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【8話】良縁祈願のご利益は如何ほど?


 一方その頃。

 開拓部長のダニエルは、神社から帰るついでに、軽くパトロールを行っていた。

 しばらく飛び回っていると、森の中に停まっている馬車が目に入る。

「ん? なんだ、あの馬車は?」

 空から観察したところ、旅商人の馬車のようだ。荷台に商業ギルドの紋章が刻まれている。

 走行中に馬が怪我でもしてしまったのか、御者らしい男が困り顔で馬の足を確かめていた。

「⋯⋯妙なこともあるもんやねぇ。ここに商人が来るなんて」

 ダニエルは念のため、収納魔法で槍を取り出した。

 この辺りはまだ開拓途中で、建築に使用する資材を運ぶための道しか整備されていない。

 町の住民も、魔王軍の女兵士と、神社の二人組だけだ。

 特産品など何も無いし、商売のチャンスがあるのかも怪しい。

 商人に偽装した盗賊か、あるいは、夜逃げした訳あり魔族なのかもしれない。

「町の治安を乱す可能性があるんなら、排除も検討せなアカンねぇ。ここは魔王様にとって大切な場所なんやから」

 ダニエルは警戒しながら馬車の前に降り立った。

 翼の音に、御者が慌てて顔を上げる。

「こないな場所で、どないしはったん?」

「馬が道に転がっていた枝を踏んづけて、怪我をしたみたいで⋯⋯。急に走ってくれなくなってしまったんですよ⋯⋯」

 黒鋼樹の枝は、とても硬い。使い古されて薄くなっていた蹄鉄ならば、踏まれた時にそのまま貫通して足を傷つけることも珍しくない。

「ふぅん。そら、大変やったなぁ。どちらに行かれる予定でしたん?」

「この先に、新しい町が作られているとかで、そちらに。早めに顔を売っておこうかと思いましてね。皆はまだ建設中だから止めろと言ってたんですが、商売は早い者勝ちとも言いますから」

