7-14
視界にデータをダウンロードしている時に特有のチカチカした光を感じて意識が目覚めた。
ウラノス3のドライバが脳殻に落とされているのだ。
『おはようございます、上尉。かなり突貫作業でしたが大丈夫ですか?』
『……ああ、違和感はない』
むしろ戦地にいる時は、人型筐体より機動兵器に収まっている時間の方が長い時期もあったからな。総搭乗時感二〇万時間越えの腕前は鈍っていないと信じたい。
『接続中に起動プロセスを進行させてあります。チェックリストは略式で行きますよ。補機臨界状態』
『補機出力確認、主機起動に移る。各関節アクチュエータ問題ないか』
『良好です、上尉。スラスターも各所正常』
『やっぱりテラ16thの魔法か。この様でもきちんと稼働するとは』
やはり、信じられないことに機体は無傷を通り越して、出荷直後のように完璧だ。この機はテイタン2より軽量だからか、あるいはラックへの固定がしっかりしていたのか、落着時の衝撃が緩和されて大破せず、何故か機能を落とさなかった極小機械群が自己修復でもしたのかもしれない。
ああ、もう、相変わらず理不尽すぎてニューロンによろしくないな、この惑星は。
白く明滅する視界がクリアになり、機体との同調が進むにつれて感覚素子との接合が済んだのか、民生用に過ぎない丙種義体とは比べものにならない鮮明な世界が広がった。赤い視覚素子に光が灯り、機体が目覚めたことが外からでも良く分かることだろう。
光は勿論、紫外線、赤外線、全てが見える視覚の何と心地好いことか。この万能感は、機動兵器と同調する度に感じても色褪せることがない。
『主機臨界到達。神経接続良好。同調率98.56%で安定』
『感覚選別開始。痛覚はいつも通りオフで頼む』
機動兵器と全身が直結し、神経接続が広がると同時に頼りない生身の体が巨大な筐体と入れ替わり、神にでもなったような力強さを感じる。この感覚に溺れて操縦手を辞められなくなる者もいるんだから、堪らないよな。
私は右腕を持ち上げ、体に引っかかっていた梁材の残骸やラックの破片を退かし、最後に脳殻を抜かれた〝私の抜け殻〟をそっと地面に横たえた。
『各関節部良好、レーダー感度よし、IFF、FCS機動、データリンク開始』
『データリンク正常。以降貴機を1-1と呼称します』
『1-1了解。ま、一機だけでコールサインも何もあったもんじゃないが』
『通例ですよ通例。全バロメーター正常。抗重力ユニット通電確認。オールグリーンです』
自分の体だった筐体を潰さないよう気を付けながら起き上がると――この機体、足首がないのでちょっとコツがいるんだよな――私は手近な梁の残骸を手に取った。
本当は対機動兵器用の重砲とか、重対戦車ロケット砲とかが都度都度用意されているんだけど、今はこれで十分。
『さあて、暴れるか。セレネ、なんかテンション上がるのを頼む』
『了解。発進準備よろし。上尉、どうぞご存分に』
BGMでも鳴らしながら楽しく行こうかと思うと、まーたこの子は外部スピーカーをオンにしてクラシックロックを爆音で流し始める。確かに機体的に空軍の気分だったから選択は素晴らしいが、外にまで鳴らさなくて良いんだって。
まぁいいか、私が来たと皆に知れたら、戦意が上がるかもしれんし我慢しよう。
『ウラノス3-TypeA2 出るぞ』
警告灯が赤く明滅し、格納庫の戸が横滑りして開いていく。元々は搬出口に繋がっていたであろうそこは、ブロックが切り離されていたこともあって蒼天に通じている。
ああ、良い天気だ。まるで、この紺碧の空間迷彩がよく似合うようお膳立てされたかのようではないか。
助走は三歩で十分か。膝部関節の調子を確かめるため軽く一歩、1G重力下の負荷がどの程度くるかで二歩、問題ないことに安心して思いっきり三歩目。
格納庫から飛びだして、抗重力ユニット出力を最大にしつつスラスターを噴射。推進剤の使用を最低限に抑えつつ――なんで注入してあったんだろう――空中から前線を把握し戦況を確認……。
って、ヒュンフ!? なんで地べたにいるんだ!? しかも結構な窮地じゃないか。
『ノゾム!!』
背に担いでいるのは、訪問初っ端からシルヴァニアンをモフりにいったセーギテムか。なるほど、片腕を失っているところを見るに、彼女を放ってはおけないと自ら死地に飛び込んだようだ。
なら、それを助けるのも私の仕事だな。
『オラァ!!』
なので、私は現在唯一の武器を投擲した。元はラックを移動させるための梁は垂直に飛翔し、異形が密集していた近辺に着弾。その圧倒的な鉄量と運動エネルギーで装甲ごと触手を破断し撒き散らす。
