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01 地震

前にこんなの書いてくれないかなーって、よそ様に書いた事があるんですけど無しのつぶてだったので自分で書いてみましたw


平家優先なのでこっちは不定期です。

第1話



 永禄四年七月。

 武田信玄は北信濃へ四度目の進撃を開始した。それに対して、今度こそはと正義の鉄槌を下すべく越後の大名上杉謙信は越後国内全てに大動員令を発令した。

 越後全土から集まれば二万以上の兵力になる。これを全て率いるわけには行かないが一万八〇〇〇は動かす事が出来るだろう事は容易に想像される。

 此度こそは武田めに一泡吹かせてやろうと謙信自身も考えたのかもしれない。




 大動員を掛けたその夜。謙信は春日山城の小さな部屋の一室に居た。


「今宵はとても良い月ですね。酒を呑むのには丁度良い」


 この上杉謙信と言う長い金髪の少女は傍から見ても特別な美少女である。

 若草色のお着物に身を包み、座布団の上にぺったりと女の子座りで座っているそれは誰が見ても美しく、さらには可愛らしいと見える。

 顔を見れば素朴な街娘にも見えなくも無いが、その瞳はまるで海の底の様に奥深い青色を湛え、意志の強さが見て取れる。やはりその姿は常人とは思えず、神秘的な美しさを思い起こさせるのだ。

 それに引き換え、体の方はとても小さく華奢で可愛らしい。


 周りから言わせれば、この娘、体は小さいのに無類の酒好きで評判なのだ。

 勿論酒のつまみは梅干である。


 その評判の娘たるこの城の主は先程から盃に酒を自分で注いでは呑むの繰り返し。しかし一様に酔いつぶれると言う事は無い。酒豪と言われる特殊な人物の性質なのだ。


「お屋形様。此度の戦どのくらいの期間の対陣になるでござろうか?」 


「そうですね。此度は決戦になると考えています。期間は見当も付きませんね」


 同席している家老の直江景綱の問いに謙信は面白い話題だとばかり楽しそうに答える。

 やはりこの娘はちょいとおかしいのだろう。普通の娘なら血生臭い戦の話なぞしたくは無いだろうに、逆に喜色ばんだ顔で答えるのだから。


「大和守殿。そう訝しそうな顔をするものではない。お屋形様はもうすでに時期を読んでおられるのであろうよ。のう、お屋形様」


 もう一人この部屋に同席していた白髪の老人、宇佐美定満は景綱に笑いながら言い放つと、そのまま盃を景綱の前に差し出す。

 その行動の意味が当然の様に判る景綱はそのまま無言で盃に酒をついでやる。


「あははは。流石に駿州はよく判っておられる」


 それを見ていた謙信は面白い物でも見るように声にだして楽しそうに笑う。その笑顔には宇佐美定満への師弟の情もあるようだった。




「ときにお屋形様。今年で御幾つになられましたかな?」


「私は運の良い事に大きな病も得ず、すでに三十一になりましたよ。……どうしてそのような事を?」


 宇佐美の問いになぜそのような事を? と得心の行かない顔つきになる謙信。


「器量良しなお屋形様が、未だご結婚なされない事に我ら家臣一同納得が出来ませぬ」


「またその話ですか……」


 うんざりした顔になるとまた月を見ながら酒を呑み始めた。わざと聞かないフリをしているのは誰が見ても判る。


「わしとお屋形様が栃尾で出会った頃に如芯丹(にょしんたん)を飲み、その可愛らしいお姿のままここまで来たのですからお相手は星の数程おりましょうに……。そしてあとは結婚をして上杉の名跡を継ぐ跡継ぎを産んで頂きませぬと」


 如芯丹(にょしんたん)とは古来から伝わる不老の秘薬の事。初潮を向かえた女性はこれさえ飲んでしまえば死の直前まで飲んだ日の姿でいられるのだ。

 しかしとても高価で丸薬を一粒作るのにも大変な時間と労力がかかる代物なので一〇〇〇石取くらいの豪族では手が出せない。

 謙信は十四歳の時に服用したので今もその若さのまま三十一歳を迎えている。

 ちなみに男性用は現在のところ無い。




「まったく駿州はその話ばかりを私にしてくる。いい加減耳にタコですよ」


「本当に駿河守殿はお屋形様のことが心配でたまらぬようですな。わっはっはっは」


 この三人が集まると大体はこの話題が出てくる。

 それもいつも言い出すのは駿河守こと宇佐美定満。

 その事もあって、この話題はいつしか酒の肴にもならぬと謙信からは嫌がられ、景綱からはいつものお小言の様に流されるのである。


「人事だと思って……。わしはもう老い先短い身。これからの上杉家を思えば……ん、地震か?」


「すわ、地震ぞ! お屋形様!!」


「二人とも落ち着かれよ。ふむ、わりと大きいな……。まずは建物の中から出ましょう」


 当初、横に揺れはじめた地震はそのまま収まると思われたのだが、さらに強い揺れへと変化したため三人とも部屋を出てそのまま中庭へと飛び出した。

 中庭で周りの様子を伺いながらしばらく待っているとやがて地震は収まった。

 辺りが何事も無く静まると三人は部屋の中に戻ろうとしたが、飛び出したときは草履など履いている暇が無かったため足の裏は土が付いて汚れているのが判る。

 これでは畳が汚れてしまう。仕方なく縁側に三人並んで座ると足の裏の汚れを払いはじめた。なんとも滑稽な構図なのだけど仕方が無い。


 中に入るとようやく喉が渇いた事に気が付き、また仲良く車座に座り酒を呑みはじめた。そのうち報告が届くであろう事が推測されるので慌てる事も無くその場で待つことにしたのだ。




「報告いたします!」


 待っているとすぐに伝令の者が現れた。


「うむ」


「只今の地震。城に被害はございません」


「わかったご苦労」




「報告いたします」


 入れ替わりに別の者が現れる。

 そして先程と同じ様に片膝をつく。


「苦しゅうない」


「城内は出火も無く怪我をした者もおりませぬ」


「祝着です」




 それから何度か報告を受けたが地震の揺れが大きいわりに被害はまるで無かった。

 こんな事もあるのだなと三人は顔を見合わせた。




 結局、この夜の地震は越後の国全体を通しても被害らしい被害は上がってこなかった。

 変化はすぐそこまで来ていると言うのに……。

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