7-17
最後の異形を掌で握り潰し、指の間からはみ出した触手が力を喪ったことを確認して、私はようやく人心地ついた気がした。
『ふぅ……終わったか?』
『友軍以外の動体反応消失。制圧完了です』
生き残りをプチプチ潰すこと三〇分、不用意に近づき過ぎた者や、完全に撃破されたフリをして不意討ちを試みた個体によって数人の負傷者が増えたものの、なんとかブロックⅡ-2Bの制圧には成功した。
全負傷者数八名、機体は小破とまではいかないが整備が必要な程度の損傷。
そして手に入れられたのは、巨大な兵器工廠。
これは大勝利と呼んで問題ないだろう。
[族長、大体の所は見て回ったぞ。オールクリアだ]
『また触手が寄り集まって機動兵器に取り付く可能性もある。箒で掃くように隅々まで見て回ってくれ』
[■■■■、えらく手間がかかりそうだな]
それでも敵の性質上、装甲内部で死に損なっている物が寄り集まって再起動する可能性はあるため、気を抜くことはできない。念入りに破壊して回るよう仲間に頼みながら、私はこんな時に〝火炎放射器〟があればなぁと思った。
ただ、コイツは汎銀河戦争法で兵器転用が禁止されちゃったから仕方ないんだよな。
何でも、外骨格や機動兵器が行き渡った戦場で効果の薄い火炎放射器は、非人道的な使用法以外に用途が見つからないから、使っちゃ駄目とのことだ。
まぁ、たしかに碌な外骨格も持たない民兵とか、立て籠もった素人を炙り出すくらいしか用途がないからってのは分かるのだが、こういう群体型の敵を相手にしていると欲しくなるね。
多くの国から人間扱いして貰えていないというのに、ウチはこういうの律儀に守っちゃうのは性分なのかしら。
『はー、疲れた』
『お疲れ様でした上尉。お体ですが……』
「わぁぁぁぁぁ!?」
適当な瓦礫に腰を落ち着けて一息吐こうと思ったら、素っ頓狂な悲鳴が聞こえてきた。
何事かと頭部をそっちに向けると、戦闘の余波で破壊されないよう、瓦礫の下に隠しておいた私の義体をガラテアが見つけてしまったようだ。
『あ、ヤベ』
「ノゾム!? 後頭部が!? 後頭部がばっくりいってるけど!?」
『あー、仕様だ仕様、安心してくれ』
「できる訳ないでしょぉ!?」
脳殻を取り出す時に頭部装甲が展開したせいで、たしかに端から見たらホラー映画の犠牲者っぽいビジュアルになってしまった私の義体は、ガラテアを大きく動揺させてしまったようだ。
二回目ともなると機動兵器に私が入っていることは理解できても、元々友人として親しんで、触れあってきた体があんまりな姿になっていると精神的にクるらしい。
一旦着替えるために脱いで、そこら辺に置いておいた襯衣みたいなものなんだから、慣れてくれんものかなぁ。
「ど、どうするの!? どうしたらいいの!?」
『ウワ、ノゾムの頭が空っぽダ!』
『ヒュンフ、他意はないって分かってるけど、その言い方傷付くからやめて』
騒ぎを聞きつけてやってきたヒュンフも筐体に興味を示したようで、開いた後頭部を触ろうとするので割って入る。一応精密器機の接続端子が集合してる部分だから、素手で触らないで欲しい。
亡骸めいた私の体を見て慌てふためく仲間達の目に付かないところにあった方が良いかと思い、私は襟を摘まんで持ち上げ――この程度は機動兵器乗りの必修技能みたいなものだ――左手の中に隠した。
「ノゾム! ま、また前回みたいに直さないといけないのかい!?」
『いや、今回は正規の手順で脳殻を移した……というか、移せる設計になってるから直ぐ戻れる』
「だったら戻ってくれたら嬉しいんだけど! な、なんだか凄く不安定な気分になる!」
私の抜け殻を目で追って涙声で叫ぶガラテなんだけども、まだここ戦地だからなぁ。安全度的に言えば、この体に収まっていた方が不意討ちにも耐えられるし、何より落ち着くからまだ着替えたくないんだけど。
それに、これからブロックⅡ-2Bに何が起こったかを知らねばならないのだ。電子戦防御が優れた筐体に収まっている方がいいに決まっている。
「早く戻ってきて欲しいんだけどなぁ……」
『もう少し我慢してくれ』
それに、ちょっと打算があるのだ。ほら、ニーヒル様からお叱りを受けるにあたっても、この体ならぶん殴られてもきっと痛くないから。
『で、セレネ、管制を乗っ取って分かったことはあるか?』
『上尉、中々信じがたいことですが、ブロックⅡ-B2は〝アカツキ級掃宙艇〟と直結されています』
……何だって?
落着して押し潰しているのは分かるが、直結? それはちょっと時間軸がおかしくないか?
