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8-6

 高度なシミュレーションは実機のそれと全く変わらないのだが、やはり〝実際に事故ると死ぬ〟という経験は怖いらしい。


 『1-1より各機、装備点検よいか』


 『わっ、1-2、オールグリーン』


 新兵達が続々応えてくるが、その声は引き攣っておりなんとも情けない。


 シミュレーションで何度も降下訓練はやったろうに。そんなにビビることないだろ。


 特に今回は“お出迎え(対空防御)”の分厚い戦地に降りるでもないし、私がウラノス3でお守りをするんだから、途中で何かあっても助けてやれるのだし、そんなにビビるなよ。


 『では各機、続いて降下しろ。なに、簡単だろ、シミュレーションで百回以上やったんだ。高度一千で抗重力ユニット最大、そしてスラスターで減速、それだけのことだ。よいな』


 『『『了解』』』


 『声が小さい! 行くぞ!!』


 『『『行くぞ!』』』


 『もっとだ!!』


『『『行くぞ!!』』』


 『よし、降下!!』


 宣言すると同時、私は改装された〝テミス11〟の側部ハッチから空中に身を投げた。


 抗重力ユニットを最大にして大気からの枷から脱し、スラスターを噴いて上昇。装いを新たにしたセレネの姿を改めて観察した。


 掃陸艇は、元の形が想像できないくらいに改装されていた。扁平な形状はそのままであるが、流麗にして鋭角な装甲板が追加されて三角錐の如くなり、機体両側面から前進翼が新設されていた。


 航空力学に基づいて、高空域で高速を出しても安定するよう空力に配慮した新設計であり、殆どガワだけを装甲板で取り繕った形であるが、大型融合炉のおかげで理論上は〝永久に飛行可能〟という利点は、現状の16thテラでは大した物だろう。


 まぁ、アイガイオン級の射程に入ったら釣瓶打ちにされて叩き落とされるので、戦術的アドバンテージはそこまで高くないのだが、脚としては現状で最高の仕上がりではないだろうか。


 『ひゃー!!』


 悲鳴を私だけに繋がる閉鎖回線で上げながらガラテアが飛んだ。


 登場しているのは勿論テイタン2-TypeGであるのだが、その機体には追加装備が貼り付けられていた。


 当たり前の事ながら、抗重力ユニットを装備していてもテイタン2のそれは、地上で軽妙に動き回り、舗装路を破壊しないための物であるため〝高度一万〟から飛んで無傷で済むような代物ではない。


 なので、機体胴部の前後を挟み込むような形で降下用装備を追加してあるのだ。


 バラバラと降ってくる機体の総数は九機。期日までに間に合った機体と、まぁお散歩くらいになら連れていっても問題ないくらいに育った操縦手を乗せたもので、今回は降下訓練を兼ねているため装備は持たせていない。


 『機位と座標を見失うなよ! 迷子になったら悲惨なのは訓練で嫌というほど味わっただろう!』


 『か、各機、我が機を基準に軌道修正を怠るなよ! 森の中に落ちたら悲惨どころじゃすまないぞ!!』


 降下用装備にはスラスターが増設されており、空中での軌道修正が可能になっている。それを適宜噴かしながら、上空で風に煽られた機体も味方にぶつからない程度に密集して降りているのはよろしい。


 ただ、迷子になるのがトラウマなのは分かるが――ギュゲス級相手の降下シミュレーションをさせたら、ガラテアしか地面に降りられなかったのが相当に堪えたと見える――もうちょっと散らばっていないと、対空砲火の良い的だぞ。


 『高度一千! 開傘!!』


 一番最初に降下したガラテアが規定高度に達したため、落下傘を展開させた。それと同時にスラスターが全力で噴出し、落下速度を弱めていく。地上に向かって凄まじい速度で落ちていたテイタン2は徐々に減速し、やがて草原に降りる頃には深い足跡を残す程度にまで減速を終えていた。


 『とっ、とっと……』


 落下傘が風に煽られるのに合わせて数歩歩いた中隊次席は、少し遅れて降下装備をパージ。転倒することなく、まぁまぁの着地を見せた後、無意識に深呼吸するような仕草を取っていた。


