交渉
城を出てからはや6日、清美山脈は目前に迫っていた。
私たちは長峰様と私を含めた護衛5人であぜ道を馬に乗りながら移動していた。
「長峰様、麓が見えてきました。」
私は少し前で馬に乗り歩いている長峰様に目的地がすぐそこであることを伝えた。
清美山脈が近づくにつれ、その雄々しき姿から発する山の気が強まるのを感じていた。
「名前の通り美しいな・・・」
「左様でございますね。」
感嘆と敬意をこめた感想が長峰様の口からこぼれた。確かに清く、美しく、そして偉大な山だ。とても山賊が根城にしているとは思えない。
そう思うと、山賊の交渉のことを思い出し体がこわばった。
「陸芽殿、そう緊張せずとも良いでしょう。相手はたかが山賊、我らがいれば問題などありますまい。」
私の緊張を読み取ったのか私の横で馬を歩かせていた鋼炎が言ってきた。部下に緊張を見抜かれるとは私もまだまだのようだ。
「鋼炎殿・・・左様であるな。山士の長である私がこわばっていては示しがつかんな。」
「陸芽よ、今後山に入ってからの行動はお前に一任する、しっかり頼むぞ。」
長峰様はそう言って私を信頼していることを示してくれた。私は長峰様や仲間の気づかいを受け、緊張や不安を払うように大きく返事をした。
「はっ!お任せを!」
◇
「風丸!ちょっと話がある!」
霧松がやかましく騒ぎながら、俺のところに来た。
夜の酒盛りの時ぐらい楽しく騒げないのかこいつは。
「ダメだ。忙しい。」
面倒だったので軽くあしらおうとしたら、呆れた顔でため息をついてきた。
「忙しいって・・・酒飲んでるだけだろう?」
まったく一々五月蠅い奴だ。
俺はけだるげに片手で虫でも払うような動作をした。
「うるせぇな、酒飲むのに忙しいんだよ。あっち行け、楽しく酒飲んでるときにお前の辛気臭い面なんざおがみたくねーよ。」
「誰が辛気臭い面だ!・・・そんなことより山の麓を見張らせている奴から連絡が入った。なんと麓に日出国の殿様が止まっているらしい。」
また面倒くさいことを話されそうだ。早く話を終わらせよう。
「何!それは本当か!」
俺は目を見開き、心底驚いた風に聞き返した。
「ああ!本当だ。だからこれからどお動くか決めておかないといけない。」
「そうか・・・確かにそうだな。明日決めよう。」
そう言って俺は酒盛りを再開した。
「ああ、明日決めよう・・・って、そうじゃない!」
霧松は一瞬納得しかけたが、どうもそううまくは乗ってくれなさそうだ。
「明日の朝にはもう山に入っちまってるだろうが!それから考えたって遅いんだよ!とにかく殿様が来るんだ、連れている護衛も強者ぞろいに違いない。まずは、散らばってる仲間に襲わないよう連絡して、殿様の目的を探るために隠密が得意な奴らを集めなければいけない。それに・・・」
霧島は激流の様に次から次へと一方的に話してきた。
本当に五月蠅い奴だな、俺のやり方にあーだこーだ口出ししてきやがって。
「そんなもんいつもと変わらず襲って奪えばいいじゃないか。いつもと変わらず俺らはやってればいいんだよ。いきなり出てきた殿様なんか気にして何にもできないなんて絶対にやだね。」
俺が霧松の言葉を遮るようにそんなことを言うと、何が気に障ったのか霧松は俺を目いっぱい睨んできた。
「さっきも言ったでしょうが!護衛は強者ぞろいの可能性が高いんだよ!そんな奴らの前にのこのこ出て行って返り討ちに会いつかまりましたじゃダメなんですよ。」
霧松は顔を真っ赤にして耳元で怒鳴ってきた。俺は耳鳴りがして思わず耳をふさいだ。
「五月蠅いな・・・お前俺が負けるとでも思ってんのか?」
耳鳴りが収まってから俺は自信満々に霧島に尋ねた。
「アンタが負けることはないと思うが、アンタ以外が問題なんだよ、敵は殿様抜いて5人だ。その5人とも『気』を使える奴だったらどうするんだ?俺やアンタは何とかなるとしてもほかの奴らじゃ百人いても一人倒せるかどうかなんだぜ。」
「じゃあ俺とお前だけで行けばいいじゃねぇか。それで万事解決だ。」
俺が言った解決策を霧松はどうもお気に召さなかったようだ。
「私やアンタが死んだら山賊が散り散りになるでしょう!そんなことはできません!」
「だあぁもう!めんどくせぇな!」
そんなの何とかなるじゃないか。何を言っても聞く耳持ちそうにないので俺は強硬手段に出た。
俺は木に飛び移り他の山賊仲間が飲んでいるのを見渡せるようなところに移動した。そして下の奴らに向かって叫んだ。
「お前ら!今麓に日出国の殿様が止まっているらしい!明日には山に入ってくるだろう!殿様が俺たちの住処にくるんだ!丁重にお出迎えしようじゃねーか!ってことで明日に備えて接待の準備をしとけ!たんまり褒美をもらおうじゃねーか!なぁお前ら!」
