1 大家恵太③
彰は僕らのリーダーだった。と言うのもこうして僕らが遊んでいるのは彰が集めたからだ。今でこそ仲良くしているし学校でもよく話すようになったが、一年半前はこんなに関係が深くなるとは思ってもいなかった。
彰は小学四年生の時にこの倉石村に引っ越してきた。転校してきた当初はクラスメイトも珍しがって色々話しかけたりしていたが、遊びに誘っても早く帰ってしまったりと次第に距離を感じたせいか徐々に彰と話そうという人も減っていった。僕もそういう人間の一人だったと言ってもいい気がする。そういうわけで全然関わっていなかったし、関わろうとも考えなかった。
僕らの通っている倉石小学校は在校生が二百人にも満たない。そのため一学年には一クラスしかなく、クラスメイトは卒業するまでずっと一緒だった。他の四人とは物心ついたときからの付き合いで、小学四年生の時点で知り合ってから七年が経っていた。でもだからといって仲が良かったかと言えば全くそういうわけではなく、綾奈や結衣とはあまり話したことがなくて、僕が関わっていたうちの大半は康介とその取り巻きだった。康介の家は村でも力のある家柄だったこともあって横柄な態度を学校の全員にとっていた。そんな康介に目を点けられていた僕と話したがる人はほとんどいなくて、それもあってあの頃の僕と康介の仲はむしろ悪かったと言えるかもしれない。ただ、香織だけはそうした状況をまったく気にしないというふうで、僕にも他の人に対するのと同じように接してくれていた。それでも元々クラスメイト自体に興味がなかったのかあまり話したことはなかったが……
こうした僕らの関係が変化したのが一年半前、つまり小学五年生になってからだった。村中でも少し騒ぎになるような出来事が起きて、その結果康介が横柄な態度をとるのを控えるようになったし、僕は彰と積極的に話すようになった。それくらいから彰にカリスマ性みたいなものを感じ始めたと思う。
そのうち香織を含めた三人でよくいるようになって、綾奈や結衣・康介を彰が連れてきたことで今の六人でつるむようになったのだ。要するに僕たちは彰についてきた結果こうして六人で過ごすようになったし、別の言い方をすれば彰のおかげで今を楽しく過ごせているとも言えた。
だからだろうか。彰は僕たちの考えていることを見透かしていると感じることが多かった。例えば嘘をついたとしてもすぐにバレることもあれば、欲しい時に言ってほしい言葉をかけてくれることもある。とても同い年とは思えなかった。
「絶対康介くん帰ってないよね」
斜面を下って三人の姿が近づくと香織が話しているのが聞こえてきた。
「こういうとき彰くんの考えがあってるんだよね」
残念そうにため息をついて肩を落とす香織の横には相変わらず困ったように笑っている綾奈と黙って考え事をしている結衣が並んでいる。
「そうなんだよね。こういうときのアキくんは外さないからなあ」
「そう思ってるなら上で待ってたらよかったのに。彰くんと二人で」
「え!?……そ、それを言うならカオちゃんだってそうじゃない?」
「私が言い出しっぺみたいなところあるからさ。それに万が一ってこともあるじゃん。もし康介くんが帰ってたら自慢できるし」
「な、なるほどね。そうだよね」
「どうしたの?綾奈ちゃん。動揺しちゃって」
「別に!なんでもないよ!」
「ふーん……あ、恵太くん!遅かったね」
興奮して顔が赤い綾奈をジーッと見つめていると僕がようやく追いついたことに気付いて香織が手を上げた。
「仕方ないよ。気を付けて下りないといけないから」
「確かにね」
それから特にこれと言って話すこともないというのもあったが、それ以上に全員が足元に集中するようになったからか誰も言葉を発さずに一歩一歩木々の間を下っていった。しばらく蝉の鳴き声と一緒に僕らの呼吸音が山に溶け込んでいると、次に声を出したのは自転車を確認したときだった。はっきりと見える距離まで近づくと僕と香織はほぼ同時にため息をついた。
「やっぱりか」
香織が笑って「残念だなあ」と気持ちが全くこもっていないのが分かるくらい棒読みで言った。僕はそれに苦笑いして少し上に残った綾奈と結衣の方へ向いた。二人は「わざわざ全員で見なくてもいい」というように僕らよりも少し上にある木に寄りかかって確認の結果を待っていた。
なにやら二人で話しているようだが全く聞こえない。綾奈が僕の視線に気づいて「どうだった?」と聞いてきたが、大きい声を出すのもだるかったから腕で大きくバツ印を作った。綾奈も予想通りと言うように少しだけ笑うと「ありがとう!」と両手でスピーカーのようにして言った。
下りよりも上りの方が山道は大変だ。彰が上で待っているから早く戻ろうとしたというのもあるが、整ってきていた息がまた上がってくる。加えて、夏のこんな暑い中で体を動かしていたら汗がだらだらと垂れて目に入りそうだ。
戻っている間、誰ひとり口を開こうとしなかった。それもそのはず、話すことに体力を使いたくないしそれ以上に毎日のように会っているのだからもはや無理して話すことなどない。それに、僕からすればみんなの間を流れる沈黙はそれほど緊張するようなものではなく、すでに日常の一部と化していた。