 勿論、テイタン2が呼吸をする訳ではないので、同調しているガラテアがしたことだ。それ程に初飛行が怖かったのであろう。


 うーん、飛行隊を編成するためにウラノス3もあと二機作ってあるんだけど、彼等は地面と仲良くしていた時間が長すぎて、私の僚機ができるのは随分先かな。


 ま、元々ピーキーな機体なんだ。初心者に渡すものじゃないし、気長に行こう。


 全機、危うげながら降下を完了させたので警戒陣形を敷かせながら、私も地面に降り立った。


 『まぁ、実戦初回にしては悪くない。基本は仮象訓練装置と同じなんだから、そう臆することはない。訓練通りにやればいい。そのための訓練なんだからな』


 『りょ、了解』


 それでも配下の内心は分かる。


 しくじっても痛いだけのVRと、マジで死ぬ実機降下じゃ全然違うと言いたいのだろう。


 とはえい、本当に慣れの問題だから頑張ってくれたまえ。なぁに、日常生活のように熟せるようになれば、やりながら欠伸の一つも出てくるようになるさ。


 『よし、各機全周警戒。〝テミス11〟が降りてくるのを待つぞ』


 十分な広さに各機が広がるのを待ってセレネが降りてくると同時、降下地点であった〝禁域〟の森からゾロゾロと軍勢が姿を現した。依然と同じく表敬訪問用の縦列で、鼓笛の音色を響かせながらやってくる人数が増加しているのは、先の戦闘で死にかけていた個体が修復を終えたからであろう。


 〈壮観だな、ノゾム。それだけの巨兵の群れを率いるとは〉


 〈恐悦です、ニーヒル。ですが、これくらい連れていなければ北夷を討てませんので〉


 ヒュンフを連れて前に出て来たニーヒルはテイタン2をしげしげと眺めていたが、その視線は実に油断ならい。


 主感覚素子が集中した頭部、シーリングされていても弱点である関節、そして装甲の隙間。敵に回った時、如何にして撃破するかを具に観察されている。


 実際、これだけの戦力を整えてもトゥピアーリウスに完勝できるかと言えば否だ。樹高が胸元まである森の中では死角が多すぎて、素早く走り回る彼等を捕らえることは困難であるし、主兵装の多くは対装甲用であって人型の彼女達を狙うには取り回しが悪い。


 不慣れな兵士達が一斉に群がられたら、弱いところからガリガリ削られて簡単に擱座してしまうだろう。


 実際、高次連統合軍は衛星攻撃や砲兵の支援、同格の機動兵器が不在の場合、そうやって機動兵器に対処するからな。


 此方は此方で対人地雷や小型のチェインコイルガンなどを装備してはいるが、脚が早くて小回りの利く小兵はそれだけでおっかない。随伴歩兵なしで森に踏み入ったなら、この中隊は恐らく一時間と保たず全滅するであろう。


 〈盟を組んだりとはいえ、油断なさらぬ姿勢、感服いたします〉


 〈おっと、ついな、許せ。こればかりはトゥピアの本能だ。同種と相対しても、さてどう料理すれば倒せるか考えるのが常故、外者ともなると尚更なのだ〉


 相変わらずおっかねぇ種族だなぁ……。


 そんなことを思っていると、ニーヒルが指を鳴らした。すると、後続からヒュンフを先頭に五十のトゥピアーリウスが綺麗な横列を敷きながら現れた。テイタン2に乗っている兵士達の何人かは、森に踏み入った者を例外なく狩る鬼として畏れているが、何人かは例外なく美しく作られた外観に唾を飲んでいた。


 うん、ま、分かるよ。年頃の男の子なら、この美人の集団を前にすれば興奮くらいするだろう。


 ただ、忘れてはいかんぞ。旧人類が素手で組み合ったら絶対に勝てない膂力の持ち主であることを。


 口説くのは勝手だが、多分「組み敷けるくらい強くないと満足しない」とか言い出すだろうから、こちらに怪我人が出る前に釘を刺しておかねば。


 〈ではノゾム、この全部族より募ったより抜き五十、汝に預けるぞ〉


 〈はっ、全員生きてこの地を踏めるよう、大事に指揮させていただきます〉


 〈……? 別に遠慮なく使い潰して貰って構わんが。戦地で果てるならトゥピアーリウスの本望。つまらぬ戦場に連れて行けば、それこそ暴動が起こるが〉


 コワ……ほんとコワ……激戦が約束されているからよかったが、この五十人の狂戦士共を常に餓えないようにさせないといけないと思うと、存在しないはずの胃がキュッとしまるような感じがした。


 〈では、お預かりした兵を連れ帰り、これより戦仕度に励みたく存じます〉


 〈うむ。七日七夜殴り合って決まった精兵だ。汝が言うことに服従するよう躾けてあるが故、心配はいらん〉


 そこまでしてくれと言った覚えはないんだが、やっぱり紛糾したんだなぁ、誰が行くかで。しかし、七日も殴り合って決めるとか、それで却って戦力が減ってなきゃいいんだが。普通なら死人がでるぞ。


