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bukimi

電柱

作者: yuyu

 ぼろぼろに擦り切れたリュックサックを背負い、一人帰路につく男がいる。髪は全く整えておらず、無精ひげが伸びている。

 

  煙草を長年吸っている為か、歯には所々ヤニがついている。衣服に染み付いた煙草の匂いも重なり、通りがかる者達に、不快感を与えていた。


「じろじろ見やがって。珍獣じゃないんだぞ」


 道端に唾を吐きかけながら、ぼやく人物は長峰正。


 名のある大学を卒業後、大手の一流企業へ入社。流れるように出世街道へと躍り出た矢先に、自分自身の浮気がばれ、社内でも居場所が無くなり、自主退職。

 

  再就職を考えた時期もあったが就職難の世代も相まってか、不採用通知の山だけが、次々と築き上げられていった。もう五十も手前の年齢まできている。


 女も子供もいない。一人だけの貧しい生活を日々淡々と過ごしている。現在は、歩いて十五分ほどの場所にある製造工場で勤務している。螺子を作る工場であり、製造ラインの見守りや監督を行っている。サービス残業は当たり前のように毎日行われており、本日も、すでに夜の十時に差し掛かる寸前に退社となった。


「早く工場辞めて、女でもつくって、遊んで暮してぇな」


 以前は、一流企業に勤めていたが、退職後の就活のストレス。さらに、不採用が続くことにより、気持ちが酒に走るまで時間はかからなかった。

 

  酒に手を出すと、次は煙草、最後にはギャンブル。借金の督促状の山も不採用通知と同じようになる頃、男は焦った。金を稼がなければならないと。

 

  藁にも縋る思いで、今の工場に入社。周りから見れば、ブラック企業と言われる職場であろうが、かろうじて借金を返せるだけの給料を貰える職場でもあり、この歳まで文句一つ言わずに、寡黙に働き続けていた。


「さっさと帰って、飯食うか」


 正が辿り着いた先は、四階建ての木造のアパート。部屋は二階にある為、階段を上る必要があるが、一段一段踏みしめていくたびに、不協和音を奏でる。


 いつか、穴が開くのではないかと思うほどだ。二階には部屋が六つあり、正の部屋は、一番角部屋。茶色く薄汚れた共用廊下の突き当りに位置する。


 古びた鍵を片手に持ちながら、聞き慣れた階段の音を両耳に迎え入れ、自分の部屋へと真っすぐに歩いていく。ドアの前に着いた。鍵をドアノブに差し込み、回す。鍵が開いたことを確認し、やや乱暴にドアを引く。


 『以上、本日のニュースでございました』


 ドアを開けた瞬間、室内の小さなブラウン管テレビから音が聞こえた。どうやら、テレビを点けたまま、仕事に向かっていたようである。

 

  正は悪態をつきながら、テレビのリモコンの電源ボタンを勢いよく押す。すぐに画面は真っ暗になり、反射して真正面にいた正の顔を映す。逆さまの女の顔もだ。


「ああ!?」


 正は驚き、尻餅をついて、画面からのけぞる。真後ろには窓があり、すぐ近くには電柱が建っている。

 

  夜中である為、外灯も点いており、まるで、女は両足から、電柱にぶら下がっているかのような体勢である。正は画面からのけぞったが為に、窓のほうへと近寄る体勢になっていた。

 

  電柱の方向から音が聞こえる。まるで、黒板に爪を突き立て、そのまま引き裂くかのような音だ。不快感と恐怖が正を同時に襲う。


「ちくしょう!なんだってんだ!」


 煙草の吸いすぎですでに枯れかかっていた喉から、大声で叫ぶ。そして、思い切って窓の方へと体ごと振り向く。女の姿は無く、いつもの見慣れた電柱が建っており、外灯には虫がたかっている光景が見えるだけである。


「酒の飲み過ぎか?もう寝るか」


 食事もとらず、着の身着のまま正はほつれている布団へと体を滑り込ませた。まだ、背中には冷や汗が残っていた。


 一週間後、またもサービス残業の帰り道を一人、ふらつきながら歩いていた。


「残業多すぎだろ。また酒飲むか」


 毎日のようにぐだを巻きながら、部屋まで帰り着く。ドアを開く。テレビの音が聞こえてくる。

 

  一瞬、心臓が早鐘を打つ。先週と全く同じ状況をまるで、ビデオを巻き戻して再生されたかのように、再現されていたからだ。


 自然と正は生唾を飲み込み、窓のほうを向いた。電柱が見えるだけだ。安堵の溜息をつきながら、すぐにテレビの画面を落とす。またも、画面に反射し、正の顔が映し出される。


 そして、逆さまの女の顔も。


「うわあああああ!!」


 二度目の出来事に正は混乱し、手元に持っていたリモコンを振り向きざま、窓へと投げつける。


 パリン!


 小気みの良い音を立てながら、リモコンが直撃した窓ガラスは割れ、砕けた破片はまるで雪の結晶のように地上へと落ちていった。電柱に女の姿は無い。


「はぁ……はぁ……ふざけんなよ」


 荒い息を吐きながら、額にまで浮かび上がった汗を、工場の油で薄汚れた袖を使って拭い去る。明日、アパートの大家に問い詰めてやると正は固く決心していた。


 翌日、大家のもとへすぐに向かい、今までのことについて、大声で喚き散らした。すると大家はたどたどしい口調で話し始めた。


「実はこのアパートでは、飛び降り自殺が過去に起きていました。しかし、不動産会社の方からは、もう報告する義務である期間は過ぎているから、入居者には話さなくていいと言われていたもので……」


「ふざけるな!こんな部屋出て行ってやるからな!」


 正は自殺という言葉を聞いた途端、憤慨し大家の言葉を遮って、大家から離れていった。


 数か月後、引っ越し業者が男の部屋から出入りする様子を、遠くの場所から見守るように大家が見ていた。正の言動に違和感を感じながら、呟く。


「飛び降り自殺した人は、男性の方だったと聞いたんだけどねぇ」

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