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1月3日のお年玉


「よぉ…久しぶり、石田さん」


ぎこちない社交辞令の言葉が自動的に口から出る

約二年ぶりに会ったというのに、互いに服装も髪型も変わっていたというのに互いに名前を覚えていた

元旦の日。暇潰しに出かけていた結末がこの有様だ。神か人間を監視する上位的存在が仕組んだとしか思えない運命的な再会


「樫富君…本当に久しぶり、元気にしてた?」


「ああ、まぁ…な」


駆け寄ってくる菜穂子の視線から逃れるように、俺は微妙に目を逸らした

再会を懐かしむ感情は確かにある。中学時代喧嘩して鼻の骨を折った男子生徒と再会するよりはマシかもしれない

いや…そっちの方が何も考えずに済むだけいいか。喧嘩はいい運動になると馬鹿な俺はそんな価値観を抱いていた

ある程度年齢が進むと拳で相手を殴るだけだと後々面倒な事になる事さえ、昔は知らなかった


「寒いよね…今年の冬は」


「まぁ…俺なんか今日まで殆ど家に引き篭もっていたから」


「私も同じだよ。流石に今日は友達と初詣に行ったけど…」


菜穂子は驚くほどに変化を遂げていた。最近よく見る派手すぎないファッションに身を包み

首には見るだけで暖かくなりそうな白色の毛糸で編んだマフラーが巻かれている

そして、申し訳程度に口元に塗られた薄紅色のリップが艶やかな光沢を放っていた

彼女は間違いなく変わっていたと言える。間違いなくだ…それに比べて俺は何も変わっていない


「ま、元気にしろよな。俺は飯の時間だから…」


「ま…待ってよぉ!」


菜穂子は去年の福袋に入っていた処分品のコートの裾を引っ張って俺を引き止める

大人っぽさと色気を増した彼女だったがこういった性格的な面は変わっていないようで、ひとまず安堵する

視線が合ってしまう。俺もまだまだこいつより背は高いほうだがずいぶんと大きくなったと思う

上目遣いで俺を見上げてくる菜穂子はまるで、そんな風に計算しているのだろうと尋ねたくなるほどに可愛いかった


「これ、見てもらえませんか?」


「ん…?」


無駄に大きいバッグから取り出したのは、汚れきったノートだった

今の綺麗な菜穂子とは対照的な黒鉛に滲んだ表紙が相反しているような気がする

まだそんなものを続けていたのかと呆れそうになる。事前に新木の奴から教わっていたとは言え

実際に見るまで信じられ無かった。漫画を描くなんていう行為は

道具を揃えるのに金がかかり、技術を磨くのに余程の時間を使う暇人の趣味だろうに


「………」


無下に断るわけには行かず。俺は彼女からノートを受け取る

流石に外は暗くなっていたために、ようやく点き始めた街灯の光の下に移動してからだったが


「…すごいな」


俺は素直に感想を口から零していた。目の前の絵は確かに俺がよく読む週刊雑誌の物とは格が違ったが

絵そのものは悪くなかった。綺麗と言うよりは力強く躍動感が溢れる絵だ

少女漫画とは違う、今にも動き出しそうな生命感に溢れた「キャラクター」達は少年漫画で見るような存在感を確立させているのだ


「本当なの!」


「ああ、少し線画が崩れている以外は完璧だと言ってもいい」


「やったあ! えへへ…」


菜穂子は少しだらしなくも、それでいて愛らしさに溢れた笑顔を浮かべる

白い子犬が大きく尻尾を振って喜んでいる様子を俺は想像する

仮にこいつに尻尾が生えていたとしたら、間違いなく千切れんばかりに振っていただろう


「だけど背景はまだ甘いな。悪くは無いが書き込みが大味だ、鉛筆は多彩な線が描けるがそればかりだと変な癖がつく

作品によってはわざと淡白に書いているのもあるけど。木なんか似たようなものばかりだし、建物も豆腐みたいで質感が無い

影の付け方とか汚しとかで誤魔化せるけど、立体感を出すためのパースの付け方とかは知識から仕入れて勉強するしかないな」


「うん…やっぱり背景は一杯勉強しないと難しいよね」


何か言いたそうに俺を見つめてくる菜穂子。どことなく嫌な予感がした

とりあえずノートを返す。菜穂子はキラキラと目を輝かせて俺に聞いてくる

その視線を向けられる事が眩しい光を向けられているように辛かった


「樫富くんよく風景画家いてたよね。よかったら教えてくれないかな?」


「…悪いが、最近ゲームばかりで絵は描いてないんだ」


