8-1
思考の整理は、セレネがブロックⅡ-B2で機動兵器用抗重力ユニットを大量生産し、底に貼り付けて浮かべるようにしてからも付かなかった。
まず、中佐の遺言執行機は幾つかの質問に答えてくれた。トゥピアーリウスを生んだのは自分を隠すためであること。
森の中を異形で満たしているのは、デザインする際に与えた彼等の欲求を適度に満たし続けるためであると同時、堕落しないよう、暇をあかして身内同士で過度な殺し合いを始めないよう試練を課し続けるためであること。
また、偶発的に直結したブロックⅡ-2Bをも試練に用いたのも、過度な力を与えないようにする措置のつもりだったようだ。
そして、もたらされた様々な情報の中でも、最大の懸案事項がテラ16thそのものが生命体であり、何よりも強大な〝現実改編能力〟を持っているということだ。
現実改編、それは科学的合理の先端に立つ我々の極北にある概念で、一種の〝サイキック〟と呼ばれるものだ。
科学的に発生し得ない現象を引き起こすもので、小さなことなら掌にライターのような火を熾すことから、大きな物だと叫び一つで周囲に壊滅的な被害を及ぼすまで。
科学的に原理の解明ができていないソレが、銀河に存在していることを我々は知っている。
同様に〝制御不能〟であることから、高次連の領域内では厳しく取り締まっていることも。
現実改編能力は〝生体脳〟に一種の奇形が発生した際にもたらされていることは確認済みの事項であり、それを技術として取り入れて国策事業にしている旧地球圏国家も存在する。
しかし、誰もその厳密な原理を知らない。超越的な存在である光子生命体ですら、宇宙という概念、超弦理論によって現在観測されている三六の次元より更に上の次元に干渉する、ないしは仮設的に存在するとされる高次宇宙に影響を与える物だと推察しているが、結局は仮定でしかない。
しかし、一人の現実改編能力者ですら、やりようによっては破滅的な結果を引き起こせるというのに、それが惑星級? 何が何だかまるで分からん。
いや、冷静な部分が理解しようとはしている。
たとえば有り触れた機械が耐用保証年数を大きく超えて動く原理。
それにこの惑星の高次知性体が、動力のない機械を動かす現象。
そして、トゥピアーリウスの生むプラズマ球のような魔法。
それら全てが惑星の現実改編によってもたらされているのだとすれば、この意味不明な状況にも説明が付く。
なにせたった一言で良いのだ。
この惑星自体が〝斯くあれ〟と定義するだけで終わる。
同時に、この惑星起源ではない我々に魔法が使えないことにも納得できた。部外者にまで優しくしてやる必要はないからこそ、惑星状で繁茂し、血を繋いだ者にしか加護を与えない〝依怙贔屓〟だと思えば。
その依怙贔屓の格こそ、普通は生まれ持たない“光子結晶”なのだろう。
まるで、〝テラ16th〟そのものが神格存在のようだ。
「神、か」
「……ノゾム、さっきからずっと考え込んでどうしたの? それに神って。機械神様がどうかしたいのかい?」
黙りこくって考え事をしていた私が気がかりだったのだろう。格納庫でウラノス3の前に座り込んで考え込んでいた私の隣にずっと座っていたガラテアが、独り言を聞いて顔を覗き込んできた。
言われてみれば、彼女も奇跡の結晶だ。極限空間でのみ精製が能う光子結晶を体に宿して生まれ、生身の脳で機械との直結を可能とする。
有り得ない設計の有り得ない生命体。これ以上ない証拠を眼前に改めて突き付けられると、冨和中佐の言を否定できない自分がいることに気付いた。
なるほど、生命の樹、そしてそれに成る実か。言い得て妙だ。
我々、知恵の実を食べた者が命の実に辿り着いた。その結果、どちらも宿した存在が生まれた。実にそれっぽい解釈だな。
まぁ、彼女達は全知全能どころか、不老でも不死でもないのだけど。
「いや、何でもないよ。ところでガラテア、ここから東に何があるか知ってるかい?」
「東? 東は未踏域だよ。竜の丘陵と山岳があるからね」
天蓋聖都の領域が限られているのは、陸送能力の限界までを支配地域としているのもあるが、四方に様々な脅威が存在しているからというのが大きい。
北東にはトゥピアーリウスの森があり、南には〝ティアマット25〟の異形群、そして西には〝死の渓谷〟が蓋をし、東には最大の脅威たる〝竜〟の巣窟。
行政能力が及ぶのが今の範囲までというのもあるが、〝天蓋聖都〟は常に危機の中央に座して生き残ってきた。
だから空を飛ぶ技術を持たない彼等にとって、世界は狭いものだ。竜が蔓延る東より先に何があるかを知らないのも無理はないか。
「ただ、海があるって聞いたね。天蓋聖都のライブラリにそういう記載があるんだ」
「海か」
