「歌舞伎者の街」 第21話
それで、ここに来たという。
「1年前の約束ですね・・・」
「その通り! ・・・と言いたいところですが、どうもはっきりしない事がある。 うちの若い衆は、高橋 修には会っていないと言うんです。 じゃぁ、どっから手に入れたかと聞くと、“ヘルスの女だ”と。 となると、高橋 修はなんだ?という疑問にぶち当たる。 女は“高橋 修から仕入れている”と言ったらしいが・・・・・おかしくないですか?」
「確かに・・・・・」
俺は即答で答えた。
売人と客の関係は、薬の売買・・・それ以外に無い。
客の方は、何処から仕入れてようが関係無いし、売人は仕入先をどんなに聞かれても答るはずがない。
仕入先を教えてしまえば、次、この客は仕入先にアポを取り、今よりも安く手に入れ、自分の客を減らしてしまうからである。
なのに何故、高橋 修が仕入先だなんて、その売人のヘルス嬢は客にバラしてしまう?・・・・・という同意の疑問を、俺と桐生は持った。
「だから、不動さんに1年前の約束を守ってもらう前に、高橋 修本人から話を聞こうと探したのですが、昨日の夜からサッパリ足取りが掴めない・・・・・と、言うことですわ・・・」
前屈みで話していた桐生は、腕を組みつつソファーの背もたれに体を預けた。
「・・・成る程」
「どうです? 高橋 修の居場所、教えて頂けませんか?」
暫く・・・といっても2、3秒の事だろうが・・・・・間を取った。
(桐生を・・・信じて良いのか? 桐生達が、修をあんな酷い目にあわせたのではないのか? もしそうなら、何の為に・・・・・。 処罰・・・落し前・・・。 もしそうなら、何故桐生は俺に会いに来た・・・?)
結論は出ない。
俺は覚悟を決めた。
「解りました。 お教えしましょう・・・」
台所で聞いていた茜は、少し驚いたようで、自分の持っていたグラスをコトッと音をさせた。
桐生は、視線を茜に持っていきながらも笑みに戻り、膝に手を付いて頭を下げた。
「・・・ただ桐生さん。 桐生さんのご期待には添えないかと思います・・・」
桐生は、下げていた頭だけを上げ、顔を俺に見せた。
その時の桐生の目は、眼光鋭く何者も凍らしてしまう力があるかのように思えた。
「・・・・・何でですか?」
その凍てつくような目を見ながら、俺は1歩も退かずに答える。
「入院しているからです・・・」
「入院・・・・・だと・・・?」
「はい。 今朝、修は、その質の良い覚せい剤をたらふく射たれ、東京湾に捨てられていました・・・」
「・・・・・・・・」
桐生は、本物の驚きの顔を見せた。
「幸い発見が早く、溺死は免れたのですが、医者の話だと薬の拒否反応が出ていて、意識不明だと・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・ちょっと失礼・・・・・」
桐生は携帯を取り出し、何処かへ電話を掛けた。
「・・・・・おぅ、俺だ。 おめぇ達は、今朝東京湾に誰が浮いていたか知ってるか? ・・・・・・・・おぅ、それで?・・・・・・・・・・あぁ・・・・・うん・・・・・・・・そうか、解った・・・・・」
眉間に皺を寄せ、険しい目つきでテーブルの角を見ている桐生は、本物の極道の風格を出している感じがした。
「・・・不動さん、どうやら俺達はヤバくなりそうだ」
桐生は、そう言うとソファーから立ち、自分の横に置いてあったコートを着だした。
「!? 桐生さん・・・、何かあったのか?」
帰り支度を始めていた桐生は、一旦手を止め何かを思考しているように見えた。
桐生が話し出すまで俺は待つ事にした。
「・・・・・不動先生、今日これから予定ありますか?」
(!? 先生?)
頭の中で復唱し、脳に鳴り響く警告音を無理やりねじ伏せ一言答えた。
「無い」
「じゃっ、後でここに連絡入れますわ」
・・・つづく




