「歌舞伎者の街」 第18話
「いやぁ、ご本人でしたかぁ。 お久しぶりです・・・・・」
どことなく聞いた事のある声だった。
頭の中で、声紋照合を急ぐ。
「・・・どちら様ですか?」
「いやぁ~、1年ぶりですかぁ。 あの頃も、こんな季節でしたなぁ・・・」
頭の中で、ピーンという電子音が照合一致を知らせてくれた。
「桐生・・・さん、ですね。 岸組の・・・・・」
バロメーターの針が、レッドゾーンへ入る。
「いやぁ、覚えていてくれましたか。 光栄です・・・」
「・・・その岸組の若頭が、このしがない探偵に、どの様なご要件でしょうか?」
まさに探り合いとは、この事だった。
桐生は、声のトーンを少し下げ、ドスを効かせて話し出した。
「ほ~ぅ。 自分と不動さんを繋ぐワードは、1つしかないのでは?」
「・・・・・修・・・ですか?」
「そうです。 1年前に、貴方に預けた堅気の売人です」
「・・・あいつ、また何かやらかしましたか?」
少しの沈黙があって、尚更の如く桐生の声のトーンが下がった。
「様子見は、これぐらいにしませんか? 不動さん。 探偵を生業にしている貴方に、自分なんかじゃ敵う訳ありません」
「では・・・?」
「その事で、少しお話があるのですが、聞いちゃ貰えませんかね?」
「・・・・・」
「おーっと、心配する必要はありません。 自分1人でそちらへ伺おうと思っているのですが、如何でしょう?」
「!? ・・・お1人ですか?」
「はい。 あまり厳つい奴が大勢で押しかけて行ったら、可愛い従業員のお嬢様が怖がってしまうでしょうから・・・」
俺は受話器を耳にしながら、心配そうにこちらを見ている茜にチラッと目をやった。
(調べはついているという事か・・・。 しかし何が狙いだ? 全く読めない・・・・・)
「・・・わかりました。 お待ちしております」
「ありがとう。 今から行きます」
と、言い終わると、電話は切れた。
黒電話が、つまらなそうに無言を守っている。
直様窓に駆け寄り、降りていたブラインド越しに表を見る。
まだ、桐生は来ていないようだった。
ブラインドを下向きから上向きに変え、下からは灯りが見えないようにした。
それでも窓際を離れようとしない俺に対して、茜が声をかけた。
「先生、どうかされました? 誰か来るんですか?」
茜は眉毛をハの字に下げ、心配そうにこちらを伺っていた。
「茜・・・さっきの話だが、今夜止めたのは、どうやら永成会が動いているからなんだ。 どういう経緯があるのか解らない。 そして、その永成会岸組の若頭、桐生 和久が、俺に会いに来るそうだ」
「じゃぁ、今の電話は・・・」
「そう、桐生だ。 そして・・・調べたのだろう、君の事も知っている・・・・・」
「!?」
下の方で車の止まる音がした。
ブラインド越しに、もう1回表を見る。
1台の黒いベンツが停まっていた・・・、さっきはいなかったその場所に。
「いいか、君は階段を登る足音が複数したら、すぐ居住区に移るんだ。 鍵を閉めて誰も入れるな。 そこの扉は、そう簡単には破られやしない。 元々黒岩が使っていた部屋だからな。 もし足音が1つなら、ここにいて、お茶でも入れてくれ」
俺は、表のベンツを監視しながら、茜に捲し立てた。
「え!? でも・・・」
「いう事を聞いてくれ。 時間が無い・・・」
茜は、2、3秒考えた後に“はい”と答えてくれた。
・・・つづく