「…え。樫富君、今は絵を描いてないの?」


「ああ、暇が無いんで休載ってトコ…じゃあな」


俺は背後を振り返り即効で走っていくと、自転車に飛び乗りその場から立ち去っていく

鍵はかけていなかったのでスムーズに脱出には成功した。後ろはなるべく見ないようにした

後ろめたく思う気持ちが無いでもなかったからである






「チッ…サブのリロード遅ぇな…金払ってんだからもっとちゃんと調整しろよ…クソ会社」


使い込んだPS3のコントローラーを握った俺は画面の中の青いロボットを操作して、緑色の敵ロボットを蹴散らしていく

難易度は上から三つ目でやや難しい。流石にそこまで上手くないのとストレスが溜まるのが嫌だったので

普通より難しい程度には調整していた。ゲームは楽しむのが一番

最難易度をクリアするなんて、マゾでもプロゲーマーでもない俺はお断りなのだ


「早岳ー! 文也叔父さんから電話ー」


母の声に一瞬気を取られた。赤い一つ目を光らせる白い敵ロボットが巨大な斧を取り出して此方に迫ってくる

一瞬目を放した隙に間合いは圧倒的に詰められていた。此方も格闘武装の実体剣を抜き応対するが

リーチが近すぎる、一瞬で切り伏せられ。半分以上残っていた体力はあっという間にレッドゾーンに突入していた

俺はしばしボタンを連打し奮闘するが、モチベーションの低下もあってか圧倒され…

気がつくとゲームオーバーの表示が画面一杯に映し出されていた。俺のストレスは頂点に達してしまう


「くそッ! やってらんねーよ」


「あっ! あんた危ないわねぇ…ゲームばっかりするのやめて下の階に着なさいよ」


コントローラーをドアに投げつけてぶち当たるとお袋が顔を出して俺に厳しい視線を持った


「勉強したの?」


「まぁ、ぼちぼち…な」


「来年は就活でしょう? 今の成績のまんまじゃどこも受からないわよ

次に成績落ちたらファミコン取り上げるからね! あんたの将来の為なんだからさ」


「うるせーな…ファミコンじゃなくてプレイステーション3だよ。形も色もぜんぜん違うし、ほい電話!」


「文也叔父さんみたいになったらあんたを家から追い出すから、そのつもりで頑張るようにね」


「ちっ…わーってるよ。頑張ればいいんでしょ? わかりましたよーっと!」


俺は不機嫌そのものの母から受話器を受け取り、立ち去るのを待ってから電話のスピーカーをオンにした

テレビの音も小さくしてゲームをやりながら会話を試みる

叔父さんは親戚から疎まれているけど俺にとって大切な遊び相手であり、理解者であった


「あ!文也おじさん。俺だよ…母さんがうるさくてさぁ」


『相変わらず君は元気そうで何よりだ。あけましておめでとう、早岳くん』


「あけおめ! 叔父さん仕事決まった?」


『ま、まだだよ…頑張ってはいるけどね。それより廉価版の3Dロボットアクションゲーム買ったかい』


「うん、買ったよ。でもあれ結構難しくてさ、クリアできないんだよ…」


『はっはっは! 甘いな早岳君。僕はもう初日で全部クリアしたさ…しかも最高難易度でね』


「すげーな叔父さん。今度俺の前でプレイしてくれよ、明後日に来るからさ」


『ははは…楽しみにしておけよな。僕のスーパープレイを!』


文也叔父さんと俺は暫くゲームの話題で盛り上がった。夢中すぎて暫く時間を忘れるように話していると

時間はもう十時半を過ぎてしまっていたのだ。おじさんはもう寝るらしいので電話を切ったのだが

さて、これからどうしようか? 寝るには速すぎるしゲームをするには遅すぎる中途半端な時間帯

どうせ明日も墓参りでそんなに早く起きる必要は無いだろうし、親が起こしてくれるだろう


「さて、攻略法も教えてもらったし…続きをするかな」


俺はドア付近に落ちていたコントローラーを拾うと、ゲームを再開したのだった

明日は墓参りから帰ったらゲーム三昧で過ごす予定だ。叔父さんと会うまでには全てのステージをクリアしてみせる

宿題をやっている暇など無い。終わり際に全て片付けてしまえばいいのだ






「ははは、甘いな早岳君。君は隠しステージまでクリアしてないじゃないか!」


「え…そうなのかなぁ?」


三日後、俺は叔父さんの住む祖母の家にコントローラーとメモリーカードを持っていって二回の部屋でゲームを楽しんでいた

文也おじさんの部屋にはたくさんの漫画やゲームが置かれている

