【4話】これもお仕事やからね?
「それじゃあ、サフィさん。ここに倒れてる原木を刻んで貰えますか?」
ショウは畑の端っこにある木々を指差した。
地面から引っこ抜くだけだったら、精霊術で簡単に出来るが、薪の大きさにまで刻むのは魔法の制御が難しい。
「だいたい、このくらいに大きさにしてくださると使いやすいので、お願いします」
ショウは見本になる薪をサフィに渡した。
「⋯⋯ショウくん。ここに積んである木、黒鋼樹よね? 鉄みたいに硬いって言われてる木のはずだけど⋯⋯薪として使えるの?」
「はい、使えますよ。錬金術でこう、良い感じに燃えやすくするので。気にせずにスパスパ切っちゃってください!」
「ショウくんって凄いのね。魔法、いろいろ使えちゃうんだ」
「生活に役立つものだけですよ。あんまり複雑なのは、よくわかんないですし」
「それでも、凄いわ。私とは、本当に、大違い⋯⋯」
サフィが自虐的に呟く。
ショウがフォローの言葉を言うより早く、彼女は話題を切り替えた。
「私が薪割りをしている間、ショウくんは畑の手入れをするの?」
「あ⋯⋯。いえ、僕は⋯⋯」
ショウは、言い損なってしまった言葉を呑み込む。
彼女は、踏み込んで欲しくないのかな。ツラい想いとか、あんまりして欲しくないんだけど⋯⋯。
ショウは迷いながらも、サフィからの質問に答えた。
「僕は、そこの木を抜いて、サフィさん用に家具を作ろうと思います」
「えっ。⋯⋯いいの?」
「もちろんです。サフィさんって、謙虚ですよね」
「それは、その⋯⋯。こういう風に、世話を焼いて貰えることって、そんなには無かったから⋯⋯」
サフィが気まずそうに俯く。
なんとなく、家出をしてきたっぽく見えるし、あんまり幸せな生活はしてなかったんだろうな⋯⋯とショウは思った。
これまで苦労してきたのなら、神社では幸せを感じて欲しい。
彼女が過去を忘れてしまうくらいに、素敵な生活をさせてあげたい。
ショウはグッと拳を握り締め、やる気に満ちた目でサフィを見上げた。
「立派な机を作りますね! 他にも何か、欲しいものが思いついたら言ってください!」
「ありがとう⋯⋯。私も、薪割り頑張るわ」
サフィがほんのりと頬を染め、ショウのガッツポーズを真似る。
わ、可愛い。ショウは、ちょっぴりドキドキしながら、はにかんだ。
「それじゃ、頑張ってください、サフィさん」
「うん。また後でね、ショウくん」
サフィが薪を大事そうに抱えて、原木の山のほうへと向かう。
ショウは適当な森の木に近づいた。
「精霊様。お力添えを願います──」
精霊術で土を操って、木を倒す。
慎重に威力を調整しながら、風の刃で幹を切り、丸太を割って板と柱に加工する。
「うっ⋯⋯。やっぱり、細かい作業は苦手だなぁ⋯⋯」
出来なくはないが、かなりしんどい。自分が使う物ならば妥協して雑にも作れるが、今回のこれはサフィのためだ。手は抜けない。
ショウは彼女が喜ぶ未来を思い描きながら、なんとか丸太を切り終えた。
錬金術で小枝から釘を作り出し、精霊様たちの力を借りながらトンテンカンと組み上げていけば、おおよその形は完成だ。
うっかりぶつかってしまっても怪我をすることが無いように、ショウは丁寧に木材の角を削って丸くした。
仕上げに保護材を塗って、手触りと強度を向上させる。
「よし、完成!」
ショウは出来上がった机を見つめて、うんうんと満足そうに頷いた。
「おや。立派な家具やねぇ。神社の雰囲気によう合うとって、ええんと違います?」
ショウの背後から、上品な声が聞こえてきた。
立派なツノを生やした竜人が、いつの間にか、ショウの真後ろに立っている。
ショウはびっくりして飛び上がった。
「わあっ! だだだ、誰ですかっ!?」
「ウチの名前? それとも、肩書き? どっちを聞いてはりますの?」
