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4月1日のクラス替え

『オラ、将来プロになるアマチュアのつもりなんだろ?

でもさぁ…ハッキリ言って、おめーがノートに描いた漫画はみんな絵が汚ぇし、つまんねーって言ってるぜ!』


奴の声が蘇る。忌々しいあの声が俺の心臓をドス黒い感情で染め上げていくように

俺はこの声を忘れはしない。俺の人生を滅茶苦茶にした声を

下卑びた笑い声が教室の中に木霊する中、桜の花びらのように舞っていく紙吹雪

細かく散っていったそれは俺の夢、俺の努力の結晶、そして未来への望みの架け橋であった

中に揺らめく無数の小雪の様な紙をつかもうと手を伸ばすが、窓から入ってくる強風で虚しく外に飛んでいく

そんな俺を哀れむものは居ない。クラスの人間は皆が皆、面白い見世物でも見物するかのように笑みを浮かべて立っている

世界は善良の仮面を被りながら、その本質は醜悪で悪意に溢れていると感じた


社会の歪みがそこにあった。世界で礼儀正しいと信じられている日本人の汚点を垣間見た気がした

たぶん、彼等は誰でも良かったのだ。悪人が行う善業であれ、善人が行う悪行であれ面白ければそれに意味を求めない

無関心の仲の悪意、自分に係わり合いの無く関係の無い所で災いが降りかかるのならどうでもいいのだろう

退屈な日常に清涼を添える『見世物』。人間は自分以外に起きた悲劇を喜劇に捉え笑いものにする邪悪さが潜んでいることを知った


『奴』以外の人間が歪んでいくようだ。人の仮面を被った何かがそのシルエットを大きく崩していき

幼児がコンテで日記に人体をでたらめに模写したような影絵に近いものに変化していく。それを最も近い存在に形容していくのなら

ピカソの『ゲロニカ』だろうか? あいつ以外の人間が全て伸びた影絵の怪物みたいに映った

その形は皆違って個性的な人型をしている。誰も彼も歪み、仮面の如く表情を笑いに固定した顔に

胴体に適当な長さに歪んだ手足が備え付けられているかのような醜悪さがそこにはあった


只一つ共通している所は、皆が皆蔑みと嘲笑の感情を口元に浮かべていた

痩せた人間、太った人間、背の高い人間、チビな人間、美人な人間、不細工な人間も皆同じく歪んでいた

俺はその瞬間に悟ってしまった。世界の恥部の姿を見てしまった気になる

人間の実情とはこうも醜いものなのかと、本質は全て悪意によって構成されるのだと理解したときに――――



――――――その夢の中で俺は絶叫していた






じりりりりりりりりりりりりり…



耳元でうるさい目覚まし時計の音が鳴る。時間は七時、何時もならば冬の寒い外気に触れるのが嫌なので

そのまま、十分間近く布団の中に潜っている俺なのだが今日は違う

今、はっきりと目は覚めている。俺の仲の眠気は完全に吹っ飛んでいた

あの夢は高一の頃によく見ていたものだ。アレを見たときには一瞬に眠気が吹っ飛んでしまう程度に俺にとっての悪夢なのだ

時計のスイッチを押して音を止めると、ゆっくりと体を起こす。そして思い出す

今日は四月一日。世間様はエイプリルフールだと騒がれているが、俺にとっては三年生の始まりの日なのだ

そして俺の学校は一年ごとにクラス替えがある。高校では二年生から固定化するクラスもあるらしいのだが

此方ではどういうわけか勝手が違った。まぁ、恐らく大人の複雑な事情と言うやつだろう

俺からすればどうでも良い事だ。そう…どうでもいいはずだった


一年生のときのクラスは思い出したくは無いが、二年生だった昨年はまあまあ悪くは無い一年だった

特に欠席も無く、こうして進級できたので安泰だったと言えるのかもしれない

一昨年は本当に酷いもので、十五日くらい不登校の年だった。あの頃は本当に心の底から学校に行きたくなかったのだ

小学、中学辺りまでは好き勝手やってきた俺だったが、高校のそれは異質に感じた

雰囲気に馴染まなければ学校生活は苦痛になる。それが出来なかった故だ

言い訳をするつもりは無い、幾つかの原因は俺にあると反省している。しかし一つだけ確かなことがある

俺を貶めたあいつは今でも許せない。あいつだけは何が何でもぶちのめしてやりたかった

そう、俺はあのときに自分の夢を―――――



「早岳―――!。ご飯できたから、早く降りてきなさい!」



下から母さんの声が聞こえてきたので俺は思考を中断した。時計を見るといつの間にか十五分過ぎている

思いの外考え事をしてしまったらしい。俺は一分くらいで歯を磨くと制服を羽織って下の階に降りていった

その間にも不安は胸の中にあった。何故、今更あの夢を見たのだろうと自問自答する

いや、関係ない話だ。唐突に昔の悪夢を見るなんてこれまで何回もあったことじゃないか?

