雪のビアンカ
「この冬もありがとう。また次の冬もお願いね。」
シロクマの親子はビアンカに手を振った。ビアンカは満面の笑みで手を振り返した。
「また冬にくるね~。元気でね~。」
そう言ってビアンカは空の上を目指した。この冬の仕事も終わったので天界に帰り神様に報告する。そして次の仕事の季節まで他の妖精と楽しく遊ぶ。それが雪の妖精ビアンカの毎年のスケジュールだ。
「今年も頑張ったな~。シロクマさんもペンギンさんも喜んでくれたし。神様も誉めてくれるかな~。」
ビアンカは笑顔で空を飛んでいく。途中で渡り鳥の群れに出会った。
「おやビアンカ。暖かくなったと思ったら君の仕事が終わったからだったのか。」
「うん。この冬はもうおしまい。また次の冬に頑張るから。」
「そう。じゃあまた冬になる頃すれ違うね。それまで元気でね。」
「は~い。みんなも元気でね~。さよなら~。」
渡り鳥の群れと別れ、ビアンカはさらに空の上へ上へと飛んだ。鳥も飛行機も見えなくなり、地球が青く見えるほどの空の上に天界があり、そこに神様の神殿がある。ビアンカはそこを目指してさらに高く高く上へ上へと飛んだ。
「おお。ビアンカ。おかえり。」
ビアンカが天界に着くと天候の精霊が出迎えた。精霊は神様の使いで、妖精たちの長にあたる。妖精のビアンカにとって精霊は親みたいなもので天候に関わる妖精はみんな天候の精霊とともに暮らしていた。
「ただいま戻りました。精霊様。これから神様に仕事の報告に行ってきます。」
「そうか。くれぐれもご無礼のないように。」
「はい。では失礼します。」
天候の精霊に一礼してビアンカは神殿を目指した。神殿の一番奥に神様の玉座があり、神様が座っていた。ビアンカは神様の前にひざまずいた。
「神様、雪の妖精ビアンカ。ただいま戻りました。」
「おお。よく戻った。では報告してもらおう。」
ビアンカは神様にこの冬の活動を報告した。
「そうか。ご苦労であった。いつもながら良い働きであった。」
「ありがとうございます。」
褒められたことが嬉しくて笑顔になった。
「ただ、頑張りすぎるのもよくはない。次の冬はほどほどにな。」
神様の言葉にビアンカの表情が曇った。
「ほどほどに…ですか?」
ビアンカは神様に尋ねた。神様はうなずく。
「そう。ほどほどだ。ご苦労であった。さがってよいぞ。」
「…。はい…。失礼します…。」
ビアンカはとぼとぼと神殿をあとにした。
「ほどほど…。何でだろう…。頑張ったらいけないのかな…。」
悩みながらもビアンカは自分の家に、天候の精霊のもとに戻っていった。
「精霊様。ほどほどって何ですか?」
家に戻ったビアンカは精霊の部屋を訪れ、精霊に尋ねた。
「ああ。やはりそう言われたか。」
天候の精霊はそう言って、ビアンカの前に温かいミルクを置いた。そして自分のカップのミルクを飲みながら話した。
「この冬は雪が多すぎると人間界から報告があがってな…。いろいろな原因があるはずなんだが、人間界からの報告書ではなぜか天候のせいだけにされてしまったのだよ。」
「それで私は働きすぎだと言われたのですか?」
ビアンカは悲しい目で精霊を見た。
「私にはお前が働きすぎたとは思えないんだがな。」
「私は最低限の仕事をしただけです。ただシロクマさんたちが氷が薄くなって困っていたから。」
「おそらくそれも原因の一つだな…。」
精霊は力なく笑った。
「だって。仕事を始めたときには南極も北極も氷が少なかったの。だから少しでも増やさないとと思ったのに…。それならむしろ夏の妖精たちが働きすぎたんじゃないですか?」
「ビアンカ、落ち着きなさい。」
精霊は興奮して立ち上がったビアンカにそう言ってなだめた。
「すいません…。」
ビアンカは小さくそう言ってイスに座った。
