「歌舞伎者の街」 第22話
「じゃっ、後でここに連絡入れますわ」
桐生が出て行って、どれぐらいたっただろうか・・・、時計はもうすぐ日を跨ごうとしている。
茜にも一度引き上げてもらい、明日の朝に出勤してもらう事にした。
煙草を燻らせ時間を潰す。
桐生の言葉が、リピートされていた。
(“ヤバくなりそうだ”・・・。 何がだ・・・永成会にとって何がヤバい? 永成会は薬を売っている・・・、その組に属している桐生がヤバいという事は、相手は花園連合か中国・・・、いや、国家権力かも・・・・・)
短くなった煙草を、灰皿に八つ当たり気味に押し付けた時、事務所の静寂を癇癪持ちの黒電話がブチ壊した。
「もしもし・・・」
「不動さん、桐生です。 ちょっと出て来られますか? 頼みたい事が出来ちまいまして・・・」
「!? 頼みたい事?」
「はい、この電話もヤバいくらいで・・・。 取り敢えず、新宿文化ホールの前にサ店がありますんで、そこで半まで待ってます。 名前はリーマンです・・・じゃ」
ガチャ・・・・・・・・
切られた。
(桐生は何を慌てているのか・・・、それよりもこの電話がヤバいとは・・・、ここで考えていても仕方無いか・・・)
身支度を整え、事務所を出た。
新宿文化ホールは、歌舞伎町の横・・・とでも言えばいいのか、歌舞伎町の繁華街とホテル街の間の通り、“七福通り”を真っ直ぐ四谷方面に向かった先、明治通りを越えたところにある。
(・・・サ店リーマン、ここだな・・・)
確認して中に入ろうとした時、目に入ったものは、扉にぶら下がっていた“CLOSED”という木札だった。
扉に手を掛けると、扉は無抵抗に開いた。
20畳ぐらいの店内は、薄暗く間接照明すら点いていない。
一番奥のボックス席の片隅に誰かいた。
「・・・・・桐生さんか?」
声を掛けたその時、恐らく眼光だろうが、2つの光が顔のあたりから光ったように思えた。
「御足労頂いて・・・」
「いや、いいんだ。 それよりどうした? こんな暗いところで・・・」
「不動さん、場所を変えます・・・」
「・・・・・・・・」
嫌な感じがした。
何故か、桐生にでは無い。
「わかった」
「では、こちらへどうぞ・・・」
桐生は素早く立ち、カウンターの奥へ消えていった。
後ろをついていき、裏口から表に出る。
裏口には、銀のカローラが停めてあり、それに乗り込んでこの場所を後にした。
「・・・・・話してくれないか?」
「・・・・・・・・」
2人とも黙った。
どこに向かっているかも解らないまま、沈黙は続いた。
(桐生は、何故場所を変えた? 俺を拉致するなら、もっと簡単な方法があるはず・・・。 それにこの車・・・カローラ・・・桐生がうちの事務所に来たときはベンツだったのに・・・・・)
新宿から池袋方面に向かって走っているカローラは、制限速度を程々守り、明治通りから早稲田通りへと入る。
窓から眺める街並みの中に、サイレンをけたたましく鳴らす赤い緊急車両の姿が目立った。
細かい道を幾つか曲がり、神田川の脇、ちょっと小綺麗なマンションの前で車は停まった。
“リバーサイド早稲田”
(何故、川の脇のマンションだと“リバーサイド”が付くのだろう?・・・・・確かに川の脇ではあるが・・・・・)
ネームセンスの無さに頭を振りながら車を降りた。
降りた時には、午前1時を回ろうとしていた。
・・・つづく




