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1 大家恵太④

 そのあとはいつもと同じようにみんなで追いかけっこをしたり、かくれんぼをしたり、それに疲れたら秘密基地で休みながらだらだら話したり、そしてまたふざけ合ったりして遊んだ。もちろんずっと六人で一つのことをしていたわけではなく各々好きなことをしたりもしてゆっくりしていたが、基本的にこの秘密基地から出るなんて奴はいなくて僕らは一緒に過ごしていた。

 ここ一か月、会ってから帰るまで毎日そうやっていた僕らだったが、その日だけはいつもと違うことが一つあった。それはタイムカプセルを埋めたことだ。

 それをやろうと言い出したのは昨日のことだったらしい。らしいというのは僕は昨日体調が悪いと言ってみんなと会っていなくて、あとで康介が伝えに来たからだ。実際に体調が悪かったのは琴音だったが、結局行けなかったということに変わりない。どうしても外出しなければならなかった両親に代わって妹の面倒をみるほかなかった。

 誰が言い出したのかは知らないがすごくいい考えだと思った。もう少し大人になった僕らはどんなふうになっているのだろう。今と変わらずに仲良くしているだろうか。そうだったらいいな。何を入れたらみんなどんな反応をするだろう。懐かしむだろうか。それとも恥ずかしがったりするだろうか。きっと昔話に花を咲かせて思い出に浸るんだ。そんな妄想をしながら何をタイムカプセルに入れるか悩む時間はまるで初めてみんなで遊ぶ約束をしたときに似た高揚感を感じさせて、タイムカプセルを開ける日が早く来てくれないものかと待ち遠しく思った。

 そんなタイムカプセルをてっきりみんな同じ場所に埋めるのかと思っていたが、それぞれ分からないように別々の場所に埋めることになった。倉石村の中ならどんな場所でもいいと言われてかなり悩んだ。どこでもいいんじゃないかなんて探し疲れて思うときもあったが、掘り出すときはみんな一緒に来るのだからどうせならなにか思い出のある場所にしたいと考える自分がそんな適当な自分を許さなかった。

 しばらく村の中を歩き回っているとやはり似たような考えになるのか他の連中とすれ違うことが何度もあった。出会うたびに少し気まずそうに笑い合うと「どうしようか」なんて何の解決にもならない会話を一通りしてまた別れる。それを繰り返していくうちにどんどんすれ違う頻度が減っていってまったく出会わなくなると、とうとう自分が最後まで残ってしまったんだと焦る気持ちとどうせならゆっくり考えようという諦めに似た気持ちが入り混じり、どっと疲れを感じて近くのガードレールに寄り掛かった。

 夏だというのに暑すぎるせいかあまり飛び回る虫を見かけない。長時間灼熱の太陽に熱せられた鉄板は人の肌が触れるには熱すぎて、布越しに触れていてなお数十秒が限界だった。高く広がる天色の天井を突き抜け宇宙にまで届かせるように鳴き続ける蝉の声が響くこの世界は手を伸ばしたところで全然触れない。

 少しでも風を感じれるように腕を振り回しながら田んぼの間を歩いていた僕はようやくしっくりくる場所を思いついた。特に悩みぬいたというわけではなくふとそれがいいんじゃないかとアイデアが降ってきた感じだ。考えてみればこれ以上にいい場所なんてないと思うのにどうして今まで思いつかなかったのだろうと不思議になる。もしかしたら誰かと被るかもしれないと思って無意識に避けていたのかもしれない。僕が選んだのはそういう場所だった。

 秘密基地に戻るとやはり他のみんなは先に戻ってきていて、彰と康介がバドミントンで遊んでいるのを他の三人が眺めていた。

 それからは「どこに埋めたの?」なんて互いに訊き合いながらもはぐらかし合うばかりで、いつの間にかタイムカプセルのことなどとっくに昔の話だったかのように僕らの話題から消えていった。そうやっていつもの楽しい日常に戻っていくとあっという間に僕らが帰る時間になった。

 あれほどかまってほしそうに僕らを見下ろしていた太陽が疲れたように地面に寝そべる頃が僕らの帰るタイミングだった。遊びまくって散らかした秘密基地を一通り片付けてから、乗ってきた自転車をみんなでおしゃべりしながら押して帰る。今日もそうやって余韻に浸りながら解散するはずだった。

 みんなでゆっくり歩きながら山を下りて解散するという際に一つだけいつも気になることがあった。別れ際に僕らは「サヨナラ」と言って家に帰ることだ。「じゃあね」でも「またね」でもなく「サヨナラ」。僕らがその言葉を使うようになった理由としては彰がそうやって言うからだった。最初はみんなも違和感を感じていたと思う。でも慣れていくうちにそれをある種自分たちらしさのようにも感じ始めてむしろ良いと思うようになったみたいだ。康介と香織は以前そんなふうに話していた。

 だけど僕はその言葉に慣れることなんてなくて、ずっと嫌だなあという思いが心の隅っこでじっと残っていた。これといった理由があるわけではなかったが、その言葉を聞くたびに胸の奥でなにかが引っ掛かるような気がして気持ちよく受け入れることが出来なかったのだ。そう感じていたからあのような馬鹿な行動をとってしまったのかもしれない。

