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第6章 寄り道は必要か? (1)



「……で、じーさんの別荘まであとどれくらいあるって? 」

「そう遠くない。徒歩で丸一日ってとこだな」

「きびし~~~」


 減らず口を叩きながらヘルメス号の船尾へと向かうアレックスとマイクを、アンディは気後れしている気分で見送った。

 空はあの豪雨が嘘であったかのように晴れ渡っていた。やはりアレックスが言っていた「嵐雲石の魔法使い」の仕業だったのだろうか。


「マイク~! 風呼びの香、もう、しけっちゃって使えな~い! 」

「取り換えといてくれ! ……たぶん干せばまた使える」

「みみっち~~~」


 マストから降ってきたエクレナの声にマイクがそう答え返すのを聞きながら、アンディの視線はガザル翁とディアス、そしてその話を聞こうとしているフォートンの方に向かっていた。


「よくはわからんが……マイクの奴が言うには、壊れたのは船尾に使われていた特別な布……ナイロンとか言ったかな……それがどうしてもいるらしいが、焼けた」

「ナイロンか。よくそんなものを持っておったもんだ」

「御老人は”ナイロン”なるものを御存じなのですか!? 」


 フォートンの驚愕の声に、ガザル翁はさらにその渋面をゆがめてみせた。


「我が一族が管理を任されておる”神の遺跡”より様々な品物が発掘されておってな。”ナイロン”と申す布も何枚か出ておる。……大きさはどのぐらいじゃ? 」

「あ~~~~……。おーい、マイク! ナイロンの大きさはどのぐらいいるかだとさ! 」


 船長の求めに応じてマイクは大股で歩み寄ってきた。


「2ひろ四方といったところでしょうか。さまざまな布の中であれが一番軽やかで風が好む上に、逃がさないんです」

「他の布ではいけないのですか? 」

「……どうしても風を包み込むのに、逃す部分が大きくなりますので」


 フォートンの質問に生真面目に答えたマイクの言葉にガザルは唸った。


「かなり大きなしろものじゃの……。おそらくかつて発掘した中にあったろう。一度わしの別荘まできて、修理の品を持ってゆくがよかろう」

「助かります。ここから歩いてと一日ということは……」


 そのまま話をつめようとするマイクをディアスは目でうながして、ガザル翁から引き離した。


「……あのじーさん、あまり信用するな」

「……というと?」

「……今回の一件、親父さんと教会の癒着に怒った連中がカトランズの軍を引き入れたらしいが……あの岩牢の中であのじーさんだけが唯一生き残ってたってぇのが気にくわねぇ」

「……かの御仁が、そもそも王家を潰した元凶だと言うのか」

「アンディの奴をあのじーさんの別荘なんぞに連れて行かせたら、どうなるかわかたもんじゃあねぇ。ある意味敵地に乗り込むようなもんだからな。……俺とお前で偵察するのが妥当だろう」

「船は? 」

「アレックスがいてよかったぜ。あいつなら船を任せておける」


 マストの上と下でアレックスがエクレナと口げんかを始めたのを、ディアスはアレックスの耳を引っ張ってくることで食い止めた。


「……っつーか俺、とーとー船任されるまでになりましたか! いや、すげぇや、俺! 」

「というかな、実質お前一人で船と、アンディと、その他もろもろを守りぬかなきゃならんわけだが」


 むやみにはしゃぎ出したアレックスをたしなめるような口調で言いだしたディアスに、マイクは笑いをこらえるように背を向けた。


「いやもぉ、大丈夫っすよ、まかして下さい! で、これ切り抜けたらクルーへの復帰、考えてもらえないっすかねぇ? 」

「はぁ? 何言ってんだ、お前。……なんでお前、ここにいると思ってんだ」


 相手が言わんとすることに考えが至ったらしいアレックスが照れ臭そうに鼻をこするのを横目に、マイクは降りてきたエクレナとフォートン、アンディ師弟の方へ近づいていった。


「これからガザル翁の別荘へ船の修復材料を取りに行きます。ただ……道中危険が予想されますので、お客様方お二人にはこちらに残っていただきたいと……。エクレナ、アレックスと一緒に世話を頼む」

