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1月10日のテスト勉強

どこでもそう言える事かも知れないが、俺達の高校でも三月期が始まってすぐにテストがある


最後の学期なんて三ヶ月も無いのにテストが二回もあるのはどう考えても理不尽であるとしか言えない

そもそも、最後の学期なのだから学年末テストだけで十分なのだ。むしろテストなんて無いほうがいいとは流石に口から出ないが

別に俺は真面目君というわけじゃない。テスト期間は早く家に帰れると言うのが嬉しいだけなのである

時間は有効に使うべきだ。学生時代は暇が有り余っているのだから遊ぶ事に余暇を使うべきだろう

それに俺の成績も悪いものじゃない…学校以外で勉強に全然取り掛からないのにも関らず

平均点45点付近を行ったり来たり彷徨っているのは中々悪くないのではなかろうか?

まぁ、単位は取れるほうだと思う。努力すれば大学にも行ける自信は無いでもない

壊滅的ではないが、決して自慢できる成績ではない。社会に出て英語、物理以外で使われるとしたら数学くらいなものだ


俺が将来就くであろう仕事に、割と複雑な図式を用いるものがあるとすればの話ではあるが

そんなケースが滅多に無い事もわかっている。就職も成績順なのだ、つまり県内のいい会社は頭の良い奴から勝ち取れるのがセオリー

別に県外でも悪くは無い。だが、引越しの手間を考えても県内が一番望ましいのは確かだろう


幾つかある理由の一つを上げてみる

どういう訳か、飯を作るのが俺は下手なのだ。お袋はたまにインスタントや惣菜で誤魔化す事があるにはあるが

料理の腕だけは天下一品だ。熱々の肉汁が仲から溢れ出て、焦げていない程度によく火が通っているような

特性ソースデミグラスソース付きのハンバーグなんて、世界中のどのハンバーグよりも旨いと思うし

更に誕生日以外で滅多に食えないが、厚さ一センチもあってご飯ともよく合う柔らかい肉の牛ステーキなんかは

近くの外食店なんかじゃまず食べられない代物だ。あの店も昔は安さを売りにしていたが、マックにはかなわない

ガストで出される飯は千円以上の大枚をはたかせても、旨い飯が出てくる事は殆ど無い

中が生焼けで火が通っていないハンバーグに、白米が所々混じるチキンライス、極めつけはゴムのような感触の無駄に歯ごたえはあるステーキ…

アルバイトの腕が良くても食材が根本的に駄目だと工夫や味付けだけじゃどうにもならない

外国産の安い肉は不味い。味を優先するならば多少高くても国内産の素材をセレクトしたいところだ

まぁ、腹を空かせた時に詰め込む程度ならば、食える味がする程度で悪くは無いのかもしれない。しかし、妥協で千円近く出すのは流石に痛い


前にも言ったが学生は暇がある反面、金は無いのだ。月々六千円程度の小遣いじゃたいてい五食しただけで使い切ってしまう

というか、あのマックのコストパフォーマンスが異常なのだ。材料に何を使っているのか知らないがとにかく安い

味的にはモスバーガーに軍配が上がるのだが、値段では到底適わない。ゲームや雑誌に金を使うので学生ではかなりお世話になっている事だろう

だが…正直に言うと俺もあんな店では、できるだけ食事などしたくは無いが本音だ

コーラなんて原料を知った時には飲むのを止めたし、ハンバーガーやポテトに使っている油だって発がん物質が多く含まれている粗悪品らしい

全く、ネットというものは恐ろしいものだ。知りたくない事まで知ってしまうのは不便さゆえの代償と言うべきか


だからこそ最近マックに行った時は、健康に気を遣いお茶の類しか頼まないのである

それ以外のものは怖くて口に入れられない。だが、何か一つ頼むとそれだけで店に居座る理由ができるのは大きい

喫茶店のコーヒーは三、四百円するが、そこそこ美味いのは、高くてその店のマスターが趣味で経営しているからだ

そう、だから親の言及がうるさく感じた俺は勉強しに行くといってコンビニで二冊ほど適当な雑誌を購入し

テスト期間中で早く帰れた現在、こうしてマックにだべっているのだった







(何が計算だけではシナリオが書けない…だ、いっぺん死んどけ)


