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第4章 出迎えは来たか (1)



 空から滑り降りるように小舟が降りてくるのを見た者はいない。


 水のないこの世界で着水出来るところを探すのはホネだ。まだなだらかな砂丘地帯に舟を降ろし、岩山の陰に隠す。

 外に出るのに頭を覆う布をつけるのは必須だ。砂嵐等で飛んでくる砂ぼこりが髪につくのなどまっぴらごめんだ。

 ウォルホールの街へは歩いて少し。夕方ごろには着くのだろうか。さてはて、ちゃんとしたものにありつけるのやら。オウリアは着るもの、食べるもの、身につけるもの、自らが得る総てものの好みにはうるさい。

 少し赤みがかった景色の向こうに見える城塞都市には、もはや壁などというものは存在することなく、あちこちに見える圧倒的な破壊の跡のみが見てとれた。


”魔法使いの仕業……”


 門の跡とおぼしきところには誰何の兵が立っている。遠目にもあまりたちのいい類のものでないことはすぐに見てとれた。

 ……オウリアの足が止まった。


”……緑……”


 今まで砂と石の灰色がかった白しかなかった平原に、突如あらわれた緑色の世界。それが畑であるとわかるまでには少々時間がかかった。


”……まさか……”


 あぜんとするのも無理はない。オウリアは自分の空飛ぶ小舟で世界のあちこちを見てきた。この世界に、水、緑、植物か圧倒的に少ないことはわかっている。なのに。


 壊されたウォルホールの壁の周囲一帯に広がる、豆、芋、穀物の葉の緑。一部、攻城戦で荒らされたた部分はあるものの、それでもありあまるほどの緑がそこにはあった。

 それらは街からひかれた水路の間に位置し、その水路が細かく畑の中に張りめぐらされている。


”とんでもないところだわ”


 水は力の源だ。現に教会などは「水」を得る手段を持ち、それを配布することで布教してまわっている。それをこの国では国の周囲とはいえ、それを惜しげもなく解放している。

 オウリアはこれからおもむくウォルホールという街にがぜん興味がわいてきた。


「止まれ! 」


 半ば笑みを浮かべながら考え事をオウリアの前に、突然ヤリが交差に組まれた。音も激しく火花も飛び散らんかとばかりに現れたそれらに、オウリアは目を瞬かせた。


「何者だ。どこに行く。……少しここで俺らと話をしていかんか」


 さげすむような思いで目を半眼にすると、オウリアは左右の兵を見た。兵士に容姿の美しさを求める趣味などさらさらないが、砂とほこりにまみれた男どもと時間をつぶす気などまったくなかった。


「オウリア。街の中を見に。あなたたちの相手をする気はないわ」


 左右の兵はムッとして今にもつかみかかろうとしていたが、オウリアの顔色を変えることは出来なかった。……オウリアは髪や覆いに隠された下、自分の額に何がついているのかを知っている。


「おい、お前らやめろ! 勤番の時間が延びてイライラしているのはわかるが、一般人に手を出すな。……新王の人気が下がる」


 詰所から声をかけてきた上役に兵士たちはむっとしながらも、武器がないかとの身体検査だけは服の上からではあるが特に念入りに行った。頭の覆いを取り顔をあらわにすると、兵たちの中に軽い歓声すら起こった。


「おい、疲れたろ。交代するぞ。……よし、お前は通ってよし」


 髪の下の額を検められる前に許可が出たことにオウリアはほくそ笑んだ。そのおかげでとことんまで触りまくった連中に、頭の覆いをつけながら余裕の笑みすら見せることが出来た。


 思ったよりも街中の破壊の具合が少なかったことにオウリアは驚いた。外の壁の破壊っぷりは、誰でも中も相当なものとなっているだろうと思うほどのものであったのに。

 外へと続いていた水路はそのまま街の中まで伸び、ほこり避けと思われる蓋の上をごく普通に住人たちが歩いている。ところどころにある水の見える場所は住人たちの憩いの場なのだろうか。

 それでも水を大切にする礼儀は徹底しているらしく、中に飛び込もうとする子供を叱りつける大人の姿も見えた。

 店の品物は少なめではあるものの買い物客はそれなりにあり、中には占領軍の者とおぼしき者も普通に買い物客として存在していた。

 水路は街の中心から東西南北に延び、その中心は広場となっていた。そこに立てられた看板の前に人が二、三人立ち止まっている。オウリアは好奇心からその看板を覗き込んだ。


”先代王ダルガ・ウォル・フォール、王子ライオネス・ウォル・フォール、両名の死去に伴い、カトランズに嫁したマーガルテ様の孫にあたるゲトラルク様が新王として立たれることとなった。皆、こころして祝うように”