ジャンルはかなり広く、漫画では少年漫画、少女マンガ、青年誌コミック…

そして、ゲームも格闘ゲーム、3Dアクションゲーム、シュミレーションRPG、18禁を含めた恋愛物と様々で

ちょっとした満喫並だった。文也おじさんは根っからのオタクである

更に壁には幾つかの絵と、塗装済みのプラモデルが飾って天井から吊り下げられている。多趣味な叔父さんの自作だ

お袋はそんな自分の弟と俺が仲良くすることを余りよく思っていなかったようで、何回か行くのをやめさせようとしたが

祖母は自分が家に来る事そのものが嬉しいらしく、お小遣いまでくれる始末だったので俺にとっては一石二鳥だった

それで金の足りないときは、昔はよく自転車を漕ぎ叔父さんの家に走って『おねだり』していたものだ


「真のエンディングを見るためには、隠しボスの待つ宇宙機動要塞破壊ミッションを出さないと駄目だよ

まぁ、最高難易度で三週ゲームをクリアする必要があるから、ここまでできれば上出来…かな? 僕は二日間かかったからね

やっぱり歳を取るとゲームをするのにも疲れてくる。二十台まではゲーセンいってたんだけどなぁ…」


「じゃあ、今から行く? 近くにあるっしょ?」


「いや…色々と家の手伝いしてたからさ、すっかり疲れたんだ。それに寒いしね…だから、今度にしよう」


文也おじさんは困ったような顔を作って丁重に断ってきた


「ふーん。わかったよ」


「早岳君、ごめんな。おっと…これを渡すのを忘れてたよ」


そう言って叔父さんは袋を差し出してきた。俺はそれを受け取った

無論、それはお年玉である。俺は彼に開けていいか尋ねた後に封の中身を空ける

中身は千円札一枚と五百円玉一枚…合計千五百円のお年玉が入っている

正直に言えばほかの親戚と比べてあまり多い金額とはいえない。しかし、俺はこれを楽しみにしていた

文也叔父さんは見てのとおり無職だ。しかし、親…つまりは俺のお婆ちゃんであり母さんの母さんの手伝いをしている

彼一人を養うのには年金だけでは物足りない。しかし、バブル時代に死んだ祖父が土地を転がした金もあってか

それなりの余裕は有るらしい。そういえば昔の正月はよく高い和食店に親戚一同で食事に行った思い出がある


「すまないね…これくらいしか出せないんだ」


「別にいいですよ。今年もありがとうございます、今後ともよろしく」


「うん…お年玉を出すのは来年が最後かもしれないね。しっかりと使ってくれよ」


「叔父さんから貰ったのはいつも貯金してるよ」


「お金を溜めていくのは賢い選択だよ。この不景気、何があるのかわからないからね」


「うん、それは俺もわかってるよ」


「早岳君はもうすぐ高校三年生だよね? 将来の夢とか、決めてるのかな?

君は僕に教えてもらってから昔よく絵を描いてたよね。それも綺麗な風景画を小学生の頃に見せてもらった記憶がある」


俺はその質問に心を抉られる様な感触を覚えた。叔父さんが悪くないのは判っている

それは文也さんとは関係の無い場所で起きた俺自身の問題だ。落ち度は隙を見せてしまった自分にある

しかし、あの時の事を思い出すとはらわたが煮え繰りかえる様な思いを覚えずにはいられない

あいつさえ…あいつがあんな事さえしなければ、俺は―――――


「…ああ、最近忙しくってさ。交友関係とか勉強に色々とキャパシティを使っちゃって疲れてるんだ」


結局、俺ははぐらかす事を選択した。あの時の出来事は墓の中に持っていくまで誰にも話さないと誓ったのだ

それは戒めにも似た呪いの感情だった。俺は奴の事を一生許さないだろう


「そうか、君は僕のようなだらしない大人にならないでくれよ

社会は厳しいからね。僕と君の母さんの兄も理想を追い求めた挙句、世間に殺されたんだ」


「文也叔父さん…」


「現実がゲームの世界のように簡単だったら、僕も仕事にいけるんだけどなぁ…」


三十路半を過ぎ、人生の折り返し地点に差し掛かった叔父さんの横顔には何かに対する怯えと、葛藤の感情が読み取れていた

俺達はその後、お互いに暫く何も言わず無言のままゲームを続けていく。辛い現実を忘れるように

画面の中の世界はひどくカラフルで、その中に入っていけたらどんなに幸せなのだろうと俺は考える

さっき文也叔父さんの言った言葉が残響となり耳の中にこびりついて、暫く離れそうに無かった

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