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第5章 預け物はあるか (3)



 黒いマント、黒い髪、黒い髭。

 遠目には闇の混沌が渦巻いているようにしか見えなかったそれは一人の男であり、その額には黒い輝石が輝いていた。

 その太い手が天に差し伸べられると、稲光がそれに応える。ディアスがアンディの腰ひもをつかんで船内に放り込んだ時には、空を無数の光の大蛇がのたくっていた。


「ずらかるぞ! 」

「当たり前です! 」


 船の舵取りをアレックスから奪い取ったディアスが大きく舵を切った。

 うねるように船体が急カーブを描くと、まるでそれまでいた場所を狙ったかのように稲妻が落下した。


「風呼びの香の追加はまだか!? 」

「どうしてこんなに消費が早いの!? 」

「風をもっと味方につけねぇことには避けきれねぇっ! 」


 へたり込むアンディとそれをかばう師の目の前でヘルメス号クルーたちが縦横無尽に走り回る。

 口々に声をかけあうヘルメス号クルーの中でマイクだけが竪琴とアシ笛にかじりつき、風の調節を行っていた。そのメロディに遠雷の音が重なり、時々落雷の轟音がそれを切り裂いた。


「やだっ! 雨っ! 」


 稲妻が嵐を呼んだらしい。大粒の雨が豪雨となるのは時間の問題だった。


「高く飛びやがれ! 雲の上なら香の火も消えねぇっ! 」

「誰にものを言っているっ! 」

「……嵐の風を味方につける」


 怒号が飛び交う中で静かにマイクが宣言した。

 雨まじりの風が甲板上を襲った。”風の道”の中での甲板上はこんなものだったのかもしれない。帆が水滴を含んで重くしなる。だがその分風を逃がさず、風雨は船を舞いあげた。

 くるくると回転するかのように上昇する船を追って次々と稲光が襲う。足元を襲う衝撃! 雷鳴が船体をかすったか。とたんに航跡が不安定になる。


「雲上への避難はムリだ! 不時着先を探せ! 」

「この先の砂漠へなんとか行けねぇか!? 」

「南西だ! 」


 ガザル翁が総ての音に飲み込まれまいと声高に叫んだ。

「南西に行けばわしの別荘がある! そちらを目指せ! 」

「爺さんの言うこた聞きたくねぇが……行くか」


 あおりながらのけぞりながら船体が南西へと弧を描く。

 執拗に雷音がヘルメス号の後を追う。


「ディアっ! 煙出てるっ! 」

「消せっ! さっきの直撃で火でも着きやがったか……」

「とりあえず避難するしかない。砂漠に不時着した方が……」

「南西だ! 南西へ! 」

「このじーさん、うるせ~~~~! 」


 船尾から出始めた煙を師弟ともども脅威としてみつめた。エクレナやアレックスが大雨の中消し止めに行くのを船体のうねりが邪魔をする。


「南西だ! 南西へ! 」


 ガザル翁の指示に従うかのようにヘルメス号は空の彼方へと消えていった。

 ……南西の空へと。



「……逃したか」


 岩壁上に朝の光の中、唯一闇が取り残されていた。

 嵐雲石の魔法使いは豪雨が過ぎ去った後もなお、そこに立ちつくしていた。

 向こうの岩牢からの応援要請など耳に入っていない。その目には逃がした獲物、かの王族の生き残りが乗り込んだ船の消えた先、南西へと向けられていた。

 王族。あの神の遺産を稼働させる鍵。

 あれらが動けばどうなるか、ダルバザードはその身で知っていた。

 次々とほふられていく傭兵の戦友たち。それがなぜ動いたのか今でもわからない。ただ圧倒的な力の前に、なす術もなく戦友たちは葬られていった……。

 額の輝石に触れる。この力さえあれば、各地に散らばる神の遺跡を破壊できると思ったものを! この地の遺跡は強固でダルバザードの力を跳ね返すだけだった……。


 遺跡、宝物、王族。


 この3つがこの地であの遺跡を動かすための鍵だ。

 遺跡は破壊出来ん。宝物はどこへ行ったか行方知れずだ。ならば手の内に入った王族を消すしかないと思って進んできたが……。


「宝物か……急がねばならん」


 つり橋の復旧にかかる配下の者を捨て置いて、ダルバザードは単身王宮へと向かった。



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