俺が叫ぶと下の奴らが一斉に雄たけびを上げだした。
俺は元の場所に戻ると、呆然としている霧松の肩をたたいて耳元で呟いた。
「まぁ、そういうことだ。」
俺は椅子に腰かけまた酒を飲みだした。
◇
私たちは麓の猟師の案内で山を歩いていた。山に入り2時間は立っているが一向に山賊とは出会えない。
「なかなか出てこないな・・・」
部下の快乃助殿が山賊と出会えないことに若干イラつきをおぼえたのかそんな愚痴をこぼした。
「焦るな快乃助殿、今この山を通るものはあまりいない、私たちのような者は格好の的だ。いずれ襲ってくる。」
私がそう諭したが短気な快乃助は不機嫌なことを隠そうともせず、口をへの字に曲げて森を睨んでいた。
「しかし山賊に会えないのであればこんなところに来た意味がない。少し危険なところにも足を踏み入れたほうが良いのではないか?」
「気を抜くな。いつ襲われるかわからん。」
私の代わりに鋼炎が快乃助を諭した。確かに快乃助の言うことも一理あるが長峰様を連れて危険な場所に足を踏み入れるのは危険すぎる。
「山賊に襲われたと言われる場所なら知っていますがいかがいたしますか?」
私たちが話していると道案内の猟師が気を利かせてくれたのかそんなことを言ってきた。
「いや、結構。安全な道を歩いてくれ。」
私がそう言うと長峰様がそれをさえぎるように割って入ってきた。
「いや、その場所に案内してくれ。」
「かしこまりました。」
長峰様がそういうと猟師は道筋を変更した。
「長峰様、お言葉ですが危険なところに自ら足を踏み入れることはしないほうがよろしいかと・・・」
私のその言葉に長峰様は笑みを返した。
「考えがある、まぁ見ておれ。」
その不敵な笑みに何か深いお考えがあるのだと思い、それ以上の反論をやめた。警戒を強めるよう他の護衛達に伝えた。
「つきました、ここがその場所です。」
しばらく歩くと猟師が立ち止まりそう言った。見るとそこら中に背の高い気が生い茂る中にぽっかりと穴の様に開けた場所についた。その中心に私たちはいる。
「このような開けた場所で襲われたのか?」
私が聞くと猟師はこちらに向き直りいやらしい笑みをしながら答えた。
「このような場所のほうが囲みやすいのですよ。」
その言葉を聞いた瞬間、周囲に複数の気配を感じた。
「囲まれた!」
すぐさま臨戦態勢になり長峰様を囲うように各々武器を構えた。周囲の木々から人影が続々と出てきた。
「おい猟師!これはどういうことだ!」
猟師に問うたがその時には猟師は忽然と姿を消していた。どうやら図られたらしい。密偵を使っておびき寄せるとは、山賊は思ったより頭が回るようだ。
そのように考えていると周りの者たちより一層強い気配が二つ私の正面から現れた。
「よう、殿様。悪いが金目の物やらなにやら全部置いてってもらうぜ。」
そんな軽薄な態度でその強い気配の持ち主が話しかけてきた。
見るとそこには髪を無造作に刈ったような髪型の私より多少小柄で多少細身の男が、腕を組みながら木の上からこちらを見下ろしていた。
◇
なるほど、強者ぞろいだな・・・。
そんなことを思いながら俺は木の上から見下ろして言い放った。
「よう、殿様。悪いが金目の物やらなにやら全部置いてってもらうぜ。」
そう言いながら俺は内心満足感に満たされていた。権力の上に胡座をかいてるような殿様に上から目線でものをいうのが大好きだからだ。
満足感を味わいながら次の言葉を言おうとしたら、横にいた霧松の野郎が口を挟んできた。
「いつから気付いていた?」
何言ってんだこいつ?と、俺が思っていると殿様が不敵な笑みを見せながら答えてきた。
「猟師が案内を快く受けてくれたと聞かされた時だ。こんな危険な仕事を簡単に受け入れるなど怪しすぎる。」
その時俺は気づいた。この殿様図られてたことに気付いてやがったのかよ。
「なるほど、確かに欺く話術も教えておくべきだったな。勉強になった。」
霧松は殿様の言葉を素直に受け取り礼を述べた。
何を敵に対して礼述べてんだよ!と、思いながらもこのままでは俺の立場がないので取り敢えず俺も気づいていた振りをして殿様に話しかけた。
「気づいててなんで嵌ったんだ?テメーの護衛も驚いているようだが?」
どうやら護衛にも何も言わずに罠にはまったらしい。その証拠に護衛共は随分狼狽えてる様だ。
「俺の目的はお前たち山賊鎌鼬だ、そちらからあってくれるなら願ったりかなったりだ。だが護衛であるこいつらは私を危険な場所に行かせることは無いだろう、なのでこの者たちには何も伝えなかったのだ。そのことは、お前の横の者は分かっているはずだ。」
何!?そうなのか!?
