契約
「お前、俺と契約しないか?」
「契約?」
契約、とは何なのか。なぜ、私と契約したいのか。何が目的なのか。いろんなことが頭のなかでごちゃ混ぜになる。突然のことに頭がうまく働かない。
そんな私の様子に気づいたのか森の代表は咳払いをひとつして続けた。
「俺はルディ。森の王だ。」
(森の王?一番上のひと?じゃあ、一番偉いひと?)
「まぁ、森の王といっても特になにかをしているわけではないが。とりあえず、俺はお前と契約をしたい。」
ひとりで話を進めないでほしい。と切実に願うがそんなこと森の王には関係ないみたいだ。
「あの、契約って?」
とにかく、契約とは何なのかを理解しないといけない。そう考えた私の質問に対して、思いがけない言葉が返ってきた。
「俺は昔、一条の者と契約をした。」
「え?」
そんな話、聞いたことがない。
「契約の内容はこうだ。『一条の者が森を管理するならば、俺は人間と関わりをもたない。』この契約は、森に住む者のなかで俺だけが人間と関わらないという内容だ。だが、何を勘違いしたのか、バカな人間、お前が『街の人間』と呼ぶ奴らは森に住む者が皆、人間に手を出さないのだ、と勘違いした。」
(確かに、こんな強そうなひとと争ったら多くの犠牲者が出るのは分かりきったこと。なら、契約したことは間違った選択ではない。でも、私はその話を知らない。誰かが契約の話を誤魔化した?契約は密かに行われたのかも。それとも、管理に重きをおいたことで契約についての話は薄れていった?)
分からない。ここにきて意味不明なことが多すぎる。第一、重要な会談にそこそこ偉いひとが来るのは分かるし、予想はしてた。けど、一番上が来るなんて思わなかった。そこは森の王代理とかで良かったはず。いま、後ろに控えているお付きの人とかで良かったはず。だとしたら、直接出向いたのには絶対に意味があるはずだ。
「森の奴らは結構自由でな。住み場を荒らされるとかなり怒る。そうなった場合、別に俺が対処してもいいんだが、契約の内容が、『人間に関わらない』だからな。」
(あぁ、これは嘘ね。この人、対処がめんどくさかっただけ。)
いろいろ、分からないことが多いけど、これだけは分かる。この人はかなりのめんどくさがりだ。
「心外だな。俺は契約の内容に従ったまでだ。」
「………心を読んだのですか?」
「別に、読まずとも顔に書いてある。」
(これも嘘。向こうは感情をすべて隠しているのに。こっちの事はお見通し。)
そうなのだ。私は何度も森のひとたちの考えを読み取ろうとしているのに、完璧に私の力を防いでいる。一方私はおそらく、為す術なく心を読まれている。
「とにかく、俺もこれ以上人間に森を荒らされるのは嫌なんだ。一応、俺の森だしな。それに、お前、街の奴ら嫌いだろ?」
「だから、何だというのですか?」
「そのための契約だ。俺は森を荒らされるのは好まない。森に入るだけならどうということはないが、荒らされれば話は別だ。少しばかり仕返しをしようと思う。」
「私にそれを手伝えと?」
なんだかイライラする。知ったような口で私を語らないでほしい。契約の内容もはっきりしないし。
「手伝えとは言わない。少なくとも中立の立場でいてくれれば文句はない。」
「……………」
「嫌なら無理にとは言わない。その時は今まで通りの関係を続けるだけだ。」
確かに、私は街の人間が好きじゃない。
今までずっと考えてた。自分勝手な街の人間を守るのはなぜか?守る理由はどこにあるのか?犠牲になった者を馬鹿にされたあの時、きっと私は覚悟を決めてた。
私は私が大切にしたい人を守れればそれで十分だ。なら───
「分かりました。貴方と契約します。ただ、私からも条件があります。」