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第6章 寄り道は必要か? (5)



 ヘルメス号の修理は順調に進んでいた。ガザル翁から手に入れたというナイロンという布はかなり大きかったようで、マイク、アレックスが広げて布を必要な分だけ断ち切るのにずいぶんと苦労しているようだった。

 ……やはり自分には何も出来ないんだな。

 アンディは見ているだけしかできない自分に気づいてため息をついた。

 客なんだから仕方がない。それでも一時は仕事を覚えて船に乗ろうとすら思っていただけに、今さらながらに何もできない自分が歯がゆかった。

 このまま修理を待って学校へ帰って……それでいいんだろうか。

 アンディは先ほど見たタペストリーを思い出した。


”私たち王族も女神さまと同じように、民を我が子とも思って守っていきましょうね……”


 母の言葉を思い浮かべてアンディは微笑んで少しうつむいた。

 この国に残らなくっちゃあ、ダメだ。

 王族としてでなくてもいい。人のためにどれだけ出来るかもまだわからない。でも、出来ることは必ずあるはずだ。たとえ、荒れ地の石を拾うことからであったとしても。

 ……フォートン先生や、ヘルメス号のみんなに言わなくちゃな。”やっぱり僕のやるべきことはここにあると思います”と。


「アンドリュー。お話があるの」


 窓からヘルメス号をながめていたアンディは、シャイラの声に振り向いた。そこにいたのは一人ではなかった。永き幽閉のせいか、異臭を放ちながらやってきたのはアンディにとってもよく見知った顔だった。そう……もう二度と見たくもないくらいに!


「クルカン司教よ。アンディも王宮ではお世話になっていたでしょう? 」

「おお……神に感謝せねばならぬなぁ……。ここで王子にお会いできようとは……」


 ねっとりとからみつくような声にアンディは思わずおぞ気を感じ、一歩あとさずった。クルカン司教はそれを逃がさぬとばかりに射るような視線を動かさぬままその腕を両の手で掴みかかった。


「王子! ……王城のあり様をご覧になられましたでしょうな? 」


 ひそやかに。静かに。そしてその底に熱狂を感じさせながら、クルカンはアンディに囁いた。


「城壁は破壊され、王宮は異国の兵に踏みにじられ、民はまともに物も言えぬ有様となり果ておった……」


 アンディは久々に見た民の姿を思い出した。ディアスに一芝居打ってもらって虜囚として帰ってきたアンディを、誰もが目をそらし、助けようともせず、そそくさと逃げて行った。


「これを私は憂いておった。それゆえに父王陛下に申し上げておったのだ、”神をお呼びになれ”と」


 それはクルカン司教が城に来たころから言っていたことだった。”神に支配されていた民でありながら、なぜそのお力をこの世に顕現させようと思われぬのか! ”と。……まだ幼きアンディはその異様なまでの物言いに逃げ隠れするだけだった。

 だが。今や逃れることはかなわない。なぜなら。


「父王陛下、兄王子殿下すらも敵の手に落ち、お亡くなりになったとは実に嘆かわしい限り……」


 舌舐めずりするかのような物言いでそうつぶやくと、クルカンはその眼をアンディに向けてきた。


「王子は神はどのようなお方か御存じであろう。寄宿学校でその御姿お言葉についてとうとうとお諭されたになられたに違いない。だがこのようなことをお考えになったことはございませぬかな。”この永き時の間に神の御言葉、行跡はゆがめられてしまった”と」


 実に嘆かわしいといった口調でクルカンはそう言い捨てると、天にもとどけとばかりに言いたてた。


「ああ! 神の実態をこの世の誰が知ろうか! 人の口から口へ伝えられる伝説にしかその御姿は映し出されておらん! 我々は”神の御心にそって”と思いながら、その真の神の御心を存じておらぬのだ! ……だが」


 ここでグルカンは声をひそめてアンディの耳に毒でも流し込むかのごとくに囁いた。


「直接神にお聞き出来ればよろしいのだ。信徒の行動は真にそれで御心にかなっているのか。教会が、司教が、真に正しい神の言葉を伝えられるように! 神の御許、皆が神のごとく鋼鉄のような意思の下、敵とみなしたまつろわぬ者どもを容赦なく殲滅してゆけば、その時こそ真の神の下での幸福がもたらされるであろう! 」


 クルカンは獣のようにアンディの両の手をつかみ直すと、もはや逃れることはかなわぬとばかりにぎらつく瞳を少年の顔上に向けてきた。


「そして! 今や、それがお出来になるのは王子、ただお一人……」


 見苦しいまでの表情とともにクルカンの顔上には滂沱の涙があふれ出した。


「私は幼き王子がただ一人、王家と教会のかけ橋となるべくこの国をお出になる姿にどれだけ涙していたことか。あのころ、父王陛下は王子のことを、それぐらいのことでしか役に立てぬ奴とお思いだったのでございましょう……。だが、今では違う! そう証明お出来になる! なぜならば! 神を呼べるのは王族のみ! 」