ゲーム雑誌のとある新発売ゲームスタッフの独占インタビューで、開発者の一人でありシナリオライターの太ったおっさんの写真を見て俺は愚痴を零す

そのゲームはあの3Dロボットアクションゲーの前に、俺が購入したシュミレーションRPGソフトでとにかく色々酷かった

更にある程度レベルを上げさえすればキャラクターが強くなりすぎて、ボスクラスの敵ですら一撃で瀕死の状態に追い込んでしまう位

ゲームバランスが悪く、一日でクリアできてしまうヌルゲーだったのだ

いや、本当に只のヌルゲーならば、まだキャラクターやゲーム性が良ければリカバー可能であるだろう

それならば良い、問題はシナリオでありそれだけがもっとも大きなファクターを占め購入後一日で売ってしまう原因であった

開発者が自慢げにインタビューを受けているそのゲームは所謂「クソゲー」と呼ぶのが等しいのである


例を幾つか挙げてみると、国民の事も考えず主義主張も無しにインキュバスかと言わんばかりに敵味方問わず様々な美人キャラクターを魅了して

矛盾まみれの綺麗事を振りかざしてつつ、『殺したくない』又は『分かり合える』などと言いながらも剣を振り上げ他国に侵攻し敵兵を虐殺する主人公の王子

見た目は美少女だが平和思想が行き過ぎて白痴にしか見えないメインヒロインは、具体的なエピソードも無く主人公に惚れ込み、何故か敵味方に支持され

主人公に関った敵は大概は王族も貴族もどいつもこいつもチンピラの様に小物悪党であり

王子が本気を出して温存した必殺技を繰り出すと、理由無しに弱体化して一撃でやられてしまう。更にラスボスは設定だと裏から世界を支配する邪教の教祖なのだが

彼らが信仰する邪神と主人公がなぜか手を組み、最強の力を得て覚醒した主人公が教祖を倒して平和が戻る。そんな破綻気味なストーリーでも

合計ハーフミリオン近く売ってしまうのだから驚きだ。かくいう俺も宣伝に騙されたクチなのであまり馬鹿に出来たものではないが…

全く…金の力を背景にした宣伝の力というものは恐ろしい。ゲーム雑誌やCMでそれっぽく流行っている雰囲気を出しておけば

流行に流されやすく、宣伝に弱い日本人は買ってしまうものだ。そういえば大東亜戦争で負けた理由も情報と資源不足と聞く

結局褒められる点はキャラクターデザインと音楽だけで、後はバグが無い事くらいであった


思い出したくも無いゲームの事を未だによく覚えているのは、それだけ強烈なインパクトが合ったと言う事なのだろう

あまりにも腹が立った俺はゲーム雑誌を丸めて近くのゴミ箱に捨ててしまう

それから気を取り直したように漫画雑誌を捲って、まずは最後のページに目を通していく

お目当てにしてあった漫画の掲載は無く、あの作者はまた適当な理由をつけて休載した様である

諦めと共に吐き出した溜息を誤魔化すように最初のページから読んでいく

巻頭カラーにもなっている一番前のページに掲載された新人の作品は中々に面白く、すぐに読み終わってしまった


次はギャグものだが、四十巻近く掲載し続けてきてネタが尽きたのか前読んだ時よりも内容がつまらなくなっている

流し読みでページを捲りつつ、次の漫画に目を通そうとしたときであった

横からいきなりかけられた声に、ビックリしてしまった俺はついつい雑誌を取り落としてしまう


「もう、そんなに驚かなくても…」


俺の向かいの席にジュースの入ったトレーを置いたそいつは、細く白い指で雑誌を拾い上げ俺に渡す


「ああ…すまねぇ、な」


「樫富君…こんな所で遭うなんて偶然。もしかして試験勉強?」


「ま、まぁな…」


「よかった、私もこの席座っていいかな?」


「あ、ああ…」


目の前に座る、他校の制服がよく似合う女子生徒は、俺の顔を見て穏やかに微笑んだ






「何でここにいるんだよ? 石田」


「えっ…それは…偶然です…」


尋ねると、菜穂子は眼鏡の奥にあるつぶらな瞳を俺から逸らす

その様子がますます小動物を連想させる仕草だったので、こいつのこういう所はあの時から変わっていないんだなと思う


「わ、私は…勉強のためにここに来たんですよ

それより樫富君はどうなんですか? 漫画なんか読んでて成績は大丈夫なんですか?」


「そ、それはだな…」


