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エピローグ そして船は舞い上がった (3)



 晴れ渡る蒼天の下、二つの国の代表の手によって調印式が執り行われた。衆人環視の中、式に臨んだのは片やカトランズ軍の総大将ドーナム、そして片やウォルフォール王家代表アンドリューであった。


「この地を離れることはじ・つ・に、惜しい」


 この式を一目見ようと詰めかけた一般大衆の前でドーナムはそう演説した。


「だがこの調印は二国間の未来を拓くものだ。私もこの国を愛する一人として、心からのお祝いを述べさせていただこう」


 国民の失笑や苦笑に包まれたドーナムに続いて登壇した父国王は、傍らにライオネル、そしてアンドリューを呼び寄せるとこう宣言した。


「民よ、私は自分に対する皆の非難を知っている。このたびの苦難を招いたのも我が失政によるものだということも。ゆえに私は宣言する。今日をもって国王を引退し、我が息子、ライオネルにその座を譲ろうと思う」

「お、お待ちください! 」


 怒涛のような割れんばかりの民の歓声の中、声を張り上げて阻止しようとしたライオネルは、転びそうなところをおそらくは将来伴侶となるであろう女性に支えられてやっと演台にたどり着いた。


「私は今、こうしてここにくるだけでも、他の者の助けがなくては来れないような者です。この先、カトランズのみならず、教会、その他の国々と付き合おうという中、今の私の力では国王の責務は重すぎます! 」

「だがお前は長兄だ。お前がやらずに誰がやるというのだ」

「アンドリューがいます! 」


 兄の言葉にアンドリューの身体が固まった。遅ればせながら兄の身体を支えようとしたところだっただけになおさらであった。


「教会軍の後ろ盾を得たのも彼、ドーナム氏との交渉の面前に立ったのも彼、そしてウォルフォール王族として民を守る姿をさらし続けたのも彼です! こいつこそ王にふさわしい! 」

「イヤだ! 兄さんを差し置いてまで国王になる気など、ないっ! 」

「いい加減にしないか、息子ども! 」


 民の前でわめきあう息子たちを一喝したものの、それがお互いに譲り合う姿であると気がついたのか、父は困ったような笑みをみせた。


「確かにライオネルが今後国政を担うのに無理がある肉体となったのはわかる。だがその知能までが損なわれたわけではない。ゆえにこうしよう。我が国が承認するというのならば、国王の座にライオネル、そしてそれを補佐する摂政としてアンドリューをその座に据える。異存がある者は? 」


 会場である広場に詰めかけた者たちは一様に驚きの声を上げた後、大歓声と拍手をもってこれを迎えた。


「アンドリュー、お前が言うんだ」


 ついの伴侶となりそうな者に支えられ、満足そうな笑みを見せながらライオネルは、アンドリューをうながした。


「この国のこれからをお前が担うことになる。皆にこの国の先の姿を語ってやるんだ」


 アンドリューはうながされるまま壇上の中央に立った。アンドリューを支持する総ての民がここに集っていた。その総てが次の自分たちの主となるアンドリューを歓迎していた。


「……今、ここに立っている自分が僕は恥ずかしいです」


 第一声は皆が驚くようなものだったが、アンドリューには素直な心の声だった。


「だって本来なら僕はそこにいなくちゃいけない。みんなが立つ、その場所に。そこに立ってこの国はこうなっていくんだと語らなくちゃいけないんだ。……だけど僕はここに立つ」


 アンドリューは一瞬目を閉じ、自らの変転を想った。そして目を開けた時、自分の言葉を固唾をのんで見守る人たちの姿があった。


「この国は世界の片隅の小国ではある。だけど、他の国々との門戸を開いていくだろう。カトランズ、教会、その他の隣国たちとの親交も深まっていくと思う。だが、侵略させる気はない」


 アンドリューは亡き母や見守る父の視線を感じながら、高らかに詠うように語った。


「”ウォルホールの民はウォルホールの民であるからこそ素晴らしい”。そう言われるような国の民の一人でありたい。僕はそう思う。そう思えるような、国を作りを助けたい。……皆も協力してほしい」


 そう言ってアンドリューは王族でありながらも、ペコリと一礼した。一瞬皆が息を飲み、それが歓声になったかと思うと、広場中を、いや国中を巻き込むような大拍手へと変わっていった。

 壇の真下、最前列にフォートン師の姿もあった。やっと城下にできた小さな教会の代表者として現れた彼は、教え子の晴れの姿を誇らしく見つめていた。

 その姿に胸を熱くしたアンドリューは空をながめた。抜けるような青い空。それはこの国と、アンドリュー自身を祝福するかのように深く、深く……。


 突然、大きな影がアンドリューのまわりを覆った。

 大きな物体が太陽の光を遮ったのだ。雲? いや違う。

 一瞬のこわばった表情は、すぐに懐かしげな笑みへと変わった。


 それは青い空へと舞い上がる白い帆船。それを支えようとする突風すらも頼もしく思えるほどの。


 空に浮かんだ白い帆船を、国の民はあっけにとられた表情で見つめていた……だがフォートン師はアンドリューと同じ表情を浮かべ、壇上の王子と目があい、微笑んだ。


 その船は、ゆっくりと2,3回、新しい摂政王子の誕生を寿ぐかのように白い翼で滑空したかと思うと、ふと進路を南に変え、飛び去っていった。


 その姿を。


 アンドリューは忘れない。一生。


                       (完)


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