 商人が偉そうに胸を張る。

 急いだ結果が、立ち往生になったのだから、反省すべきでは無いのだろうか? ダニエルは疑問に思ったが、わざわざ口には出さなかった。

「あなたはもしや、この先の町から来られたのですか?」

「せやね。ウチは魔王軍の開拓部長をしております、ダニエル言う者です」

「だだ、ダニエル!? まさか、ダニエル・フィアストーム様ですか!? 先の勇者大戦で人間界の国をひとつ滅ぼしたという⋯⋯!」

「あら。懐かしい話を知ってはりますね。気分がええから、帰るのお手伝いしてやりましょか」

 ダニエルはくすくすと笑いながら、手元につむじ風を起こす。

「その⋯⋯不躾かとは存じますが、建設中の町で休ませていただくことは⋯⋯?」

「町の中には、入れまへんよ。あんさん、悪魔の血ぃが濃いやろ?」

「ダメですか?」

「ダメやね。そういう決まりやから」

「でしたら、町のすぐ外に店を構えるというのは、いかがです⋯⋯? 私のように無駄足を踏む旅人の休憩スポットも兼ねて⋯⋯」

 商人は往生際悪く、食い下がる。

「建築から何から全部、自分で出来るん?」

「やります。これは私の直感なのですが、ここには大きなチャンスが眠っているような気がするのです!」

 拳を握り締めて熱弁している商人に、ダニエルは少し心が惹かれた。

 馬鹿みたいに道の真ん中で困っとったし、魔王様の政策にもあんまり詳しく無い馬鹿やけど。

 そういう馬鹿が他にも町へ来たときの、良い受け皿になりそうだ。

 無駄足だ何だと騒ぎ立て、こちらの任務を妨害してくる連中を引き受けてくれるなら、ダニエルにとっても利益がある。

 ダニエルはそんな腹積もりを上品な笑みで隠しつつ、商人の提案に頷いた。

「あら、そう。せやったら特別に、店を構えるんは許してもええわ。兵士たちの気晴らしに使えるかもしらへんし」

「ありがとうございます、ダニエル様!」

 商人が喜びに満ちた顔で何度も頭を下げてくる。

「兵士の気晴らしと仰いましたが、何か売れそうな物はありますか? 娯楽だけでなく、不足している物だとか⋯⋯」

「せやねぇ。やっぱり、本やろか?」

「ふむ、本ですか。兵士の方向けとなると、剣術の指南書などですかね?」

 商人の言葉に、ダニエルは深く溜息を吐いた。

「息抜きにするって言うたやないの。ライトな恋物語とか、動物を描いた画集とかや、欲しいのは」

「おっと。これは失礼しました。確かに、それは良い息抜きになりそうですね」

「後は、馬用の治療ポーションやな。輸送中にトラブルが起きた時のために」

 ダニエルはちらりと商人の馬を見て言った。

 皮肉の効いた言葉に、商人は笑って「それは確かに、仕入れておかねばなりませんな!」と陽気に返した。

「今回は、ウチの魔法でギルドまで送ってやるさかい。次はちゃんと準備中してから来るんやで?」

 ダニエルは魔法で起こした風を操って、都市部へと続く橋を掛ける。歩かずとも風が荷物を運んでくれる、動く歩道だ。

 商人は何度もダニエルに礼を言い、風に乗って帰っていった。

「⋯⋯ええね。商人さんは、自由度が高うて」

 ダニエルはポツリと呟いて、魔王軍の基地へと帰る。

 エントランスに入ると、事務室の兵士がダニエルを呼んだ。

「あっ、エル部長! またお手紙が届いてますよ!」

「⋯⋯またってことは、またあの場所から?」

「はい。また、エル部長のご実家からです」

 事務担当がダニエルに封筒を手渡す。魔王軍の本部から転送されてきた物だ。

 ダニエルは溜息を吐きながら、封筒を受け取った。

「仕事の邪魔やから送るな言うとるのに、ほんま⋯⋯。対応してくれてありがとうな、リィちゃん」

「いえ。⋯⋯大変ですね、エル部長。お世継ぎの話で揉めてるんですっけ?」

「よう覚えとうね。そうなんよ、早う家に帰ってきて家業を継げってうるそぉて⋯⋯」

 ダニエルは封筒を開ける。

 文面はいつもと同じで、魔王軍を辞めて戻ってこいという内容だ。

 窯焼き職人の跡取りが欲しいなら、弟子でも何でも取ればいいのに。親も親戚も、種族や血統にこだわって、面倒くさいったらありゃしない。

 最近は勝手に縁談を組んで、お見合いのために帰ってこいとまで言う始末。余計なお世話だ。

 ⋯⋯血統の管理に不満を感じる自分が、戻し交配を目論む町の開拓をするなんて現状も、酷く頭が痛い。

「いっそ、逃げたらどうですか? 名前だって変えちゃって」

「うーん、でも、ウチは魔王軍のことは嫌いやあらへんのよ。だから、ここから旅立つっちゅうのは、しとうなくてな⋯⋯」

「そうですか⋯⋯。じゃあ、せめて、ノイローゼとかにならないように、またお酒、一緒に飲みに行きましょう」

「せやね。ありがとう、リィちゃん。ウチの親がまた仕事の邪魔してて、ごめんなぁ」

「あはは、大丈夫ですよ。あんまり酷かったら、治安部に通報してきっちりとシメてもらいますから!」

 事務担当の兵士が親指で首を切るジェスチャーをする。たくましくって、ありがたい。

 ダニエルは手紙を握り潰して、自分の執務室へと向かった。

 この基地内で一番偉い開拓部長の執務室は、一階の端に置かれている。

 来客があった時の移動を短くするためだ。同じく一階にある事務室からの書類の移動が楽になるという利点もある。

 ダニエルは自身のデスクに座って、積み上げられている書類に手を伸ばした。

 建築部隊からの報告や、兵士たちからの嘆願書などを順番に読んで、サインを書き込む。

 五枚ほど処理を終えたところで、ダニエルの手がピタリと止まった。

「⋯⋯今、何か、聞こえたような⋯⋯?」

 ダニエルは窓のほうを見る。

 なんとなく気になって、ダニエルは窓を確認しに行ってみた。

 カーテンの影になっているところを見てみると、一匹の子猫がカリカリと窓枠で爪を研いでいる。

「あら。なんや、猫が来とるわ」

 ダニエルはくすりと微笑んだ。

 白黒の可愛らしい猫だ。ぶち模様で、体型はかなりほっそりとしている。

 この森に、猫系の魔獣が住んでいるとは知らなかったが、どこからやって来たのだろうか?