「夏の妖精たちも大変なんだよ。働きすぎれば『暑すぎる』と言われ、働かないと『夏なのに寒すぎる』と…。しかも人間たちが作り出す得体の知れないガスや汚い水のせいで他の妖精たちとのバランスが取りにくくなっているらしい。近年は自然界には存在していなかったエネルギーまで作り出す始末で。妖精だけでなく精霊も頭を悩ませているのだよ。」
「それなのに文句を言うなんて…。」
精霊はがっくりと肩を落とすビアンカの頭をなでて言った。
「まあこの冬の仕事は終わったんだ。ゆっくり休みなさい。次の冬のことはまた次の冬に考えればいい。」
「…。はい。』
ビアンカは小さく返事をして部屋に戻った。
「ビアンカ。大丈夫かい?」
ベッドの上で動かないビアンカに冬風の妖精クーが話しかけた。クーはビアンカの兄のような存在で、ビアンカはいつもクー兄さんと呼んだ。そして冬の仕事はいつも二人でしていた。
「あ、クー兄さん。お帰りなさい。」
ビアンカは起き上がりベッドに座った。
「ただいま。春風のフローラと話してから帰ったから遅くなったよ。その様子だと私と同じことを言われたみたいだね。」
「じゃあ、クー兄さんも?」
「ああ。大変だった。だからフローラと対策を話し合ってきたんだ。」
「フローラさんは何て?」
「『今年もほどほどを見極めるのに苦労しそう…。』だって。」
「みんな大変なんだ。」
ビアンカはため息をついた。
「そういえば夏と秋の妖精たちを見ないけど。」
「夏組と秋組でいつから秋にするべきか討論してます…。私も誘われたけど…。」
「あー。確かに私たち冬組は、頑張るなって言われたからね。」
「はい。だから討論する理由もありません。頑張りたいのに頑張ってはいけないってつらいですね…。」
ビアンカはベッドに横になりそう呟き、また動かなくなった。
ビアンカが天界に戻ってから春と夏が過ぎ秋になった。いつもであれば他の妖精たちと楽しく遊んでいるはずだった。しかし今年は誰も遊んではくれない。人間からの苦情でみんなの怒りが爆発寸前だからだった。
「本当に呆れてものも言えないわ!信じられない!」
最初に怒りが爆発したのは春風の妖精フローラだった。いつもなら春の花のドレスに白と赤のクローバーで飾り付けた冠を頭にかぶった姿で、とても上品な言葉を話しとても丁寧な仕事をする妖精だった。そのフローラが花粉で汚れた白いドレスのまま、しかも春から夏に季節が移る前に天界に戻ってきたのだ。
「どうしたのですか?フローラさん。」
ビアンカはフローラに新しいドレスを渡しながら聞いた。
「苦情が多すぎよ。しかも大半が無理難題。風の私には『寒いから早く暖かい風を吹かせろ』『花粉が飛ぶから風を止めろ』『花が散るから風を止めろ』、雨の彼には『花粉が飛ばないように雨を降らせろ』『花が散るから雨を止ませろ』ってできるわけないでしょ!私たちだってそんなに狭い範囲に能力を使ってる暇はないんだから。私たちは春を全ての地域に届けないといけないんだから。そのために風の向きを変えたり、風に雨雲をのせて遠くへ運んだりしてるのに。だいたい風で花粉を飛ばさなかったら種ができなくて植物もほとんどなくなるわ。虫や鳥にだって限界があるんだから。あーーー。もう!嫌になったから途中で夏の妖精たちに全部任せてきちゃった。」
フローラはドレスを着替え、「秋の妖精にどんな苦情があったか話しに行ってくる。」と言いながら出ていった。
春の妖精たちが途中で仕事を放棄したため、当然夏の妖精たちにしわ寄せがいった。そのため次に怒りが爆発したのは当然夏の妖精だった。夏風の妖精サマラは夏の仕事を全て終わらせてはきたが、もはやその姿にいつもの力強さはなかった。
「あー。さすがに疲れた。春が放棄したから、できるだけ少しずつ暖かくしたつもりだ。それでも『春なのに暑すぎる』って言われ、仕方ないから暑くしないように風を送らなかったら今度は『冷夏になった』だ。しかも風を送らないから雨雲も移動できなくて、そしたら『局地的に降らせ過ぎだ』『こっちには全く降らない』って。無茶言うなよ!リクエストに答え続けたら体がおかしくなったよ。』
