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第二章 忘れ物はないか(4)



 朝一番の光を受けた湖水が、砕けた鏡を散りばめたようにあたり一面を照らし出す。

 寝ぼけ眼で窓から外をのぞいて目をくらませたアンディは、そこでやっと自分が昨夜船に泊まったことを思い出した。

 川や海とは違い騒がしいせせらぎや寝ていてもわかる波の揺れも少なく、目が覚めて外を見るまでは地上のどこかの建物の中だと言われても納得していたことだろう。

 そんな部屋での夜は静かなとは言い難く……理由は同室となったフォートンだ。酔いつぶれたフォートンのいびきがあれほどうるさいものだとは思わなかった。やっとうつらうつらしたのが明け方で……目が覚めたときには恩師はすでにいなかった。

 手早く身支度をしてからアンディは甲板に出た。

 扉を開けて甲板に出たアンディの頭をかすめて何かが飛んで行った。水鳥だ。首をすくめて見上げると、昨日とは違ってマストのあたりを2,3羽の水鳥が群れ飛んでいる。空を切るその翼の動きを目で追っていると、アンディの耳に何か異様な音が聞こえてきた。

 甲板上を歩いてまわり、やっとアンディが見つけたのは船のヘリから頭を出して嘔吐している人物であった。


「……先生」

「や、やぁ、アンディ。お恥ずかしい。ちょっと昨日は……うぷっ……飲みすぎたみたいだ……」


 やっと見つけたフォートンの顔は少し青ざめ、大柄な体を真っ白にして力なく船の縁にひっかかっていた。昨夜の飲みすぎが尾を引いているのは一目でわかった。


「無茶ですよ、先生。なんで飲み比べなんてことになったんです? 」

「いやもう、なんでなんだろうなぁ。あの船長には妙に人を乗せる才能があるみたいだ。……すでに船にも乗せられているしね」


 思わず出たフォートンの軽口にアンディもつい笑わせられて、いつしか二人で湖水で眺めていた。


「……やっとまともに話せるな」


 その言い方があまりにも優しいものだったので、アンディはつい身構えるダイミングを逃してしまった。そのぎくしゃくぶりをおかしく思ったのか、フォートンの顔に笑みが浮かんだ。


「いろいろあったな。バタバタと……長い距離も旅したし、いろんな人にも会った。……それで、ほんとうのところ、君はどう思っているんだ? 」

「え……」

「ほんとうに君がしたいことなら私も協力しよう。今まであまりにも他の人から話を聞きすぎた。今度は君自身の口から聞きたい。アンディ。君はこれからどうしたい? 」

「ぼ……ぼくは……」

「うん」

「やっぱり……」

「……うん」

「国に帰りたいです! 」


 フォートンにうながされるままアンディの口から飛び出したのは、半ば悲鳴のような絞り出したかのような声だった。


「一度でいいから帰りたい! それでみんなの顔を見たら帰りますから……!……すみません」

「謝ることじゃあない」


 まだ青白い顔に微笑みを浮かべて、フォートンはその大きな手をポンとアンディの頭の上に乗せた。


「……じゃあ、私も一緒に行こう」

「え!? 」


 思わずアンディが見直したフォートンの顔には、昨夜の酔いの疲れは少々残っていたものの、いたずらっ子めいた明るさまでも浮かんでいた。


「行って気がすんだら学校に戻ってくるんだろう? それならそれまで生徒の身柄を保護するのは教師の役目じゃないかね? 」

「あ……ありがとうございます! 」

「教会の方へはよく事情を知らせておかないとなぁ。……脱走者が二名になってはかなわないからね」


 クスクス笑うアンディの顔に輝きが戻ったのは、朝の光を真正面から受けただけではなかったろう。

 とにかく道は開けた。国に帰れる!