恐らくトゥピアーリウス達が製造されるようになったのは、惑星地球化が済んだ後だから二千年から千八百年ばかし前のことだろう。そして〝天蓋聖都〟を含めた〝イナンナ12〟の落着は一千年前。
千年近い時間差が生じているというのに、接続されているのはおかしいだろう。
だって、聖地を作ったのは高確率で通信帯汚染を引き起こした連中の仲間だ。大気を安定させるための森を生み、庭師を繁殖させるために航宙艦を下ろし、そして姿を消した。
だとしたら〝生き証人〟が残っているのか?
『命令は全て〝アカツキ級掃宙艇〟から来ていたようです。最後の通信ログが数百年前なので、その時期には掃宙艇は朽ち始めたようですが、情報痕跡は嘘を言いません』
『だとしても変だろう。船の主はトゥピアーリウスの生みの親だ。我が子を害するような異形を大量生産させるよう命令させる意図が読めん』
『そこは私も謎……っ!?』
話していると、急にセレネが言葉を詰まらせた。何事かと問えば、ブロックⅡ-2Bから通信要請が来たというではないか。
『……如何致しましょう?』
『答えてくれ。こっちにも回線を回してくれ』
『了解しました。電子戦防御の準備を終えたら回答します』
様々な攻勢防壁や情報遮断壁が降り、欺瞞回路や思考迷路にウイルスを散布した仮想回線を展開した上で、念入りに独立した回線を新設したセレネが通信を繋いだ。
そして、私は反射的に懐かしい仕草をすることとなる。
敬礼だ。
『通信状況良好なりや? 貴官は統合軍の所属だな?』
何せ通信枠に現れたのは、小綺麗な軍服に身を包んだ〝上官〟だったのだから。襟に付いている階級章は中佐のもので、識別タグをみれば第506遊撃駆逐艦隊の指揮艦であることを示している。
『はっ! 小官は第二二次播種船団……』
『待宵上尉、敬礼は不要だ。私は第506遊撃駆逐艦隊指揮艦、冨和 昌謙中佐の遺言執行機である』
遺言執行機……つまり、自我と記憶の一部を転写した疑似知性!? それがコンタクトを取ってきたというのか!
まさかの生き証人ならぬ死に証人!?
我々軍人は、何時死ぬか分からない職業であるため常に遺書を認めている。それはら本来集積されて艦隊の主情報庫に保管してあり、完全に戦死した際に指定した宛先に届けられるのだが、文章でのみ伝達が難しい事項を抱えた人間は、遺言が完全に執行されるよう監督するべく、ある程度自分に似せたAIを用意することがある。
佐官級の士官がやることではないが、ソレが今までブロックⅡ-2Bを操っていたとでも言うのか?
『貴官も私の出現に困惑しているだろうが、落ち着いて話を聞いて貰いたい』
『……了解した。冨和中佐の遺言執行機』
『まず、私には多くの制限が掛けられていて回答できない事項が多い。たとえば……』
通信帯汚染に関与していることなどか? と牽制で問うてみれば、執行機は予想通り黙りこくった。
応えられない、つまり黒であることの自白ということだな。
なるほど、やはり内応したものがいたのか。さもなくば、高次連の強固な防備を抜いて、ああも美事に通信帯汚染を引き起こして虐殺することはできなかっただろうよ。
沸々と殺意がわき上がってくるのを抑えるのに、自己沈静プロトコルを起動する必要があった。いわゆる突発的な激怒制御のための機構だが、我々はその気になれば六秒以内に敵を殺すことが可能だから、自発的に体を止める機能を内蔵しているのだ。
蛮族じゃないんだから、ブチ切れた瞬間に銃や刀を抜いていたら話が始まらないからな。
『それを分かった上でメッセージを聞いて貰いたい』
『了承した。再生してくれ』
命令と同時、通信枠に映ったアバターの雰囲気が変わった。冨和中佐の模倣をしていた疑似知性から、ある時点で録画された冨和中佐本人の情報に入れ替わったからだろう。
『このメッセージが心ある者に伝わることを祈って伝言を遺す。私は冨和 昌謙中佐。とあるプロジェクトに賛同し、そして失敗した者だ』
淡々と話す中佐は甲種義体であるにも拘わらず顔色が悪かった。旧人類のように顔色などを再現する二種を使っているようだが、何があったのか。追い詰められた表情は、死を覚悟して受け容れた人間のソレ。
コレは正しく、今際の際に撮られたものなのだろう。
『自己誓約プロトコルに基づいて、計画を話すことはできない。今は……それを同意したことに酷く後悔している。許されないことをしたことは分かっている。故に償いとして、この森を、そしてドローンを遺した』
最初に覚えた違和感。惑星播種パッケージから、そのまま続いたような遺伝子型が整い過ぎていた森は、やはり人為的な物だったのだと悟る。
『この森は惑星を守るために作ったのもあるが、最大の目的は私の遺言を見つからないようにする隠れ蓑だ。幾つか隠した一つでも、正しく残っていることを祈る』
