表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/9

【7話】苦手分野を神頼み


 お茶で汚れたコーラルの服を洗濯しながら、ショウはポツリと呟いた。

「⋯⋯結婚、かぁ」

 サフィが悩んでいた内容を思い出す。

 移住の条件として、ショウとの結婚を求められたという話。

「それでサフィさんが幸せになるなら、僕は結婚しちゃっても別にいいけれど⋯⋯」

 脳内に、師匠の言葉が浮かぶ。

『結婚というのは、お互いを受け入れ合うための儀式である。──というのが、精霊信仰における定義だ』

『でもな、ショウ。お前は村でちょっと虐められてたから、他者を思いやることは出来ても、他者から受け入れられるってのにピンと来ないかもしれねぇ』

『だから、結婚相手を選ぶときは、一緒だなって思える部分が多いヤツを選ぶと良い。もちろん、俺の言葉は無視して、お前の心が思うがままに選んだヤツでも良いせどな』

 ショウは、洗濯板に擦りつけていた手を止めて、天を仰いだ。

「⋯⋯一緒だなって思えるところ、かぁ」

 違うところなら、すぐに思いつく。

 サフィの足はサソリの足だし、性別だって一緒ではない。

 たくさん考えて悩むのだって、ショウはそんなに得意ではない。

 どこもかしこも、違うところだらけだ。

 出会ってから、まだそんなに時間が経っていないから、同じ部分が見えていないだけかもしれないが⋯⋯。

「サフィさんの悩みって、どうしたら解決するのかな」

 ショウは白い雲を眺めて、呟いた。

 魔界の空は、今日も綺麗に晴れている。こんなに遠くに引っ越してきても、それは同じだ。

「⋯⋯僕と結婚したくないのに、結婚するって言っちゃったから、サフィさんは困ってるんだよね」

 だったら、サフィが結婚したいと思うような男にショウが成長すれば、全て上手くのだろうか?

「僕を大人の男性だって思えないって、言ってたよね、サフィさん⋯⋯」

 ショウは自分の小さな手を見る。

 小柄で幼い顔立ちなのは、生まれつきで、どうしようもない。

 悪魔に頼んで身長を伸ばして貰う物語を見たことはあるが、あれはバッドエンドで終わった。

「⋯⋯ダメだ。難しい。よくわかんない!」

 ショウは答えを考えるのを止めて、目の前の洗濯を終わらせることにした。

 ざぶざぶと桶の水を入れ換えて、泡をすすぐ。

 絞ったズボンを物干しに掛けたら、精霊術で乾かしていく。

「師匠だったら、こんな時、どうするのかなぁ⋯⋯」

 ショウは溜息を吐きながら、師匠の言葉を思い出す。

「そう言えば、パズルを解いてた時に、困ったらゴールから逆算してみろって言われたなぁ⋯⋯」

 そのアドバイスを引用するなら、ショウが辿り着きたいゴールは、サフィの笑顔だ。

 悩みごとなんて何も無くて、ごはんを美味しいって喜んでくれて⋯⋯。

「無理やりにでも結婚したら、結婚したくないって悩みは消えてくれるかなぁ⋯⋯。したくないけどしちゃった、っていう新しい悩みになるだけだよね⋯⋯」

 ショウは乾いたズボンを綺麗に畳んで、社務所へ戻った。これは、コーラルの鞄の隣に置いておこう。

 あたたかな日差しの中を進むと、社務所の外に掛けられている看板がふと、ショウの目に留まった。

 