サマラと夏組はその疲れきった体を引きずりながら春組との話し合いに向かった。そしてそこで怒りが爆発。春と夏の妖精たちは互いに怒りをぶつけ合い、その結果『人間の苦情が悪い!』でまとまったみたいだ。
「クー兄さん、みんなが怖いよ。殺気立ってるから遊んでもくれないし。これからどうなっちゃうんだろう。」
ビアンカはクーに聞いた。
「困ったね。ただ私たちに何かができるとは思えないから。」
「そうだよね。冬は苦情はあってもリクエストは少ないもんね。」
「最後の苦情は『冬はいいから早く春にしてください』だったからね。」
「みんな、冬は嫌いなのかな?」
「どうだろうね?」
ビアンカとクーは考えてみた。人間は冬をどう思っているのだろうということを。
「聞いてみようか?ビアンカ。人間に冬をどう思っているのか。」
「え?」
クーの突然の提案にビアンカは目を丸くした。
「だから人間に聞けばわかるだろ?人間にとって冬はどうあってほしいかが。」
「それはそうだけど。」
「よし。じゃあ行ってみよう。どうせこっちは殺伐としてるんだし。」
「うん。わかった。私も行ってみたかったから。」
こうして二人は天界を出て人間のいる地上を目指した。クーの風の力によってすごい速さで地上へ降りていく。途中、雲を突き抜け鳥や飛行機を避けながら。そしてビアンカが天界に行く半分の時間で二人は地上に降り立った。
クーとビアンカが地上に降り立ったとき、地上は11月で秋から冬に季節が変わる頃だった。本来はそろそろ寒くなる時期。だが冬の妖精の二人が仕事をまだ引き継いでいないため、秋の陽気が続いていた。二人はまず人間の服に着替え、妖精の力を封印するために腕輪をはずした。腕輪をはずすことで二人は人間として認識される。見た目の年齢はクーが18歳、ビアンカは12歳くらいだ。
「クー兄さん。人間がたくさんいて怖いね。」
「ああ。ただ話してみないと始まらない。冬についてこの辺の人に聞いてみよう。」
二人は冬についてどう思うか聞いてみた。
「冬?寒いから嫌いだね。こなければいいと思うよ。」
「家から出たくなくなるんだよね。」
「こたつでミカンを食べるのがいいね。あと鍋物も美味しい季節だね。」
二人は雪についても聞いてみた。
「雪?冷たいし滑るから嫌いだね。」
「この辺はあまり降らないけど、降ったら大変なことになるね。電車やバスが止まったりして。」
「子供の頃は雪合戦をしたり雪だるまを作ったりしたけどね。大人になったらそんなことしないから。」
子供たちにも聞いてみた。
「寒いからいらない。家でテレビゲームするし。」
「雪だるま作ったことがある。面白かった。」
話を聞き終わり、二人は公園のベンチに座った。
「あんまりいい印象はないみたいだね…。」
「うん。特に雪の印象は良くないみたい…。中には『好きだ』と言ってくれた子供もいたけど。」
「別の町に行ってみよう。別の町なら違う意見が聞けるかもしれない。」
二人は腕輪をして妖精に戻り、近くの町に移動しては冬と雪について聞いた。そしてまた次の町に移動、それを何度も何度も繰り返した。少し飛んだ空から見える範囲の町には全ていってみたが最初の町と同様にあまりいい意見は聞けなかった。
予想以上の低評価でビアンカは落ち込んだ。それを見てクーが言った。
「この辺りはあまり雪が降らないところだから。もっと北の方へ行ってみよう。もっと寒くて雪が降りやすいところへ。」
ビアンカはうなずいた。そして二人は腕輪をつけて妖精に戻り北へ向かった。山を越え海を越えて小さな島にたどり着いた。島には山や川などの豊かな自然が広がり、島の真ん中には小さな村があった。二人は村で人間になり冬と雪について聞いた。