 ……いや、冷静になったら、私達も死人が出るような奇祭を、それも旧人類の頃から喜んでやっていたから今更か。


 〈それと、こちらはこちらで、汝の警告通り砲撃があっても釣られぬようにしよう。森を焼かれるのは業腹だが、根こそぎにされるよりはマシだからな〉


 毎回顔を出してくれているニーヒルは、古老の中でもかなり開明的かつ頭が柔らかい方なので、私の警告を素直に聞き入れてくれるから助かる。


 砲撃が来てもじっと耐え、敵が内部に押し込んでくるまで待つ方が被害は少なく、最終的に森を守ることに繋がると言えば、それを会議で何とか他の古老にも呑ませてくれたのだ。


 敵につり出されて戦うのは下の下。得意な戦場で戦うのが一番だという進言を聞き入れてもらえて本当に良かった。


 『ノゾム! これからよろしくナ!』


 「ああ、期待しているぞヒュンフ」


 そして、幸いなことにこの派遣部隊の指揮官はヒュンフであるらしい。私としても気心しれていて、実力が確かな庭師が頭をやってくれるのは助かる。二進数言語でこそ稚気溢れるしゃべり方をする彼女だが、本来の口調ではキビキビした軍人そのものであるため信用も信頼もできる。


 ただ、その、ちょっと……。


 「あー……その、ヒュンフ、何か怖い目で見てくる人がいるんだけど」


 『んー? ミーッレも勝ち抜イてサー。何カ、絶対ノゾムに報復するとカ』


 「そういう人員混ぜるの止めてくれない!?」


 見覚えがあると思ったよ! そうだ、私が捕虜にしちゃったせいで部族内での名誉がズタボロになった子じゃないか! そして、〝テミス11〟に逃してやった時も、怖い念の入れ方をしようとか言いだしていた。


 え!? その人事ってアリ!? 実力さえ整えばハジケてようとOKなの!?


 『大丈夫だっテ。トゥピアーリウスは戦以外で不意討ちしないかラ。多分、手が空いたら決闘挑んでくるだけだと思うヨ』


 「それって結構手間なんだけどなぁ!?」


 またえらい人員を抱えてしまったなぁと思いつつ、私でも工夫しないと殴り倒される格闘戦能力の持ち主だと思えば、〝アイガイオン級〟の制圧戦で役立ってくれることは確約されているのだし、悪い人選ではない……と思いたい。


 『ちゃんとアたシが見張ってるかラ! ノゾムに喧嘩売るなラ、まずアたシを倒してからにしろって言イ聞かせてあるシ』


 〈ノゾム! ぼくも! ぼくもいるぞ!〉


 後ろの方でぴょんぴょん跳ねている、冠編みにした髪が目立つトゥピアーリウスはセーギテムか。腕をもがれたばっかりなのに――綺麗に新しい物が生えていた――精鋭班に選ばれるとは頑張ったなぁ。


 〈ちゃんとぼくも見張るから、安心してくれ!〉


 〈なら、頼むよ。これでいて忙しくてね。決闘でお互い怪我をしたら洒落にならんから〉


 小さな体を使って全力で主張している小柄な彼女にもお願いしつつ、私は選抜班に乗船を願った。


 それぞれ反応はまちまちで、こんな物が本当に飛ぶのかと猜疑的に見ている者や、ちょっと脅えている者、楽しそうにしていたりしていて、群れていても個性を感じる。


 『よかったなセレネ、展望台を作っておいて』


 『まぁ、下方の見張りが欲しかったからついでなんですけどね』


 実は改装された“テミス11”には展望区画が底部に新設されていた。といってもモニタを張り巡らせて、直ぐそこのカメラと直結しているだけで実際に肉眼で見える訳ではないのだが、ほぼそのまま外を眺めている気分になれる部屋だ。


 この間はヒュンフが飛んでいる時、甲板に出たいと五月蠅かったから、少しでも空の旅を味わってもらおうと用意したのである。


 お気に召して貰えたら良いのだが。


 〈しかしノゾム、汝はどうにも闘気を漲らせているようだが、何やかやる気でいるのか?〉


 〈あ、お分かりになりますか?〉


 〈わからいでか。その体からは、殺気を内に漲らせた戦士の匂いがするぞ〉


 凄い嗅覚だ。実際に嗅いでいると言うよりは、戦士の本能から察したのだろうが。


 まぁ、私は北まで出てきたついでに、ちょっとやっておきたい任務があったからね…………。




【惑星探査補記】現代戦では航宙艇で悠長に降下をしていると、的が大きいだけに撃墜されやすいため、1G環境下で強襲降下をする装備は様々な兵科で充実している。

明日も更新は未定でお願いします。


感想は作者の原動力。ちょろっと注いで頂いたら筆速が上がりますので、何卒よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
SASやランドメイト(アップルシード)の降下訓練思い出すなぁ 過酷なんやってね パラシュート(相当)の機材あれば楽勝でしょ?ってタカを括ってた時もありました
>死人が出るような奇祭 岸和田かな?
ロボットに加えてバーサーカーエルフの活躍楽しみです。
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