地形図と照らし合わせると正しい。北、高緯度にある〝天蓋聖都〟は、私が寝ている間に大規模な地形再成形が行われていないのであれば、東に真っ直ぐ進めばすぐ海だ。内海ではなく、外海に通じる大きな海がある。
しかし、東に答えがあるとは、また大雑把なアドバイスだな畜生め。広すぎてどうしたらいいか分からん。
そりゃ私だって機械化人だから分かるさ。自己誓約プロトコルで〝絶対に喋らない〟と定義した者は、国家規模の施設で再定義しないと口にできないことは。
ただ、もうちょっと言いようってモンがあるんじゃないかね。
「東に何かあるの? ノゾム」
「いや、遠い未来の課題さ。今はヴァージルを何とかしないとな」
頭をブンと振り、先のことを考えすぎても仕方がないと私は思考を切り替えた。
どうせ今から東に直行することなんてできないのだ。おっかなびっくり飛んでいるに過ぎない〝テミス11〟では、竜に絡まれたら一溜まりもないのだから。
まずは喫緊の問題、ヴァージルを掣肘し、〝死の渓谷〟を無害化して、東の竜を除かねば。物事には何事にも順序ってものがある。
なに、落ち着けよ私。宇宙に上がって艦隊総旗艦を探すよりは手頃な目標が見つかったと思えばいいじゃないか。
それ以上の巨悪という、暗い影は立ちこめてきたが、やることは変わらん。
できることから一つずつ片付けるのだ。
「セレネ」
『はい、どうしました上尉』
「ブロックⅡ-2Bを搬出する作業に掛かったのは二日だったな? 合流地点までどれくらいかかる?」
内部の掃除と腫瘍を摘出する作業に掛かったのは二日間。作業用に製造した重外骨格と――動かす勝手が違うから慣れるのに皆苦労していたが――抗重力ユニットを適正な箇所に配置し、ワイヤーで牽引するのは大事業であったものの、何とか安定して飛行できている。
ただ、気流に乗り損ねると、転覆するのではないかと心配になるほど揺れるのが怖いが。やっぱり無理矢理飛んでいる航空艦に、超重量の建造ユニットを牽引するのは無理があるって!!
『あと四時間ほどで到達予定です。発達した積乱雲を回避しているので、少し遠回りになりましたからね』
「分かった。なら、少し正装しておくか」
『そんなに殴られるのが怖いですか』
「怖い。箱になるのは御免だ」
素直に言うのも何だけど、ニーヒルにぶん殴られて義体が中破とかしたら格好が付かなくなる。一応私の〝天蓋聖都〟におけるカリスマは、不屈の聖徒という名目あってことなんだから、庭師にぶん殴られて一発KOでは色んな物が失われる。
そして、またあの箱に詰められて運ばれるのはぜっっっったいに嫌だ。
「ガラテア、見ない方が良いよ」
「……君が一番無防備になる瞬間なんだろう? 従兵の僕が守らなくてどうするのさ」
作業用ドローンが脳殻を取り外すためにやって来たが、ガラテアはトラウマになってしまった光景からも逃げるつもりがないらしい。それどころか、戻ってくるまで体をちゃんと守り通すつもりだと奮起している。
大事にされていると想えてありがたいんだけども、やっぱり私にとっては必要とあれば使い捨てる筐体なんだから、あんまり入れ込みすぎても困るんだけどな。
こんなもののために、彼女が命を投げ捨てないよう祈るばかりだ。
換装作業を終え、目的地に到着すると、我々は先触れとしてトゥピアーリウス達を下ろしてから森の外で暫し待った。どうせまだ運ぶ必要があるので船自体は着陸せず、ブロックⅡ-2Bを碇のように下ろして待機する。
出迎えの兵員は、これまた不評であったが懸垂下降で降りて貰い――今後何度もやることになるから、是非慣れて欲しい――私自身はウラノス3で降下。精一杯力強く見えるよう、ブレードを肩に担いで待っていると、一時間ほどして森からトゥピアの軍勢がゾロゾロとやって来た。
初めて出会った時と同じく武装を整え、整然と鼓笛の根に誘われながら縦列で近寄ってくる軍団を迎え入れると、ニーヒルが人の群れを割るように中段からやって来た。
〈星の民よ、仕果たしたようだな〉
〈はい、お約束通り、小聖地より腫瘍を取り除いて参りました〉
〈しかし、話には聞いたが、やはりその姿……勇ましいな〉
跪いて頭部ができるだけ近くなるように話せば、この巨大さにさしもの古老も驚いたのだろう。上から下まで見上げて、凄まじい技術の結晶に感嘆しているようであった。
〈しかし、申し訳ございません。奪還戦の最中、森を些か痛めてしまいました〉
〈既に聞き及んでいる。故に、一発だ〉
はい? と思っていると、不意に視覚素子から彼女の姿が消えた。
すると、屈んで尚も5mはある高みにいつの間にやら彼女の体があり、空中で体を撓めているではないか。
一体何をと思う間もなく、轟音が響き渡った。
『うおっ!? 衝撃警報!?』
機体が小さく揺るぎ、被弾を死せるポップアップが視界に浮かぶ。瞬間的な威力は……約20,000J!? 機動兵器を破壊できる程ではないが、対軽装甲弾並の威力だぞ!?