「冬?寒いから嫌いだね。畑に入れないから仕事がないけど、その分お金もなくなるから。」
「昔はスキーとかスノーボードをやりに人が集まったんだけど、最近は少なくなったからどっちでもいいかな。雪が降っても降らなくても。」
「冬にはなってもいいけど、雪はいらないね。除雪が大変だから。できれば降らないでほしいね。」
二人は村の広場のベンチに座った。
「クー兄さん。さっきの町より印象が悪いよ。」
「ああ。そうだね。冬は完全に迷惑がられているね。」
ビアンカの目から涙がこぼれた。
「私は、『雪』はなんのためにあるの?こんなふうに思われてまで私は雪を降らせたくない。」
ビアンカは悲しくて泣いた。頑張って雪を降らせたことが迷惑に思われていたことに。ただ動物には必要な雪。自然界には必要な雪。降らせないわけにはいかない。だけどここまで冬と雪を否定されてしまうと…。今のビアンカはもう雪を降らせる気にはなれなくなっていた。するとクーがビアンカに言った。
「じゃあ、今年はやめるか。雪を降らせるの。」
穏やかな笑顔のクーを見てビアンカは驚いて聞いた。
「え?だって動物には、自然界には必要だから。降らせないと…。」
「人間が多く住んでいるところに降らせなければいいんだよ。」
クーは静かに笑った。そして話を続けた。
「私はお前にそこまで無理をして雪を降らせてほしくはない。それに人間の話を聞いて頭にきた。だからこうしよう。私がお前の腕輪を預かる。そしてお前の代わりに自然界に冬の風を吹かせ雪を降らせよう。だからビアンカ、お前は気がすむまで休むといい。」
「そんなことをして許されるの?」
ビアンカが聞くとクーは叫んだ。
「いらないと言う人間に降らせる雪はない。降らせなければ人間から苦情がくることもないんだ。」
そして優しい声に戻ってこう続けた。
「だからお前はゆっくり休みなさい。そしてもしお前が心から雪を降らせたいと思える人間に出会えたら、そのときは心のこもった雪を降らせばいい。」
ビアンカは静かにうなずいた。
「じゃあ、本気で雪を降らせたくなったら呼んで。そしたら迎えにくるから。」
クーはそう言って空の彼方へ飛んでいった。ビアンカは一人で広場のベンチに座っていた。腕輪を渡してしまったが、代わりにクーの腕輪から作った指輪を渡された。この指輪をつけると一定の時間は妖精に戻れる。妖精に戻れば人間に見つからないし、クーの風の力で空を飛ぶこともできる。ただ天界には帰れないので、もし帰りたいときは指輪に念じてクーを呼ばなければならない。
一人になったビアンカは昼間は村を歩いてまわり、夜は妖精に戻って森で過ごした。初日こそ罪悪感や孤独にさいなまれたが、二日目にはそれにもなれた。そして三日目。いつものように広場のベンチに座っていると一人の男の子が近づいてきた。
「ねえ、昨日もここに座ってたよね?」
「うん。やることがなくて。」
「じゃあ、一緒に遊ばない?友達になろう。」
ビアンカは驚いた。
「いいの?私なんかと友達になって。」
「うん。僕も友達がほしかったから。僕の名前は雪那。君は?」
「私はビアンカ。」
「ビアンカ。すごい。かっこいい名前。じゃあ、よろしくね。ビアンカ。」
「よろしく。雪那」
ビアンカは雪那と握手した。初めて人間の友達ができた。ビアンカは地上に降りてから初めて心から笑った。
雪那はとても優しく活発な男の子だった。ビアンカを連れて村を案内したり、近くの山や川で遊んだりした。雪那には姉の美雪、弟の冬馬がいた。二人ともビアンカに優しく一緒に遊んでくれた。ビアンカは毎日広場のベンチに座りみんなが来るのを待った。雪那と美雪は中学校、冬馬は小学校が終わると広場に来てビアンカと遊び、日が暮れる頃に家に帰っていく。ビアンカはみんなを見送ったあと妖精に戻り姿を隠した。そして次の日になるとまた人間になり広場でみんなを待つ。そんな日々が続いた。ビアンカはみんなと遊ぶのが楽しかった。できることならずっとこうしていたいと思うようになっていた。