「え? えっと、両方、ですかね⋯⋯?」
「あら。強欲な子ぉやねぇ。やけども、ちゃんと質問には答えたるわ。ウチは魔王軍の開拓部長、ダニエル言うんよ」
竜人が流麗に微笑んでいる。
ショウは首を傾げてしまった。
ダニエルと言ったら、基本的には男の名前だ。しかし、目の前の悪魔はどう見ても女性。
もしかして、竜人の外見は性別に関わらずこうなのだろうか? いやいや、この骨格はさすがに女性に寄りすぎている。
ショウの頭がぐるぐると考え込んでいると、ダニエルがくすくすと笑い始めた。
「なんや、混乱してはるなぁ。女体化の呪いを掛けられた男を見るんは初めてかえ?」
「えっ、呪い!? ああ、それで、そんな姿を⋯⋯」
「ウソに決まっとるやろ。なんで信じんねん。ウチはただ、男っぽい名前をつけられただけの女です」
「えええっ! な、なんで、そんな意味も無い嘘を吐いたんですかっ!」
「なんや純朴そうな顔しとるから、騙されるんかなー思ってな。ただの興味本位や」
ダニエルがスッと真顔に戻る。
掴みどころが無い人だ。ショウは少し苦手意識を感じながら、彼女を見つめた。
「さて、ショウはん。あんた、神社で保護した魔族をそのまま住まわせたいって言うてるらしいな?」
「はい。もしかして、ダニエルさんはその件で?」
「せやで。結論から言うと、ウチはサフィっていう女の移住を認めてもいいと思うとる。他の移住者もおらんで、ショウはん、暇しとるやろうからな」
「本当ですかっ? ありがとうございます!」
ショウの心がワッと沸き上がる。
衛生兵のコーラルから、移住には審査が必要だ、と言われたときは不安だったが、これでサフィは神社に住める。
喜びが顔にまで出ているショウに、ダニエルはびしりと指先を突きつけた。
「これは本当に特別な処理やで? そのことは心に刻んどき。他の半魔も住ませたい言うても、ウチは許可なんか出さへんからね?」
「⋯⋯はい。しかと、心に刻んでおきます」
ショウは顔を引き締めて、真面目に答える。
「ほな。形式上の面接と、この町のことを説明するために、ちょっとばかしあの女借りるで?」
「わかりました。座る場所が必要でしたら、神社の建物を使ってください」
「あら。気遣いはちゃんと出来はるのね。そんなら、ちょっとお借りしますわ。ほな、ウチはこれで失礼させていただきます」
ダニエルが上品に微笑んで、ショウの前から去っていく。
彼女はそのまま、薪割り中のサフィに声をかけ、二人で神社のほうへと歩いていった。
「⋯⋯さて。机を社務所まで運ぶか」
ショウは作り終えた机を魔法で持ち上げて、森の道を歩きだす。
「今は儀式の待機スペースを使ってもらってるけれど、本格的に住むのなら、奥の部屋を片付けた方がいいかなぁ」
サフィの入居計画について考えながら、ショウは机を社務所に運んだ。
ダニエルとサフィは、儀式の待機スペースで面接をしているようだ。
ショウは二人の邪魔にならないように、奥の住居部分へと向かう。
自室の隣にある部屋の扉を開けて、ショウはひとつ頷いた。
「サフィさんには、この部屋を使ってもらおうかな」
そこは、かつて先代の管理者が住んでいた部屋だ。ショウの自室よりも広く、サソリの長い尾を伸ばしても大丈夫そうだ。
ショウは窓を開けて、部屋の掃除を開始した。
私物は既に物置の中へと移しているので、埃を払うだけでいい。テキパキと掃除を終わらせて、布団もついでに干しておく。
「寝巻きとか、作っておいたほうが良いかな? 着の身着のままで逃げてきたって感じだったし⋯⋯」
ショウは以前に錬金術で織り上げた布を物置で探してみる。
倉庫の中は薄暗く、微かに埃の匂いがしていた。
ショウは木箱に貼られたラベルを確認しながら、目的の箱を探す。
『師匠』と記された小さな木箱が、一瞬、ショウの視線を奪った。
