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第2話

 ナーベに旅立つ準備をすべく、父と俺はオーミ領にトンボ返りすることになった。


「なあ親父、ナーベと言えばあの魔の原があるところだよな」


「ああ、そうだな」


「そんなところで俺はやっていけるんだろうか」


「さあな。だが、行けと言われた以上いかねばなるまい」


「確かに……」


 拝領により俺の指揮下に加わった兵力は約三百、爵位などなく戦場でも小隊長しか務めたことがない齢16の俺には大出世である。

 このヤーフェ王国が建国されて千年が経つが、未だに泰平の世は訪れていない。

 国王陛下は、日頃から地方で暴れる賊や魔物の対応に頭を悩ませていた。

 その懸案地域の一つがマイナ領のナーベ地区である。

 マイナ領は、現領主であるマイナ伯爵が治める土地で、領地は広大な上、賊や魔物が多数存在している。

 領主の勢力だけでは辺境まで統治しきれない状況にあった。

 こういう場合、通常は解決策として、優秀な者を領事として当てることになるだが、人選が問題となる。

 特に今回の場合は、あの過酷な状況下で耐えられる者を選ばなければ、同行した王国軍諸共壊滅的な被害を被ることになるだろう。

 そこで、陛下は最も信頼が厚いマグフレッド将軍に相談したらしい。


「将軍からオーミに元気なのがいるとのアドバイスがあったようだが、心当たりはないのか」


「……ないな」


 将軍の目に留まるとすれば戦場でのことなのだろうが、これまでに俺が戦場に赴いたのは2度だけだ。

 それも、兄者が率いる大隊の構成員として参加し、敵小隊と戦っただけのことである。

 特段功績を残したわけでもない。

 どうして将軍から後押しがあったのかは謎のままだった。


「それよりも俺としては結婚相手の方が気になるけどね」


 実は、赴任と同時に結婚も確定してしまったのだ。

 決まったのは結婚することだけであって、誰とするかははっきりしていない。

 これは、マイナ領主であるマイナ伯爵の令嬢と婚姻することが拝領の条件として付されたためである。

 現在、ナーベはマイナ伯爵の領地であり、王が何の理由もなく領地を取り上げるというわけにはいかない。

 そこで、血縁者との縁を結び実質的な影響力を確保することで、反発を抑えようという魂胆であった。


「嫁に来る者の質など期待しないことだ。お前なぞに条件の良い者を当てる意味がないからな」


「否定できないのが悔しいが、そのとおりだ」


 マイナ伯爵は有力貴族で、今回は土地を分け与える立場にあり、どの娘を嫁にやるか俺に気を使って選ぶ必要など全くないのである。

 伯爵令嬢がどんな構成になっているのか全く知らないが、期待しない方がいいだろう。

 今頃、伯爵家では誰が貧乏くじを引くことになるのか、姉妹で醜い争いをしているかもしれない。


 こんなことになるならもっと社交界に参加しておくべきだった。

 どんな相手かは当日のお楽しみになりそうだ。



  ※  ※  ※  ※  



 オーミ領に戻ると、皆が俺の拝領を喜んでくれた。

 遠方へと飛ばされると言えば聞こえが悪いが、大出世であることに間違いはないのだ。

 

「バドル君、おめでとう!」


 教会の前を通りかかると、俺と歳も少ししか変わらない少女が出迎えてくれた。

 俺がこの地を立つ話はもう耳に入っているようだ。


「ああ、ありがとう」

 

 彼女の名は、クリス。

 オーミ領の中心地にある教会のシスターだ。

 聞いた話では、俺の遠縁にあたるらしい。

 両親が早くに亡くなってしまったので聖職の道に入ったが、俺の幼馴染であり、理解者でもあった。


「いいことがあったはずなのに、なんだか浮かない顔をしているね」


 透き通った青い二つの瞳が俺の顔を覗き込んだ。

 まったく、両手を上げて喜んでくれれば余計なことを考えないで済んだものを。

 こいつに隠し事はできないな。

 心の内を見透かされた俺は、本音を話すことにした。


「俺は傍系の三男坊だから、もともと大した出世ができるとは思っていなかった。この地で歳を取って、両親と同じ墓地に埋葬されると思ってきたんだ」


 オーミには一族を弔う専用の墓地がある。

 戦場に赴くことがある以上、このオーミで生涯を終える保障はないのだが、どこで没せようとも一族お抱えの教会が手厚く埋葬し「同胞」たちと共に眠ることが許される。

 俺が新天地に赴けば、その地に新たな墓地が作られるのが通例だ。

 当たり前だと思っていたことが叶わなくなる。


「確かにバドル君はマザコンだったからなあ。死後ママンと一緒いられないのはつらいだろうねえ……」


「マザコンじゃなくて、親を尊敬しているだけだ。馬鹿が」


 ……まあこの際どちらでもいいが。


「やっぱり一人は寂しいよねえ。私も分からなくはないし……」


「あ、持ち込む資材の確認の途中だった。それじゃあまたな」


 俺はクリスに手を振り、背を向けた。 


「バイバイ、バドル君」


 夕日に向かい立ち去る少年。

 赤い夕日が映る青い瞳。

 一人の少年を見送る少女の瞳には覚悟の意志があらわれていた。




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