 クルカンは高らかに吠えたてた。


「王子は自らの御力で神を呼び! 自ら己が尊ばれるに足る王族であることを亡き父君に、いや全世界に証明できうるのです!! 」

「違うっ! それはこの国の神ではないっ! 」


 アンディは今までに自分が見聞きしてきたもの総てに背中を押されて、クルカンの面前に立ち向かっていた。


「司教。あなたが呼びたいのはあなたの神だ! この国の神は、あなたが、そして教会が呼びたがっている神ではないっ! 」


 アンディは思わずクルカンの腕をつかむとシャイラの寝室へと飛び込んだ。そして力任せにシャイラの部屋のタペストリーへと司教の身体を向けさせた。


「この足元の幼子を、教会の神は愚かしい者として戦いの場へと連れ出すのですか! 微笑みではなく、一喝で退けるものなのですか!? 僕は母から教えられた! ”王族は民の親となれ”と! それは、民と共に泣き、共に笑うということなんだ! この国だけじゃない! オアシスの老婆ですら知っている! ”泣き声は女神のもとへ飛んで行って女神を泣かす”んだ! そうやって心をともにするもの、それがこの国の神なんだっ! 」

「うるさい、小童! わめくな! 神がどのようなものか、私よりお前が知っているわけがないっ! 父王陛下ですら、私の言には耳をお傾けになったのですぞ! 」


 クルカンの咆哮にもひるまず、アンディはさらに言い募った。


「父は父だ! 僕じゃない! 王族でなくったって人は助けられるんだ! 僕がこの国の連中を好きだから助けるんだ! カトランズから来た王が王をやりたいって言うんなら、みんながそれがいいって言うんなら、やればいい! でも僕は自分でみんなを助けていく! それが悪いか! 」

「父王陛下が泣きますぞ! 」

「父の道は父の道! 僕の道は僕の道だ! 」

「来やがった! 」


 外からのアレックスの突然の叫び声が二人の怒声に割って入った。


「教会の連中とカトランズの奴らだ! まとめて来やがるぜ! 」

「緊急発進準備! 」


 アンディはからみつくクルカンの手を逃れて廊下の窓に飛びついた。慌ただしく船内を動き回るクルーたちの向こうで盛大な土埃が天にまで昇っている。


”とうとうこんなところにまで! ”


 さっきまでの決意とは別に湧き上がる恐怖を抑え込むため、アンディは口の中の唾を飲み込んだ。


「クルカン様」


 いつの間にそこに立っていたのだろう。しとやかで優しげな、姉とも慕っていたあのシャイラが、その顔上に壮絶な笑みを浮かべて立っていた。


「御命令のものをお持ちいたしましたわ」


 その両手に捧げ持っていたものはアンディもよく見知っていた。王家の神事には必ずガザル翁が所有していたこれが使用されていた。

 それは宝剣。幅は2つか、長さ1ひろにも及ぶ大剣。その刀身にはゆがんだ歓喜に身を浸すクルカンの表情が映り込んでいた。


「これこそ! これこそが私の念願! 今や我が手に、宝剣と! 」


 ここでグルカンは有無を言わせずアンディの片手を力いっぱい握りしめた。


「王族とが! 手に入ったのだ!!」


 アンディは迫る軍勢の恐怖と目の前にいる味方と称する者たちの言動に、何をしていいのかわからずただ立ちすくんでいた。


「アンディっ! とにかく敵が来たから空に逃げるよっ! ……って……」


 光が差し込んだ。外から飛び込んだエクレナが、扉を開けて窓をのぞいていた。アンディを呼びに来たのだ。……だがすでに遅し。


「アンドリューは行きません。この国に残るの」


 あの儚げな姿はどこへやら。エクレナの面前に立ちはだかったシャイラは、その面に未だ力への歓喜を留めたまま言い放った。


「アンドリューは人と神との架け橋になるのだから」

「あんた、何勝手なことほざいてんのさっ! そんなことをアンディが望むとでも思ってんのっ! 」

「あなたは、アンドリューのことを、何もわかって、ないっ! 」


 赤々と燃える暖炉の火のようなエクレナに、シャイラは神の投げかけた熾烈な光となって立ち向かった。そしてその二人の姿に呆然とするアンディを、闇とも思える情念でグルカンが引きずってゆく。


「でかした、シャイラ。神はそなたにも目をかけて下されよう。さあ、行きますぞ、王子。神はこの永き時をどれほど待ったことであろう……」


 この僧のどこにそれだけの力があったのだろう。目を覆わんばかりのこの世の風景に目を閉じたとたん、アンディの体はそこへ行く運命となってしまったのだ……”神の遺跡”へと。


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