目線を霧松に向けると霧松は小さくうなずいた。どうやら墓穴を掘ったらしい、このままでは本当に俺の立場がない。
俺は取り敢えずそこら辺の詮索はあきらめ別の話に切り替えた。
「一応聞いてみただけだ。もちろん俺も分かっていた。」
苦し紛れの言い訳に霧松は呆れたようなため息を漏らした。
後でしばいておこう。
「鎌鼬に用があるってんなら俺に言いな。俺はこいつらの頭をやってる風丸だ。」
何とか俺の立場を守るため俺が頭ということを明かした。
「そうか・・・では風丸殿、単刀直入に言おう。お前たちを雇いたい!」
雇う?国の殿様が俺達山賊をか?どういうことだ?
「霧松、どういうことだ?」
「俺に聞くなよ!・・・そいつはどういうことだ?」
分からないから霧松に聞いたが、どうやら霧松も分からないらしい。殿様に質問しだした。
「うむ、実は我が日出国が仙囲国に攻め入るのにお前たちの力を借りたいのだ。もちろん、報酬も払う。我が国の軍にそなたらを迎え入れよう。」
なるほど、俺達を戦争で使いたいから軍に引き入れようということか。それで・・・
「霧松、何が俺たちに徳なんだ?」
「もうアンタは黙ってろ!俺が交渉する!」
霧松はイラつきながら怒鳴ってきた。何をそんなにイラついてるんだ?なにわともあれ、ちょうど話すのが面倒くさくなってきたところだったから大人しく変わることにした。
「なるほど、軍として引き入れてくれるのなら確かに山賊をしているよりもはるかに実入りも良いな。それで、軍となるのだからそれなりの身分は貰えるんだろうな?」
「それは働きによる、良い働きをすればそれ相応の身分を与えよう。」
「それじゃあ不安が残るな。身分と金を与えると言っておいて使い捨てられたんじゃ目も当てられない。」
「なるほど確かに信用できないな・・・ではこれはどうだろう?金は先に与えよう。身分は働きによってだ。与えられた身分に満足できなければ我が軍を去ってもよい。言っておくが、金だけもらって逃げようものなら、軍を上げてお前たちをせん滅する。」
「なるほど、逃げなければどっちに転んでも金は貰えるし、よくすれば身分も貰えるということか。」
よく小難しい話を長々としていられるなこいつらは。
そう思いながら俺は殿様の護衛の一人に注目していた。5人の内少なくとも3人が気の使い手だろう。その中で一番体のごつい長髪の男から一層強い力を感じる。
「それならば、良いだろう。その話受け・・・」
「まった!!」
霧松が話を受け入れようとしたのを俺は大声を出して遮った。
「お前たちの兵・・・山士とか言ったか?そいつらの中で一番強い奴は連れてるか?」
霧松どころかこの場の全員がキョトンとした顔をして俺を見ていた。しばらくして、殿様も頭が回りだしたのか答えた。
「あ・・・あぁ、連れている。それがどうした?」
俺の質問の意図を悟ったのか霧松は頭を抱えていた。俺はにやりと笑みを浮かべて言い放った。
「そいつと一対一で戦わせろ!勝ったらその話乗ってやる!」