 夏休みも今日で最後。明日からはまた小学校に通う日々が始まる。別にこれっきりというわけではなく当然学校でだって会えるし放課後に集まることだってあると思う。それでもやっぱりこの一か月のような濃い時間とは少し違っていて、僕にはそれを負わす心構えがまだできていなかった。それに何よりも、小学生最後の夏休みをもっとみんなと過ごしたかった。

「あのさ……今日で夏休みも終わっちゃうし…もうちょっとだけ遊ばない?」

 田んぼを抜け、立ち並ぶ家々の間を少し横に広がって歩いていた他のみんなに後ろから声をかけた。もう帰る雰囲気だったこともあり、流れに逆らうようなことを言った僕は緊張で鼓動をいつもより大きく感じていたが、それを隠すように笑ってやや冗談めいた態度をとった。

 その言葉に驚いたのかみんな立ち止まって僕を見た。

「いいんじゃない?私もまだまだ遊び足りないと思ってたんだよね」

 そう言ったのは香織でそれに呼応するかのように他の三人も口々に同意する意思を示し始めた。

「まあ、確かに。俺も体力が有り余ってるからな」

「おかしいなあ。コウくん、さっきまで疲れたって何度も言ってたのに?」

「あれはため息みたいなものだ。そういうお前らこそ元気ないんじゃないか?」

「そういうの愚問っていうんだよ。ね?ユイちゃん」

「私たち……シャトルラン六十八回だから」

「コウくんは何回だっけ?」

「六十…九」

「一回しか違わないんだね」

「くっ……!」

 道路わきに寄って楽しそうにじゃれ合っているのを見ると思わず笑いそうになってしまう。とにかくみんなも自分の同じように思ってくれていたみたいで良かった、と安心したのも束の間、戯れ合う集団の奥で彰が一人困ったような表情をしているのが見えた。

「どうしたの?」

 彰の隣に移動して声をかける。彰はどう言えばいいのだろうと言わんばかりに笑うと無言のままだった。

「わかった!これから何をしようか悩んでるんでしょ?」

「いや。そういうわけじゃなくてね」

「じゃあなに?」

 彰は目を瞑って唸ると答えた。

「残念だけど僕は残れない。みんなで楽しんで」

 自転車のハンドルを手から放しそうになった。

 根拠があったわけではないが当然彰も残るものだと思っていた。というか正直他の誰かが帰ってしまっても彰さえいればそれでその場が成立する。言い換えれば彰は僕らが残るうえで必要不可欠なのだ、と勝手に考えていた。

「……なんで?」

「なんでって……帰らなきゃいけないんだよ。知ってるだろ?おじいちゃんが家で待ってるからさ。残りたいって気持ちは分かるし、僕も同じ気持ちだ。でも本当に残念だけど帰らないと」

 自分から訊いておいてこの時の僕はあまり彰の話を聞いていなかった。彰はおじいさんと二人暮らしだというのは知っている。だからいつも日が暮れる時間になると帰ってしまうのだ。そんなことは当然分かっていた。分かっていてなお訊いたのだ。

 失望に似た感情が僕の胸の中を圧迫して気持ちが悪い。それが勝手に期待して裏切られた気分になっている自分勝手な感情だというのも自覚していたし、彰を引き止めるべきではないというのも頭では理解していた。それでも自分の提案を彰が断ったショックだったりこの夏休みへの名残惜しさだったりがそういった理性を押しのけ、僕の感情を溢れさせて混ざって黒く重く感じた。

 感情的になればなるほど、冷静に諭すような彰の口調に苛立ってハンドルを握る手に力が入る。自分の出した勇気を無碍にしてどうしてそんな普段通りでいられるのだろう。

「少しだけ残るっていうのも無理なの?」

 これは僕ができる最大限の譲歩だった。とりあえず残るだけ残って少ししたら帰ってもいいよ。このときにはもっとみんなで一緒にいるということよりも彰が自分の提案に乗るかどうかに執着していた。だから彰が「少しでいいなら」なんて言ってくれていたら僕の気持ちは収まっていたと思う。

「ごめんね」

 彰のその言葉だけで十分だった。

「最後なんだよ?夏休みの。小学生で最後の夏休みの最終日。なんかないの?」

 僕の不機嫌な様子に彰も驚いたように目を見開いていたが、それも一瞬だけでまたすぐにいつもの落ち着いた様子に戻っていった。

「名残惜しいなとは思うよ」

「だったら残ったらいいじゃん。そんなにダメ?」

「ダメとかじゃなくて……仕方ないんだよ」

「仕方ないって何?分からないよ。ちゃんと言わないとさ」

「それは……今度話すよ」

 眉を八の字に曲げて微笑む。

「あと何それ。そうやって落ち着いてるのってさ。今は違くない?」

 僕が熱くなればなるほど彰のその落ち着きが際立って見えて異常に感じた。ここまで普段通りでいられるともはや心を開かれてないんじゃないかとすら思えて余計に腹が立った。

「どうしたの?」

 そのとき綾奈が声をかけてきた。僕らの雰囲気が良くないのが伝わったのか、向こうで盛り上がっていた会話を中断して様子を見に来たようだ。いつの間にか四人は道路沿いに自転車を止めていて身軽な感じで僕らに近づいてきた。

