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9時オープン、19時クローズ。
休日の昼下がりは客が途切れることなく訪れる。特に春休みも終盤に差しかかる今は、若者の姿が多い。
「いらっしゃいませ!」
そんな忙しない中でも、スノウェルの意識は一人の客に向いていた。
先週の今頃に来たお客様。
だけど、今日は訪れていないお客様。
そう、彼女は想い人であるフロティーナを待っていた。なんなら、見つけやすいように今週からホールへの移動を希望した。
だが、夕暮れになってもフロスティーナは現れなかい。
やはり、先週の告白が良く無かったのだろうか。
スノウェルは、悶々と考える。
考えれば考えるほど、窓際に座る淡いブロンドの髪が、夕陽に映えていた彼の横顔が忘れられなくて、悲しくなった。
「スノウェル、ちょっとゴミ出し言ってきて」
「はい!」
それでもスノウェルは元気よく返事をして、オーナーの指示通り、両手にゴミ袋を持ち、裏口から出た。
「わぁ、……キレイ」
外はすっかり茜色に染まっていて、スノウェルはゴミ袋を持ったまま、沈みかけた夕日を眺める。大通りは今だにガヤガヤと人が多いようだ。きっと、すぐお店に戻ったほうがいい。だけど、もう少しだけ見ていたくて、スノウェルは立ち尽くす。
「(夕陽が1番好き)」
そう、心から思うのは、大好きな人との思い出を思い出すからだ。……───
あれは、私がお屋敷に勤め始めた頃だ。
当時の私は今よりも容量の悪く、毎日、毎日、毎日怒られていた。
そんなある日のこと、その日も失敗した私は罰として、貯蔵庫に閉じ込められた。とても古いその貯蔵庫は使われていなもので、屋敷の片隅にひっそりと残されていた。というよりも、忘れ去られていた。
ランプもない、明かりも入らない。そんな場所に閉じ込められた私は、真っ暗な世界で思った。「惨めだ」と。そんなこと、今にはじまたことでは無かったけれど、それでも、あの時はどうしようもなく声を荒げたくなった。
だから、私は必死に鍵のかけられた扉を叩きながら叫んだの。「なんで」だとか、「どうして」だとか。そんな不条理を嘆く言葉じゃなくて、ただただ「助けて」っと。
だけど、当然助けなんて来るわけもなく、私は力尽きてその場にしゃがみこんだ。私がいる場所だけは、なぜだか埃も少なく、埃すらも私を避けるのかと自分自身を卑下した。私は蹲りながら顔を伏せ、目を閉じた。───その瞬間、背にしていた扉が開き、私はそのまま後ろへと倒れた。
そして、間抜けに口を開けた私に、彼は掠れた声で言ったの。
「お前、ここで何をしている」
倒れた先には、涙を目一杯に溜めたフロスティーナ様がいた。
これが、私とフロスティーナ様の出会いだ。
あの時のフロスティーナ様は、嫡男として御家を守るために、日々、騎士長に扱かれていた。だから、高値な花の異名を持つほどキレイな顔には、いつも新しい傷があった。
そう、……───ちょうどあそこに倒れている人のように。
「え?」
スノウェルは目を見開き、ゴミを放るように捨てると、急いで倒れる影に駆け寄った。そして、その人物を見てさらに目を見開いた。
「え、え?フロスティーナ様?え、ちょっと待って下さい、え?どうして?……いや、今そんなことを気にしている場合じゃない!救急車……は違う、かな?救急箱!そう、救急箱を持ってきます!!!少々お待ちください!フロスティーナ様!少々お待ちを!!!」
スノウェルは急いで店へと戻り、救急箱を持ち出す。
いつになく慌ただしいスノウェルに、オーナーは「どうしたんだ」と聞くが、その言葉は風に流れ、スノウェルは傷だらけのフロスティーナの元へ戻った。