俺は自分を安心させるように胸の中で呟き、朝飯を食うために下の階に降りていった






「あ…桜」


家を出て登校中の事だった。行動の歩道に植えてある桜が花を咲かせていることに気づいたのは

春休みはゲーム三昧だった。勿論、文也叔父さんの家にも数回遊びに行ったし新木ともゲームセンターに通った

無論だが、勉強などは殆どしていない。せいぜいが自力で適当に書いた休みの宿題程度だった

同級生だった新木に見せてもらおうとしたのだが、あいつはそうしなかった

自分の力で問題を解くのがいいのだと俺に諭し続けた。余計なお世話だと感じた俺はまともに取り合わなかったが


それにしても桜の花びらを見ても綺麗だと言う感想が浮かんでこない

昔はそうだった。しかしあの時から俺は桜を見ても綺麗だと思えなくなっていった

むしろ不快感を感じさせる。あの時の光景が情景に思い浮かぶようで決して良い気持ちはしない

今思えば、それも昔の事だった。今は今だ。過去の事を思い出しても仕方が無い

過去の事を気にしても仕方ないのだ。そう、俺は俺でしかない

悩みなど持たないまま、進んでいくしかないのだ。しかし不安は常に付きまとってくるようで…


「よっ! 樫富」


「うわぁぁっ! …なんだよ、新木か」


「ははは、そのとおりだ」


前のクラスで同じだった新木はでかい体を揺らしながら微かに笑った

こいつの陽気さに当てられて俺も口元が緩んだ。前年度では特に世話になっている

何度こいつに助けてもらったかわからない。正直こいつが居なかったら俺は不登校になっていたかもしれない


「今日…クラス替えだよな」


「ああ、最後のクラス替えだ」


新木が少し淋しそうにしていたので、俺は励ましてやる事にした

しんみりしているのはこいつに合わないと感じたからだ


「なぁ、また…同級生になろうぜ!」


「じゃあ、そうなったら俺がお前を構成させるさ、立派な社会人にするためにな」


「俺はもう立派だよ」


「うそつけ」


お前のおかげで色々助かったよ。二年生の時、ありがとう

続く言葉は口にしなかった。俺達は友達であり二年生を過ごしてきた戦友なのだ

それに俺はそういう間柄じゃない。自分は異性の可愛い女の子が好きなのだ

そう、例えば…あいつのような―――――


「お前さ、今誰かの事考えてなかったか?」


「ああ、菜穂子の事か? なんか冬休みに二度、春休みに一度も会ったみたいでさ…」


「ふーん…」


新木は俺の顔をじっと見つめていた。その瞳の仲には探るような、それで居て俺の心を読もうとするかのような光が見えた

複雑な計算を考えているような奴の顔。そして、たまに遭遇するようになった菜穂子の事

それから俺はある仮定を下した。それは推論に推論を重ねた不確かなものだったが、聞く事にする


「もしかして最近あいつに遭うようになったのって、お前が仕組んでたのか…?」


「あっ、気付いた?」


新木は愛嬌たっぷりに舌を出して頭の後ろをかいた。あっさりゲロりやがった

しかもこいつ、確信犯だったのか。通りで色々菜穂子に遭う機会が増えたわけだ

そう、俺はこいつの手の上で踊らされていたのだ。人懐っこい顔をして中々侮れないやつである

終わったことはどうでも良い。しかし、俺は新木の頭をはたきたい衝動に駆られ逃げる奴を背後から追いかけていく

しかし、新木はかなり足が速く追いつけない。爽やかな笑顔を振りまきつつも、俺から距離を置いて逃げていく


「おい、新木! 野郎待ちやがれーッ!」


「お前だって満更じゃなかったから良いじゃないかよー!」


俺が鞄を振り回しながら新木の奴を追っかけているのを

周囲の通行人や他の生徒達は物珍しい出し物でも見物するように遠巻きの視線を送っていた