そんなある日、日が暮れてみんなが帰る時間になったとき冬馬が雪那に言った。
「ねえ、ビアンカにも教えてあげようよ。」
「え?何を?」
ビアンカはみんなを見た。
「そうね。せっかく仲良くなったから一緒にお祈りしてもらいましょう。」
美雪が笑った。
「うん。ビアンカ。一緒に行こう。ついてきて。」
雪那がそう言って歩き出した。美雪と冬馬も歩き出す。ビアンカもみんなについていく。四人は村の裏山にある大きな木のそばまで歩いた。大きな木の前には手作りの小さな神社みたいなものがあった。
「ここは?」
ビアンカは雪那に聞いた。
「僕たちが作った神社。雪の神様にお祈りする場所だよ。」
「ゆ、雪の神様?」
ビアンカは驚いた。
「うん。僕たち三人で作ったんだ。雪の神様にお願いを聞いてほしくて。」
冬馬が笑ってそう言った。
「雪の神様に何をお願いしてるの?」
ビアンカは動揺していることに気づかれないように落ち着いた声で聞いた。
「それはね。雪をすぐにたくさん降らせてくださいって。」
美雪が答えた。ビアンカは言葉が出ない。すると雪那が話し始めた。
「僕たちの父さんはこの島で野菜を育てたり魚を釣ったりして生活していた。ところが夏くらいから僕たちの国と隣の国の仲が悪くなった。そしてついにはどちらの国も相手の国に戦争を起こされるのではと思うようになったんだ。そして秋になった頃、父さんは兵隊要員としてつれていかれたんだ。」
「それでどうして雪が降ってほしいの?」
「僕たちの国も相手の国も雪国だからこの時期になるとそれなりに積もるんだ。そうするとお互いに自分の国の雪対策で戦争どころではなくなると思うんだ。戦争が始まらなければ父さんも帰ってこれると思って。」
そう言ったあと、三人は目を閉じて手を合わせた。
「雪の神様。もし叶うのならできるだけ早く雪を降らせてください。父さんが僕たちのところに帰れるようにしてください。」
雪那も美雪も冬馬も真剣に祈った。ビアンカもこんなことをしても意味がないことはわかっていたがみんなと一緒に手を合わせて祈った。それが終わると三人は家に帰っていった。
「どうしよう。」
ビアンカは複雑な思いだった。雪那たちといるのは楽しい。できるならずっとこうしていたいくらい。でも雪那たちは雪が降ることを願っている。この島に雪を降らせるにはクーの力だけでは足りない。ビアンカの力が必要だ。でもビアンカが力を使うには妖精に戻り仕事をするということ。つまり、三人とは別れなければならない。それは今のビアンカにとってはつらすぎることだった。さらに妖精たちが人間から言われた理不尽な苦情の数々、町や村で聞いた人間の持つ雪や冬に対する悪い印象を知ってしまった今、ビアンカは雪を降らせたいとはどうしても思えなかった。ビアンカはその夜悩みすぎて眠れなかった…。
その頃、天界には人間からの苦情が次々と届いていた。『冬なのに寒くならない』が苦情の理由だが、その中身は『例年と違うと体調管理ができない』『普段は冬眠するはずのクマが人里に現れて困る』といったそれなりにまともなものもあれば、『ウインタースポーツ(スキー、スノーボードなど)ができない』『冬物(衣料品や鍋物などの食料品)が売れない』という人間の利益に関わるものもあった。
「クー、ビアンカはどうした?」
天候の精霊はクーに尋ねた。クーは笑顔で答えた。
「地上に行ったまま、戻ってきていません。」
「なに?では仕事は?」
「私一人でやっていますが大丈夫です。」
クーは淡々と仕事をこなしながら平然と言った。
「だが人間からは苦情がきているぞ?」
天候の精霊は困った顔をしてクーに尋ねた。それに対してクーは笑顔のまま答えた。
「私たちはその人間が『冬はいらない』と言ったのを聞いたのです。だから苦情もきっと一部の人間からです。無視して構いません。」
