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【6話】騒がしいランチタイム


 サフィが社務所の待機室に入ると、医者のコーラルが目を輝かせて正座していた。

「美味しそうな匂いがします!」

「えっ、そんなに? 言うほど香りが強い食べ物じゃないと思うけど⋯⋯」

 サフィは戸惑いながらも、おにぎりの皿を机に乗せる。

「というか、あなた、まだここにいたのね」

「はい。ショウさんが、徹夜でお疲れだろうって、旅人の宿泊所を貸してくれまして。今まで寝させてもらってました!」

「家には帰らなくていいの? 魔王軍の悪魔なんでしょう?」

「そこは、ほら、サフィさんの経過観察ということで⋯⋯」

「私、もうピンピンしてるわよ」

 サフィの怪我は、ショウの薬で完治している。

 一本だけ千切れてしまった足はそのままだったが、そのうち脱皮で治るだろう。

 コーラルは少し残念そうに肩を竦めた。

「そうなんですよねぇ。今日だけならば、夜勤明けの休息を理由に堂々とお休みできるんですけど⋯⋯」

「なんで、この神社にいたがってるのよ。職場の人と喧嘩でもしてるの?」

「そういうんじゃないんですけど。ショウさんのごはんって美味しいから、食べられなくなるのはツラいなー、って⋯⋯」

「わあ、嬉しい! 褒めてくださって、ありがとうございます、コーラルさん!」

 ショウが無邪気に笑顔を浮かべる。

「いやいや、これ喜ぶところじゃないでしょ、これは。ショウはずっと一人暮らしだったのに、そんなにたくさん振る舞っちゃって大丈夫なの?」

 サフィは、自分が森を彷徨っていた時のことを思い出す。

 故郷で嫌なことがあって、ふらふらと遠くを目指していた時に困ったのは、食料だ。

 森で摘んだ薬草を売って、なんとか糊口を凌いでいたが、ショウは大丈夫なのだろうか?

 心配になって、ちらりと横を見てみると、ショウは呑気に笑っていた。

「いざとなったら、神社を食べるので大丈夫ですよ。壁を砕いて、錬金術でお粥にするんです」

「えっ。何それ、ヤバ。先の大戦でもそんなことしてる悪魔はいませんでしたよ⋯⋯?」

 コーラルがドン引きしている。

「ショウさんに壁を食べさせる原因になったなんて言われたら、隊長にどやされちゃいますね⋯⋯。これを食べたら帰りますから、食料の備蓄はしっかり保っておいてください」

「食べていくんだ、この流れで⋯⋯」 

 サフィは苦笑いした。

「食べます。すごく美味しいので」

 堂々とコーラルが返す。彼女は根っからの食いしん坊だ。

「それじゃあ、早く食べましょうか。サフィさん、サラダを取り分けててくれますか?」

「わかったわ」

「私も何かお手伝いしますよ!」

「それじゃあ、コーラルさんはサフィさん用の机を運ぶのを手伝ってください」

 ショウは午前中に作った机を、コーラルと一緒に運び入れた。

 これなら、座卓が使いにくい体型のサフィでも、食事が取りやすいはずだ。

「これ、わざわざ作ってくれてたやつよね? ありがとう、ショウくん。すごく使いやすそう⋯⋯」

 サフィが机の天板を撫でる。喜んでいる様子の彼女に、ショウはとても嬉しくなった。

 三人はそれぞれの席につき、笑顔で手を合わせる。

 今日の献立は、おにぎりと、キャベツのサラダ。素朴だが、とても美味しそうだ。

「いただきます!」

 元気良く挨拶をして、コーラルがおにぎりにかぶりつく。

「うーん、美味しい! サフィさん、これ美味しいですよ!」

「えっ! な、なんでわかったの? それを握ったのは私だって⋯⋯!」

「それは、なんか、サフィさんっぽい感じがしたので!」

「わかります。サフィさんのおにぎりって、サフィさんみたいに健気で可愛いですよね!」

「か、かわいいっ!?」

 サフィの顔が赤く染まる。ショウからすれば、サフィはデカさのわりに役立たずな存在であってもおかしくないのに。

 そんな風に言われるなんて、なんだか気恥ずかしい。

 照れ隠しをするように、サフィはショウのおにぎりを手に取って言った。

「それを言うなら、ショウくんの握ったおにぎりだって、可愛いわよ。ちいさくて、一生懸命で⋯⋯」

「ふふ。ありがとうございます。たくさん食べてくださいね!」

 ショウが明るく笑いながら、小さな両手でサフィの握ったおにぎりを抱える。

 リスが木の実を齧るみたいで、愛嬌がある。この顔で政府から縁談の圧力が掛かってるって本当?