 その横には先王が書き残したと言われている王位譲渡を認める書類なるものが貼られている。……が、それが本物であるかどうか、オウリアにはわからない。


「ごめんなさい。これ、ほんものなのかしら」


 オウリアに尋ねられた街の人は弾かれたかのように驚いてオウリアの顔見ると、急にあたりを見回した。そしてカトランズの兵が声の届かない距離にいることを確認してから小声で言った。


「……どちらからおいでになったのか知りませんが、めったなことを言うもんじゃあありませんよ。これはカトランズの新王が正式に布告したものなんですから、疑問を持つということはあの兵士たちの機嫌を損ねるということになるんですよ。ほんとにめったなことは言うもんじゃありません」

「あら、そうなると……末の王子様ってどうなるのかしら」


 オウリアの呟きに周りの者たちはいっせいに我に返ったかのようにお互いの顔を見合わせた。


「末の……そう言えばアンドリュー様が」

「どこかの教会に預けられているとか」

「王子が後を継がなくていいのか? 」

「いや、この国を出た時点でその資格はないだろう。”国王が国から消えれば国も消える”が国是のはずだ」

「それでも隣国から王を迎えると言うのは……」

「そうだ、王子の承諾は得たのか? 」


 一人、二人の呟き、囁きから、足を止めた住人へと会話はつながり、それがさらに人を呼び、事態に気がついたカトランズの兵たちが詰め寄ってきた時にはその数は広場を半ば埋めるほどとなっていた。


「おい、お前ら、何をしている! 」


 走り寄る兵士におびえるかのような表情で、街の住民は潮のように一斉に引き、件の布告の前にはオウリア一人が取り残された。


「誰だ! この騒ぎを引き起こしたのは! 」


 周りの者たちを威圧しようとせんばかりに怒鳴りつける兵士を、オウリアは目の前にいる者すら認知できない輩と侮蔑の意を込めて半眼で見た。


「やめなさい。みっともないから」


 オウリアは余裕の表情で頭の覆いを取り、額に輝く髪をかきあげた。その額に輝く石は周りの人々に思わず息を飲ませた。


「魔法使い……」

「魔法使いだ……」

「男じゃなかったのか……? 」


 住民の中にはそういう呟きが流れてはいたが兵士たちはそれには気付かず、その額の石だけを見ていた。


「女とはいえ魔法使いだ、油断するな。……おい、お前! 今すぐこの街を出ればよし! さもなくば手痛い目にあうことになるぞ! 」


 回りを取り囲んだ兵士たちにヤリをつきつけられ、一斉にその穂先を向けられたオウリアの口元に現れた笑みを、彼らはどう見たか。


「おどけなさいな、そんな危険なもの。……あなたたちにとって危険なことよ、それ」

「なにをっ! 」


 さらに兵士たちが色めきたったそのとたん、ヤリの穂先に変化が生じた。

 鋼が業火であぶられたかのように赤く染まったかと思うと、まるで溶岩とでもなったかのように地面へと流れおちた。ヤリを持つ兵士たちは声をあげて飛びさすった。


「これで人に話をたずねる気になったかしら。……目の前のことをまるでわかろうとしないなんて、どんな兵を飼っているのかしら」


 回りを取り囲む兵たちは急に青ざめた。中にはヤリを取り落とし、体をさすり始める者まで現れた。

 オウリアはわかっている。自分の力、物に熱を与え、奪うその能力が今、彼らに発揮されているということを。だが彼らにはわかっていない。ただ”魔女は危険だ”という思いだけが駆け巡っているのだろう。

 この事態を離れて見ていたのだろうか。部隊長とでもいう外見の兵士が近づいて部下たちに声を放った。


「待て! 近づくな! 下がれ、俺が相手をする。……ダルバザード殿のお身内と見たが? 」


 オウリアの中に事態を面白がる心が沸いてきた。


”これは……おそらくカトランズの魔法使い”


 口元にニッと笑みを浮かべて朗らかに言い放った。


「あら、やはりこちらにいたのね。たぶんそうだろうとは思っていたけれど」


 この言葉に兵士たちはお互いに顔を見合わせた。そして自分たちの部隊長と侵入者の女をそれぞれ見比べた。


「……よかろう。ダルバザード殿は今所要でいらっしゃらないはずだが、お戻りになるまで本部でお待ちになるといい。……おい、案内してやれ」


 部隊長に命じられ、使えなくなったヤリを投げ捨てると、2,3人の兵がオウリアに行動をうながした。

 オウリアは兵やそれを取り囲む街の住人たちを見まわすと、ニッコリと笑ってみせた。


”きっと面白いものが見られるに違いない”


 外からは唯々諾々と連れて行かれる魔女を、街の住民たちはあっけにとられる思いでいつまでも見送っていた。


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