そして、私は抗重力ユニットの出力を落とし滑空。ヒュンフの近くに滑り込むように着地し、彼女を狙っていた重外骨格の異形を蹴散らした。
歩兵を倒すのに技術はいらん。ただその巨体を用い、思うがままに暴れ、引き潰すだけで良いのだ。
あまりの凄惨さ故にガラテアには見せなかったが、これが対歩兵戦の神髄なんだから仕方がない。
『ヒュンフ! 今の内だ! 上がれ!』
『ノゾム! アたしも戦えるヨ!!』
『上の方が激戦だ! 下はすぐ片付く!!』
頼めば、彼女は少し口惜しそうに負傷兵を担いで、また装甲板に脚をめり込ませる強引な走法でブロックⅡ-2Bへと向かっていった。
よし、第二班も殆ど頂上に到達しているし、これで何の憂いもなく暴れられる。
『さぁて、お礼参りだ』
『上尉、些か品がないかと』
投擲した梁を引っこ抜き、掌でポンポンと打ち合わせると、異形が一瞬たじろいだ。脅威度の選別くらいはできる能があったようだが、もう逃げることは能わんよ。
私は地面すれすれの高度で梁を思いっきり横薙ぎにして、適当に一〇機ばかし異形を粉砕した。
近い物は踏み潰すか蹴り飛ばし、果敢にも向かってきた物はひっ捕まえて別の個体にブン投げ、〝テミス11〟からの支援砲撃を受けながら掃除するような気軽さで破壊して回る。
ま、いくら装甲が分厚かろうが、それを上回る鉄量の前では無意味。しょせんは後方支援用の装備というところだ。
梁をブン回して暴れ廻ると、健気にも肉薄しようと試みたり、物を投げてくるが、その程度で止まるようでは機動兵器と呼べん。私はあくまで淡々と敵を粉砕し、踏みにじり、投げ飛ばして殲滅し続けた。
『敵勢力97%の撃破を確認。掃討戦に移行しますか?』
『いや、後は仲間と君に任せるよ。根っこを止めないとキリがない』
抗重力ユニットの出力を上げ、スラスターを噴かせて空中に飛び上がると、ブロックⅡ-B2の入り口で第二班を援護していたガラテアが驚いているのが見えた。きっと、ヘルメットの下ではあんぐりと口を開けているのだろう。
「ノゾム!?」
『やぁ、どうだい、格好良いだろ』
敬礼してやると、彼女はコイルガンを一瞬下げてから、呆れたような顔をして笑う。
「僕の聖徒様はお召し替えが好きだなぁ」
『聖都の守護神様もいいけど、この私もイカスだろう?』
「……ああ、最高に格好良いよ」
脱力して首を竦める彼女は、節操のない私を笑っているのだろうか。それでも、この地で初めてできた、立場の近い友人を笑顔にできたことが私は嬉しかった。
『これから内部を制圧する。突入隊を編成するから、弾丸を補充してくれ』
「了解。で、それを僕に言うってことは……」
『最先鋒だ。任せていいかい?』
問うと彼女は胸部装甲をガツンと叩き、もちろんと力強く応えてくれた。
さぁ、ブロックⅡ-B2を取り戻そうじゃないか。
開いた隔壁から内部に戻り、障害物を退かしながら奥へと向かう。
この格納ブロックの奥に製造拠点があるはずだ。そして、搬入のため当然ながら機動兵器が突入できる設計になっている。
『扉がロックされています。クラックするのにお時間を五分ほどいただければ』
『部隊の再編に時間が必要だ、それくらいでちょうどいい。急がなくて良いよ』
セレネのドローンが扉の操作盤に取り付いて端子を直結しはじめたので、私はもうちょっと良い感じの棒が落ちてないかなと辺りを漁る。いや、最初に拾ったヤツ、ちょっと強く投げすぎたせいで歪んじゃってさ。やっぱり専用の武器がないといかんやね。
『って、おお……?』
何かないかなーと倒れたテイタン2を漁っていると、その下敷きにされているものの中に良い物を見つけた。
『超硬質ブレードじゃん!』
機動兵器向けの刀であった。僅かに反りがある刀身は全長6mほどと実に巨大で、柄と刃が一体形になった粗製品ではあるものの、凄まじい質量で全てを叩き割る最優の近接兵装だ。機動兵器に叩き付けても、戦車を殴り砕いても歪まないよう超圧鍛造されたブレードは無傷で残っていたようでとても助かる。
ウラノス3にはちっとばかし重いが、今の状況だと施設を傷付けず戦えるコイツの方がずっと有り難い。私は軽く埃を払って握り込むと、機体が〝推奨外兵器です〟と警告を上げてきたが無視をした。
繊細なフレームには些か重いけど、正しく扱えば骨格を痛めることはない。今更そんな初心者向けの警告を出さないでくれて構わんよ。
[族長! 発泡壁がゴリゴリ削られてる! 長くは保たんぞ!!]
