8-2
ドンドコ祝いの太鼓が鳴らされ続け絶えることはなく、宴は夜半まで続いた。
しかし、驚くべきことに彼女達の宴は〝軍議〟と〝論功行賞〟を兼ねているらしく、物騒な話題に事欠かないのがなんとも文化の違いを感じさせる。
〈まず、我等の中での勲一等はヒュンフであるな。褒美を取らす、何なと申せ〉
食って飲んでは同じなのだが、自然と物騒は話を混ぜられると此方としては反応に困る。今の飲食ができない体で、私の代わりに出された物を食べてくれているガラテアも少し居心地が悪そうだった。
まぁ、血生臭い話をしながら食ったって美味くないよな。特に血が滴るようなレアの兎肉とか出されたら反応に困るだろう。シルヴァニアン達は野菜と果物だけをくれと主張しているが、肉を食わないと強くなれないぞ、などと見当違いのことを言われて困っているし。
そっちは私が何とか仲裁したからいいのだが、されど方々で娯楽のつもりなのか、ぶん殴り合っていて装甲板が拉げる音が響きまくってるのが心臓に悪い。
……死人出てないよな?
何にしてもガラテアとピーターはしんどそうだった。トゥピアーリウスは森の中で自給自足していることもあって、味付けはかなり淡泊なのか、濃い味が好きな軍人には少し物足りなそうなのもあるし、そもそも兎達は完全な草食だ。
反面、戦闘糧食の中では豪華なDパッケージは〝味が濃すぎる〟としてトゥピアからは、あまり好まれていないので、文化的な摺り合わせを今後行う必要がありそうだった。
〈では、遠征隊への参加を第一に願います〉
〈……お待ちを。遠征隊?〉
何か聞き捨てならない単語が聞こえたので問うてみれば、ニーヒルは人形めいた美貌を此方に向けて、さも当然の様に言った。
〈北夷を討つため、遠征隊を組織することとなったのだ。敵は平地に引き籠もって森を焼こうとするという。ならば、我等が討って出るは道理であろう〉
〈いつの間にそんなことに!?〉
『森を焼かれた次の朝には決まってたヨ?』
攻撃された翌日には、即報復の作戦を組む……いや、即断即決、巧遅より拙速は軍が守るべき常ではあるけれど、コワ……。我々だって報復作戦を組む速さには定評があったが、流石に二、三日はじっくり考えてから殺しに行ってたぞ。
〈それでだなノゾム、一つ提案があるのだが〉
〈何でしょう、ニーヒル様〉
〈なに、汝の武功を思えば敬称はよい。気軽に呼び捨てるがよいぞ〉
すっと寄って来て、膝の装甲を撫でられる。うーん、これが丙種義体だったら美貌も相まってゾクッとしたのだろうなぁ。
〈汝は森を救った。そこで提案があるのだが、共に北夷を討たんか? その空飛ぶ軍船、それに載せて遠征隊を同行させてくれればよい〉
〈……規模はどれくらいをお考えで?〉
〈先の戦で戦士の多くが散った故、かき集めて五〇が限度だな。だが、戦場を共にした汝ならば分かっていよう、我が勇士達が斥候において無比の英傑揃いであることは。外物の兵、その千倍の仕事をしてみせようぞ〉
戦力は欲しかったので有り難いが、急に五〇人も受け容れてくれと言われてもちょっと困るんだよな。私達はこれから一回帰って、この食べかけの干物めいた悲惨な姿の〝テミス11〟をマシにする作業もあるし、テイタン2やウラノス3を量産する仕事もある。
組み立てには一機あたり一日半かかるので、大隊三六機を編成するのに一月。搭乗員の募集から慣熟訓練に半年――よくを言えば二年くらいかけたい――は欲しいので、そんな直ぐに提案されたって困るのだが。
〈なに? 半年? またえらく悠長だな。我等は戦力が揃っていれば明日にでも殴り込みに行きたいところなのだが〉
〈ニーヒル様、いえ、ニーヒル、流石にそれは……〉
〈分かっている。先の戦の惨状で、独力で敵の大城を落とすことが適わぬことくらい。ただ、準備に時間を掛けすぎではないか?〉
違う、そうじゃない。やっぱり人生の芸風が違いすぎるよこの人達。
ともあれ、大幅な装備更新が必要だから、どうしたってそれくらいはかかるんですよ。
何より、着たら後はサポートしてくれて普通に動ける強化外骨格と違って、機動兵器は覚えることが多い。有人型に改造するのは簡単だが、私と違ってドライバをブチ込んだら即一人前の操縦手ができあがる訳じゃないし、本当に色々と備えが必要なんだ。
正直、半年でもかなり速成感がある。単独での戦闘行動は可能でも、機動兵器特有の連系は諦める必要があるくらいだ。
幸いにも私の仲間達は光子結晶と端末があるから、ちょっと機械化してやれば直結はできるだろうが、それでもかなり難易度が高いだろう。
うーん、電脳化してくれていれば、動かすだけなら初日でもできるんだが。