『おまもり・5魔貨。宿願成就を祈願いたします』


「⋯⋯自分用に、加護を願ったことは無いけれど。困った時の神頼み、今回はしてみてもいいかな⋯⋯」

 ショウはコーラルのズボンを待機室に置いてから、社務所の事務室に踏み込んだ。

「えっと、これは、何祈願かな⋯⋯? 開運招福? 社内安全?」

 おまもりの外袋を見つめながら、ショウは迷う。

 悩みの形が少しぼんやりしてるので、欲しい加護の形も今一つハッキリしない。

「⋯⋯僕は結婚してもいいって思ってるから、恋愛成就の範囲かな?」

 最終的に、ショウは白い袋を選んだ。

 精霊様の加護を願いながら、御札に文字を書き込んでいく。

 どうか、サフィさんとの問題が解決しますように。

「よろしくお願いします、精霊様」

 ショウは御札を袋に納めて、おまもりの紐を着物の帯に巻きつけた。

 これが後々、とんでもない事件を引き起こすことになるとは、思いもしないまま。

 ショウはおまもり作りの道具を片付けて、午後の予定を考え始める。

「サフィさんの新しい服は、採寸をお願いしないとだから、今は出来ないな⋯⋯。畑の続きを耕すか」

 ショウはクワを担いで裏の畑へと向かう。

 土の道を歩いていると、足が何かに躓いた。

「うわっ!」

 ショウの体がべしゃりと転ぶ。

 反射的にクワを投げ飛ばしてしまい、ガラガラと遠くへ転がっていく音が響いた。

 何に躓いてしまったのかと足元を見やれば、土が微かに盛り上がっていた。

「あー⋯⋯。これ、精霊様からのお叱りだ⋯⋯」

 そう言えば、おまもりを作った際に、お礼のお供え物をしていない。

「ごめんなさい、精霊様。すぐに何か供えます⋯⋯」

 ショウは深々と頭を下げて、神社に引き返した。

 倉庫から適量の豆を取り出して、拝殿の中へと持っていく。

 この宴結神社の拝殿は、畳張りの広い部屋がひとつあるだけのシンプルな作りだ。

 奥に祭壇が置かれていて、そこに供物を捧げるようになっている。

 祭壇と言っても、見た目はただの長机で、教会や他の祭殿のように豪華な造りはしていなかった。

「精霊様。どうぞ、お受け取りください」

 ショウは祭壇に豆を供えて、お祈りした。

 ぴょこぴょこと周囲の魔力が跳ね回っている感覚がする。

 どうやら、受け取っていただけたようだ。

 ショウはホッと息を吐き、拝殿の外に出た。 

「⋯⋯え? ここ、どこ⋯⋯?」

 目の前に広がっているのは、荒れ果てた神社。

 宴結神社よりもこぢんまりとしていて、社務所や手水舎は見当たらない。鳥居はボロボロで、石の柱にはいくつもヒビが入っている。

 鳥居の向こう側に見えるのは、紅葉した木々が立ち並ぶ森だ。

 慌てて振り返ってみると、扉の閉まった小さな祠が目に入った。

 精霊の気配は祠の中からしているが、引きこもるような雰囲気もある。

「これは、一体⋯⋯?」

 ショウは首を傾げることしか出来なかった。

 先程まで晴れていたはずの空は、暗く曇っている。 

「⋯⋯精霊様が、僕をここに運んだのですか? だとしたら、精霊様がたの気が済んだ時に、家に返してもらえますか?」

 ショウは祠に話しかけてみる。肯定するように、祠の中の魔力が揺れた。

 あちらの思惑はよくわからないが、とにかくショウには、ここにいて欲しいようだ。

「⋯⋯このお社を、修繕したほうが良いですか?」

 ショウは更に問い掛ける。精霊様は、どちらでもいい、と伝えるように魔力を揺らした。

「それなら、特にやることも無いし、簡単にお手入れしていこう」

 ショウは祠の前から離れて、ボロボロの鳥居に近づいた。

「これくらいなら、錬金術でどうにかなるかな⋯⋯」

 ヒビを軽く手でなぞり、修繕の術式を編んでいく。

 こういった細やかな作業は苦手なのだが、出来る限り丁寧に鳥居の柱を再構築する。

「⋯⋯つ、疲れた⋯⋯!」

 修繕を終えたショウは、祠の前にしゃがみこむ。

 頑張りすぎて頭痛がしている頭を手のひらで押さえ、深く息を吐く。

「精霊様は、どうして僕をここに連れてきたんだろう⋯⋯?」

 今更ながら、考えてみるが、答えはサッパリわからない。

 そもそも、ここが魔界のどの辺りなのかすら、ショウには探る方法が無い。

「⋯⋯サフィさんたち、心配してるよね。急にいなくなっちゃって⋯⋯」

