「歌舞伎者の街」 第32話
「!? わかり易さとわかり難さ?」
茜は少し悩んだようだった。
「そっ! まずは、茜に解って貰わなければならない。 君の記憶力なら、きっと数日前に話した暗号の事を覚えてると思った」
「はい。 覚えています・・・」
「だから、まず解り易さで52。 じゃっ、例えばこの会話を盗み聞きしている奴がいるとしよう。 そいつが“ゴーニー”と聞いて“2”を連想するかな? 人は誰しも、言葉の1つに意味がある時、もう1つの言葉にも意味を求めてしまう。 “ニー”が“2”なら“ゴー”はなんだ?・・・とね。 “ゴー”に意味を見出せない以上、“二ー”は“2”では無いのではないかって考えてしまう。 つまりブラフを張ったのさ。 簡単なブラフをね。 これが解り難さ」
「成る程ですね・・・」
「で、君は配達させると言った。 配達人は勝手口・・・、つまり裏口だ。 俺には、“その時間に裏口を開けておきます”と聞こえたけど?」
「その通りです。 伝わってて良かったです」
「あぁ、ありがとっ」
「いえ、別に・・・」
俺は、正直にお礼を言い、茜の頭に手を乗せた。
茜は、いい子いい子された子供のように、下を向いて照れた感じだった。
その晩は楠木邸に泊まり、次の日から茜と作戦を立て実行するはずだった・・・、その電話に起こされるまでは。
「ん~~~。 はい、もしもし・・・」
「!”#$✩%&△’Ω」
「ん~~、五月蝿いよ・・・」
「!? あっ!? いかん! 不動! 大変な事になった・・・」
「ん~~、何の話だ?」
「不動!! てめぇ、寝呆けてんのか!? 何を呑気な・・・」
「あぁ、哲さん・・・、おはよう・・・」
俺は朝が弱い。
頭が回り出すまで、何十分か掛かる。
だが、この時は違った。
「何が“おはよう”だ! てめぇ!! 聞いて驚け! てめぇは今日、麻薬取締法違反、薬物密売容疑、放火、殺人容疑で指名手配されたぞ!!!」
「~~~・・・・・・・・・・・!? なにぃ!? どういう事だ!!!」
慌てて上半身を起こし、携帯に向かって怒鳴った。
「五月蝿ぇ!! 黙って聞いてろ! 昨日の深夜2時過ぎ、新宿4丁目の公園で、永成会直系権田組の若頭補佐、吉村 浩司が殺された。 ナイフで心臓を一突きだそうだ。 そのナイフにはお前の指紋が付いていた。 そして、お前の事務所兼自宅を家宅捜索。 事務所から覚せい剤1kgと販売リストが押収された」
「なんだそれ! 随分段取りが良いな・・・」
「俺もそう思う。 一晩のうちに逮捕状など・・・準備していたとしか思えねぇな」
「あぁ、やられたな・・・」
「!? 関心してる場合か! 放火、麻薬、殺人! これでお前は第一級犯罪者だ・・・、どうするよ?」
遠くの方で、俺を呼ぶ声がする。
廊下を誰かがドタドタと走ってくる。
「哲さんは大丈夫なのか?」
「俺も、もうすぐ呼び出しが掛かるだろう。 てめぇとつるんでるのは、皆知ってっかんな。 だが俺の事は俺で何とか出来る。 心配なのはてめぇの方だ!!」
「哲さんが大丈夫ならそれで良い。 連絡有難う。 また連絡する・・・」
「おっ・・・・・・・」
電話を切ったと同時に、部屋の襖が開いた。
「先生!! 大変です!! テレビ! テレビを見て下さい!!!」
部屋のテレビを点けてみると、朝のワイドショーは皆、俺の顔を出して指名手配を唄っていた。
「・・・先生!? どうしましょう?」
腰が砕けたように、内股で座り込む茜を見て言った。
「茜、落ち着け。 茜はどう思う?」
「!? どうって???」
「俺はやったのか?」
・・・つづく




