始まり
初投稿です。
俺は自由に生きてきた、それに後悔や未練はない。ただ風の様に気ままに生きていくだけだ。これまでも、そしてこれからも。
「暇だなぁ・・・」
俺は何の気なしにそう呟き、木の上でだらだらとしていた。木の上でごろごろ寝っ転がりながら煙草を吸うのは好きだが、このところ毎日こうしているのでさすがに飽き飽きしている。
「このところ山を通る旅人もめっきり減ってしまいましたからね。」
木の下で霧松の奴が乳棒で薬草を擦り混ぜながらそうぼやいた。薬草の癖のある臭いが木の上まで臭ってくる。
「なんでこうもみんな山を通らないかね。これじゃあどんどんひもじくなっていくじゃないか。」
「巷で噂の山賊が住む山に好んで入ろうとする人がいるわけないじゃないですか。」
俺のけだるげに言った愚痴に、霧松は律儀に答えてくれた。こういうところを見るとこいつは良い奴なんだなと思える。
「なんだ?俺達そんな有名になっていたのか?」
「知らなかったんですか?まったく、少しぐらいは俗世のことに関心を持ってください。この様子じゃ日出国と仙囲国の戦争の話も知らないでしょうね。」
「へぇー、あの二つの国戦争していたのか。にしてはこの山を兵士が大勢で通ったことなんて無いぞ?」
俗世について何も知らないことを霧松は咎めたが俺は悪びれることは無かった。俗世のことなんてどうでもいいことだからだ。そんな俺に少し疲れたように霧松は教えてくれた。
「山道も整備されていないこの山を大群で進行するには無理があるでしょう。それに加えて俺たちもいますし。どちらも手を出せない状況なのです。」
「ほぉー。俺たちが軍の進行を止めてるなんて面白い話だな。」
俺が能天気にそう答えると霧松はむっとした目でこちらを睨んできた。俺は余裕で口笛を吹いて見せた。
「まぁ、戦争の話は置いておくとして、それより問題はこれから俺たちは食い扶ちをどうやって得るかということですよ。」
霧松は俺の態度を見て諦めたのか最初の話題に話を戻した。
「どうにかなるだろ、なんだったら農村まで降りて農作物かっぱらえばいいじゃないか。」
「そんなことして国の兵士に見つかったりしたら面倒になるじゃないですか。特に日出国の山士に見つかれば随分と手痛い目に遭うのは明白です。」
「日出国の山士か・・・。確かに鬼神のごとき強さと聞き及んでいるが、俺にかかればどうってことねぇよ。」
実際、何度か山を通る山士を襲って勝っている。他の奴らはどうかは知らないが俺と霧松なら多人数相手でもどうってことはない。
「前に襲った山士のことを言っているのでしたら甘いですよ、あいつらは山士の上位層ではありません。頭としての責任があるのだから下手に変なこと言わないでくださいよ。」
なんでこいつは責任だのなんだの言って俺を縛り付けようとするのかね?こいつのこういう所が俺は大嫌いだ。
「なんで俺、山賊の頭やってんだろうな。」
「あんたが前の頭を殺したからですよ。」
「忘れたよそんな昔のこと。」
俺の言葉に霧松は深いため息をついた。
山賊というからにはもっと自由な稼業だと思っていたが、やはり一人が一番良いようだ。周りがウザったくてしょうがない。
「どっかに俺達雇ってくれるとこ無いかな・・・。」
そうすれば俺は山賊やめて晴れて自由の身となる。
「そんなうまい話あるわけないでしょ。俺達山賊ですよ。」
こいつの夢のないところも俺は嫌いだ。
◇
私は自由を体現するような男を見てきた。後にも先にもあのような男と出会うことはない・・・そうはっきりと言える。
「お言葉ですが長峰様!そのお考えには賛同しかねます!」
私は声を荒げ、手を机に叩き付けながら王に申し立てた。
「まぁそう興奮するな。何も誰彼構わず軍に引き入れるわけではない。しっかりとこの目で見定めてから決めるつもりだ。」
長峰様がそれを制するように細い腕を上げ手のひらを見せた。
「何と言おうと許されません!山賊を軍として迎えようなど!そんなことをしては軍の統率が乱れます!」
私は王の説得を意に介さず反対した。
「それにたとえ山賊を配下にしたとあっては、大陸の天下を取ったのち国の恥となります!」
「ではお前は山賊を使わずして仙囲国の守りをどう突破すると言うのだ?」
長峰様は眉をひそめながら私に問うた
「軍を上げて山を切り開き、その後に攻め入れば良いのです。山賊など使わずとも大陸屈指の強さを誇るわれら「山士」がいれば戦には勝てます。」
たとえ山々に囲まれた仙囲国であろうとも武をもって制すればよいのだ。
そんな私の訴えを長峰様は静かに首を振り否定した。
「兵の強さや数では戦には勝てぬ。策もなく戦いを挑めば必ず打ち返される。山を切り開くと言ったがそんな規模の大きなことを長々(ながなが)と続けて敵が気づかぬわけがない。そうなれば攻め入るころには戦場に敵の策と罠が張り巡らされているであろう。いかに我が国の山士であろうと勝つのは難しかしいだろう?」
長峰様はそう私に諭した。
「それは・・・」
その通りだ、たとえ勝ったとしても甚大な被害をこうむることになる。そうなれば大陸統一が遠のいてしまう。長峰様は諭すような口調はそのままに、柔らかく微笑んだ。