 ショウの瞳が暗く陰る。

 精霊様たちは、まだ家に帰すつもりは無いようだ。

 すぐに帰れると思ってたのに、案外長い。

 いつまでここに居ればいいのか。お腹が空いたらどうしたらいいのか。ショウの頭に不安がよぎる。

「暇だ⋯⋯」

 ショウは適当な小枝を拾って、神社の隅の土を掘った。子供の頃には、よくこうやって一人で砂遊びをしたものだ。

 けれど、今のショウには、何も面白いとは思えなかった。

「⋯⋯楽しいことでも考えよう。晩ごはん、何にしたいとか⋯⋯」

 ショウは地面におにぎりの絵を描いてみた。

 サフィの握った大きなおにぎりが頭の中に思い浮かぶ。

 一緒にお昼ごはんを作っていた時、ショウは彼女の悩みを聞いた。

 芋づる式に記憶が蘇ってきて、ショウの口から溜息が零れる。

「恋愛成就のおまもりにしちゃったけど、これって間違いだったのかなぁ⋯⋯」

 今になって思ってみれば、ショウは彼女と恋仲になっているわけでもない。

 好きだとは思うが、片想いかと言われると微妙だ。

 そもそも、彼女が神社へ来たのは昨日から。一目惚れなんてするような状況で出会ったわけでもなかった。

 ショウの心にあったのは、心配と優しさの感情だ。

 幸せになって欲しいとは思うが、それが恋愛に該当するのかはわからない。

 問題を解決する手段としての結婚は考えられるけど、好きだから結婚しよう、という感じ方では無いのだ。

「⋯⋯でも、ミモザさんやコーラルさんとは、気持ちの形が違うんだよね」

 ショウは、自分のしたことで、誰かが喜んでくれるのが好きだ。

 けれど、ミモザやコーラルの喜ぶ顔を思い浮かべてみた時と、サフィの笑顔を思い浮かべてみた時では、嬉しさの強さが確かに違う。

「⋯⋯それじゃあ、やっぱり、好きで良いのかな?」

 ショウは地面にサフィの似顔絵を描いてみる。

 これまでショウは、誰かと恋人になった経験は無い。

 物語に出てくるような「デートがしたいのが恋愛感情」といった言説も、ショウにはそもそもデート自体が理解できていないから、参考にならない。

「わからない。わからない。わからない⋯⋯」

 ショウは小枝で、適当な絵を描いてみる。

 神社の鳥居。摘み立てのベリー。師匠が得意だった弓矢。

 ぐるぐると考えるのも嫌になってきた。

「⋯⋯師匠みたいに、何でも教えてくれる相手がいたら、良かったのに」

 ショウは、ポツリと呟いた。やっぱり、一人でいるのはダメだ。どうしたらいいのか、わからなくなる。

「帰ったら、ミモザさんに相談してみようかな⋯⋯」

 ショウは小枝を捨てて立ち上がり、ぐちゃぐちゃに描かれた絵の数々を足の裏で均して消した。

「⋯⋯精霊様。まだ、僕は家に帰してもらえませんか?」

 祠に向かって話しかける。

 返事はイエスだ。まだダメらしい。

 ショウはぶらぶらと境内を歩いて、何度目かの溜息を吐いた。

「あれ。なんだろう。何か落ちてる⋯⋯?」

 祠の裏側に、何かが見えた。

 ショウは近づいて確かめてみる。

 ひしゃげているが、どうやらそれは雑誌のようだ。

 風で開いたままのページを見てみると、「結婚に必要だと思うものランキング」という文字列がショウの目に飛び込んできた。

「⋯⋯結婚に必要なもの?」

 ショウは記事の内容が気になって、雑誌を拾い上げてみた。

 野ざらしになっていたせいか、土で汚れていて字がよく読めない。

 なんとか読み取れたのは、「相手と子供を不幸から守ってやる覚悟」という一文くらいだった。

「⋯⋯覚悟」

 ショウは雑誌を握り締める。

 幸せにしたいというだけでなく、不幸から守るという覚悟。

 頭の中で、パズルのピースが嵌まった音がした。 

 ミモザやコーラルへの感情と、サフィへの感情の違いは、これだ。

 彼女がまた魔獣に襲われないように、守る。路銀も無しに一人で森を彷徨うなんて不幸から、守る。

 この感情は、「守りたい」なんて優しい温度をしていないのだ。

 ショウは合点がいった顔で頷いた。

「僕の気持ち、やっぱり恋愛で合ってたんだ!」

 客観的な視点から言うと、ショウのこの考えは間違っている。

 だが、それを指摘してくれる師匠は、この場にはいなかった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