「フロスティーナ様、フロスティーナ様!どうか目を開けて下さい!傷は浅いですよ!」
手際く良く手当が出来るのは過去の遺産だろう。
スノウェルはフロスティーナの額にも傷があることに気がつき、そっと前髪を上げて絆創膏を貼った。
「触るな」
これで一安心。そう思った束の間、唐突に掴まれた手首がギリっと骨を鳴らす。
ゆっくりと開いた瞼。アンダーの瞳と静かに目が合った。スノウェルは一瞬息をするの忘れる。
それほど、フロスティーナの瞳が綺麗だと思ったからだ。だが、そんなスノウェルをよそに、フロスティーナは拒絶の言葉を彼女に放つ。
「誰だか知らないが、恩着せがましいまねをするな。鬱陶しい」
ヒュッと冷たい空気が喉を通る。スノウェルは離された手を自分の胸元へと持っていき、はやる鼓動を抑えるようにギュッと手のひらを握った。
「誰だか、知らない……?」
ショックだった。自分の一世一代の告白が覚えられていないことに。「今世でも自分は想い人にとってどうでもいい存在だった」その、現実に泣きたくなった。
だけど、ここで泣いたら、きっと、もっと不快に思われる。嫌われることだけは避けてくて、スノウェルは、深呼吸をし気持ちを落ち着かせる。
そして、震える手を合わせて握り、意を決してもう一度フロスティーナに話しかけた。
「あ、あのっ一応手当はしたけど、病院にはいった方がいいと思います。それと、……私はスノウェルって言います!」
「聞いてねぇ、言っただろ。恩着せがましまねをするな。お前何て知らない、目障りだ。失せろ」
また、スノウェルの喉に冷たい風が入り込んだ。だけど、顔はカッと熱くなったのを感じる。目に溜まった涙を見られまいと、スノウェルは、たまらず顔を伏せた。
今世でも出会えたことに浮かれているのは私だけ。だけど、今世の方が拒絶されている。どうしてだろう。考えても分からなかっった。
それでも、どうしてもこの状況を何とかしたくて、諦めることなんて到底出来そうなくて、スノウェルは衝動的に顔を上げた。
「私ッ、し、知らない人じゃ無いです!」
叫ぶような勢いのあるスノウェルの声。それに驚いたフロスティーナは、目を見開き、一瞬、スノウェルと視線が合わせた。だが、すぐにフイっと横を見て、自ら視線を逸らした。
その動作にズキリと痛む胸。スノウェルはそれを誤魔化すように、目一杯に空気を吸い込んだ。
「私ッ、スノウェル・ドゥロップ、……スノウェル・ドゥロップ、で、す!……以後お見知りおきを!!!!」
スノウェルはそう言い終えると、砂利を飛ばす勢いでその場を去っていった。
残されたフロスティーナは、同じく残された救急箱を見ながらクシャリと前髪を乱し、ポツリと呟いた。
「クソ、……知らねぇよ、お前なんて」
ギュッと抑える左胸に、傷は無かった。
「スノー?どうしたんだよ!?ずっと戻ってこないと思ったらソレ!!!」
勢いよく開いた裏口から入ってきたカプラは、薄汚れたスノウェルの姿に目を丸くした。
飲み込めない状況に、「大丈夫か?」と声をかけるが、当の本人は鼓動が収まらず、ズルズルと裏口の扉を背にしてしゃがみ込む。
「スノー!?」
覗き込んだスノウェルの顔は耳まで赤く染まっていて、カプラはポカーンと口を開けた。何かを耐えるようにわなわなと震える指先。
カプラは爪が食い込むほど強い力で手を握ると、立ち上がり、二歩、三歩とスノウェルから距離を取った。
「……氷、そう氷を持ってくるからな!」
そう言うと、カプラは足早に厨房へ向かう。
カプラはすれ違ったオーナーにも気づかず、無我夢中で足を進めた。
その様子は、普段の悠然自得な彼にしては珍しく、どこか悔しそうに見え、オーナーはクスリと笑った。