「彰が帰りたいんだって」

 ぞろぞろ集まってきたからか、ほんの少しだけ冷静になることが出来た。それでも、これまでの不満から僕はまるで彰に非があるかようにつっけんどんな返事をした。

「帰っちゃうの?」

 綾奈は誰が見ても分かるくらい肩を落としている。そんな寂しそうに俯く綾奈の頭を彰は優しくなでた。

「うん。みんなは残るんだろ?」

「そうだな。どうするんだ恵太。いったん自転車家においてまた集まるか?」

 康介の質問にため息が出そうになるのを堪える。まだ遊びたいという気持ちはもう言い出した時ほどのモチベーションがなかった。それでも自分の提案に賛同している人がいるんだからその人のためにしっかり考える必要がある。どうあがいても彰は来れないのだから仕方がない。彰のことは切り離して考えよう。

「そうしよう。十字の交差点で待ち合わせでどう?」

「わかった」

 そのあとはさっきまでと同じように和気あいあいとお喋りを続けていた。ただ、まだ自分の感情を飲み込めないということもあって僕はあまり話さなくてみんなの話を聞くことに徹していた。そうしているうちに何度か彰と目があったが、彰が口を開く前に僕は目を逸らして会話することを拒んだ。その時にはしっかり自分の悪かったところも分かっていて謝ろうとは思っていたが、そんなすぐ切り替えられるほど僕は大人じゃない。僕らの中で最初に別れるのは彰だ。彰と帰り道が分かれるところまであと少しのところに来ていたが、僕は話したいけど話したくないという矛盾のせいで一言も口をきかなかった。

 周りが仲良く話している中であまり会話に参加しないというのは居心地が悪い。僕は自然とみんなよりも少し後ろを歩くようになった。さっきまですごく近くに感じたみんなの背中がなぜかすごく遠くに感じる。この気持ちから逃げたいという気分で僕は自然と自転車にまたがっていた。

「どうしたの?自転車に乗ってさ」

 香織が気付いて尋ねてきたが、まさか今のよく分からない自分の気持ちをそのまま言うなんてことは出来ない。そもそも話したところでいまいち分からないだろうし上手く伝えられる自信がない。

「えーっと……ちょっと急用思い出しちゃってさ!先、帰ろうかなって」

「そうなんだ。じゃあ後で集まるっていうのはどうするの?」

「それは行くよ。ただ早く帰らなきゃってだけ」

「そっか。じゃああとでね」

 変な嘘をついたなって思いながら思いっきりペダルを踏みこんだ。みんなの横を通り抜けたとき「どうしたんだ?」なんて声をかけられるからブレーキをかけてみんなより少し先で止まる。いざ説明しようと思って振り返ると、すでに香織が代わりに話していて僕は「そういうこと」と言うしかなかった。  

 その時も僕は彰と目が合った。やっぱりどこか気まずくてすぐに前を向きなおして自転車を走らせた。なにやら後ろで騒いでいるのが聞こえてきていたがそれをも振り切ろうとした。

 彰には明日謝ろう。その考えが頭をよぎったとき僕はあることを忘れていたことに気付いた。そういえば「サヨナラ」って言えてない。もちろんそれが好きではないし、普段であれば言わないでそのまま帰ろうと思っていただろう。でも、今日は言った方がいいような気がした。なんでかというのまで考えたわけではない。ただ、そう思ったから体が動いていた。

 指は自転車にブレーキをかけてキーッという耳障りな音を鳴らした。下り坂になっていたから体が前に投げ出されそうになって浮遊感を感じると次の瞬間には体に衝撃が走る。左足の付け根をサドルにぶつけた痛みに堪えてなんとか無事に自転車を止めれたことにほっとしていると次の瞬間には何かに押し出されるような衝撃を受けて身体が宙に投げ出された。ぐしゃっと砂利の上に落ちる。何が起きたのか確認しようと自転車の方を見ると僕は息をのんだ。

 トラックに弾き飛ばされた彰の小さい身体は向こうの塀に当たると力なく地面に落下した。彰は頭から血を流していてピクリとも動かない。塀を見るとどこに頭をぶつけたのかが一目で分かり、角に血痕が付いている。

 なんで僕じゃなくて彰だったのかが分からない。どうして僕のすぐ後ろに彰がいたのか分からない。これが現実であるかどうかが分からない。今目の前で起きたことを受け入れられなくて何が起きたのか僕の頭は理解することを放棄した。

 地面に胸から叩きつけられて肋骨が折れたかのように痛いのも相まって頭がぼんやりとしている。遠くから僕を呼ぶ声が聞こえてきた。実際に遠かったわけじゃなくて感覚的な話だ。呆然としている視界の端に康介らが自転車に乗って近づいてくるのが見える。それが僕が意識を失う前に見た最後の光景だった。

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