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【2話】指定管理区とは


「よし、今日の作業はここまで!」

 建築隊長の号令に、隊員たちがぞろぞろと現場から引き上げる準備を始める。

 道具を片付けて、魔王軍の駐屯基地へと戻った後は、自由時間だ。

 新築の基地にある食堂や、共用の風呂場に悪魔が溢れる。誰もが女性の兵士ばかりで、軍隊としてはどこか異質さのある光景。

 ミモザは大浴場の湯船に肩を沈めながら、ふう、とリラックスした息を吐く。

「隊長。神社の半魔に会ったって言ってましたけど、どんな感じの魔族でしたか?」

 同じ湯に使っていた悪魔たちが、興味深そうに問いかけてくる。

 噂話(ゴシップ)は魔王軍の内部でも人気の娯楽だ。

 ミモザはショウの顔を思い出しながら、答えた。

「想像しているよりも、ずっと若かったよ。背もこんなに小さくて、子供みたいな見た目をしてた」

「えーっ! すっごく可愛いってこと?」

「いいなぁ、可愛い男の子。オフの日にナンパしちゃいたーい」

「それはダメよ。だってこの町の移住者って、半魔の交配実験のために選ばれたんだから」

 一般隊員たちが楽しげに笑いながら言う。

 魔王様が、この地に半人半魔の種族を集めた町を作りたい、と言い出したのは、絶滅してしまった人間族を再び誕生させるためだ。

 人間の遺伝子を持つ種族同士を掛け合わせ、先祖返りを起こさせる。

 そのためのお見合い会場として、この町は作られる予定だった。

「神社に住んでる男の子、種族は何だったんですか?」

 部下の一人がミモザに問う。

「エルダーノームの先祖返りだって言ってたよ」

「えっ、すごーい! レア種族じゃん!」

「エルダーノームって、アレよね? 精霊と結婚した娘からはエルフとドワーフが生まれたけれど、天使と結婚した娘からは人間が生まれたってやつ!」

「やばーい! ちゃんと大事にしてあげないとダメな種族だー!」

 きゃあきゃあと悪魔たちが騒ぐ。

 彼女たちの世間話は、全く終わる気配が無い。 

「それにしても、魔王様もよくやるわよね。生まれる子供が確実に半魔同士の子供になるように、この町に入れる悪魔は女性だけってルールにしちゃうだなんて」

「それだけ人間が必要なのよ。勇者の作った大結界のせいで、人間界からこっちに迷い込む人間がいなくなっちゃったし」

「魔力の生産プラントの改善も進んでないって話だものね。魔石採掘で賄ってるけど、それもあと何百年持つか⋯⋯」

「魔王様の政策を批判する連中もいるらしいわよ。悪いのは全部、勇者なのにねぇ⋯⋯」

「お前たち。噂話はそれくらいにして、のぼせない前に上がっちまいな」

 ひそひそと話す兵士たちの言葉を断ち切るように、ミモザはお節介なセリフを投げた。

 仕事終わりのラフな時間に、暗い話など聞きたくは無い。

 ミモザは湯船から上がり、テキパキと体を拭き始める。

 呑気に笑って、野菜の話をしていた神主の顔がミモザの頭に浮かんでくる。

「あんなのんびりしてそうな子に、誰でも良いから半魔の女と子供を作れって命令しなくちゃいけないなんて、夢の無い時代になったもんだねぇ⋯⋯」

 思わず溜め息が出てしまったが、魔界の幸せな未来のためには、そんな汚れ仕事もやらねばならない。

「⋯⋯せめて、エルダーノームの大好きな土いじりをする時間くらいは、ちゃんと確保してやりたいね」

 ミモザは彼の将来を案じながら、食堂へ向かう。

 夕飯は不味いと評判の、干し肉と豆のスープだった。

 皆が同じ物を食べているのだからと、納得させながら、ミモザは味付けの薄いスープを飲み込んでいく。

 次の休暇には、城下町のレストランで美味いステーキでも食べたい。

 そう考えながら食事を終えると、部下の一人が駆け足でミモザのところへとやってきた。

「隊長! 神社からお伝話(でんわ)です!」

 まさかの、噂の本人からの連絡だ。

 何かあったら遠慮せずとは言っておいたが、流石に早すぎる。

 なんとなく嫌な予感を感じながら、ミモザは連絡用の水晶玉が置いてある場所へと向かった。

 水晶があるのは、事務室の中だ。夜勤担当の兵士が水晶玉に話しかけながら、メモを取っている。

 ミモザは部下に「変わったほうがいいか?」とジェスチャーをして無言で聞いた。

「ショウさん。隊長がいらっしゃったので、変わります」

 兵士が水晶玉越しにショウに話しかけ、素早く席を立つ。

 ミモザは水晶玉の前に座って、彼に声を掛けた。

「建築隊長のミモザだ。どうした、何かあったのか?」

 質問しながら、机の上のメモを見る。

『来客』『怪我』『保護』と端的に報告が記されていた。

 水晶玉の向こうから、ショウの声が聞こえてくる。

「ミモザさん! あの、その、僕の神社に、魔族が来てて⋯⋯!」

 通信魔法で映し出されているショウの表情は、青ざめていて不安そうだ。

「怪我をしてて、手当てはしてみたんですけれど、どうしたらいいのか、わからなくって⋯⋯!」

「そうか。それは心配だな」

 この近辺に、魔族が住んでいるという報告は受けていない。怪我をしているとなると、魔獣に追われて迷い込んだか?