逆に切り返され、今度は俺が目を逸らしてしまう。すると、菜穂子は猫を思わせる大きな瞳の中に意地悪な光を宿した

反撃のチャンスだと思ったのか即座に畳み掛けてくるこいつの迫力に、俺は少し引いてしまったが


「駄目じゃないですか! テスト期間中にこんなもの読んで」


「お、お前だって漫画好きだろ? それに俺は一日一冊漫画を読まないと死んでしまう体質なんだよ」


「今は漫画より、参考書を読んだほうが将来的には楽ですよ」


「まぁ、今覚えても忘れてしまうからな。それに俺は一夜漬け詰め込み型なんだ

だから、昼間に勉強しても身に付かないっつーか…頭に入らないっつーか……」


「ふーん?」


菜穂子は目を細め瞳に怪しげな光を宿した。まるで獲物を見定めるようなサバンナの肉食獣の眼光

正直、視線の鋭さに混じった色気に一瞬どきりとしてしまう。二年までは頼りなかったこいつの顔が「女」に見えて仕方なかったのだ

おそらく、こいつも無意識にそんな表情を作ったのだろう。大人の階段を上っていく菜穂子に成長していない俺

自分が過去に縛られて足踏みしている間に、こいつはこうも変わってしまったのか?

見ほれた隙を突かれて、あいつの手が伸びるのに俺は反応出来なかった


「とりあえず、これは私が預かっておきます」


「ああっ! ま、待ってくれ…」


机の上に広げていた漫画雑誌を菜穂子は取り上げて自分の鞄の中にすっぽりと入れてしまう

俺は取り戻そうと手を伸ばすが、意外にも鋭い菜穂子の眼光に怯まされ手を引っ込めた


「ちょうど良い機会ですから今日は私が色々教えてあげます。大丈夫です、時間はたっぷりありますから…うふふ」


「な、なんかお前…すごく怖いぞ…」


少し不気味な笑いを浮かべ、鞄から山のように参考書を取り出す菜穂子の奴から

戦闘力50万近くありそうな禍々しい波動を放つオーラを放つこいつから、逃げると言う思考さえ俺は忘れていた






帰り道、自転車を押して歩く私服の俺の横に付いて回る制服の菜穂子

冬の夕焼けはとても美しく綺麗に見える。そのまま真っ白に燃え尽きてしまいたかったが家はまだ遠い

傍目からカップルに見えるかもしれないが決してそうではないと断っておきたい。一応、ではあるが


「樫富君。何で絵を描かなくなったんですか?」


「…さぁ、な」


彼女に聞かれたその事を思い出したくは無かった。あの騒動はそう、俺が高校に入学して一ヶ月ほど経った頃の時だった

その張本人であるやつの顔は思い出したくない。今は別のクラスに居るが顔を合わせると必ずといって良いほど腹が煮えくり返る

ある日、教室を移動しているときにあいつが俺に向けた視線は嘲笑と侮蔑の色が混じっていた

正直言うと殺してやりたいと思った事がある。しかし、俺だって道を踏み外したくは無い

理性が俺を踏みとどめていた。それも、辛うじてではあったのだが


「背景とかすごく綺麗でした。人物のほうはちょっといまいちでしたけど」


「顔以外は書くのが難しいんだ。三次元では出せない二次元ならではの表現方法ってのもある」


「でも、何でですか?」


俺は二、三回、冷え始めた外の空気を吸った。肺の中に取り込まれた外気は案外心地よく悪くない深呼吸だ

あの時の出来事を思うとそれだけでむしゃくしゃし、心臓が暴れてしまうような気がする

それを収める為だったのかもしれない。今でもあれを思い出すと無性に興奮してイライラする

そう、高校生になって一ヶ月ほどは俺もノートに漫画を描いていた。菜穂子と同じように漫画家になりたいとまでは思っていなかったが

自分の世界を創造するのが好きだったのだ。勉強こそ受験が終わるまで嫌いだったがそれに関してだけは

ありとあらゆる資料を読み込み、研究しようとは研鑽を心がけていた

趣味に関しては命を賭けられたのだ。あの時の自分は本当に満ち足りていたと断言しても良い


「俺さ…色々あって自信を無くしちまったんだよ」


「……」


菜穂子は俺の横顔から何か読み取ってくれたのか、そこから暫く黙ったままである

今は空気を読んでくれるこいつの心遣いが俺には有難かった

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