『上尉! 回し蹴りです!』
はぁ!? と思って数秒前のログを確認すると、ニーヒルは際どいスリットが入った服装だと言うのに――因みに彼女達に下着を履く文化はないらしい――大きく飛び上がり、体を数回転させて勢いを万全に付けた後ろ回し蹴りを放っていたのだ。地面を踏みしめるのではなく、空中で回転して遠心力で勢いを付ける蹴りは凄まじく、破損こそしないがOSが警告を出すほど。
な、何と言う機動力と戦闘能力だ。そりゃこんな猛者揃いなら、〝天蓋聖徒〟も禁域指定して立ち入りを禁じるわ。
というか、ブロックⅡ-2Bで余計な力を与える心配する必要ねぇだろ冨和中佐。十分戦闘兵器だよ彼女達は。
それにしても、こ、こえぇー……ウラノス3で来てよかった。普段着だったら首がねじ切れてたぞ。一撃ノックアウトどころか、義体の入れ替えが必要なくらいの怪我をしていたら、仲間が激発しかねなかった。私の選択は間違っていなかったようで何よりだ。
〈やはり固いな。まぁいい、森を巻き込んだ件はこれで不問と処す。以降、一切口に出すことはないと誓おう〉
それにしてもサッパリした人柄だな。一発ぶん殴りさえすれば、罪は帳消し。以後完全になかったこととして扱うなど、かなりサバサバした人間でも簡単にできることではない。
この信賞必罰の精度が行き渡っているからこそ、トゥピアーリウスは精強なのやもしれんな。
〈しかし、まず功を誇るではなく罰を求めるあたり、汝は好感に値する人物だと改めて分かった。歓迎し、宴を開こう。他の古老が喧しい故、森の中ではなくここでの開催となるが、許してくれ〉
言って彼女がパンと手を叩くと、戦仕度の他に色々な物を持ち込んでいた庭師の軍勢が荷解きを始めた。
丸めていた絨毯を敷き、背負っていた行李の中から料理や酒と思しき物を持ちだしてズラズラ並べていく。私の眼前に一等よい絨毯を――植物繊維から編んだのだろうが、かなり色鮮やかだ――敷かせて座り込んだかと思うと、彼女は私にも座るよう促してきた。
〈予ばかりが座ってはな。勲一等の汝には対面で座る権利があろう。装いは初めて会った時と大きく変わったが、まぁ座るがよい〉
〈では、失礼して〉
とはいったものの、ウラノス3は踝から先がないので、不格好な正座をするしかないのが何とも堅苦しい。
っと、いかん、向こうが成功を褒めて宴を催してくれるというのに、こちらも何か用意しなくては無礼にあたろう。
『セレネ、糧食を下ろしてくれ。できるだけ豪華なヤツ』
『パッケージDを用意します。食事をスキャンしたところ、菜食主義者という訳ではないので文句は出ないでしょう』
たしかに、見てみれば祝いのために用意してくれた饗宴の内容には肉も多い。エルフは何故か菜食主義者というイメージが強いが、中つ国のエルフは普通に肉も食っていたからおかしくはないか。
というか彼女達、ドローン筐体なのに飯を食う文化があるんだ。てっきり融合炉で動いていると思ったから、要らないと思っていたのだが……まぁ、森を健全に保とうと思ったら、ある程度の間引きは必要で、それを無駄にしないため調理技術が発達していてもおかしくはないか。
それに、今は冨和中佐の遺言を聞いて確信しているが、彼女達にも光子結晶が芽生えているのだろう。聖徒の人間が結晶を宿しているように、ここまで個性豊かな面々が生まれた理由は、それくらいしか思い当たらない。
深部スキャンが通らない頭部、そこに巨大な結晶が発生していても不思議はない。
それならば、セレネの同胞と酒杯を交わすのは喜ばしいことだ。
ま、この体では喫食できないから、気持ちだけいただくことになるんだけどね…………。
【惑星探査補機】現実改編。既にある法則を解きほぐして変化させることから、こう呼ばれる。極めて制御が難しい上、暴発すれば局地的な天変地異を招きかねないことから、高次連はこの技術を危険視し、禁制としている。
過去、これを高度に発展させて宇宙の法則を書き換えようとした国家と戦争を繰り広げたことがあるほどに警戒度は高い。
対物ライフル並の後ろ蹴り。
明日の更新も未定でお願いします。
感想は作者の燃料にして潤滑油。ここってどうなん? って思うところなどあればお教え頂ければ嬉しく存じます。