「歌舞伎者の街」 エンディング
「皆、ありがとう・・・」
皆に感謝をしながら、俺と哲さん、茜は屋敷を出た。
「・・・不動、お前が出れたのはそれだけじゃねぇんだよ。 署で聞いたんだが、現場にあった拳銃からお前に指紋が出てこなかった。 お前が逮捕された時、お前は拳銃を持っていなかったな。 現場に残っていた弾痕は、現場にあった拳銃と全て一致した。 あの倉庫で使われた拳銃は、他には無かったという事だ・・・」
「・・・・・」
頭の中で、ある言葉が木霊した。
“・・・不動さん、大事に使ってくれないと駄目でさぁ・・・”
(クッ・・・・・桐生、お前死に際まで俺の事を・・・・・・・・)
「・・・先生。 これ・・・」
茜がクシャクシャになった血塗れの封筒を俺に手渡した。
何も書いてないただの封筒・・・、血塗れのただの封筒・・・、中の便箋を取り出した。
“不動さんへ
不動さん、短い間でしたけど楽しい付き合いでした。
不動さんと初めて会った時、コイツ堅気かと思うような眼で睨まれ、嬉しくなったぐらいです。
最近の極道は人手不足で、あんな眼が出来る方はそうそういませんから。
そんな不動さんには、自分の気持ちを知っていてもらいたくて、古臭いですが手紙に認めました。
まず、等々力を殺ったのは自分です。
早稲田で不動さんと別れてから、情報が手に取るように入ってきました。
今考えれば可笑しな話しなんですが、どうやら柳沢が自分達を罠に嵌める為に流していたようです。
まんまと踊らされました。
馬鹿ですね、自分は。
あいつらは、等々力を消したかったんですね。
殺る前に等々力から、横浜の倉庫の話を聞き、助手さんもそこに居ることを知りました。
そして柳沢も、雨宮も、20時には来ると。
出来過ぎだとは思いました。
でも、俺はそこへ行きます。
何となくですが、助手さんは俺への呼び水として、生きてそこにいるのではないかと思えてならないからです。
自分は極道です。
この命、張るに値する、いや、それ以上の尊い命を救える、絶好の時だと思いました。
不動さん、自分はもう恐らく生きて貴方と会う事は叶わないでしょう。
でも、貴方の大切なものは、この命に代えましても必ずお返し致します。
最後に、気が向いたらで良いので、早稲田にいた女に同封のものを渡して頂けたら有難いです。
悔いが残るといえば、不動さん、貴方と一度、とことん朝まで酒を酌み交わしてみたかった。”
(・・・受け取ったぞ、桐生。 お前の気持ち・・・。 そして、お前えが命を張って救ってくれた、俺にとって一番大切な命。 確かに受け取った。 ・・・必ず、必ずだ。 いつの日か、柳沢も雨宮も制裁を下す。 約束だ。 それまでは、安らかになんて寝てられないだろうが、何処かで俺を見ていてくれ。 ・・・・・また会おう)
涙が止まらなかった。
茜も俺を見て、察したのだろう。
茜も一緒になって泣いていた。
便箋を哲さんに預け、持っていた封筒をひっくり返すと、1羽の折り鶴が入っていた。
羽根を広げる事も無く、両羽を揃えたまんまの折り鶴が、寂しげに俺の手のひらで踊っていた。
便箋を読んだ哲さんは一言“あの野郎”と、蚊の鳴く声で漏らした。
哲さんと別れ、俺と茜は早稲田へ向かった。
リバーサイド早稲田。
マンションの玄関からインターホンを鳴らすが、応答は無い。
出直して来ようと踵を返すと、玄関先に黒に身を包んだ女が立っていた。
その女は俺達の横を素通りし、インターホンにキーを刺してオートロックを開けた。
「あのぅ・・・」
「・・・どうぞ」
女は俺達を誘い、部屋の中へ通してくれた。
お茶を揃え、俺達の前に座った女は、視線を合わすことも無く言葉を発した。
「・・・亡くなったのですね」
「あぁ・・・・・すまない」
俺は、テーブルに手をつき、深々と頭を下げた。
「・・・頭をお上げ下さい。 あなたのせいではありません。 あの人の生き方です。 ・・・それであの人の最後はどうでした?」
声の震えも無く、泣く事も無い。
気丈に振舞っている女を見て、俺の方が泣きたくなった。
「・・・私を、命懸けで助けてくれました・・・・・」
茜も泣かずに気丈に振舞った。
「・・・そうですか。 あの人らしいですね。 ・・・自分は極道だとか、自分の命は虫けら以下だとか言いながら、常に自分の事は後回しにして人の事を考える・・・・・」
「はい。 ・・・私のせいで良き方を亡くしました」
「・・・先程も申し上げました通り、あなた方のせいではありません。 あの人の生き方なんです。 それを認めてやっては頂けないでしょうか? あなた方がその事を気に病んでいたら、桐生は草葉の陰から笑う事も出来ません・・・」
「・・・失礼致しました」
痛いたしい会話だった。
俺は、封筒と折り鶴を並べてテーブルの上に置いた。
女は封筒を取らずに差し替えし、折り鶴を手に取った。
「・・・あの人は、あんな風体をしていて、折り紙が好きだったんです。 可笑しいですよね、あんな風体をしていて・・・」
「いや・・・」
「ありがとう・・・、これを持ってきてくれて。 これで私は、一生あの人と暮らしていけます」
「・・・手紙は読まれないのですか?」
「はい。 ・・・これはきっと、あなたに宛てた手紙です。 あなたが持っていてくれれば、あの人は喜びます。 私が読む必要はありません」
「・・・・・」
「・・・・・」
“これで失礼します”と一声添えて席を立った俺の背中に、女は声を掛けた。
「不動さん・・・一つ聞いても宜しいでしょうか?」
「あぁ、どうぞ」
「・・・今の世の中、良き人は長生きできないと言いますが、良き人が長生きできる世の中はいつ来るんでしょうか?」
返す言葉が見当たらなかった。
マンションを出て、茜と川沿いを歩く。
「茜、今回は済まなかった。 怖い思いをさせたね。 おの時、事務所で茜がなんて言おうが、止めさせるべきだった・・・」
「・・・だから男は馬鹿なんです。 あの方との会話を聞いて無かったんですか? 今回の事は、私が言い出した事です。 確かに怖い思いもしました。 でも・・・あの方の言葉を借りるなら、それが先生の生き方であり、私の生き方です」
「・・・茜」
「先生・・・私、あの方が言ってる事、少しですけどわかる気がするんです。 きっとあの方と桐生さんには、私たち・・・いえ、他人には見えない絆があるんですね・・・」
「・・・そうだな」
「それにしても先生、あの方気丈でした。 動揺を少しも見せず、涙一つ見せず、私たちに感謝の言葉をいうなんて・・・。 私には真似出来そうもありません・・・」
「あぁ・・・あれぐらいで無ければ、桐生とは愛し合えなかったんだろう。 桐生とあの人はお似合いだったんだな」
「じゃっ、先生。 私はお似合いですか?」
「!? なっ、何を急に! ・・・おっ、修の見舞いに行かなきゃ。 先、病院行ってるぞ」
「あーーーっ! 逃げたーーーっ!」
今回の事件では、色々な人に助けられた。
相手が、国家権力の上層部にも関わらず・・・。
昔、江戸時代後期に、集団で御上に楯突いた輩達がいたそうだ。
派手な着物を身に纏い、徒党を組んで。
まるで今の俺達みたいだと思った。
その時代に、その人達の事を周りはこう呼んだ。
“傾奇者”と。
終