「お前は頭に血が上ると考えが単調になってしまいがちだ。何もお前たちを信用していない訳では無い、優秀な戦士達だと思っておる。」
「勿体なきお言葉・・・」
「しかしだからこそ無駄死にはさせたくないのだ。そのために山になれた山賊を味方につけ清美山脈自体を制してから戦に臨もうというのだ。」
冷静に考えれば確かにそれがあの国を落とすのには最善の策なのだろう。山士の長ともあろうものがこの程度のことを長峰様に諭されることに私は恥ずかしさをおぼえた。
「わかりました。ですがあの山の山賊は一筋縄ではいかないでしょう。」
「鎌鼬か・・・めっぽう強いらしいな。」
「はい。森の中では山士ですらかなわぬらしいです。」
何度か討伐隊を編成して向かわせたが皆身ぐるみはがされて帰ってきた。たかが盗賊であろうとも油断はできぬ相手である。
私の話を聞いて目を閉じ少し考えるそぶりのあと、決心したように顔を上げた。
「かといって日和っていては始まらない。一度会ってみることにする。」
「長峰様自らまいられるのですか?交渉なら私たちが出向くだけで良いと思われますが。」
「そのつもりだ。たとえ山賊であろうとも命を懸ける戦いに挑んでもらおうと言うのだ。長自ら会いに行かねば誠意も伝わらんだろう?」
長峰様はさも当然のことのように答えた。
山賊であろうとも誠意を忘れないとはなんと素晴らしいお方だろう。
「承知いたしました。ですが、我らが危険と判断したらその時は我らの指示に従ってもらいます。よろしいですね?」
「ああ、期待しているぞ。」
「はっ!たとえこの身に変えても長峰様をお守りいたします!」
決意を言葉に込め私は言った。
◇
俺はこれまで人をだましながら生きてきた。それが生きる術であると信じている。だが、あの男の様に自由な生き方をうらやましく思うこともある。
まったく腐ってるなこの国の長たちは・・・。豚のように太った体を玉座に沈めている男とその周りで胡麻を擂っている者たちを見ているとそのような感想が出てくる。
「何か面白いことはないのか?」
豚が口を開きつまらなそうに家臣たちに問いかけた。
「恐れながら珍玄様。今日は大道芸人も商人も来ておりません、踊り子の踊りぐらいしかお見せできるものはございません。」
家臣の一人が胡麻を擂りながら腰を低くして答えた。
その答えに珍玄はなお一層つまらなそうにして玉座に深くもたれた。
「なんじゃ、つまらんのぅ。踊り子も飽きたし何かないかのぅ・・・。そうじゃ!兼光!おぬし何か面白いものをして見せろ。」
何を思ったか珍玄はこの俺に話しかけてきた。
俺は大道芸人に命じるような態度に腹が立ったが、それを顔に出さないよう気を付けながら一歩前へ出た。
「私は雇われの策士にございます。珍玄様にお見せできる芸は持っておりません。私の力は戦場にてお見せしましょう。」
私の答えを聞いて珍玄はその不細工な顔をゆがませた。
「つまらん奴じゃのぅ。戦の心配などせんでもよいではないか、この国は大地の精霊様に守られておる。あの清美山脈を見よ、あのような城壁に守られておるのじゃ。誰も攻めてきたりはできぬ。」
珍玄は窓の外から見える山々を指さし余裕の表情を浮かべた。
「お言葉ですが珍玄様、確かにあの山脈の守りは強固でございます。しかしそれに胡座をかいているようでは足元をすくわれます。」
「これ兼光!珍玄様に失礼であろう!」
俺の発言に珍玄の家臣の一人がかみついてきた。珍玄に胡麻を擂るしか脳がないくせに俺にかみつくなど身の程知らずが。
俺はその男を睨み返した。そんな俺の態度が癇に障ったのか顔をしかめ何か言おうとしてきたが珍玄の言葉にさえぎられた。
「よい。兼光もすることがなくて暇なのじゃろぅ。兼光、もう下がってよいぞ。」
「それでは失礼します。」
俺は一礼して王座の間を出て行った。
出ていく時俺にかみついた男が後ろから「お飾り策士めが・・・」と呟いた声が聞こえたが構うのも無駄なのでそのまま言わせておいた。
廊下を歩いて自分の部屋に戻ろうとしていると俺の側近の小袖が報告に来た。
「兼光様、報告に上がりました。」
「ご苦労、どうだった?日出国の様子は?」
俺は足を止めずに報告を聞いた。小袖もそんな俺に追従しながら報告の内容を話し出した。
「日出国には今のところ大きな動きはありません。ですが清美山脈を根城にしている鎌鼬なる山賊がこのところ活動をしておりません。」
「鎌鼬か・・・そんなに気になるのか?その山賊ども。」
山賊などに興味を持つなど変わった奴だ。日出国の山士ならまだしも脅威にはなりえないと思えるが・・・。
「確かにそうですが、あの山を軽々と越えていけることも事実。敵に回したら厄介ではあります。」
どうやら小袖は山を越えられる能力に脅威を感じているらしい。
「なるほど確かにあの山を越えられたらろくな守りがこの国にはない。警戒しておくのに越したことはないな。日出国とともに鎌鼬とやらも見張っておけ。」
「了解しました。」
小袖は了解の意思を伝えると仕事に戻っていった。
山しか防衛策がないのはこの国が平和ボケしている証拠であろう。まったくもって危うい国だ。そう思いながら俺は自分の部屋に戻っていった。