呪
三題噺もどき―ろっぴゃくななじゅう。
ベランダに出ると、まだ青い空が広がっていた。
山裾の方は、少々赤くはなっているが……それでもまだ青い。
「……」
昨年もこんな風に青かっただろうかと疑いたくなるほどに、最近は陽が沈むのがどうにも遅く感じる。あと一時間程したらあっという間に暗くはなるのだけど、そのスピードがやけに速く感じる。この星が回るスピードなんて、地球儀を回すように早くなったり遅くなったりするわけでもないだろうに。
歳を取れば時間の経過は早く感じるとは言うが、これは少し違うと願いたい。確かに歳は取っているが、人間に合わせればまだ若い方だ……多分。
「……」
口にくわえた煙草の先に、火をつける
立ち上がる煙が、風に吹かれてたちまち消えていく。
日差しの割には冷たい風が吹いている。
「……」
これは、また雨が降るのだろうか。
そういえば、今週の中頃から雨予報が出ていたな……。今夜は散歩に行く余裕があればいいが、今週の頭から少々仕事が立て込んでいて、行けていないのだ。気分転換が出来ないと言うのは、それなりにストレスになる。
「……」
そういうものを、あまり溜め込むとよくないと分かっているが、仕事である以上こなさないといけないし、私の中に自分を優先すると言う心意気はあまりないので、気分転換は後回しになる。
ありがたいことに、後回しにしすぎないように、息抜きをする時間は強制的に取らされるのだけど。
「……」
ふぅ、と小さく息を吐く。
詰め込むことに躊躇はないし、問題もないと思っているのだが、まぁなんにでも限界はあるということだろう。
―どうにも今朝から、あまり芳しくないような感じがしている。
「……」
体調がすぐれないとかではなく。
なんとなく。ただ何となく。
調子が悪いと言う感じだ。
「……」
まぁ、今日の仕事の出来次第では、明日からまた通常どおりになるだろう。
だから今日が踏ん張りどころという感じかな。
そんなに面倒な仕事ではないし、個人的には最適解だとは思っているが、重なるとしんどくはなるよなぁ。
「……」
煙草を指に挟み、口から離す。
先からじわりじわりと消えていき、煙が昇っていく。
初めてこれを口にした時の事なんてもう覚えていないが、こんなに愛用するとは思ってはなかっただろうな。
「……、」
ふと、何かを感じて視線をずらすと、眼下から見上げる者がいた。
ここら辺の学校の制服を着ている、肩にはラケットのような形をした鞄をかけている。バトミントンという文字が見えるから、その部活をしているのだろう。あぁ、表記は英語だ。部活という証拠になるかは分からないが、あの鞄いついている向日葵の布で作られたキーホルダー他の同じ制服を着ている者がつけているのを見たことがある。
髪は頭の上の方で一つに纏められ、かなり長いのか毛先は肩甲骨のあたりまで流れている。
前髪は丁寧に切りそろえられ、授業でも部活でもきっと視界良好だろう。
「……」
その前髪の下から。
まるで憎い何かを見るように。
真黒な瞳が。
こちらを見上げていた。
「……」
上と下という位置関係もあって、尚更。
恨み百というように見えてしまう。
「……」
はて。
何か恨まれるようなことでもしただろうか。
あの顔に見覚えが全くない。同族にでもいただろうかと思ったが、それこそあてにならない。顔なんて変えようと思えば簡単に変えられるからな。
「……ん、」
そうして、考えながら見やっていると、突然煙草の先がぼう―と燃え、残っていた分もすべて燃えてしまった。
その瞬間に、睨んでいた学生は視線を外し、何事もなかったように歩いて行った。
呪いの類だろうが……なんだいきなり。煙草は高いんだぞ。
「……」
訳も分からぬままに、恨まれ呪われる事なんて慣れてはいるが。
しかしあれは何だったのか……また通れば分かるかもしれないが。来るかどうか。
何せ今日初めて見たはずだ……多分な。すべてを覚えているわけではないから。
他の同族よりはマシだが、どうやったって人間は同じに見えることはあるのだ。
「……」
もしや面倒ごとにでも巻き込まれたかな。
仕事が忙しいと言うのに勘弁してほしいものだ。
同族の刺客なんかだった方がまだ楽に相手ができる。
ただの人間なら簡単に死んでしまうからなぁ……面倒なことだ。
「ご主人、今のは、」
「……何でもないよ、ただの人間だろう」
「それにしては、」
「それより朝食を食べたい」
「……その前に風呂に入ってください」
お題:地球儀・バトミントン・向日葵