第1話
「バドル!バドルはいるか!」
屋敷内に父の声が響いた。
一体何事だろう。
手入れしていた武器を置いたところで、俺の部屋の扉が勢いよく開かれた。
「何か用ですか?」
「お前に王城への出頭命令が出ている。一体何をやらかした?」
「は?」
父の手には一通の封書が握り締められていた。
封筒には国王陛下の紋章の封蝋があり、その内容が陛下のお言葉そのものであることを示している。
そこには、確認したいことがあるので直ちに父と二人王城へと出頭せよと書かれていた。
寝耳に水だった。
過去の行いを探っていくが、思い当たる節はない。
しいて言えば、数年前に社交界でトラブルがあったことぐらいか。
どちらにしても今更呼び出されるほどのことではないはずだ。
まさか誰かに嵌められでもしたというのだろうか。
権力のある中央の貴族に目をつけられでもしたら、田舎貴族の三男でしかない俺など抵抗する力すら持たない。
さあっと顔から血の気が引いていくのがわかった。
呼び出された理由はわからないが、命を受けた以上は一刻も早く王城へと出向かなければならない。
慌てて身支度を整え、父と馬車に飛び乗って王都へと旅立った。
普段なら楽しい王都への旅路も息の詰まる待ち時間でしかなかった。
通りかかると必ず立ち寄る名店の絶品料理も、今回はあまり喉を通らなかった。
※ ※ ※ ※
馬車に揺られること三日と半日、王都の中心に位置する王城にたどり着くと、すぐに国王陛下に謁見することになった。
我々の対応をした者にも呼び出しの理由を聞いたのだが、何もわからないという。
全ては陛下の口から聞くしかないようだ。
俺と父は王座の間で緊張した面持ちで跪き、国王陛下の御成を待った。
「双方、面を上げよ」
壮年の男の声が聞こえた。
命に従い顔を上げると、正面の王座には白髪の男性が鎮座していた。
千年以上の歴史を誇るヤーフェ王国国王陛下その人である。
顔には深い皺がいくつもあり、それなりの歳を重ねていることがわかる。
それなのに、赤い瞳から放たれる眼力は年寄りのそれとは思えない威圧感であった。
「オーミ領主実弟にして同領軍事官ハイネ・ド・オーミ、そしてその三男がバドル・ド・オーミ、命に従い参上いたしました。国王陛下におかれましては御機嫌麗しく――」
「形式的な挨拶はいらぬ」
震えた声で絞り出した父の言葉が途中で遮られた。
重苦しい空気が漂っている。
「そなたがバドルだな」
「はい」
王の鋭い眼光が俺に向けられた。
ずしりとした重圧感に縛られたようになるのだが、果たしてこれは気のせいと言えるのだろうか。
俺も、王も一言も発せず、互いにしばらく見つめあった。
魔物の中には目を逸らした瞬間に襲ってくる種類のものがいる。
俺が置かれた状況はまさにそれに近い感覚だった。
それでも、これほどのオーラを発する魔物になど出会ったことはないのだが。
数秒が数刻のようにも感じられた。
そして、それは唐突に終了した。
「なるほどな」
王は突然その表情を和らげ、ニカッと白い歯を見せて笑ったのだ。
何が起こったのかよくわからなかった。
「やはり将軍の言うとおりじゃったの」
王はそう呟いた。
一体何の話だろうか。
未だに俺がここに呼ばれた理由に見当がつかない。
「ハイネよ。バドルに婚約者はいるのか」
「お、おりません」
「バドルよ。将来を誓い合った相手はいるか」
「いえ」
もちろん偽りなどないのだが、仮にあっても肯定できないような雰囲気だった。
何だろう。
縁談でもあるのだろうか。
「うむ、よかろう」
王は満足そうに頷いて続けた。
「バドル・ド・オーミ、そなたにマイナ領ナーベ地区領事を命ずる」
それは、何が何やらわからないままに、田舎貴族の三男である俺に拝領が決まった瞬間であった。
【補足】
時は室町時代、作者の先祖は一地方に勢力を置く武士の一門でしたが、朝廷の命により京の都からさらに遠方の地方へと派遣されることになりました。
作者の家系は、この祖先の男子傍系に当たり、当家初代の登場はこれより数代先のことになります。