「……こちらにいらっしゃいましたか」


 落ちついた優しい声音に呼びかけられて二人が振り向くと、彼らに話しかけたのはマイクだった。


「下で食事の用意ができましたがお召し上がりになりますか? ……もし陸上の店の方がよろしければ小舟を出しますが」

「いえ、こちらでいただきます。ありがとうございます。……あ、それから」


 フォートンがまだふらつく体で立ち上がろうとしたので、アンディは思わず両の手で支えた。


「やはり船長のお勧めに従ってこの子を故国に行かせようと思います。それで護衛を兼ねて私も同行したいのですが……。むろん船賃は払います」


 マイクはそれを聞いて、今までアンディが一度も見たことがない安堵したかのような笑顔を惜しげもなくその顔に浮かばせた。


「そうですか。それはいい知らせです。……ああ。それなら一応お伝えしておいたほうがよろしいかと思うのですが……」

「……はぁ」


 恐る恐るとでもいうようなマイクの言い方に何かいやなものを感じつつ、アンディたちは先をうながした。


「この船ですが、魔法使いが作ったものなんです」

「……」


 驚いていいのやら納得していいのやら困る気持ちでアンディがフォートンを見ると、相手もそのような顔つきでこちらを見ていた。

 空を飛ぶなどという船が普通の人間に作れたはずがない。魔法使いがその力を元に、不思議な品を作ることはよく知られている。実際教会が非難するにも関わらずその不思議な品を所持する君主も多数いる。だが、今ここで指摘されるのはフォートンたちにとっては少々困ることだった。というのも……。


「ええ、魔法使いが作って他の魔法使いが所持していたものを、私どもが借り受けて運用しているというようなわけでして。もちろん我がクルーに魔法使いはおりませんし、利益を魔法使いに回しているということもありません。……が……神に仇なす者として魔法使いを敵視なさる教会の方々としてはまずいことになるのではないかとも思うのですが……」


 その通りだった。

 だが教会の内部でも魔法の道具については意見が分かれるところであるのも事実だ。ある教会では誉められたことではないが十分神への帰依を表しているのならば(つまり寄付金をたっぷり払っていれば)大目に見ようという考えかと思うと、ある教会ではそのような品を所持しているだけで「神の敵」と認定されてしまうということもある。

 フォートンはどちらの考えをとるだろう。そっとアンディがフォートンの顔つきをうかがってると、当のフォートンもマイクの顔つきをうかがっていた。……特に額の鉢金の部分を。


「はぁ……やはり気になりますか」


 毎度のことで慣れっこになったとでも言うような笑顔で、マイクは鉢金の部分を上にずらしてみせた。

 下から現れたのは傷跡。その部分の肉を削り取ったかのようなでこぼこになった皮膚の上に生白いものやどす赤い肉やピンクのものがうごめくかのように盛り上がって固まっている。優しげな女顔の上につけられた傷跡のあまりの気味の悪さにアンディは思わず目をそむけ、隣でフォートンが息を飲む気配を感じた。


「……以前もめ事に巻き込まれたときにつけまして」


 鉢金を元に戻しながら穏やかな声でマイクは言った。


「いろいろ疑われることもありますから晒しておいたほうがいいのかもしれないのですが、こちらも客商売なものですから。彼のような反応をされるよりはと隠しているようなわけでして。……で、どうなさいますか? 」


 彼というのが自分のことだと気がついて内心赤面する思いをしながらも、アンディはフォートンがどうするのかとこっそり様子をうかがった。それに気がついたフォートンは安心させるかのように笑うと、真正面からマイクを見て言った。


「いえ、何も問題はないと思います。今一番この子にとって大切なのは状況認識と安全です。時間がかかればかかるほど危険は増します。そしてこの旅ではこの船を使わなくては早急な移動は望めないでしょう。……どうかよろしくお願いします」


 マイクは一瞬ちょっと下を向いてホッとしたかのように微笑むと、やはり真正面からアンディたちの方を見て笑った。


「承知しました。それではまずは下で朝食といきましょう。……その間に私はあれから潰れっぱなしの船長を叩き起こすことにしますか」


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