完全な電脳化がされていないガラテア達が直感的に動かせるようなデバイスではないので、戦闘行動が取れるようになるまで時間はどうしても必要だ。
〈ふむ……汝の言うことなら信用しよう。ならば、その期間、我が勇士達との連携訓練に充ててもよいのではないか?〉
〈それは願ったりですが、如何に我々とて一日二日で迎え入れる準備はいたしかねます〉
〈うべな。致し方ないことである。我が子等も自分が行くと言うて聞かぬ者が多い故、選抜には時が掛かる由、それはむしろ当たり前だ〉
ああ、そうか、トゥピアーリウスも大損害を受けているし、森を守る最低限の人員を遺して戦闘部隊を選ぶとなれば、この闘争本能の塊めいた種族のことだ。我も我もと声を上げて、定数を選ぶのに苦労するだろう。
懐かしいなぁ、高次連でも最先鋒となれば俺が行く! いいや俺が! と揃って手を挙げるせいで、ガチャやらくじ引きで決めたりで、それぞれ自分の運を嘆く悲喜交々があったものだ。
〈そうさな、敵の出方によるが月が一〇度登る頃にまた来て欲しい。その折には、選び抜いた精鋭五〇を汝に貸そう〉
〈有り難き仕儀に存じます〉
まぁ、戦力はあるに越したことはない。最終的には〝アイガイオン級〟を陥落させたいなら、正直に言えば歩兵が一個旅団……いや、一個師団欲しいけど、ブロックⅡ-2Bを確保できたおかげで外骨格の質向上が望めるため、一人一人の戦力で何とか賄うとしよう。
あと、やる気がある聖徒の民兵隊から、当座の人員を引き抜いてもいいわけだしね。こっちは一人前にするのに滅茶苦茶手間暇がかかりそうだが。
それに、〝テミス11〟という移動拠点を手に入れたおかげで輸送可能人員にも余裕ができた。またテックゴブとシルヴァニアンから兵士を募り、天蓋聖徒で民兵隊を組織すれば連隊は無理でも大隊か中隊くらいは用意できるだろう。
とはいえ、人数をかき集めるのは簡単でも、それを烏合の衆ではなく、きちんとした戦闘単位に仕立て上げるのが何より大変なんだが。
うーん、半年、半年で足りるか? というか、ヴァージルが半年も大人しくしててくれるかね?
あまり情報が漏れるのは得策ではないが、もうブロックⅡ-2Bを我が物にしてしまったと報せてしまおうか?
量産したテイタン2数機を境界線でウロウロさせ、ウラノス3で編隊飛行を行えば、聡いヤツのことだから察しはするだろう。
さすれば、もうトゥピアーリウスの森を焼く必要がなくなるわけだし。
考えることが多くて困るなぁ、まったく。
とりあえず、テイタン2が量産できたら示威行為だけはしておこう。これ以上、無為に森を焼かれては堪らんし、火消しに出て行って戦の準備期間を削られても困る。
〈では、十日後に戦士達を引き受けに参ります〉
〈うむ、期待せよ、より抜きの勇士で固めてみせる〉
連携の手筈だけ整えば、戦闘が十分にできる戦士が手早く揃うのは有り難い。聖都の防衛戦力を考えるとマギウスギアナイトを引っこ抜くこともできないし、基礎教育どころか高等訓練も終わっている増強偵察小隊規模の増援は実に有り難いな。
しかも、全員が高度な電子迷彩を纏った、育てるのに手間が掛かる斥候とか最高かよ。都合がよすぎて、あとで帳尻を合わせろとばかりに不運が襲ってきそうで震えてきた。
〈しかし、良き日だ。小聖地が我等の手に返り、また報復の目処も立った。星々に導かれた戦士達も勇士の館で胸を撫で下ろしていることだろう〉
そういえば、ヒュンフから聞いたことだが、彼女達は北欧神話に似た信仰体系を持っているのだったか。
戦うために生まれた存在であるから、トゥピアーリウスは死後も安寧を得るのではなく、更なる激しい戦場に送り込まれる準備として、勇士の館に招かれると強く信じているらしい。
そして、地上とは比べものにならない激しさを持つ、星々の戦に身を投じる栄誉を賜ると信仰しているのだ。
寝ても覚めても戦うことを考えているどころか、死後も戦闘を望むとか、本当に何を考えてデザインしたんだ冨和中佐は。外見含めて色々度し難いぞ。
彼が考えていたことは理解が難しい。
何せ、森に異形を放ったのはトゥピアーリウスに〝常在戦場〟の心得を叩き込むためで、全くの善意でやっているというのが信じられん。
しかも、ブロックⅡ-2Bを異形の製造工場に変えたのも、より強力な敵を用意して戦力を向上させるべく、彼の遺言執行機が生前の思考パターンを模倣して行ったことという。ちょっと色々ネジがぶっ飛びすぎていて分からない。
経歴をざっと調べたところ、彼は宙兵隊上がりの艦隊指揮艦だったようだから、スパルタなのは理解するけども、丹精込めて設計し、後の世にも残るよう慎重に設計した我が子に課すにしても試練がキツすぎるだろ。