[残弾は!]
[あと三個だ!!]
流石は重作業用。普通の歩兵だとプチプチ潰さないといけないところを、拳でぶん殴ってバカバカ破壊してきやがる。最初に敷設した時間から逆算するに、一個で稼げる時間は五分弱か。
ということは、あと一五分ちょいは通路からの侵攻を止められる。敵も本丸が危険だと分かれば引き返すだろうから、全て使わせてしまってもいいな。
[リデルバーディ! 発泡壁を展開できるだけして引き返せ! 格納庫から敵の頭を抑えるぞ!]
[そっちから行けるのか! 分かった! 見張りを数人残して合流する!!]
頼りになる現場指揮官の進言を受け容れ――お留守番を命じられたテックゴブは臍を曲げるだろうが――格納庫で部隊を再編した。
今のところ死者はなし。動けないほど傷付いた負傷者はシルヴァニアンが一人と、片腕がもげたセーギテムだけ。軽傷者はボチボチいるが、戦闘続行は十分可能な状態で、装備の損耗もそこそこ。
今のところ、問題があるのは矢玉が殆ど尽きたトゥピアーリウスか。
『心配イらないよノゾム! アたし達だって、刃物の扱イは得意なんだかラ』
「あんまり前に出られると誤射しかねないから困るんだけど」
それでも庭師達の戦意は旺盛であったが、彼女達は装備的にIFFの識別に加えられないから、万が一の友軍相撃が怖いんだよな。
とはいえ、ここから先は恐らく敵味方入り乱れた格闘戦になる。近距離での戦闘であるならば、気を付ければ何とかなるか。
『兵力を遊ばせている余裕はないからトゥピアーリウスも突撃を許可するが、味方の射線には気を付けてくれ。一発二発でやられはしないだろうけど、軽機の雨を浴びれば吹き飛ぶぞ』
〈星の民、あまり私達を甘く見るな。戦場を俯瞰して戦うことくらいできる〉
〈そうだ! ここ一番で置いて行かれては、母祖に申し訳がたたん!〉
舐めるなよと憤慨する元気があるなら十分。なら、全員で突っ込むとしようか。
〈ぼくも行く! 片手でも戦える!〉
『それは流石に許容できん。ヒュンフ、ふん縛ってもいいから大人しくさせておいてくれ』
『分かっタ!!』
すると、凄まじく鈍い音が響いた。何事かと思ってサブカメラで足下を見れば、ヒュンフの拳ががセーギテムの腹を思いっきりめり込んでいる。威力の壮絶さは、小柄な体のつま先が地面から浮いていることから、嫌というほど窺えた。
彼女が殴ったのだということを理解するまで、驚きのあまり少しの時間が必要だった。
気絶させるつもりか!? それにしても荒っぽすぎるだろと思ったが、頑強性に優れたトゥピアの戦士は意識を保ったまま藻掻いている。ただ、急所に良いのを貰ったせいで暫くは動けないだろう。
な、何と言う力業……。
怪我人に無茶すんなよと思ったが、トゥピアーリウスの勇士達はうんうんと頷いているし、私の仲間達はドン引きしているしでどうしたもんだか。
いや、まぁ、怪我人が前にでることはなくなったからいいか。
「ノゾム! 弾薬の再分配、終わったよ!」
[こっちも万全だ! いつでも戦れるぞ!]
〔盾の損耗率がはげしいけど、なんとかー!〕
よし、準備も済んだか。なら、もう少し頑張るとしましょうか。
『セレネ、進捗は』
『あと一五秒ください。〝天蓋聖都〟でデッチ上げた上尉船員権限で口説き落としているところです』
『よし、突撃まで一五秒! 私が先陣を切る! 踏み潰されないよう近づくなよ!!』
仲間に準備させつつ、私は下方のセンサーを最大にして得難い戦友達を万が一にも踏み潰さないよう、随伴歩兵と共に戦闘するプロトコルを起動させた。
機動兵器と外骨格兵が強調して戦うことは多いが、体格差がありすぎて危険だから、元からうっかり踏み潰さないようにする機能が搭載されているのだ。さもなくば、私達より処理能力が低くて、事故を起こしやすい旧人類が協調して戦える訳もないからな。
『開きます! 戦闘に備えて!!』
超硬質ブレードを構え、私は扉がゆっくりと開く様を焦れるように待った…………。
【惑星探査補機】機動兵器の巨大さは多くの死角を生むため、歩兵と協調して戦うことも念頭に置いている。しかし、その巨躯が動くことは味方の危険にも繋がるため、様々な同士討ち防護策が徹底されていた。
推奨BGMは引き続きデンジャーなゾーン。
明日も更新時間は未定でお願いします。
作者のガソリンは感想。よろしければちょちょっと給油してやってください。