高校に辿り着き、一旦新木と別れた後に張り出された掲示板を流し見して新しい教室へと俺は向かった

なんだかんだで新木の奴とはまた同じクラスだった。それだけを確認出来ただけで満足してしまう

あいつが居ればそれだけで大丈夫だろうと言う安心感。今日の夢の事なんかも全然たいしたことは無かったじゃないかと

ほっと俺は胸を撫で下ろした。どうやら今年も無事に一年を過ごせそうではある

なんだかんだで俺は新木の事を信用している。あいつは破天荒で何をする奴か判らない所があるが

友達は決して裏切らないやつだった。だからこそ二年の最初付近で登校拒否気味だった俺が学校にこれたのは

あいつのお陰でもある。それに、もし菜穂子と俺の再会があいつによって仕組まれたものだとしても

新木の奴に全部任せておけば何もかも大丈夫だと、そんな考えが俺の中にはあった


「此処が新しい校舎か…」


三年生専用の新築校舎は廊下にまだニスの光沢が残っていおり、上履きを履いて歩くとキュッキュと擦れる音が響く

埃の不快な匂いも、木材の爽やかな芳香で打ち消されている。前の校舎からの建て直しにそれなりの予算が使われているだろうことは

俺でもわかる。どれくらい凄いかと言うと、新築十年の我が家よりは断然綺麗なのだ

木で作られた手すりを掴んで階段を苦労して上っていく間に

校舎の中を春の心地良い風が吹き抜けていく、風は桜の独特の香りも運んできてくれるので

思わず目をつぶって、匂いを楽しみたくなる程度にはそんな態度にさせてしまう


そして教室に辿り着く、最上階一番端の一組にの場所だ

こんな綺麗な場所で最後の学校生活である三年生を過ごせるなんて、夢にも見ていない

教室に入る前の俺は『三年一組』と言う札を見て心ならずも踊ってしまいそうな気持ちになる

まるで純粋な小学生に戻ってしまったようだ。それほどまでに俺は気持ちが浮いてしまっていたのだろう

昨年の学校生活は修学旅行を含めて悪くなかった。今年も新木の奴は一緒なのだ

色々問題はあるだろうが、何も心配する事が無い…そう思っていた


そう、教室に入って『奴』の姿とその取り巻きの姿を目にするまでは、


「……」


俺は無言で戸口に立っていた。やつはそんな俺に気付かず、下品に喚き立てる様な口調で他の仲間と喋っていた

その場から動けなかった。足が自然と震えていた、その反応はある意味では仕方なかったかもしれない

そう、あいつは俺にとってある意味天敵であり…憎悪を向ける相手だったから

だが、いくら憎いと思っていても俺はあいつを殴る事を忌避していた。怖かったのだ

戦う前から逃げてしまう、立ち向かえないのだ。奴には勝てないと勝手に腹を決め、小賢しい計算に逃げ込んでしまう

それが、自分の矮小さと無能故からくる感情であると俺は知っていた

しかし立ち向かう事など考えられない。それほどまでにあいつの下らないプライオリティは俺のそれをも上回っていたからだ


「ククク……なんだ、樫富じゃねぇか」


「河畑……」


風が教室の中に吹き込み、流された桜の花びらが教室の中に舞い込む

その光景が「あの日」の再現に思えて、俺はすっかり怖気づいてしまった。それでも奴から目を離すことは無い

二年もの間に吹き溜まった憎悪が、辛うじて俺に反骨の気骨を与えていた。やつの顔を捕らえ睨み付ける

奴―――河畑かわばたけ 圭介けいすけは無駄に整っている顔と、殆ど剃っている細い毛虫のような眉毛を吊り上げ

優しさや遠慮を知らないような、他者をいたぶる事を心から楽しむような下衆な表情を浮かべつつ、取り巻きと共に俺を嘲笑していた


久しぶりに見た悪夢。あれはこの事を予言していたのだろうと、俺は確信してしまった

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