筐体さえあれば何度でも復活できる我々と同じ基準で、死ねば終わりの庭師達に訓練を課そうとするんじゃないよ。
ああ、本当にどいつもこいつも物騒に過ぎる。完全平和を望みはしないし、有り得ないことくらい分かっているが、もうちょっと和にことが進まんものかねぇ。
今回の試練に参加した者達に次々と褒美が約束されていく中――大半は刺青か遠征隊への参加を志願していた――見慣れた姿のトゥピアーリウスが呼ばれていた。
一際小柄で、片腕を捥がれる大怪我を負っても戦い続けようとする気概がある勇士、セーギテムだ。
〈さて、セーギテム。汝は片手を失い、ヒュンフに背負われながらも矢を構えたという。その敢闘精神を讃え、報償を与えたいと思うが何を欲する〉
〈……その、ニーヒル様、だったら僕は……ノゾムに髪上げを頼んで良いですか?〉
彼女は指を突き合わせて、もじもじしながらそう言った。
〈ほう?〉
え? 髪上げ? ナニソレ。
そういえば、シルヴァニアンをモフろうとした彼女を叱るため、玩具にされることは嫌だろうと髪を編んだ時、まだ大人じゃないから怒られるとか言っていたな。
ということは、トゥピアーリウスには一人前になった時に髪の毛を編み上げる儀式があるとかで、それを私にやって欲しいと言うことか。
何か、戦国時代の烏帽子親みたいな制度だな。
〈だ、そうだが、どうだノゾム〉
〈まぁ、私は構いませんが〉
〈ホント!?〉
『エッ!? ノゾム!? やるの!? ズルイ!!』
ヒュンフが大仰に反応したので、何でかと問うと、髪上げの儀式は一種の〝契り〟であり、同性しか存在しないトゥピアーリウスの仲では姉妹に近い関係を構築する、とても大事な儀式であるという。
あ、やべ、ちょっとヤバいことの安請け合いをしてしまったかもしれん。戦う者を同胞として遇し、大事にする庭師のことだから、姉妹の契りって多分言葉通り軽いことじゃないよな。
何と言うか、粘膜が備わっていることといい、彼女達の素体は愛玩ドローン……まぁ、つまるところの〝セクサロイド〟の形質が混じっているように見える。統合軍では〝性交も可能な愛玩機〟というポジションだから、これはとても拙いことをしたのでは?
〈じゃ、じゃああたくしも!!〉
そこで、順番待ちの列を飛び越えて手を挙げる個体がいた。
彼女は私が宙づりになりながら、捕まっていたところを助けた子だな。個体識別名称はたしかノウェムだったか。
〈え、あ、いや、ちょっと……〉
『アたしもそれがよかっタ!! ズルイ!!』
ヒュンフが叫びながら立ち上がると、スッとニーヒルの目が厳しくなった。
〈ほう? 古老たる予が直接編んでやったというのに、それが気に食わなかったというか貴様〉
〈えっ? あっ、ヤバ。ニーヒル様、そういう訳では……〉
〈可愛げのない子供には折檻が必要だな?〉
〈うわぁ!?〉
次の瞬間、ヒュンフは自分よりずっと小柄なはずのニーヒルに捕まって、関節技を掛けられていた。ギシギシと皮膚装甲が軋んでいるので、あれは完全にもぎ取るつもりだな。
〈おっ、いいぞー、やれー!!〉
〈またヒュンフが折檻を受けてる! 何分保つか賭けるぞ!〉
〈胴元は誰だ!? わたしは飛びきりデキが良い矢を一本賭けるぞ!〉
そして盛り上がり始める庭師達。急に始まった格闘戦に周囲は沸いているが、私の仲間達は突拍子もない、四肢を捥いだり捥がれたりするような戦いにドン引きするばかり。
ああ、いや、テックゴブだけがノリについて行けて楽しそうにしているな。賭けを始めた個体の所に寄っていって、混じって良いか聞き始めている。
うん、まぁ、人生の芸風が違いすぎて仲良くできるか心配だったけど、馴染める種族がいたことに安心すると同時、これから彼女達を御さねばならないのかと思うと、おじさんちょっとないはずの胃が痛くなってきたよ……。
『上尉』
『アッハイ』
『これはからは軽挙妄動を慎み、相手の文化を理解した上で承諾するようにしてください』
『……かしこまりました』
私は相方からの冷たい苦言に、巨大な体を丸めて頷くことしかできなかった…………。
【惑星探査補機】トゥピアーリウスは製造プラントの兼ね合いから、戦闘ドローンと愛玩機を混合して作られているため、身体構造は人類と似通っている部分がある。
誤字登録ありがたいのですが、時間がなくて反映できてなくて申し訳ない。
表記揺れが多いですが正確にはブロックⅡ-2Bです。
少しずつ時間を見つけて修正していきたい次第。
明日も更新時間は未定でお願いします。




