「歌舞伎者の街」 第23話
降りた時には、午前1時を回ろうとしていた。
「桐生さん、ここは?」
「・・・お前はもう帰っていい。 帰りは気をつけろよ」
桐生は、舎弟のドライバーに一声かけて、身体を俺に向き直し“こちらです”と手を翳した。
エレベーターに乗って8階、最上階でエレベーターは止まる。
桐生は、803号の鍵を持っていた。
部屋の中は、ワインカラーを基調に趣味よくまとめられている。
奥から、女の声がした。
「和久?」
「そうだ」
桐生はそう発すると、奥に入っていった。
俺も桐生の後を追って行くと、女が1人立っていた。
「・・・その方は?」
「不動さんだ・・・」
女は、丁寧に会釈をした。
この女の趣味の良さは、部屋着でも察する事ができた。
「不動さん、ここは俺の女の部屋です。 ここなら誰にも邪魔されずにすむ・・・」
「聞かせてもらおう。 一体どうしたっていうんだ?」
促されるまま、桐生の向かいのソファーに座った・・・・・と、その時、どこからか電子音のメロディーが流れ出す。
桐生は“失礼”と一言添えて、うちポケットから携帯を取り出した。
「・・・桐生だ。 ・・・・・・んっ? ・・・・やっぱり・・・で?・・・・・・・・わかった。 お前達はそこから退け。 ・・・うん。 明日9時に頼む・・・・・」
桐生は、苦虫を噛み潰したような渋い顔をしていた。
「!?・・・何かあったのか?」
この表情からは読み取れない。
「・・・・・はい。 さっきいたサ店・・・・・・・燃やされました・・・」
「!? 燃やされた???」
「はい。 全焼だそうです・・・」
「全焼・・・・・」
先程すれ違った緊急車両の姿が脳裏を横切った。
「・・・誰がやったかは・・・・・?」
「・・・どこぞの餓鬼どもらしいっすけど、解っちゃいません。 うちの連中は、見たことねぇ奴らだと言っております・・・」
桐生の渋い顔は、更に皺を深めた。
「・・・さっき不動さんとこの事務所にかけた電話、やっぱり盗聴されていたようですね・・・・・」
「その電話、どっからかけた?」
「・・・事務所からです」
「岸組の事務所かぁ・・・」
「はい。 ・・・どうやらうちが盗聴されてるみたいですね・・・・・」
「誰がやったか検討は?」
「いや、つきません。 ただ、うちの事務所は雑居ビルの中です。 うちの誰かに裏切りがあって室内に仕掛けない限り、盗聴する事は不可能だと思います・・・。 考えたくもありませんが・・・・・、うちにそんな輩がいない事を、私は祈っています・・・」
「!? ちょっと待ってくれ」
俺は桐生の話を止めた。
他にもう1つ、盗聴できる方法に思い当たる事があったからだった。
「? どうしました? 不動さん・・・・・?」
「あぁ、この方法を用いれば、裏切り者が居なくても盗聴できる。 岸組の事務所があるビルは、雑居ビルだと言ったな。 高層ビルとかはまた違うが、雑居ビルには大抵配線室みたいのが1階にあって、エレベーターや電話やらの配線をまとめているボックスがある。 そこに仕掛ければ・・・・・」
「不動さん・・・、でも配線ボックスっていったって、その中の配線は1本や2本ではないのでしょう? どれがどの部屋の線だかは解らないのでは?」
「いや・・・、解る方法があるんだ。 俺も詳しくは説明できないが、俺の情報屋にそちらに精通してる奴がいて、そいつから聞いた事がある・・・」
桐生は黙って聞いていた。
・・・つづく