「まさか、わかっててやっているのか?」
「もちろんです。」
「人間が冬や雪を必要としているから苦情がきているのではないか!」
天候の精霊のその言葉を聞いてクーは仕事の手を止めた。そしてようやく笑顔をやめ、真剣な顔で答えた。
「私はビアンカに言いました。『もし心から雪を降らせたいと思える人間に出会えたら呼びなさい』と。もしビアンカがこのまま帰らないということがあれば、それはビアンカのまわりに冬や雪を心から必要としている人間がいないということです。つまりビアンカが戻らないことは人間が冬や雪を必要としないという証拠になります。」
「それでもこんなことを続けていたらお前もビアンカもただではすまないぞ!神様に処罰されるかもしれないんだぞ!」
それを聞いてクーは叫んだ。
「私たち天候の妖精は人間の苦情に対して善処してきました。だがそれも限界に達しています。もしこのことで私やビアンカが処罰されるようなことがあれば天候の妖精たちは全ての力を使って人間を滅ぼします!」
「正気か?」
驚いた精霊に対し、クーは一枚の紙を差し出した。それはクーが叫んだ内容に賛同するという天候の妖精たちからの署名を集めたものだった。
「ここに署名されてないのは精霊様と地上にいるビアンカだけです。精霊様には適切な対応をお願い致します。」
クーはそう言うと空高く舞い上がり仕事を再開した。天候の精霊はため息を一つつき、署名の紙を持って天界に戻っていった。
「ビアンカ。どうした?」
次の日、広場のベンチで悩むビアンカに雪那が尋ねた。
「うん…。ここにだけ雪が降ればいいのにって。そんなことばかり考えてしまって。」
雪那はビアンカのとなりに座った。
「雪が必要なのはここだけじゃないと思うよ。」
それを聞いたビアンカは怒って反論した。
「なんで?私はここに来るまでにいろんな場所で冬と雪について聞いてきた!みんな『いらない』『できればないほうがいい』って言ってた。雪を必要だって言ったのなんて小さな子供とあなたたちだけだったよ?」
「それはたぶん前の冬の大雪のイメージが残ってるからだよ。この島だって車が走れなくなってずいぶん苦労したから。」
「でも、みんないらないって…。」
小さな声でそう言ってビアンカは下を向いた。雪那はビアンカの頭を優しくなで、そして言った。
「もしも君が鳥のように飛べるならば、もう一度聞きにいくといいよ。そのときは『いらない』って言った人でも、今は冬がこないことで何か小さな悩みを抱えていると思う。そして今ならこう言うと思うよ。『大雪はいらないけど冬がこないのもよくない』ってね。」
「そうなのかな?」
ビアンカは顔をあげて雪那を見た。
「うん。きっとそうだよ。」
雪那は静かにそう言って笑った。
雪那たちが帰ったあとビアンカは妖精になり空を飛んだ。そして初めて降り立った町に戻り、もう一度冬と雪について聞いた。
「冬は嫌いだよ。ただいつまでもこないのは困るね。冬用の服を用意したのになかなか着れないんだよ。」
「そろそろ寒くなると思ってストーブを出したんだけど、なかなかつけられないな。毎日つけるべきか迷っているよ。今日こそは寒くなるかもって。」
「おでんと鍋の季節になかなかならないな。それどころかソフトクリームやスイカをいまだに見かけるよ。美味しいのはわかるけど、そろそろ鍋が食べたいな。」
「今年はスキーをやろうと思って道具を揃えたのに山に雪がないんだよ。早く使いたいな。」
ビアンカは空を飛びながら笑った。
「雪那の言ったとおりだ。確かにみんな少しずつ意見が変わってた。いらないって言ってたのが、こないのも困るに変わってた。」
ビアンカは雪那たちの島に急いだ。しかしその途中、恐ろしいほどの轟音と叫び声を聞いた。下を見ると戦車が海の向こうへ砲弾を撃ったあとだった。