師匠は、先代の管理者だ。かつての記憶がショウの頭の中に蘇る。
『俺はさ。この世界が、子供にとって幸せな場所だといいなって思ってるんだ』
『子供だけじゃない。後輩とか、跡継ぎとか、そういう〝自分より後の存在〟のためになるようなことがしたいんだ』
⋯⋯彼は、とても、良いエルフだった。
村からは少し外れたところに住んでいる、変なやつだって子供たちは噂してたけど、本当に良いエルフだったのだ。
先祖返りであったが故に、村で孤立しがちだったショウのことを気にかけてくれて。
村が魔獣に襲われた時も、すぐに助けに来てくれた。
あんな風に、誰かの幸せを願える生き方でありたいと、ショウは彼のことを思い出すたびに強く感じる。
「⋯⋯サフィさんの服、早めに作ってあげたいな」
ショウは目的の木箱を開けて、布を二巻きほど取り出す。
倉庫から出ると、ちょうどダニエルが玄関のほうへと向かうのとかち合った。
「あら、ショウはん。こちらに戻ってらしたんですね」
「はい。ダニエルさんは、お帰りですか?」
「察しが良うて素敵ですねぇ。移住の書類も書いてもろうたさかい、ウチはこれで失礼します」
「え、早い。ありがとうございます、ダニエルさん!」
ショウは笑顔でお礼を言った。
サフィは無事に、新しい住民として認められたようだ。
「ほな、また何か事件が起きたら、開拓本部にご連絡くださいな」
「わかりました。わざわざ来てくださって、ありがとうございます」
「⋯⋯ところで、その。外の看板に、宿願成就がどうのって書いてはるのは⋯⋯」
ダニエルが社務所のほうを指差す。
「ああ。おまもりのことですね。この神社では、参拝者の皆さんに、精霊様の力を込めてある御札をお渡ししてるんです」
「効果はありますの?」
「わかりません。僕が神社を引き継いでから、おまもりを必要としていた人には会ってませんから⋯⋯」
苦笑いを浮かべたショウに、ダニエルは楽しげな笑みを浮かべる。
いや、これは、見下しているのか? ショウは少し気まずくなった。彼女の気分を害してしまって、胸が痛い。
ダニエルは瞳を細めながら、からかうように言葉を紡ぐ。
「なんや、あんた、自信の無いモンを人に売ってはるん?」
「もしも効果が無かったら、皆さんをガッカリさせちゃいますから。適当なことは言えませんよ」
「保身やね。まあ、別に、それでもええわ。そのおまもりとやら、ひとつウチに包んでくれへん?」
「は、はいっ。わかりました! こちらへどうぞ!」
ショウはパタパタと社務所へ向かう。
棚から木箱を取り出して、ダニエルを振り返る。
ショウは箱の蓋を開け、おまもりの外袋を見せた。
てのひらサイズの小さな袋だ。色は全部で五色だが、錬金術で多少の調整は出来る。
ダニエルは興味深そうに箱に並んだおまもりを見た。
「あら。思うてたよりは、かわいらしいやないの」
「祈願の内容は、何にしましょう? 商売繁盛とか、交通安全とか、いろいろありますよ」
「せやったら、この良縁祈願いうやつにしときましょ。人なんてマトモに来ぉへん未開拓地域に住んどるさかい、効果が無くても気にせずに済むわ」
「⋯⋯わかりました。それでは、加護を込めさせていただきます」
ショウは筆と墨を用意して、御札に文字を書き始める。
ダニエルさんが、今よりもっと幸せになりますように──。
祈りを込めて、精霊様に加護を願う。
いいよ、と答えるかのように、御札の文字が穏やかに赤い光を数度放った。
明滅する御札の光に、ダニエルが少しだけ驚いていた。
「あら。まさか、本当に効果がありそう⋯⋯?」
呟きの真意は喜びか、それとも別の感情なのかは、わからない。
作業に没頭しているショウには、そもそもその声が聞こえてなかった。
ショウは完成した御札をちいさく畳んで、袋に入れる。