 ショウ自身も引っ越しの直後で、環境の変化によるストレスがあるだろうに、トラブルが舞い込むとは心配だ。

「これから医者を連れてそちらへ向かう。すぐに行くから、もう少しだけ待っていてくれ」

 ミモザは声色を優しく和らげて、彼のことを励ますように言ってやった。

「は、はい⋯⋯! どうか、お願いします⋯⋯!」

 ショウは伝話(でんわ)越しに頭を下げる。

 ミモザは頷きを返し、部下に椅子を返す。

 そのまま足早に衛生兵の元へ赴き、手を引っつかんで、即座に神社へ出発した。

 バサバサと翼をはためかせながら、医療担当の兵士が泣き言を零す。

「うう⋯⋯。晩御飯、食べてたところだったのにぃ⋯⋯!」

「飯なんて数時間遅れても問題無いだろう。それより、負傷した魔族が現れたそうだ。魔獣被害なら対策を考えねばならん」

「あの神社って、魔獣は近寄れないんでしょう? 別に放置でも良いんじゃないですか?」

「神主が森の開拓をしているからな。もしも巣穴が近くにあるなら、掃討はしておいたほうがいい」

「⋯⋯隊長。随分と神主さんに肩入れしてますね? 今回だって、私だけ送り込んでおけばいいのに、わざわざ一緒に来ちゃって」

 衛生兵がじーっとミモザのほうを見る。

 ミモザは少し照れくさそうに、理由を答えた。

「あの子は、なんか、放っておけないんだよ。弟分の小さかった時のことを思い出すって言うかさァ」

「可愛いってことですか?」

「うん、まあ、そうだね」

「ひょっとして、一目惚れですか?」

「そんなわけあるかい! アタシは既婚者だよ! ほら、無駄口はこのくらいにして、早く神社に向かうよ!」

 ミモザは咳払いをして、速度を上げた。

「わわわっ! 待ってくださーい!」

 衛生兵が、慌ててミモザを追いかける。

 辿り着いた神社は暗く、住居として使われている小さな建物にだけ明かりが灯っていた。

 ミモザはショウの家の前に降り立ち、大声を出す。

「ショウ! 来たよ!」

 バタバタと中から走る音がして、ショウが外に飛び出してきた。

「ミモザさん!」

 今にも泣き出しそうな顔だ。ミモザは思わず、彼の頭を撫でてしまった。

「もう大丈夫だ。さあ、その怪我人のところに私達を案内しとくれ」

「は、はい⋯⋯。こちらです⋯⋯」

 ショウが家の中へとミモザと衛生兵を招く。

 彼の家の玄関は、靴を脱いでから上がる作りになっていた。

 ミモザたちは素早くブーツを脱いで、板張りの廊下へと進む。

 案内された部屋には、敷き布団と掛け布団が横にくっつけた状態で敷かれていた。

 怪我人の大きな体を寝かせるための苦肉の策だ。

 横になっている魔族を見て、ミモザは思わず息を呑んだ。

「こいつは半人半蠍(デミ・ストーカー)じゃないか!」

 半人半蠍は、巨大なサソリの頭部から人間の上半身が生えているような姿の半魔族だ。

 性別は女性。長い黒髪は全く手入れがされておらずボサボサだ。

 身に纏う衣服も、脱皮した時のサソリの甲殻を蔓草で適当に繋いで作られた物。

 貝殻の水着と同じくらいの面積と防御力である。どう見ても都市部の住民ではない。

 ミモザは衛生兵に目配せし、密かに自分の手首を二回叩いた。手当てはするが、回復した後の奇襲には気をつけろ、の合図。

「すぐに容態を確認します」

 衛生兵がサソリ娘の側に膝をつき、診察に入った。

 サソリ娘は、本来であれば柱や机に人間の状態を寄っ掛からせて睡眠を取る。

 しかし、弱りきっている彼女は体を横向きに倒し、枕に頭を乗せていた。力無く投げ出されている足は、一番後ろの一本が千切れて欠けている。

 傷口には包帯が巻かれ、患者は穏やかな寝息を立てて眠っていた。

「この包帯は、ショウがやったのか?」

「はい⋯⋯。凄く痛そうだったので、回復のポーションをかけて、包帯を巻きました」

「魔法で確かめてみたところ、足の傷は完全に塞がってますね。痛みに苦しんでいる様子も無いですし、このまま経過を観察しましょう」

 衛生兵の言葉に、ショウが心配そうに問う。

「えっと、大丈夫なんですか? 彼女を見つけた時には、体に切り傷がいっぱいついてて⋯⋯。呼吸も苦しそうだったんですけど⋯⋯」