つまり森を偏執的なまでに守るよう設計されたトゥピアーリウスは、冨和中佐の遺言執行機を保全するために設計されたというのだろう。そして今も、落着させた小聖地こと航宙艦を通じて全てを維持し続けてきたのだ。
『まず、私自身、かなり突拍子のないことを言っている自覚はある。俄には信じられないことだろうが、この惑星は生きている。我々がテラ16thと呼んだ地球のなりそこないは、ただ宇宙の膨大な闇の中で乾眠していたに過ぎないのだ』
『惑星級の生命体ではなく、惑星自体が生物……だと?』
『……巨大生命体の前例は幾つもありますが、これは、流石に……』
この惑星が普通ではないことは魔法の数々、通常では引き起こされることのない現象から知っていたが、よもや惑星級の生命体ではなく、惑星そのものが生命であると告げられても中々理解し難い。
我々は長い宇宙探査の歴史の中で、恒星の熱を食って生きる衛星級の生物や、星系に跨がる長さを持つ天文級の生き物を発見してきたが、岩石惑星そのものが生命であるという事象に遭遇したことはない。
意志を持つ惑星、それに近い物はあったが、表面の結晶層が擬似的な電算機になっており、降り立った人間の表層意志をなぞって返答して来ているだけに過ぎなかった。いわば、自然発生した巨大な電算機を見つけたことはある。
だが、このテラ16thは、そうではなく正に生き物であり、引き起こされる事象が〝生理反応〟だと説明されても簡単に呑み込むことはできなかった。
まだ中に先駆文明の理解不能なまでに高度な機械が埋まってるとかの方が、ずっと咀嚼しやすいぞ。
だって、我々は珪素系の生命体を定義するのに半世紀かかったんだ。今でこそ彼等を同じ高次知性と捉えているが、それより更に巨大な、しかも複合的な素材で成立する惑星を生命だと言われても無理があるとしか……。
『彼等は……プロトコルによって彼等としか呼べぬ集団は、この惑星を〝生命の実〟と呼んだ。古い神話に記述された〝知恵の実〟と対になるもの。彼等はこの宇宙全体をエデンだと捉えていたのだ。そして、〝知恵の実〟は今や失われた〝1stテラ〟だと信じている』
はぁ? 何を言っているんだ中佐は。だって、その肖ったという神話に基づけば知恵の実が成る樹と、生命の実が成る樹は楽園の中央にあったという話じゃないか。地球はオリオン腕の端っこにある、銀河的観点でいえば辺境のド田舎で、このかみのけ座銀河とどれだけ離れていると思っているんだ。
『今は理解できなくてもいい。ただ、知って欲しいのは、彼等は〝この実はまだ青い〟と判断して、熟させるために現状を作ったということだ』
クソッタレの中佐! 死を覚悟して混乱しているのは理解するが、その今をはっきりさせてくれ! 正確な日時が分からないとタイムラインが作れない! アンタが遺書を遺したのは通信帯崩壊からどれくらい経った後なのか分からないと、こちらも推論が立てられないんだよ!
『私は無邪気に信じていた。新しい生命体を迎える作業だと。だが、違った。自己誓約プロトコルにより話すことはできないが、彼等は恐ろしいことを考えている』
そこまで言い終えた後、中佐は神経質に部屋の中を見回す仕草をした。二進数言語のみを録音するよう設定していたからか、他の音は聞こえないが、何か異変があったのだろう。
『まだ間に合っているのならば、止めてくれ。〝テラ16th〟に文明が残っているのならば、彼等の計画は道半ばだ。鍵は東に遺してきた。私に言えることはこれで全て。私達の愚かさで命を落とした同胞に詫びよう、そして、もしこのメッセージを辛抱強く最後まで聞いてくれたのならば、迷惑ついでですまないが妻子に伝えて欲しい。愛していると』
『ちょっ! まっ……』
待ってくれ、とは言い切れなかった。いや、言えたとしても意味はなかったろう。
何せコレは、ただの録画に過ぎないのだから。
中佐は素早く拳銃を抜くと、出力制限を解除して頭部に向けてぶっ放した。士官用のレイルガンは第一種致命兵装、最大威力に設定して、脳殻を正しくポイントすれば光子結晶を粉砕することもできる出力がある。
録画の中で頭部を粉々にして頽れる中佐。一瞬後には、遺言執行機と入れ替わって生前と何ら変わらぬ姿が現れるのが、何処までも不気味であった。
『メッセージは以上だ。何か質問は?』
『……少し、整理する時間をくれ』
唐突に浴びせられた膨大な情報を処理しきれなかった私は、絞り出すように会話を中断するのが精一杯であった…………。
【惑星探査補記】巨大な生命体は数多く発見されているが、未だ〝天体そのもの〟が生命である事案は発見されていない。
サルベージされた過去のSFから似た案件は幾つも提示されているが、実在を確認されたことがないため、それを追い求める調査団が結成されたこともあるが、二〇〇〇年前の時点では確たる成果は報告されていなかった。
遅くなりましたが更新です。
明日も更新時間は未定でお願いします。
さて、重大事項が判明したので、感想などいただけると嬉しく存じます。