「はい、出来ましたよ、ダニエルさん」
「おおきに。ここの初穂料いうのが代金で合うとる?」
「はい。おまもり作り一回につき、5魔貨ほどのお供え物を頂けると⋯⋯」
「婉曲な言い方やねぇ。まるで教団の神官連中みたいやわ」
ダニエルが収納魔法を使って、財布を虚空から取り出す。
膝の上に乗せていたショウの手が彼女に引っ張られ、五枚の硬貨が握らされた。
「ほな、ウチはこれで本当に失礼させてもらいます」
「はい。サフィさんのこと、ありがとうございました」
「ええよ。これも仕事やからね」
ダニエルが上品な足取りで、神社を立ち去っていく。
わざわざ敷地の外に出てから飛び始める律儀さに、ショウは「最後まで上品な方だったな」と思った。
「そういえば、サフィさんはどうしたんだろう? 薪割りに戻ってるのかな?」
ショウは、サフィがダニエルと話すのに使っていた待機室を覗いてみた。
「どうしよう⋯⋯。まさか、この町が、こんなハレンチな町だったなんて⋯⋯! ショウくんに、そんな、そんな⋯⋯っ!」
サフィは部屋の真ん中で、何かをぶつぶつと呟いている。
難しい話になってしまって頭の整理が追いついていないのだろうか?
ショウは自分が移住手続きの書類を書いた時のことを思い出した。
知らない単語が山のように並んだ書類は、どこをとっても、ちんぷんかんぷんだったのをよく覚えている。
魔王様からの言葉なんだし、理解しないまま了承しても大丈夫ですよ、とショウの書類作りを手伝ってくれた悪魔は言ってくれたが、ダニエルはそうでは無かったらしい。
ショウはサフィの側に寄り、彼女に声を掛けてみた。
「サフィさん」
「ひゃいっ!? わわわ、ショウくんっ!? ななな、なにっ?」
「大丈夫ですか? お疲れのようですし、お茶でも淹れましょうか」
「えっ、いや、そんな、おかまいなく⋯⋯っ!」
わたわたと焦ったような顔でサフィがぶんぶんと人型の手を振る。ハサミも一緒に揺れていて、なんだかユーモラスな動きだ。
よっぽど頭を使ったのか、彼女の頬も妙に赤い。
それがこの町の真実を──ショウがお見合いと子供作りのために集められているという話を──知ったせいであるとは、ショウにはまるでわかってなかった。
サフィの脳裏に、ダニエルからの言葉が浮かぶ。
『極端な言い方をしますとね、あんたさんがショウはんの子供を産む気が無いなら、引っ越しは認められません』
⋯⋯そんなことを言われて、何も意識するなと言うほうがサフィには難しい。
ショウのことは、優しくて良い人だなぁ、とは思っているが⋯⋯。
こんな子供みたいな見た目の相手と、結婚して子供を作る? それって、なんか、犯罪的な感じがしない?
サフィとて、生まれつき小柄な体型の成人に、結婚の資格は無いだなんて差別的なことを言うつもりは無い。
無いのだが、そういう性的な触れ合いもする関係になれるかと言うと、今はまだ少し難しいんじゃないかと思うような気がする。
「⋯⋯追い出された困るから、ダニエルさんには、出来るって言っちゃったけど⋯⋯。私、恋愛の経験なんて無いし⋯⋯。アプローチなんて、恥ずかしいし⋯⋯」
奥手な性格が前に出て、サフィは顔を両手で覆って小さく呻く。
ショウは不思議そうな顔で、サフィのことを見上げていた。
「えっと⋯⋯。その、頭を使ったでしょうから、少し早いですけど、お昼ごはんにしましょうか」
「そ、そうデス、ね⋯⋯! ごはん、作るの、手伝いマス⋯⋯!」
「良いんですか? ありがとうございます!」
「はひゃっ! うう、笑顔が可愛い⋯⋯! こんな可愛い子に、そんな、そんな⋯⋯!」
サフィは胸に苦いものを感じながら、厨房に向かうショウを追う。
実は、単純な生存年数においては、ショウのほうが100歳以上も年上であることを、サフィは未だ知るよしも無い。