「えっ。そうなんですか? でも、外傷は本当に、足の傷くらいしか見当たりませんよ? それも傷跡と呼べるくらいに治癒してますし⋯⋯」

 衛生兵が不思議そうな顔をする。

 診察結果は、極度の疲労による体力の喪失、くらいしか問題点として上がらない。

 ミモザは、まさかと思いながらショウに問いかけた。

「⋯⋯ショウ。彼女に使ったポーションというのは、まだ残っているか?」

「はい。容態が急変しても良いように、ここに予備を置いています」

 部屋の隅に追いやられていたローテーブルから、ショウがポーションの瓶を拾う。

 差し出されたその薬品を見て、衛生兵は声を上げた。

「えっ、何これ! 品質がありえないくらいに良い! なんですかこれ、誰が錬成されたんですか!」

「えっと、僕、です⋯⋯。前に住んでたところで、薬草を育てて⋯⋯。もしもの時のために、錬金術で⋯⋯」

「⋯⋯やはりか」

 ミモザは呟いた。

 古代魔族(エルダーノーム)が作った野菜は、味や栄養、魔力の含有率が一般的な物よりも優れている。

 当然、彼らの作った薬草も、高品質で効能が高い。

「ショウさん。こっちの畑でも、是非とも薬草を作ってください⋯⋯! これだけ優れたポーションがあれば、衛生兵の仕事が減らせる⋯⋯!」

「コーラル。お前、エルダーノームの薬草をタダの薬草と同じ価格で買おうとしてるな? ダメだぞ、そういうの」

「えっと、僕は構いませんよ。畑仕事は好きだからやってるだけですし⋯⋯。皆が苦しむところを見なくて済むのなら、そっちのほうが幸せですし⋯⋯」

 ショウがちらりとサソリ娘のほうを見る。

 優しい男だ。それゆえに、ミモザは彼が悪質な詐欺師に騙されてしまわないかと心配になる。

 ミモザの弟分も、悪魔にしては優しい男で、周りのためにと働き過ぎて体を壊した。

「ショウ。それだと、アタシたちが貰ってばかりになってしまう。だから、薬草を作るにしても、ビジネスだという意識を持ってくれると嬉しいよ」

「えー! 良い薬草があれば、看病の期間も短くて済むのにー! 隊長は医者と患者の幸せはどうでもいいって言うんですかぁー!」

「そんなことは言ってないだろ。患者の幸せを願うなら、ヒステリックに喚き立てるのも止めな」

 ミモザは衛生兵の頭に軽くチョップを落とす。

 皆が幸せになるには、皆がそれぞれ少しずつ我慢して譲るのも大切だろう、とミモザは考えている。

 自分が弟分からの好意を受け取り過ぎなければ、彼はもっと良い形での幸せを掴めたのかもしれない、と思うと、他者に頼るのは気が引けた。

「とにかく。薬草の話は、本当に余裕が出来てからで良い。くれぐれも無理はしないように」

「は、はい⋯⋯。よくわかんないんですけど、ミモザさんは、僕を心配してくれてるんですよね。ありがとうございます、ミモザさん」

 ショウが子供っぽい顔ではにかむ。

 彼が伝話(でんわ)をかけてきた時は蒼白な顔面をしていたが、だいぶ落ち着いてきたようだ。

 彼はもう一度、サソリ娘のほうを見て、衛生兵に話し掛けた。

「彼女の看病、少し任せてしまってもいいですか? お二人にお茶を淹れたくて⋯⋯」

「構いませ──あ」

 ぐうう、と衛生兵の腹が鳴る。衛生兵は顔を赤くして言った。

「すみません。晩御飯を食べずに来たもので⋯⋯」

「あら。それじゃあ、何か食べられる物も用意しますね。隊長さんもいかがですか?」

「いや。アタシは食べて来てるから、いらないよ」

「そうですか。では、お茶だけお淹れしますね」

「お前さんはちゃんと夕飯を食べたのかい?」

「はい。ちゃんと食べてますよ。お気遣いありがとうございます」

 ショウが穏やかに微笑む。

 彼が部屋から出ていくと、衛生兵がミモザに小声で話し掛けてきた。

「ショウくん、凄くイイコですね」

「そうだね。甘過ぎて、少し心配になるけど」

 ミモザはサソリ娘を見やる。まだ目を覚ます気配は無い。

「そいつの怪我の様子はどうだい?」

「足の怪我は、風魔法による切断ですね。鳥か、イタチか、その辺りだと思います」