「開戦だ!必ず勝つぞ!翌朝には戦闘機で出撃だ!」
たくさんの兵士が叫び、辺りは殺気に満ちている。ビアンカは海を渡りとなりの国に向かった。その国もまた兵士が戦車や軍艦に乗りこんでいく。ビアンカは近くの町に降り立ち戦争について聞いた。そして一番多く聞こえた声は「本当はしたくない。だけどしょうがない。」というものだった。
ビアンカは妖精の姿になって飛び立った。そして雪那たちのいる島に向かうと同時にクーの指輪に向けて叫んだ。
「クー兄さん。力を使いたい!雪を降らせたい!お願い!すぐ来て!」
ビアンカの目から涙がこぼれる。涙で前が見えない中、ビアンカは懸命に雪那たちの島へ飛んだ。
その夜、雪那たちはテレビで「今日開戦」という事実を知った。
「美雪姉さん、冬馬。もう止められないかもしれないけど、最後のお祈りをしにいこう。」
三人が出掛ける準備をし終えたとき、トントンと誰かがドアをたたいた。
「どちら様ですか?」
雪那がドアを開けるとそこには真っ白のドレスを身に纏ったビアンカの姿があった。
「ビアンカ!どうしたの?その姿は。」
雪那のその声を聞いて美雪と冬馬も奥から出てきた。
「みんなにお別れを言いに来たの。」
「なんで?どうして?」
雪那が驚いて聞いた。ビアンカは笑顔で答えた。
「ごめんなさい。実は私が雪の妖精だったの。」
それを聞いた三人は驚きのあまり動けなくなっていた。ビアンカは話を続けた。
「私たちの住む天界にはいろいろな妖精がいて私は雪を降らせる冬の妖精だったの。でも地上から聞こえてくる苦情に耐えられなくなってしまって、ついには仕事を放棄してしまったの。それで人間の住む場所に冬は来ないし雪も降らなかったの。」
「そんな。まさか。」
信じられるはずもないことで雪那はそれ以上の言葉が出てこないでいた。
「今から雪を降らせます。本当は狭い範囲に使っちゃいけない力なんだけど。でもこの島を含めたこの国とその戦争相手の国くらいになら集中的に降らせられるから。」
ビアンカはそう言って腕輪をはめて念じた。するとビアンカの体は宙に浮き、その後空高く舞い上がった。雪那たちは外に出て空に浮かぶビアンカを見上げた。ビアンカは両手を空にかざす。するとみるみるうちに白い雲が集まりだした。ビアンカは両手を広げる。集まった雲は二つの国を覆うように広がった。そしてビアンカが力強く念じると一気に気温が下がった。
「ビアンカ…。」
雪那はビアンカを見てそう呟いた。そのとき、
「兄ちゃん!雪だよ!」
冬馬が叫んだ。ビアンカを中心にして雪が降りだした。そして一瞬にして島は雪景色に変わった。
「雪那!冬馬!テレビを見て!」
家の中から美雪が呼んだ。二人は急いで家に入りテレビを見た。テレビの中では、カメラで映像が撮れないほどの雪が降っている。
「すごい。本当に降ってる。」
雪那が呟いた。
「戦争。どうなるかな?」
冬馬も呟く。すると突然テレビ画面に文字が流れた。その文字を美雪が読んだ。
「『二つの国は来年三月までの停戦協定に合意』だって…。停戦だよ。止まったよ戦争が!」
「止まった…。戦争が…。やったー。」
「父さんが帰ってこれるかもしれない。やった。やったー。」
三人は飛び上がって喜んだ。叫びすぎて声がかれた。涙も止まらなかった。
「そうだ!ビアンカ!」
雪那は外に出た。ビアンカは家の前で微笑んでいた。
「今度こそお別れだね。みんなと一緒にいられて楽しかったよ。そして雪に祈ってくれてありがとう。嬉しかった。」
「こちらこそ、戦争を止めてくれてありがとうございました。」
「敬語で話されると緊張するよ。だから私も敬語で話してみます。戦争が止められて私も嬉しいです。ただ妖精の私ができるのはここまでです。あとは人と人との話し合いで戦争をやめてもらうしかありません。どうか望まない争いを避ける努力を惜しまないでください。お願いします。」