 サフィは、ふと、自分がショウとの結婚を拒み続けたらどうなるのかを考えてみた。

 それを条件にして移住を認めてもらったサフィは、町から追い出されてしまうか、もしくは別の魔族との縁談を組まれることになるだろう。

 この町の最終目標である「人間の戻し交配」は、魔界の魔力問題に関わる重大な案件だ。無視して許されるものでは、無い。

 そして、ショウは、人間の祖先になったとも言われている種族。同族はほとんど存在しておらず、魔王軍からすれば絶対に逃がすことできない相手だ。

 ひょっとしたら、洗脳魔法で無理やり言うことを聞かせたり、なんてこともあるかもしれない。悪魔って、何をしてくるかわかんないし。

 サフィは、ショウの今後が心配になった。

 彼のことを考えるのなら、自分がさっさと妻の座に就いてあげたほうが、幸せな結果になるのではないか?

「⋯⋯いやいや。結婚するにしても、私より素敵な魔族と真っ当な恋愛をするのが一番でしょ」

 サフィは自分の考えを自嘲した。

 彼には幸せになって欲しいけど、自分には彼を幸せにしてあげられるだけの何かが無い。

 うじうじとした考えばかりで暗い顔をして、ショウにまた要らぬ心配を掛けるのがオチだ。

 サフィは苦い気持ちを飲み込むように、お茶でおにぎりを流し込んだ。

 目の前で話しているコーラルとショウの姿が、遠くに思える。

「このサラダ、すごく美味しいですね!」

「サフィさんが切ってくれたんです!」

「すごーい! サフィさん、これ、美味しいですよ! ⋯⋯あれ、サフィさん?」

 コーラルの声に、サフィはハッとする。

「ご、ごめんなさい。ボーッとしてて⋯⋯」 

「あらま。食事で血糖値が急上昇して、意識が飛んだとかですか? 念のため、お野菜から食べると良いですよ。今更なアドバイスですけれど」

 コーラルがサラダを指差しながら言う。

 サフィは苦笑いしながら、細切れのキャベツをスプーンで掬った。ドレッシングの爽やかな風味が、心地よく鼻を抜けていく。

「美味しい⋯⋯」

「良かった。それは、青じそで風味をつけてるんです」

 ショウが説明してくれる。

「それも、畑に植えてる野菜?」

「いえ。まだ耕してる途中なので、余裕が出来たら育てようかな、と」

「そう。楽しみね、ショウくんの畑が賑やかになるの」

「そうですね。収穫できたら、ソース以外の料理も作りますよ。他にも美味しい食べ方がいっぱいあるんです」

「その時は、ぜひとも私も呼んでください! 手土産にワインとか持ってくるんで! ぜひ!」

 コーラルがぐっと拳を握ってアピールしてくる。

 サフィは少しムッとしてしまった。ショウくんは、私のために料理してくれるって言ったのに、と嫉妬じみた気持ちが浮かぶ。

 独り占めしたいだなんて、ちょっと卑しいかな、と思いながらも、なんとなく、コーラルが同席するのがサフィは嫌だった。

 もしかしたら、これは恋が芽生えてきたせいだったのかもしれないと、サフィ自身はまだ気づかない。

「サフィさん。ごはん、足りてますか? おかわりがいるなら、取りますよ」

「それじゃあ、おにぎりをもうひとつ、もらえる?」

 サフィは取り皿をショウに渡しながら頼んだ。

 ショウは笑顔でおにぎりを取り分け、わざわざ立ち上がってその皿を机に置いてくれた。

「はい。どうぞ」

「ありがとう、ショウくん。ショウくんは、お茶のおかわりとか、大丈夫?」

「サフィさんが注いでくださるんですか? それじゃあ、お願いしちゃおうかな」

 ショウが少し照れくさそうに、はにかむ。

 サフィは上半身を屈めて急須を掴み、湯呑みにそっとお茶を注いだ。

 お返しとしてはささやかなものだが、何もしないよりはいい。

「ありがとうございます、サフィさん」

 ショウが嬉しそうにお礼を言う。

 純粋な感謝に、ほわほわとサフィの胸があたたかくなった。

「どういたしまして、ショウくん」

 気づけば、サフィも自然と嬉しそうな顔で笑みを返していた。

 とても心地のいい空気。穏やかで、あたたかな状態。

 しかし、それをコーラルの叫び声が打ち破った。

「わーっ! お茶っ、お茶、溢しちゃったー!」

 ガタン!と湯呑みが倒れる音がして、座卓の上に緑茶が広がる。

 おにぎりのおかわりを取ろうとした際に、肘をぶつけてしまったらしい。

 ショウが慌てて立ち上がり、「タオルを取ってきます!」と外に走っていった。

 お茶は机の端から下へと溢れ落ち、コーラルのズボンを濡らしている。

 コーラルは自分の鞄を引き寄せて、ハンカチで濡れた畳を拭き始めた。

「うう、最悪ぅー! せっかくの美味しいお茶がもったいないー!」