「密猟者の可能性は?」

「メリットに対して、リスクが高過ぎませんかね? この森が魔王様の指定管理区であることは、この近辺では周知の事実のはずですよ」

「⋯⋯それも、そうだね。念のため、指名手配犯じゃないかの確認だけしておこう。魔力波形を記録しとくれ」

「はいはい」

 衛生兵がプレート状の魔道具を二枚取り出して、患者の魔力を記録する。片方はカルテ用だ。

 衛生兵はもう片方のプレートを隊長に手渡した。

「お茶を飲んだら、すぐに本部へ戻られますか?」

「ああ。もし犯罪者だったなら、魔王軍としてショウの安全を確保してやんなきゃならないからね」

「⋯⋯安全な一般人だったなら?」

「その時は、元の住処(すみか)へ返すだけさ。森にいた事情はあるんだろうけど、そこまでは構ってやれないからね」

 ミモザも魔王軍の兵士である以上、最優先にするべきなのは、人間再誕計画だ。

 移住者として声が掛かっていたショウと、どこの馬の骨とも知れない魔族では、割けるリソースは変わってくる。

 心苦しいが、仕方ないことだ。両者への庇護が行えるほど、ミモザの力は大きくは無い。

 暗い雰囲気になってしまったところで、ショウが部屋の引き戸を開けた。

「お待たせしました。お茶とおせんべいです!」

 ショウが運んできたお盆には、湯呑みが二つと皿がひとつ乗っかっている。

 温かな湯気を昇らせるお茶に、ミモザの表情が和らいだ。

「ありがとう、ショウ」

「わあ、美味しそう! いただきまーす!」

 衛生兵が湯呑みとせんべいを両手に持って食べ始める。

 少し行儀が悪く見えるが、医者というのは、いつでも急患に備えるために、色々な物を犠牲にしがちな職業だ。

 ミモザは衛生兵の仕草からそっと目を逸らして、ショウの持ってきたお茶を飲んだ。

 ほっとする香りと温かさ、上品な甘味が口の中を潤していく。

「ほう。これは、とても良いお茶だねぇ。もしかしてショウが育てたのかい?」

「はい。でも、収穫や乾燥は、精霊様たちにもたくさん手伝ってもらってて⋯⋯」

「こっちのお焼きも美味しいです! 隊長も食べてみてくださいよ!」

 衛生兵がせんべいを割って、ミモザに差し出す。

 一口分の破片をミモザも口に入れてみた。

「おっ。美味いねぇ! この味は豆か。塩味が聞いてて、お茶との相性も良いねぇ!」

「ありがとうございます。このおせんべいは、茹でた魔界豆を僕が潰して、精霊様の力で焼き上げた物なんですよ」

「ショウさんって、結構いろいろ作ってるんですねー! お豆にお茶に、薬草も⋯⋯」

「自分で使う分だけですよ。前に住んでいた場所は、近くに町がありませんでしたから」

 おかわりが必要でしたら言ってください、とショウはにこにこしながら伝えた。

 ゆっくりとしていきたいが、ミモザには仕事が残っている。

 ミモザはお茶を飲み干して、湯呑みをお盆の上に返した。

「怪我人の容態も安定しているようだし、アタシはこの辺で失礼するよ。何かあったら、また伝話(でんわ)しとくれ」

「はい。こんな時間に、わざわざありがとうございました」

「それじゃあ、後はよろしくね、コーラル」

「了解です、隊長!」

 衛生兵がせんべいを持ったまま敬礼する。

 ミモザは苦笑しながら部屋を出て、玄関へと向かった。

 見送りにショウが着いてくる。

「お気をつけて」

「このくらいの暗闇、どうってことないさ。お前さんも、看病はアイツに任せてちゃんと寝るんだよ」

「はい。ありがとうございます、ミモザさん」

 ミモザは頷いて、空に飛び立った。

 振り返ってみると、ショウが軒先から控えめに手を振っているのが目に入る。

「⋯⋯あのサソリ娘が嫌なやつだったら、やっぱり傷ついちまうのかねぇ⋯⋯」

 ミモザは飛びながら、ポツリと呟く。

 弟分と同じで、とても優しいあの子が、どうか傷つかない未来でありますように。

 ミモザはそう祈りながら、サソリ娘の魔力を記録したプレートを握り締めていた。



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