。
「×××」
少年の頬に涙が伝った。
頭の演奏はまだ止まない。