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遠き地の魔導師

その始まりはなんて事無い普通の日だった。

特に何もする事がない土曜日の朝、それは予兆だったのかもしれないし、もしくは意味なんて無かったのかもしれない。

後から思い出すとそれが全ての始まりだったのかもしれないけれど、その時の私は特に気にしてもいなかった。

黒猫が目の前を通り過ぎ、振り向いた時に目が合ったくらい、よくよく思い起こせば一度二度あるような気もするが、何はともあれ私は少し変な事になってしまった。


先程まで元気にカップケーキ片手にるんるんで居たにも関わらず、今私は笑顔では無く困惑顔で一人の少女を見上げている。


桜色の長い髪は頭の高い位置でツインテールにされており、その髪は足首近くまである。

まあるい金色の瞳は色素の薄い睫毛に縁取られており、顔面キャンパスには見事に整ったパーツがそれぞれに配置されていた。

闇色のマントと赤を基調としたワンピースの様な服を着て、少女は私を見下ろしながら、今時おばあちゃんでも言わない厳かなと言うか、昔の口調の様なもので鈴の音を紡ぐ。


「なんじゃなんじゃ、結界に変な物が触れたと思えば…人の子か」


「子?」


話し口調とその見た目とのギャップに驚いてつい声が出たが、私の声なんて聞こえてないかの様に少女は首を傾げた。


「しかも稀なる血を受け継いでいるようじゃ。

これならこの黄昏の魔導師、キランディーナ様の結界を超えられても仕方無いが…しかし、こんな子供にそんな力を制御出来るようには見えんがなあ」


そしてひとしきり眺め終わると、ゆっくりと手を伸ばし口角を上げた。


「綺麗な茜色の髪だ」


「え!?」


言われて驚いて、私は肩に掛かった自分の髪を引っ掴んだ。

目の前まで持って来て、その色に更に驚いて声を上げる。


「なにこれ!?」


「なんじゃ?騒がしい娘だな」


僅かに眉を寄せる少女に何事も返さず、私はただ自分の髪を見て騒ぐ。

普通の黒髪が何故に赤く染まっているのか、そもそも此処は何処なのか、色々声に出したくても頭の中ではミキサーのように言葉が渦巻いていてうまく声に出せない。


「ま、此処に来たのも何かの縁だ。

入りなさい」


「え?」


少女は私の手を取ると、歩みを止めて私を見た。


「私は辺境の魔導師、キランディーナ。

そなたを歓迎しようぞ、茜色の君」


にこりと笑みを向けられて、今から少女が入ろうとしている家を見上げた。

大きな大きな白亜の建物。

あらゆる場所に蔦の巻き付く、忘れ去られた洋館に、私は足を踏み入れるのだった。



玄関をくぐり、ポーチを抜け、正面の部屋へと通されて。

私はただ少女の動きを観察していた。

裾の長いワンピースもそうだし、長い長いツインテールも、彼女の足に絡まってしまわないかと視線で追っていると「鬱陶しいわ」と苦笑されてしまった。


「長年この姿だ、案ずる事は無い」


「あ…そう、なの?ですか?」


口調から、もしかして歳行ってるのかもと思い敬語に直すと「良い」とまた笑われた。


「この姿を取ったのは、そなたのように気を使う者が多いでな。

敢えて緊張せずに済む様にこの姿なのじゃ。

相応に話してくれて構わん」


ティーカップを私の前に置いて、少女もまた対面の席に座る。


「紅茶は嫌いか?」


「いえ、好きです」


その答えに微笑んで、私は紅茶をストレートで頂く。

あまり紅茶の良し悪しは分からないけれど、香りがとても好きだった。


「美味しい」


「そうか、良かった」


少女も一口くちに含んで「それで」と話しを切り出す。


「そなたは何故此処に来た?」


「……わから、ない」


「ふむ、それは記憶が抜けていると言う表現では無く?」


「うん、むしろハッキリ覚えてる。

私はさっきまでコンビニに買い物に行ってて、カップケーキを買って帰って来てて、あと少しで家に着くって時に……角を曲がると真っ白な光に包まれて、それに驚いて後ろに転んで…気が付いたら、此処に」