ようやく秘密基地に戻ってくると、驚くことに彰の隣にはいなかったはずの康介の姿が見えた。何事もなかったかのように座りながら彰と話している。僕らが戻ってきたことに気付くとこっちを見て苦笑いをした。
普段の僕ならもっと何かしらの反応をしただろうが、山道の往復と気温のせいで頭がぼんやりとして反応する気にもなれない。そんな僕とは対照的に香織は康介の姿に反応して小走りで二人のもとへ向かっていった。さすが僕らの中でも体力がある方に分類されるだけのことはある。香織を除いた体力がない僕ら三人は歩きながら呼吸を整えていて、少し後ろにいる綾奈の残念そうなため息が聞こえてきた。
「で、どういうことなの?」
先にいた三人に合流すると急かすように香織が訊いた。僕ら三人も各々好きな場所に座って彰が口を開くのを待つ。彰はどういうふうに説明したらいいのかまだまとまっていないのか、うーんと短く唸るとニヤッと笑って話し始めた。
「凄くざっくり話すと康介は僕らの秘密基地の上にいたんだよ」
ここでの秘密基地というのは木の上に僕らが作ったツリーハウスのことだ。村で余っていた資材とかをこの場所に運んでは、僕らで切ったり組み立てたりして作り上げた。それを中心に色々なものを集めては置いて、自分たちの好きなようにカスタマイズしたのが今のこの秘密基地だ。それを分かりやすいから巨木を中心としたこのひらけた空間を秘密基地と呼んでいるだけで、正確に言えば秘密基地とはそのツリーハウスのことだった。
「僕たちが離してる間にこっそり隠れてたんだ」
「じゃあなんでそんなことしたのさ?」
香織にそう尋ねられると彰は一瞬結衣の方を見た。僕もそれにつられて結衣に視線を向けたが、ぬいぐるみのせいでいまいち表情がはっきりと分からない。なにを考えているのかが全然分からないからこういうときに口元を隠せるものがあると便利だなとつくづく思う。
結局、結衣からわかることはあまりなくて彰の答えを素直に待つことにした。
「多分、康介への罰ゲームってところかな」
「多分なんだ」
「答え合わせをしたわけじゃないからね」
「それならアキくんの考える罰ゲームってどういうのなの?」
そうやって訊く綾奈の声がいつもより若干低いような気がする。
「見つかったら罰ゲームはなし。見つかったら見つけた人がなにか命令できる、とかじゃない?合ってる?」
彰の回答を聞くと綾奈は両手を腰に当ててガクッと肩を落とした。
「なんでわかるの?」
「当たってた?」
「大体ね」
綾奈は悔しそうに彰を見ながらため息をついている。そんな様子を見ながら不思議そうな顔をして香織が元気よく手を上げた。
「なに?」
「質問していい?}
「もちろん」
「康介くんの罰ゲームってことは昨日の分ってことでしょ?なんで結衣ちゃんじゃなくて綾奈ちゃんなの?」
「結衣も知ってたはずだよ。二人で考えたって言ってたし」
「そっか。そうだよね」
うんうんと納得した様子で手をポンッと叩いて香織が頷いた。
「本当は香織もグルなのかなって少し思ってたんだよね」
「え!?なんで!」
あははと笑いながら言った彰の言葉に驚いてか、香織は素っ頓狂な声を上げた。それにつられて僕や他の何人かはクスッとした。
「多分、コウくんが帰ったんじゃないかってことをカオちゃんが一番最初に口に出したからだよ。私は凄く助かってたけどね」
少し吹き出してから答えた綾奈は「そういうことでしょ?」と言うように彰の方を見た。
「そういうこと。でも正直、恵太も含めて全員を疑ってたけどね」
「まあそうなるよな。僕もそっち側の考えに近かったし」
「だけどやっぱり結衣と綾奈の二人がダントツで怪しかったよ」
「なんでよ!」
「だって明らかに発言するの避けてたし、傍から見たらなんて言うか人狼みたいだったよ。結衣ならともかく綾奈が黙ってるのは少し変」
自分でも思い当たる節があるのか、綾奈は目を細めて唇を尖らせながらなにやらブツブツ言っている。ふと結衣の方を見てみるといつの間にかに康介の隣にいてなにやら話していた。結衣との会話が終わると康介が口を開いた。
「それで、どうするんだ?俺を見つけたのは彰、お前だけど。俺への命令は?」
諦めていたのか、それとも悔しさを飲み込んだのかは分からないが、やれやれといったような口調だ。彰は斜め上を向いて「そうだなあ」と小さく呟くと腕を組んだ。
「じゃあ……次に受けるはずだった罰ゲームを肩代わりしてもらおうかな」
「ええ!?」
その場にいたほとんどの人間が驚くのは康介だろうと思っていたことだろう。少なくとも僕はそれが当然に起こることだと思っていた。だからこそ女の子の驚いた声が聞こえたときには逆にこっちが驚いたし、それが香織のものだと分かったときは無性に可笑しく感じた。それでも笑わなかっとことをほめて欲しいくらいだったが、そのあとに続いた香織の言葉には耐えることが出来なかった。
「もう飽きたって!」
僕らは声を出して笑っていた。ただ、康介だけは驚くことも笑うことも怒ることもすべてのタイミングを逃したといった感じで一人呆然としていてそれがまた面白かった。こんな時間が続けばいいのになんて思ったりもした。