「歌舞伎者の街」 第16話
俺は、氷が溶けて2層に別れてしまったオレンジジュースを飲み干した。
「不動さん、それともう1つあるんですがねぇ・・・」
「!? 何だ?」
「・・・不動さんは、永成会岸組をご存知で?」
「あぁ、知っている・・・」
「・・・その岸組の若頭・・・・・桐生っていうんですがね、その桐生さんが、ここ2日ぐらい舎弟を使って修を探させてるっていうんです・・・」
「桐生・・・和久・・・・・」
「はい。 ただこれも噂で、真意の程は・・・」
「解っている・・・・・」
俺は言葉を被せた。
暫く沈黙が続いた。
2人の間に漂う煙草の煙が、事件を闇に隠してしまうような沈黙だった。
先に、この沈黙を破ったのは小島だった。
「・・・不動さん、私はこれで・・・」
席を立とうとした小島に、一声かけた。
「小島、もうこれ以上は・・・」
「わかっています・・・不動さん。 私はこれ以上は、頭を突っ込みません。 大丈夫です」
「そうしてくれ・・・」
小島が先に出ていって1人になった俺は、飲み干したオレンジジュースのグラスと煙草を交互に口に運びながら、色々思案を繰り広げた。
ニューヨークを出たのが7時半過ぎ。
辺は、真面目ぶっていた昼間の顔から、ネオンを着飾りバッチリ化粧した夜の顔へと移りつつあった。
公衆電話を探し、事務所に連絡を入れる。
程なくして、茜が電話に出た。
「はい、不動探偵事務所です・・・」
「俺だ・・・」
「せっ先生!? どうしたんですか? 事務所になんか電話してきて・・・」
茜の疑問はもっともだった。
“携帯の方に連絡くれればいいのに”と、思っているだろう。
「・・・茜、これから暫く俺と連絡取る時、緊急以外は携帯を使うな。 それと夜の予定は中止する」
「えっ!!」
「今から帰る・・・」
「わかりました。 事務所にいます・・・」
こういう時の、茜の機転の早さは助かる。
恐らく理由を聞きたいだろうに。
今、言わないと言う事は、今、言えないと言う事を解ってくれている。
電話を切り、事務所へ向かった。
「お帰りなさい」
「あぁ、ただいま」
少し不安気味ではあるが、茜は笑顔を見せてくれている。
「何か変わった事は?」
「いえ、何もありません」
「訪問者も?」
「はい。 誰一人として・・・」
(・・・なら、大丈夫か・・・)
俺は緊張を解いた。
それに気づいたのか、茜も合わせるように息を吐いた。
「どうしたんですか? 先生。 ご自分の事務所ですよ・・・」
「あぁ、そうなんだが・・・。 茜、話がある。 ちょっと座ってくれるか?」
茜は、緊張は解いたものの、まだ他所々々しい俺の態度を訝しげにおもいながら、ソファーセットに座った。
先程、小島と話して来た事を全て茜に話す。
「・・・・・そんな噂があるんですかぁ」
「あぁ、まだ噂の段階だが、もしこの噂が本当のものであれば、警察も黒岩のところも信用できない。 嘘であって欲しいが・・・・・。 ただ、黒岩の方は、調べようがいくらでもあるのだが・・・、問題は警察だ。 そんな下っ端に高純度の覚せい剤を運び出せるはずがない。 出来るとすれば、上の方。 と、なると、警察全体が敵になる可能性がある・・・」
「・・・それで、携帯を使うのを止めたのですね」
「そうだ。 携帯電話の電波を傍受するなど、今の警察の技術であれば造作もないこと。 俺と修が繋がっていた事は、昼間の哲さん電話で解る通り、警察は掴んでいる・・・」
茜はハッとした。
・・・つづく