「こんな時でも、食欲なのね⋯⋯。大丈夫? 火傷とかしてない?」

「冷めてたので大丈夫です⋯⋯」

「タオルを持ってきました!」

 ショウが木製の桶とタオルを抱えて戻ってくる。

 三人は協力して机と床を拭き始めた。

「すみません、ごはんの途中だったのに⋯⋯」

「気にしないでください。ほとんど食べ終わってましたし⋯⋯。それより、コーラルさん、お風呂とか入っていきますか? 汚れた服もお洗濯しないと⋯⋯」

「えっ、優しい⋯⋯! それじゃ、お願いしてもいいですか?」

「あなた、本当に図太い性格してるわね⋯⋯」

 サフィに鋭くツッコまれても、コーラルは気にせずに笑う。

「どうせなら、サフィさんも一緒に入りましょう! 昨日は怪我して寝てたから、お風呂に入れてないでしょう? 衛生は大事ですよ、衛生は!」

「え? いや、私は⋯⋯、着替えとか無いし⋯⋯」

「大丈夫ですよ。旅人さん用のを貸し出しますね。案内しますので、ついてきてください」

 ショウが木桶を持って立ち上がる。

 いいのかなぁ、と思いながらも、サフィは彼の後を追った。

 ショウは社務所から外に出て、拝殿の脇を真っ直ぐ進む。その先にある農業倉庫の隣にあるのが、旅人のための宿泊施設だ。

「精霊様。お湯張りのお手伝いをお願いします」

 ショウが精霊術を使って、浴槽に温かな湯を満たす。

 木製の湯船は広めに作られており、サフィが尻尾を伸ばしても十分にくつろげそうだった。

 ⋯⋯ただし、水深は浅いので、肩まで浸かるのは難しそうだが。

「それじゃあ、ごゆっくりどうぞ。洗濯する服は、こっちの籠に入れておいてください」

 ショウがテキパキとタオルと旅人の着替えを渡し、あっと言う間に脱衣所を出た。

「それじゃ、サフィさん、入りましょうか!」

 コーラルが陽気に服を脱ぐ。お茶で汚れたズボンだけ、入口近くの籠に入れて、それ以外は着替えの下に畳んで隠す。

 サフィも人型の上半身に纏っていた服を脱ぎ、浴室へと移動した。

 桶でお湯を汲み、ボサボサに痛んでいる髪を濡らす。

 備えつけの石鹸は、優しい花の香りがしていた。これもショウが錬金術で作ったものなのだろうか?

 サフィの心が安らぐ香りだ。

「あー、極楽ぅー!」

 素早く自分の体を洗い終えたコーラルが、一足先に湯船に浸かる。

 サフィも泡を洗い流して、湯船に足を入れてみた。

「⋯⋯気持ちいい⋯⋯」

 精霊術の恩恵なのか、体の疲れが抜けていくような感覚がある。

「ショウくんって、やっぱり凄いな⋯⋯」

「わかります⋯⋯。ここに住めるサフィさんは幸せですよ⋯⋯」

「私もそう思うわ。でも⋯⋯、それって、ショウくんにとっては、幸せなことなのかしら⋯⋯」

 ポツリと溢した呟きに、コーラルがくすくすと笑う。

「そんなの、幸せに決まってますよ。ショウさんみたいなタイプの不幸って、一人ぼっちでいることですもん。サフィさんと一緒なら、ショウさんはずっと幸せですよ」

「⋯⋯それって別に、側にいるのは、私じゃなくても良いわよね」

「サフィさんは真剣に、ショウさんの幸せを考えていらっしゃるんですね。でもそれ、ちょっと疑い過ぎだと思いますよ。良い感じのアドバイスをしたのに、でもでもだって!って食い下がられたら私のテンションはどうなるんですか」

 コーラルが何故か唇を尖らせる。

 まるで、ショウだけではなく、こちらのことも大切にしろと言うかのようだ。

「はあ。あなたって、本当に図太いわね⋯⋯」 

「私の言葉を聞いてるようで聞いてないサフィさんが悪いんですー! 喋ってるのに結局、一人で悩んじゃって、もー!」

 コーラルがばしゃばしゃとお湯をかけてくる。ショウとは違ったタイプの子供っぽさだ。

 サフィは溜息を吐いて、仕方なさそうに言ったの。

「わかった、わかったわよ。私に何を求めているの?」

「コーラルちゃん凄い! 素敵! 天才! って褒めてください。アドバイスした時とか特に」

「⋯⋯ごめんね。私、嘘はあまり吐きたくないの」

「がーん!」

 コーラルが大袈裟に頭を抱える。

 裏表の無いその表情に、サフィは思わず笑ってしまった。

 悩みが頭の隅っこに追いやられ、代わりに楽しさが湧いてくる。

 サフィの肩に掛かっていた力がふっと抜けて軽くなった。

 ショウにも言われたが、少し真面目に考えすぎているのだろう。

 悩みごとから目をそらし、サフィはお湯のあたたかさにじっくりと浸かってみることにした。 



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