「神社ごと運んで来たときに、紛れ込みでもしたんか、あんさん?」

 ダニエルは子猫を驚かさないように、ゆっくりと窓を開けてみた。

「フニャッ!」

 猫は反射的に飛びのいて、遠くからじいっとダニエルを見つめる。

「うふふ。ウチはこわないよ。ほら、おいでー?」

 ダニエルはそっと手を差し出してみる。

 ここまでの言動を見ればわかるが、彼女は猫が好きだった。

 例え仕事の途中なのだとしても、猫との出会いは一期一会だ。書類の提出期限にはまだ余裕があるが、猫には今しかチャンスが無い。

 ダニエルはそんな考え方で、猫と戯れることを選んだ。

 おいで、おいで、と手を揺らしてみるが、子猫は警戒しているようで、なかなか近づいては来ない。

「猫じゃらしでもあったら、付き合うてくれはるかなぁ」

 収納魔法を使って、猫の玩具が入っていないかと中身を漁る。

「あ。これ、玩具になるんと違う?」

 ダニエルは異空間のポケットから、神社のおまもりを引っ張り出した。

 素材は布と紙なので、たぶん猫にも安全だろう。紐を使って本体を揺らせば、じゃれついて遊んでくれるかも知れない。

 本来の使い方とはまるで違うが、生憎とダニエルに精霊様への信仰心はあまり無かった。無礼過ぎてバチが当たるという意識すら無い。

 ダニエルはおまもりをぴょこぴょこ揺らして、子猫の気を引こうとし始めた。

「ほらほらー。跳びはねる獲物やでー?」

 子猫はすっと姿勢を低くして、真っ直ぐにおまもりを見つめてくる。興味を持った。

 ダニエルは更に紐を揺らして狩りの本能を誘う。子猫は突然、走りだし、おまもりの袋部分に飛び掛かった。

「あー、捕まってもうたー! 上手やねー!」

 ダニエルはニコニコと笑いながら、子猫に話しかける。

 猫はおまもりが食べ物でないと気づいたのか、不満そうに「ニー」と鳴いた。

 ぴょん、と窓枠を飛び越えて、子猫が執務室に入ってくる。

「あ。ダメやでー。大事なモンが置いてあるんやから、荒らしたら」

 ダニエルが言った言葉を理解しているのか、いないのか。子猫は事務机に飛び乗って、そのまま丸くなってしまった。

「え、愛らしい。眠りはるん? ええけど、ウチはお仕事するで?」

 ダニエルが近づいてみても、子猫は逃げる素振りを見せない。

 試しに椅子に座ってみても、子猫は気にせず丸まっていた。

「か、かわいい⋯⋯! 毛玉が呼吸で動いてはる⋯⋯!」

 泥だらけの足で机に乗られたことなど、簡単に帳消しになってしまうほどに可愛い。

 撫でたい。が、さすがにそろそろ仕事に戻らないとマズい。

 ダニエルはそっとおまもりを机の上に起き、ペンを手に取った。

 書類を読んで、確認済みのサインを書き込む。

 次の書類に手を伸ばそうと顔を上げると、子猫が寝ているのが目に入る。

 かわいい。癒される。そのやわらかそうな毛皮を撫でたい。

「でも、野良猫に触るんは良うないんよなぁ⋯⋯」

 少し残念に思いながらも、ダニエルは作業に戻る。

 次の休みには、ひさびさに動物園にでも行こうか。

 触れ合いエリアにいるサビ猫は、なかなか近づいてきてくれないが、そんなところも猫は良い。

 ちらりと子猫を見てみると、いつの間にやらおまもりの紐にじゃれついていた。まるでポシェットのように、おまもりが袈裟懸けになっている。

 子猫はダニエルの視線に気づいて、にゅっと身を乗り出してくる。

 甘えるように体をすりつけてきた猫に、ダニエルは驚きと喜びが入り交じった声を上げた。

「きゃっ! なんや、あんさん、遊びたいんか? でもウチ、仕事せなアカンのよ」

「ニー」

「ニー、やあらへん。お腹でも減ってはるん? ここは一応、兵舎やから、猫の食べ物は置いてないんよ」

「ニー」

「なんやなんや、そないに甘えて⋯⋯。仕方の無い子やねぇ⋯⋯。ほな、ちょっとだけ、失礼させてもらいます」

 ダニエルは子猫を抱き上げた。

 猫はおとなしく、されるがままになっている。

「なんや、おとなしいやないの。やっぱり神社で飼われとった猫さんなんかえ?」

 ダニエルは子猫の体に絡んでいるおまもりを優しく外してやる。

 もしかしたら、これにじゃれついていたのも、家の匂いがしたからだったのかもしれない。

「⋯⋯ウチと違うて、あんさんは家に帰るのが幸せなんやろな」

 呟きながら、子猫の頭をそっと撫でる。

 後で手をしっかり洗わなアカンなぁ、と苦笑いしながら、ダニエルは執務室から出た。

 猫を抱えたまま、エントランスのほうへと歩く。

 手の空いてそうな兵士に頼んで、この子を神社まで送ってもらおう。

 どうせこの基地では飼えないのだし、それが一番いい選択だ。

 ダニエルが外に出ると、ちょうど仕事を終えて帰ってきた建築部隊が目に入る。

「あれ、エル部長? どうしたんだい、その猫?」

 建築隊長のミモザが、不思議そうな顔で言った。

「丁度いいところにいはったなぁ、ミモザはん。この子、神社から迷い込んだっぽくてなぁ。ちょっとひとっ飛び、届けてきてくれへん?」

「え。今からかい? 自分で行くってのは⋯⋯」

「あら。緊急の用件や言うて、昨日の夜遅くまで罪人照会手伝わせたんは、別の兵士さんやったかしら? 埋め合わせ頼みたいんやけど、誰やったか教えてくれへん、ミモザはん?」

 ダニエルが上品に微笑みながら、圧を掛ける。

 ショウの元に現れたサソリ娘が危険人物だったら良くないと、無理を言ったのは確かにミモザだ。

「わかった、わかったよ! そいつを神社に連れていけばいいんだね!」

 ミモザが観念して子猫を受け取る。

 猫はすんすんとミモザの匂いを嗅いで、ミャア、と嬉しそうに鳴いた。

 別の悪魔に抱っこされても暴れないなんて、躾が良すぎて驚きだ。ダニエルは少しムッとした。

「粗末に扱うんやないよ」

「わかってるよ! それじゃ、アタシは行ってくるからね!」

 ミモザが翼を広げて飛び立つ。

 茜色の空を見つめて、ダニエルはそっと呟いた。

「良縁祈願や言うてはったけど、良い出会いやったって言えるオチは、ここからちゃんと着くんかいな?」



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