「あのバカなにーちゃんと留守守んの!? まぁ、それはそれとしたって……追手、来ないとも限んないよね? 」

「急ぐ。3日待ってくれ」

「うん。3日。守る」


 エクレナとマイクの会話にアンディは身近に迫った危機をひしひしと感じていた。


「話はまとまった。俺とマイクで行かせてもらおう。……アンディは敵の手に落ちるとまずい。……あのぼーさんに学校に帰すって言っちまったからなぁ! 」


 ディアスがガザル翁と話を始めるのを聞いていたクルーは、いかにもとってつけたかのような最期の文に大苦笑を浮かべた。


「なんと、寄宿学校に帰すと? 」

「教会をお信じ下さい、ガザル翁」


 フォートンのまっすぐな視線とともに始まった説得を、なぜかガザル翁は不快なものでも現れたかのように目をそらした。


「国々にまたがる影響力を持つ我が教会でしたら、学校に戻りさえすれば必ず彼の身柄は保障いたします。どのような武力が現れようとも僧兵軍団をもってすればおそるるに足りません。必ずや良き君主として立派に育ち得ることが出来ると……」

「黙れ! この極悪人どもの手下が! 奴らが何をやっているのかは、お主に言われずともわかっておるわ! 」


 突然激高した老人に、フォートンを始めヘルメス号に居合わせている総ての者が驚いた。


「悪の名を着せての魔法使い狩り! ”この世から神を追放した邪悪な者の末裔”とは片腹痛いわ! 何も知らず、ただその力にに夢と希望を乗せただけの者を、ワナにかけての狼藉を……!

 友が、わしのかつての友人が、教会に取り入りたい宝石商と組んでのワナに落ちて、額に宝石が吸いつき魔法使いとなった瞬間に狩りにあい、額の宝石をえぐられた上拷問を受けて廃人同然となりおったわ! それ以来わしの目が閉じる瞬間までは、この国に教会なんぞは一歩たりとも立ち入れんと決めておる!

 ……この船におる間はガマンもしてやろう。だがいいか、二度とあの極悪人どもを良き者などと言うな! 」


 フォートンは絶句し、他の者も皆その動きを止めた。アンディはガザル翁が前々から教会を憎んでいたことは知っていたが、これほどの思いとは思っていなかった。

 ガザル翁は自分の剣幕に皆がたじろいだことでやっと我を取り戻したようだった。急に柔和な顔つきにもどり、にこやかに皆に話しかけた。


「とりあえず、わしの別荘へと招待しよう。わしが長年続けてきた、遺跡を作りたもうた女神についての研究成果も多数あるでな。よろしかったらいろいろご覧にいれよう……」


            *


……闇が、城の上空を覆っていた。

 ラウダをとばして駆け付けた「アンドリュー王子、”ヅァ・ガンの針”より脱出! 」の報は、もうしばらく来ないと思いたかった黒き魔法使いとともに現れた。


「またお主か」

「今回は違う」


 憮然とした表情の新王に輪をかけたかのようにさらに憮然とした表情でダルバザードは話し出した。


「話に聞いたことがある。あれは”空飛ぶ船”だ。なぜ来たのはかわからん。王子と老臣、それらを連れて逃げ去った。南西には老臣の別荘があるらしい。この後行く」

「”空飛ぶ船”が? 」


 新王の側に侍っていたオウリアが口をはさんだ。あまりの予想範囲内の出来ごとに笑みも浮かばなかった。


「それが何かは知らんが、確かにガザル殿とアンドリュー王子を連れていったのか? 」

「”針”にいた兵士たちが証人だ。……今は切り落としたつり橋の復旧にあたっているが、ついてきた他の兵士も同じことを言うだろう」

「まずいな……」


 新王は苛立ってきたのか爪を噛み始めた。


「すぐに追討隊を出さねばならん。不時着したと言ったな? そのあたりに兵を出して捜索させねばならん」

「いらん」


 考えをまとめ始めたドーナムに、嵐雲石の魔法使いは切り捨てるように言葉を投げつけた。


「兵など待つつもりはない。このままラウダを駆って奴の別荘へとおもむく」

「ま、待て! 」


 ドーナムの目はせわしなくあたりをさまよい始め、頼もしげな笑みを浮かべているオウリアの顔面上で止まった。オウリアはちらりと横目でダルバザードを見てから、新王に笑いかけた。


