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第4章 出迎えは来たか (2)



 人、ヒト、人、ひと……。

 今、アンディの目の前には極彩色に彩られた店、人、花が視界いっぱいに広がっていた。

 ヘルメス号はついに再び地上に降り立った。着水場面をアンディは今度は甲板上から見ることになった。

 地上で手を振る子供たちを上から見下ろし、風を受けてしなる両翼を間近に見て、アンディは自分がここにいることの不思議さを実感していた。

 そして湖水に降り立ったヘルメス号は盛大に水のカーテンを両脇に出現させ、その後に虹だけを残してその動きを止めた。


「ここの教会を探しに行かなくては」


と言いだしたのはフォートンだった。


「このままでは二人とも教会を見限った出奔者扱いとなってしまう。君がちゃんと元の場所へと戻れるように、手を打てることは手を打っておかなくては。アンディ、君も来た方がいい」

「今さら行っても何にもならねぇと思うぞ」


 荷物を片づけながら鼻歌でも歌うような調子で言うディアスにフォートンは軽くむっとしたようだった。


「遅い早いの問題ではありません。自分が間違いであると思ったのならば、それを正そうとするのが人というものです。……今回のことは……おそらくかなりの誤解を与えていると思うのです。それを正しむる道があるのならば、やらないわけにはいかないでしょう」

「そーかいそーかい。アンディ、ご指名らしいから行って来い」


 教会に入ってから他の街に出ることなど、この5年というもの、まったくなかった。桟橋まで小舟に乗って降りたってみると、左右にそびえたつ石造りの建物には今まで見たこともないような極彩色の色とりどりの旗が縦横無尽に空に張りめぐらされて、アンディは頭上をながめながら町中を歩き回った。

 フォートン先生が人に尋ねたずね教会を探している間、アンディの視線は人々の衣装、食べ物、子供たちにとらわれて続けていた。

 寄宿舎への移動のためのキャラバンで立ち寄った村や町とは違った空気を肌で感じてアンディは久々の安堵感を感じていた。

 常にはない空気の中の水分の気配……、自分の故郷の空気だ。そんな空気はなぜか自分には優しく感じられ、ふと涙が出そうになっている自分に気づいて少し落ち込む。こんなに女々しかったろうか。


「おや、どうしなさったの? 」


 アンディは急に声をかけられて立ち止まった。

 いつの間にか目の前に現れて声をかけてきていたのは、この町に住む人たち独特の落ちついた濃い色目の衣装を身にまとった老婆だった。買い物帰りだろうか、この地でとれたらしい色とりどりの果物や野菜を籠に詰め込んで、腕から下げていた。


「いえ、なんでもないんです。すみません」

「謝ることじゃあないでしょう? あんたがそんな感じでいるのを見てると、女神さんがお泣きになるような気がして声をかけたの。大丈夫? 」

「え、ああ、はい……」

「困らせてごめんねぇ。このあたりじゃあねぇ、”泣き声は飛んで行って女神様を泣かす”という言葉が残っていてね。そういう人はみんなで助けてあげようというようになっているもんだからね。……教会の方? 場所はわかってる? 」

「あ、はい。今それを探して……」

「アンディ! 」


 遅れている生徒の方を振り返って声をかけてきたフォートンは、今まで話をしていた人物に一礼すると、大きな体を揺すってこちらまで歩いて来ていた。


「やっと教会が見つかったよ。あちらだそうだが……。ええと、こちらは? 」

「ああ、見つかりなさったの? よかったねぇ。女神さんがお笑いになられるのが目に見えるようだ。がんばりなさいねぇ」


 籠を腕に下げてたまま、二人に軽く一礼すると老婆は人ごみの中に消えて行った。


 やっと見つけた教会はにぎやかな区域からは少し離れた場所にあって、その質素な外観にフォートンは「かくあるべし」とでも言うかのように微笑みながら頷いた。

 中にいたのは教会の僧と町の人2,3人だった。フォートンはかねてから用意していた口上と、託すために持参してきていた手紙を教会の者に手渡した。


「それでウォルホールの方へ……。あそこはカトランズからの兵が入り込んで争いになりかけたところで、旅の魔法使いが乱入して戦いが拡大していったと聞き及んでいます。王族の方々も辺境の牢獄へ入れられたとか」


 ズァ・ガンの岩牢!

 アンディはそれを国境近くの奇岩として知っていた。今まで数々の政治犯がそこに送られ、生涯を送ったと聞いている。……ここ何年かは送られた者はいないと聞いていたが、そこへ父兄が行っていたとは……。


「治安の方はどうなのでしょうか? 出来れば城塞都市内に入りたいと思っているのですが……旅人は入れる状態でしょうか? 」

「聞き及んではいますが……あそこではカトランズの兵が幅を利かせていて、まともに話もできない状態であるようです。あまり行くことはお勧めできません」


 アンディは意外に思った。かつての故国では街の住民は皆温かくて街へ出た王族(特に母や幼い自分)にも体の調子や常日頃の日常など誰彼なく話しかけられていたように覚えている。それが……話もできない状態なんて。


「アンディ……それでも君はお母上の墓にお参りに行きたいか? 」


 アンディは口ごもった。だが、母なら、父ならどう言っただろう。

 父はいつも「国の者たちを守る一族としての気概を持て」と語り、母は「だからこそ国の者たちを愛してあげなさい」と語った。遮るものは……自分の臆病さだけだった。


「……行きたいです」


 やはりとでも言うようにフォートンはうなづいた。


「……君はやはり、あの国の人なんだな」

「あの国は害悪です」


 教会の者たちの口から漏れ出た言葉に二人は驚いて振り返った。誠実そうな朴訥そうな僧は、まるでその言葉に疑問すら浮かばないかのように語った。


「人々が魂を売ってでも欲しがるようなものを、あんなに惜しみなく分け与えるとは非常識にもほどがあります。この街だって、ああもこれ見よがしにオアシスがあるのでは、神の御威光とともに水をもたらしてきた我々の立場がありません。こう言ってはなんですが、時々あの湖が少し干上がってくれたらいいのにと思うことがありますよ」

「何を言うんですか! 」


 師の剣幕に思わずアンディは振り返った。フォートンの人の良さそうな顔が真っ赤になって相手を睨みつけている。そのありさまが常日頃とは違うので、アンディは我と我が目を疑った。


「神の御威光とは、水とともにあるわけでは、ないっ! 人々が、心やさしく、助けあえる世界、その出現こそが、神の御意志でしょうっ! 人々の心に女神の姿が深く刻まれているこの地で、布教する手段が現世利益のみとは言語道断っ! 今すぐ聖典を読み返しなさいっ! 」


 アンディは、いまだ怒り冷めやらぬフォートンに手をひかれ、教会を後にした。


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