「はい。わかりました。」
雪那が答えた。すると美雪が雪那の横に立った。
「私たち人間はビアンカ様たち妖精のために何かできることはありますか?」
ビアンカは少し考えてから答えた。
「そうですね。ではせっかくですのでお願いをさせてください。私たち天候の妖精は植物や動物、そしてもちろん人間のことも考えながら仕事をしています。ですが例えば北極などで氷が溶けすぎていれば、強めに冷やさなければなりません。ですから人間の皆さんは雪が多かったり急に寒くなったときは、『ああ。きっと北極の氷が大変なんだな』と思っていただけると助かります。雨も風も雪も人間のためだけにあるのではないことをどうか理解してください。そしてできることなら自然界になかったものを作り出すよりも、自然界のものを上手に使い人間と自然が上手に共存できる世界を目指してもらえると嬉しいです。どうかよろしくお願いします。」
「わかりました。できる限り自然と共存できる世界を目指します。」
美雪がそう答えたあと冬馬が出てきた。冬馬はビアンカの手を握った。
「もう二度と会えないの?僕、寂しいよ。」
ビアンカは冬馬の目から流れ落ちる涙をそっとぬぐい、頭をなでながら言った。
「私はいつもみんなのそばにいるし、みんなを見ているよ。だって初めてできた人間の友達だから。目には見えないかもしれないけどそばにいる。そしてもしあなたたちがあの雪の神社に祈ってくれたなら、私はできる限りのことをあなたたちのためにします。約束します。」
「うん。約束だよ。ビアンカ様。」
ビアンカはうなずいて冬馬と握手をした。雪那と美雪とも握手をした。そしてビアンカは妖精の力で空に浮かび飛んでいく。
「ありがとう。ビアンカ。僕たちも頑張るから。元気でね。」
雪那がそう叫んで手を振った。美雪と冬馬も手を振っている。
「みんな元気でね~。さようなら~。ありがとう。」
ビアンカはそう言って手を振り、雪が降るくもの中に消えていった。
「神様。本当に申し訳ありませんでした。」
天界に戻ったビアンカはすぐに神様の神殿に向かい神様に謝罪した。
「謝れば許されることだと思っているのか?と言いたいところだが、今回は戦争を止めたこと、結果的に人間の考え方を改善したことを考えて許すことにした。人間からも苦情を恥じる声や雪に感謝する声が届いてきているからな。今回のことに関してはよくやったな。ビアンカ。」
「はい。すいませんでした。今から仕事を再開します。」
「うむ、くれぐれも」
「はい。ほどほどに頑張ります。」
ビアンカは笑顔で神様に一礼すると仕事に向かった。頑張りすぎないように気を付けて、それでも必要な場所には降らせて、人間のいる大地にはほどほどに…。
そして二ヶ月後、仕事をしていたビアンカに天候の精霊から指示が出た。雪那たちの島に雪を降らせてほしいという内容だった。ビアンカには仕事の意味はわからなかったが雪那たちに会えるのがうれしくて笑顔で向かった。
「雪那、美雪、冬馬。みんな元気かな。」
雪那たちの住む島が見えてきた。雪那たちの住む家、雪那たちが作ってくれた雪の神様の神社も見える。ビアンカがいつもみんなを待っていた村の広場も……!
「なんだろう?広場に何か見える。」
ビアンカは広場の上に着き、そして驚いた。そこにあったのは巨大な、しかもビアンカにそっくりな雪像だった。そしてそのそばには雪那たち三人の他に大人が一人。たぶんお父さんだろう。三人と仲良く話している。そして雪像の前には雪で作られた壁に雪像のタイトルが刻まれていた。そのタイトルは『雪の妖精ビアンカ様』。そしてその下には『私たちはいつまでも雪に感謝し雪に祈ることを誓います。雪那、美雪、冬馬』。ビアンカは涙を流しながらも腕輪に念じて雪を降らせた。雪が降り始めると雪那たちはビアンカの方に、雪が降る雲の方にいつまでも手を振っていた。