「ほう」


目を細めた少女は、また私を見て首を傾げる。


「変な術を使った形跡は無いな、何かの術に掛けられているのであれば見たら分かる。

しかしそなたには術を掛けられている痕跡が無い。

誰かの何かしらの術に巻き込まれたのかもしれんな」


「そ、そんなあ…」


「はっはっは!そう情けない声を出すな、人の子よ。

すぐに帰してやる事は出来ぬが、手助けはしよう。

先程も言ったが、これも何かの縁だ。

私はこれでも名のある魔導師で、この世の事はずっと昔から知っている。

各地に知り合いも居るし、きっと君の力になろう」


「………」


何処からかふわりと桜色の髪が揺れた。

それに感動したのか、それとも安心したのか、私は頬に伝う涙を袖で拭った。


「それで、そなた…名はなんと言う?」


「あっ、私は望月ひなたと言います」


慌てて袖で乱暴に拭うと「ひなた…」と少女は少し考える様にして顎を撫でる。


「シャロフィニカ」


「え?」


「この世界で暖かい光と言う意味だ。

君の真名は伏せておくように、この世界で名前を取られたらそれは君を縛る事が出来ると言う事になる」


「縛る…」


「君の両親がくれた大切な名前だ、大切にしなさい」


ふと笑った少女は戯けたように「因みに私の真名はキランディーナとリリシアと言う」と零す。


「どうして名前が二つあるの?」


「始めに生きた私の名前と、この娘の体の名前だ。

好きに呼んでくれて良いぞ」


にこりと微笑んで、少女はまた紅茶を飲む。


「……色々腑に落ちない事も多かろうな。

まあ、昔話のようなものだと聞いてくれ」


そう言った少女は、部屋の隅に掛けてあったタベストリーをテーブルに広げた。


「私の居る場所は、この地図だと…この辺り。

ドットオーギスと言う国の南にある大きな森の中で、ほとんど人が来ない辺境の地とされて居る。

伝承では神の居る土地と噂されており、マトモな思考の人間は寄り付かん。

長年生きて居ると人間は変なものだと勘付いて疎遠になるからな、初めの頃は国や村に居を構えていたが、私は人付き合いを捨てこの場所に来たのだ。

…私は魔導師、この世の全ての力を依り代に奇跡を起こす者。

傷を癒したり、属性を操ったり、時を遡る事が出来る」


「魔導師……魔法使いとはどう違うの?」


「魔法使いなあ」


瞬間、少女の眉間にシワが寄る。

その様子にハッとすると「そなたが悪い訳ではない」と苦笑した。


「ただ、祖の者からすると新参者が鬱陶しくある…様なものだな」


「新参者?」


「そう、我々魔導師と違い簡略化された陣を用いて現象を起こす者達が、現在魔法使いと名乗る者達なのだ。

魔とは自然との契約だ、多すぎず少なすぎず、バランスの取れた関係なのだ。

しかし奴らは、魔を便利な物と考え使い捨ての様に力を使う。

しかも簡易な物で倍以上の威力を求める厄介なものだ。

そう遠くない未来、魔法使いと言う人種の中で諍いが起こるだろう。

守る者と使う者、どちらが勝利するかはまだはっきりとした事は分からぬが、この世界は大混乱するだろうな、今まで便利に慣れていた物を手放さなくてはいけなくなる」


ククッと喉で笑うと、ハッとした様に「そなたにはつまらなかったな」と取り繕う。

それに首を振り「そんな事ない」と告げると、きょとんとして笑った。


「シャロフィニカ、そなたの髪がなぜ赤く染まったか教えてやろうか」


「あ、はい!」


そう言えばそうだと目を見開くと「ふむ」と得意げに腕を組んだ。


「魔導師の中には、自然の力を借りずとも力を使える者が居てな。

それは自然の力を体内に取り込んだり、身に付けているからなのだが、その中でも飛び抜けて君の髪は特殊なのだ」


「?」


首を傾げると「魔力は赤い色をしているんだよ」と笑われる。


「私も魔力は高い方だが、そなたはそれ以上だ。

今まで元の世界で生きて来た中で蓄積されたのだろう。

髪が赤くなるのは、髪の一本一本に魔力が宿っているからなのだ。

…君はきっと、良い魔導師になれる」


にっこりと笑みを浮かべる少女は「まあ、ここにいる間は好きに生きなさい」と言う。


私の髪の色にはそう言う理由があったのかと、なんとか飲み込むが…力の使い方が分からなければ何も出来ない。


「あの」


「ん?」


少女はこてんと首を傾げる。

出会ってすぐのこの人に、私は勇気を出して言ってみた。


「私に…魔導師のお勉強を教えて下さい」


そしてその言葉に、少女はきらりと綺麗な金色の瞳を細めて頷くのだった。

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