「国王陛下。もしもよろしければわたくしがダルバザード様ととともにその別荘とやらへおもむいてもよろしゅうございますわ。……牽制しなくてはならぬ輩なのでしょう? 」


 小声で囁いた内容に、ドーナムは我が意を得たりとばかりにうなづいた。


「おお、なるほど魔法使いがもう一人加わったとなれば大兵団一隊をつけたも同然! ぜひ行っていただこう。あ~~~ダルバザール、兵を待てぬというならオウリア殿を連れて行かねば許可は出せん。それからくれぐれも王子は生きたまま確保していただかねばならんぞ、よいな? 」


 ダルバザードは雷雲のごとき眉の下からやぶにらみぎみにオウリアを睨みつけた。


「……足手まといはいらん。待ってやる気はない。自力でついてこい」

「お試しになれば? 」


 準備は思いのほか手早くすんだ。王から賜れるとの話のラウダの方が手間取るという始末だ。


「……前王と皇太子はどうやって始末なさいましたの? 」


 ラウダを待ちながらダルバザードの横に並んだフード姿のオウリアが、口の端だけで囁いた。ダルバザードは一瞬の沈黙の後、上からオウリアをねめつけた。


「……新王への手土産か」

「いえ、私の興味から。……末の王子の命まで必要なんてよっぽどのことですわね」

「……”神の遺跡”とはいったい何のためのものか知っているか」


 オウリアは興味無さげに空の彼方を見やった。


「……さぁ」

「あれは人を殺すためのものだ」


 ダルバザードの言葉にオウリアは視線を再び隣の魔人へと移した。筋骨隆々とした傷だらけの男は、腕を組んだまま彼方を、過去を見つめている。


「……あれが動いたその場に居合わせたことがある。”群雲傭兵団”、50名を越す古強者の一団が一瞬で潰えた。あの苦しみが俺の”輝石の探索”へと繋がったのだから皮肉なものだ」

「……神の遺跡は人を殺すためのもの……? 」

「古の文書にも書かれていた。”SLGファンタジーウォーズ”、かの戦いがこの地上で行われていた時に、神々の手によって使われていたのがあの遺跡だ。……何が神は人とともに歩むもの、だ。教会の奴らはバカだ」

「えすえるじぃ? ふぁんたじぃ? ウォーズ、というのは戦いの古語であるのは知ってはいるけど」

「外世界より訪れていた神々によってもたらされた言葉だ。今でも慣用句として使われている”GJ”、”チート”、”課金”、”テクニカルターム”も同様のものらしい。……この地上の民が神の手下となり下がり、ともに流さずともよい血を流していたころの話だ。何が”邪悪なる魔法使い”だ。我等は皆知っている。かの暴虐の神々の手から世界を人の手に取り戻したのは我ら魔法使いなのだ、と」


 オウリアの顔に真顔めいた真剣な表情が現れ、しぶしぶながら頷いた。


「神々の痕跡破壊しつくさねばならん。特に神の遺跡は危険だ。この地の遺跡は強固だが、動かすためのカギは他にあるらしい。”宝物”と”王族”。王族は根絶やしにせねばならん。かの災いをもたらさぬためにも」


 オウリアは隣の魔人を仰ぎ見ていた視線を戻して、再び正面の旅立ちの準備を見据えた。


「……宝物はどちらに? 」

「ガザルの邸宅にも王宮にもなかった。おそらくこれからゆく別荘にあるのだろう。……行くぞ」


 用意の出来たラウダに大股で力強く近づくダルバザードの後ろ姿をオウリアは眺めていた。オウリアの口の端にうすら笑いが浮かぶ。


「”王族”よりも”宝物”、よね。……ディアスが手中の珠をあたら潰えさせるものですか」



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